俺が少女プリーストに転生したのは神様のお役所仕事のせい――だけではないかもしれない

ナギノセン

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28 初めての転生仲間?

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 外から見ていたので覚悟はしていたが、あまりにも強烈な傾斜と段数を昇り終えた俺は激しい息切れをした。広がる視界には、普通に陽光が差して木々や草が生えている広場があった。
 周囲を五メートルほどの高い壁に囲まれながら、パッと見は野球ができそうなくらいに広さがある。その中心に、丸太で組まれたログハウスっぽい小屋の屋根の煙突から煙が立ち上っていた。

 玄関先では、簡素な衣服に体格のいい女性が、小さな斧を振るって薪を作っている。師匠と呼ばれる人は勝手に男だと思っていたので意外だったが、それ以前に人でもなかったのは予想外だった。
 こっちに気づいているのに感心がないのか黙々と作業を続けている。どうするかと考えていたら、マットが追いついてきた。

「師匠、ただいま戻りました」
「そちらはお前さんの連れか? 誰に許可を得て通したのだい?」

 思ったより声は高かった。ようやくこちらへ向けた不機嫌そうな顔は年齢がはっきりしない。皺などはないが年寄と言えばそうなるし、まだ若いと言われても通じる。髪は茶色で肌は浅黒く、斧が小さく見えたのは、女性とは思えないほどたくましい腕が軽々と扱っていたからだった。

「師匠さんはドワーフさんなのですっ」

 スーがいきなり走り出すと、師匠が斧を構える。
 何とも不穏な空気が漂ったが、マットが大慌てで間へ入った。
 今になって俺も気づいた。師匠は入口もカムフラージュするような隠れ家に住んでいるのだから、当然人に知られたくない。マットが許可なく俺たちを入れたから怒っている。

「大変申し訳ありませんでした。例の丸薬について使用した者を連れて来たかったのと、お言いつけどおりにこの者達を護衛していると、帝国側らしき者に襲われましたので何かご存知かと思い、お叱りを覚悟で参りました」
「――帝国は動いたのかい?」
「確定ではありませんが、近しい者達かと」
「なら引き続きお前は調べるんだね」
「承知しました」
「どこにでも、むやみに戦争をしたがる面倒な奴はいるものだ。しかし丸薬が効いたなら、ひとまず難は去ったということでいいのかい?」
「おそらくそう思われます」

 師匠はようやく俺達へ視線を向けたが、不機嫌そうなのを隠そうともしない。身長は低いが、ドワーフらしいがっしりとした体から何とも言えない迫力が醸し出されている。
 スーは身構えたままたが、俺なんかは無条件に背筋がピンと伸びてしまっていた。

「で、この二人とも丸薬を使ったのかい?」
「いえ、手前のスカウトの少女だけで、プリーストの少女は例の果実を食べておりません」
「スーは、師匠さんの丸薬で治ったのではないのですっ。スカウトの力なのですっ」

 何時でも何処でも物怖じしないのは立派だが、時と場合は弁えて欲しい。
 胸を張ったスーに俺もマットも顔が引き攣ったが、師匠は面白そうにマットへ尋ねた。

「そうなのかい?」
「みたいです」
「それよりもチェスをするのですっ」
「――お前が教えたのかい?」
「いいえ、私は一言も。こちらのプリーストの少女が知っていたようです」

 その瞬間、マットの師匠が驚いた顔を俺へ向けた。視線は俺の全身を上から下までくまなく動き、三回は見ていたと思う。

「大したものはないが、一先ずコーヒーでも飲むかい?」
「コーヒー?」
「いただきます」

 マットが静かに安堵の息を吐いた。滞在許可が出たと考えていいのだろう。
 不思議そうなスーを無視して、俺はさっさと師匠の後についてログハウスヘと入った。

「私の名前はフローレンスだ。覚えるのが面倒なら、マットの師匠でもなんでもいい」
「スーなのですっ」
「プリです」
「わかった。近くの空いているところへ適当に座るがいい」

 勧められた椅子へ座った俺たちの前へ、くりぬいた木の器が置かれた。師匠は台所らしきところから金属の瓶を手にして現れ、湯気の立った茶色の液体を器へ注いだ。
 少し焦げた香ばしい香りが部屋中を満たす。

「これがコーヒーですか?」
「木の実を炒って砕いてお湯にひたすと、香ばしい液体が出来上がる。そっちのスカウトは初めてか?」
「はいですっ、いただくのですっ」

 スーが器に口をつけて、ゆっくり一口だけ飲んだ。

「不思議な香りと苦いのですっ、でもおいしいのですっ」
「それは良かった。そっちのプリーストはどうだい?」
「いただきます」

 色はかなり濃い。俺はアメリカン派だったので少しだけ口に含む。
 知っているものより、渋みがかなりある。言うならばワイルドな味だが当然だ。品質管理がされた豆でもなく、素人が見よう見まねで炒ったものだろう。しかし間違いなくコーヒーの味がした。

「苦いけどおいしいです」
「そうかい。これに限らず、ハーブなども色々と作っている。後で見せてやろう」
「丸薬やバイタミンも?」
「そうだ」
「入口にあった石扉や記号もあなたが?」
「――私がここを守るために作ったものだ」

 スーとマットが不思議そうな顔をしていることも気にならないほど、驚きと同時に嬉しさが込み上げる。予想はしていたが、本当に転生のお仲間がいた。
 ドワーフになっているのは意味不明だが、多分日本人ではないだろう。日本ではバイタミンをビタミンと言っている。ハーブがあるのにお茶ではなくて、コーヒーにしているところもそう思わせる。
 間違いなく俺より先にこちらへ転生しているはずなので色々聞きたいのだが、スーやマットの前で話すことはできない。フローレンスさんはマットに打ち明けていないだろう。

「マットには集めてもらった情報を聞かせてもらうが、その間、この少女達は滞在するつもりなのだな?」
「申し訳ありません」
「ちょうど家の手入れに人手が欲しかったところだ。宿替わりにするのだから働いてもらうぞ」
「わかったのですっ」

 働かざる者食うべからず。俺も大きく頷いた。
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