28 / 71
28 初めての転生仲間?
しおりを挟む
外から見ていたので覚悟はしていたが、あまりにも強烈な傾斜と段数を昇り終えた俺は激しい息切れをした。広がる視界には、普通に陽光が差して木々や草が生えている広場があった。
周囲を五メートルほどの高い壁に囲まれながら、パッと見は野球ができそうなくらいに広さがある。その中心に、丸太で組まれたログハウスっぽい小屋の屋根の煙突から煙が立ち上っていた。
玄関先では、簡素な衣服に体格のいい女性が、小さな斧を振るって薪を作っている。師匠と呼ばれる人は勝手に男だと思っていたので意外だったが、それ以前に人でもなかったのは予想外だった。
こっちに気づいているのに感心がないのか黙々と作業を続けている。どうするかと考えていたら、マットが追いついてきた。
「師匠、ただいま戻りました」
「そちらはお前さんの連れか? 誰に許可を得て通したのだい?」
思ったより声は高かった。ようやくこちらへ向けた不機嫌そうな顔は年齢がはっきりしない。皺などはないが年寄と言えばそうなるし、まだ若いと言われても通じる。髪は茶色で肌は浅黒く、斧が小さく見えたのは、女性とは思えないほどたくましい腕が軽々と扱っていたからだった。
「師匠さんはドワーフさんなのですっ」
スーがいきなり走り出すと、師匠が斧を構える。
何とも不穏な空気が漂ったが、マットが大慌てで間へ入った。
今になって俺も気づいた。師匠は入口もカムフラージュするような隠れ家に住んでいるのだから、当然人に知られたくない。マットが許可なく俺たちを入れたから怒っている。
「大変申し訳ありませんでした。例の丸薬について使用した者を連れて来たかったのと、お言いつけどおりにこの者達を護衛していると、帝国側らしき者に襲われましたので何かご存知かと思い、お叱りを覚悟で参りました」
「――帝国は動いたのかい?」
「確定ではありませんが、近しい者達かと」
「なら引き続きお前は調べるんだね」
「承知しました」
「どこにでも、むやみに戦争をしたがる面倒な奴はいるものだ。しかし丸薬が効いたなら、ひとまず難は去ったということでいいのかい?」
「おそらくそう思われます」
師匠はようやく俺達へ視線を向けたが、不機嫌そうなのを隠そうともしない。身長は低いが、ドワーフらしいがっしりとした体から何とも言えない迫力が醸し出されている。
スーは身構えたままたが、俺なんかは無条件に背筋がピンと伸びてしまっていた。
「で、この二人とも丸薬を使ったのかい?」
「いえ、手前のスカウトの少女だけで、プリーストの少女は例の果実を食べておりません」
「スーは、師匠さんの丸薬で治ったのではないのですっ。スカウトの力なのですっ」
何時でも何処でも物怖じしないのは立派だが、時と場合は弁えて欲しい。
胸を張ったスーに俺もマットも顔が引き攣ったが、師匠は面白そうにマットへ尋ねた。
「そうなのかい?」
「みたいです」
「それよりもチェスをするのですっ」
「――お前が教えたのかい?」
「いいえ、私は一言も。こちらのプリーストの少女が知っていたようです」
その瞬間、マットの師匠が驚いた顔を俺へ向けた。視線は俺の全身を上から下までくまなく動き、三回は見ていたと思う。
「大したものはないが、一先ずコーヒーでも飲むかい?」
「コーヒー?」
「いただきます」
マットが静かに安堵の息を吐いた。滞在許可が出たと考えていいのだろう。
不思議そうなスーを無視して、俺はさっさと師匠の後についてログハウスヘと入った。
「私の名前はフローレンスだ。覚えるのが面倒なら、マットの師匠でもなんでもいい」
「スーなのですっ」
「プリです」
「わかった。近くの空いているところへ適当に座るがいい」
勧められた椅子へ座った俺たちの前へ、くりぬいた木の器が置かれた。師匠は台所らしきところから金属の瓶を手にして現れ、湯気の立った茶色の液体を器へ注いだ。
少し焦げた香ばしい香りが部屋中を満たす。
「これがコーヒーですか?」
「木の実を炒って砕いてお湯にひたすと、香ばしい液体が出来上がる。そっちのスカウトは初めてか?」
「はいですっ、いただくのですっ」
スーが器に口をつけて、ゆっくり一口だけ飲んだ。
「不思議な香りと苦いのですっ、でもおいしいのですっ」
「それは良かった。そっちのプリーストはどうだい?」
「いただきます」
色はかなり濃い。俺はアメリカン派だったので少しだけ口に含む。
知っているものより、渋みがかなりある。言うならばワイルドな味だが当然だ。品質管理がされた豆でもなく、素人が見よう見まねで炒ったものだろう。しかし間違いなくコーヒーの味がした。
「苦いけどおいしいです」
「そうかい。これに限らず、ハーブなども色々と作っている。後で見せてやろう」
「丸薬やバイタミンも?」
「そうだ」
「入口にあった石扉や記号もあなたが?」
「――私がここを守るために作ったものだ」
スーとマットが不思議そうな顔をしていることも気にならないほど、驚きと同時に嬉しさが込み上げる。予想はしていたが、本当に転生のお仲間がいた。
ドワーフになっているのは意味不明だが、多分日本人ではないだろう。日本ではバイタミンをビタミンと言っている。ハーブがあるのにお茶ではなくて、コーヒーにしているところもそう思わせる。
間違いなく俺より先にこちらへ転生しているはずなので色々聞きたいのだが、スーやマットの前で話すことはできない。フローレンスさんはマットに打ち明けていないだろう。
「マットには集めてもらった情報を聞かせてもらうが、その間、この少女達は滞在するつもりなのだな?」
「申し訳ありません」
「ちょうど家の手入れに人手が欲しかったところだ。宿替わりにするのだから働いてもらうぞ」
「わかったのですっ」
働かざる者食うべからず。俺も大きく頷いた。
周囲を五メートルほどの高い壁に囲まれながら、パッと見は野球ができそうなくらいに広さがある。その中心に、丸太で組まれたログハウスっぽい小屋の屋根の煙突から煙が立ち上っていた。
玄関先では、簡素な衣服に体格のいい女性が、小さな斧を振るって薪を作っている。師匠と呼ばれる人は勝手に男だと思っていたので意外だったが、それ以前に人でもなかったのは予想外だった。
こっちに気づいているのに感心がないのか黙々と作業を続けている。どうするかと考えていたら、マットが追いついてきた。
「師匠、ただいま戻りました」
「そちらはお前さんの連れか? 誰に許可を得て通したのだい?」
思ったより声は高かった。ようやくこちらへ向けた不機嫌そうな顔は年齢がはっきりしない。皺などはないが年寄と言えばそうなるし、まだ若いと言われても通じる。髪は茶色で肌は浅黒く、斧が小さく見えたのは、女性とは思えないほどたくましい腕が軽々と扱っていたからだった。
「師匠さんはドワーフさんなのですっ」
スーがいきなり走り出すと、師匠が斧を構える。
何とも不穏な空気が漂ったが、マットが大慌てで間へ入った。
今になって俺も気づいた。師匠は入口もカムフラージュするような隠れ家に住んでいるのだから、当然人に知られたくない。マットが許可なく俺たちを入れたから怒っている。
「大変申し訳ありませんでした。例の丸薬について使用した者を連れて来たかったのと、お言いつけどおりにこの者達を護衛していると、帝国側らしき者に襲われましたので何かご存知かと思い、お叱りを覚悟で参りました」
「――帝国は動いたのかい?」
「確定ではありませんが、近しい者達かと」
「なら引き続きお前は調べるんだね」
「承知しました」
「どこにでも、むやみに戦争をしたがる面倒な奴はいるものだ。しかし丸薬が効いたなら、ひとまず難は去ったということでいいのかい?」
「おそらくそう思われます」
師匠はようやく俺達へ視線を向けたが、不機嫌そうなのを隠そうともしない。身長は低いが、ドワーフらしいがっしりとした体から何とも言えない迫力が醸し出されている。
スーは身構えたままたが、俺なんかは無条件に背筋がピンと伸びてしまっていた。
「で、この二人とも丸薬を使ったのかい?」
「いえ、手前のスカウトの少女だけで、プリーストの少女は例の果実を食べておりません」
「スーは、師匠さんの丸薬で治ったのではないのですっ。スカウトの力なのですっ」
何時でも何処でも物怖じしないのは立派だが、時と場合は弁えて欲しい。
胸を張ったスーに俺もマットも顔が引き攣ったが、師匠は面白そうにマットへ尋ねた。
「そうなのかい?」
「みたいです」
「それよりもチェスをするのですっ」
「――お前が教えたのかい?」
「いいえ、私は一言も。こちらのプリーストの少女が知っていたようです」
その瞬間、マットの師匠が驚いた顔を俺へ向けた。視線は俺の全身を上から下までくまなく動き、三回は見ていたと思う。
「大したものはないが、一先ずコーヒーでも飲むかい?」
「コーヒー?」
「いただきます」
マットが静かに安堵の息を吐いた。滞在許可が出たと考えていいのだろう。
不思議そうなスーを無視して、俺はさっさと師匠の後についてログハウスヘと入った。
「私の名前はフローレンスだ。覚えるのが面倒なら、マットの師匠でもなんでもいい」
「スーなのですっ」
「プリです」
「わかった。近くの空いているところへ適当に座るがいい」
勧められた椅子へ座った俺たちの前へ、くりぬいた木の器が置かれた。師匠は台所らしきところから金属の瓶を手にして現れ、湯気の立った茶色の液体を器へ注いだ。
少し焦げた香ばしい香りが部屋中を満たす。
「これがコーヒーですか?」
「木の実を炒って砕いてお湯にひたすと、香ばしい液体が出来上がる。そっちのスカウトは初めてか?」
「はいですっ、いただくのですっ」
スーが器に口をつけて、ゆっくり一口だけ飲んだ。
「不思議な香りと苦いのですっ、でもおいしいのですっ」
「それは良かった。そっちのプリーストはどうだい?」
「いただきます」
色はかなり濃い。俺はアメリカン派だったので少しだけ口に含む。
知っているものより、渋みがかなりある。言うならばワイルドな味だが当然だ。品質管理がされた豆でもなく、素人が見よう見まねで炒ったものだろう。しかし間違いなくコーヒーの味がした。
「苦いけどおいしいです」
「そうかい。これに限らず、ハーブなども色々と作っている。後で見せてやろう」
「丸薬やバイタミンも?」
「そうだ」
「入口にあった石扉や記号もあなたが?」
「――私がここを守るために作ったものだ」
スーとマットが不思議そうな顔をしていることも気にならないほど、驚きと同時に嬉しさが込み上げる。予想はしていたが、本当に転生のお仲間がいた。
ドワーフになっているのは意味不明だが、多分日本人ではないだろう。日本ではバイタミンをビタミンと言っている。ハーブがあるのにお茶ではなくて、コーヒーにしているところもそう思わせる。
間違いなく俺より先にこちらへ転生しているはずなので色々聞きたいのだが、スーやマットの前で話すことはできない。フローレンスさんはマットに打ち明けていないだろう。
「マットには集めてもらった情報を聞かせてもらうが、その間、この少女達は滞在するつもりなのだな?」
「申し訳ありません」
「ちょうど家の手入れに人手が欲しかったところだ。宿替わりにするのだから働いてもらうぞ」
「わかったのですっ」
働かざる者食うべからず。俺も大きく頷いた。
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
聖女召喚に巻き添え異世界転移~だれもかれもが納得すると思うなよっ!
山田みかん
ファンタジー
「貴方には剣と魔法の異世界へ行ってもらいますぅ~」
────何言ってんのコイツ?
あれ? 私に言ってるんじゃないの?
ていうか、ここはどこ?
ちょっと待てッ!私はこんなところにいる場合じゃないんだよっ!
推しに会いに行かねばならんのだよ!!

はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~
緋色優希
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

勇者パーティを追放されてしまったおっさん冒険者37歳……実はパーティメンバーにヤバいほど慕われていた
秋月静流
ファンタジー
勇者パーティを追放されたおっさん冒険者ガリウス・ノーザン37歳。
しかし彼を追放した筈のメンバーは実はヤバいほど彼を慕っていて……
テンプレ的な展開を逆手に取ったコメディーファンタジーの連載版です。
【完結】転生幼女ですが、追放されたので魔王になります。(ノベル版)
アキ・スマイリー
ファンタジー
アラサー女子の三石悠乃(みついし ゆうの)は、目覚めると幼女になっていた。右も左もわからぬ異世界。モフモフな狼エルデガインに拾われ、冒険者となる。
だが、保護者であるエルデガインがかつての「魔王」である事を、周囲に知られてしまう。
町を追放され、行き場を失ったユウノだったが、エルデガインと本当の親子以上の関係となり、彼に守られながら僻地の森に居場所を探す。
そこには、エルデガインが魔王だった時の居城があった。すっかり寂れてしまった城だったが、精霊やモンスターに愛されるユウノの体質のお陰で、大勢の協力者が集う事に。
一方、エルデガインが去った後の町にはモンスターの大群がやってくるようになる。実はエルデガインが町付近にいる事で、彼を恐れたモンスター達は町に近づかなかったのだ。
守護者を失った町は、急速に崩壊の一都を辿る。
※この作品にはコミック版もあり、そちらで使用した絵を挿絵や人物紹介に使用しています。

転生令嬢シルクの奮闘記〜ローゼ・ルディ学園の非日常〜
桜ゆらぎ
ファンタジー
西の大国アルヴァティアの子爵令嬢、シルク・スノウパール。
彼女は十六歳になる年の春、熱で倒れ三日間寝込んだ末に、全てを思い出した。
前世の自分は、日本生まれ日本育ちの女子高生である。そして今世の自分は、前世で遊び倒していた乙女ゲームの序盤に登場したきり出てこない脇役キャラクターである。
そんなバカな話があるかと頬をつねるも、痛みで夢ではないことを突きつけられるだけ。大人しく現実を受け入れて、ひとまず脇役としての役目を果たそうと、シルクは原作通りに動き出す。
しかし、ヒロインが自分と同じく転生者であるというまさかの事態が判明。
“王太子と幼なじみを同時に攻略する”という野望を持つヒロインの立ち回りによって、この世界は何もかも原作から外れていく。
平和な学園生活を送るというシルクの望みは、入学初日にしてあえなく打ち砕かれることとなった…
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から「破壊神」と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
転生王子はダラけたい
朝比奈 和
ファンタジー
大学生の俺、一ノ瀬陽翔(いちのせ はると)が転生したのは、小さな王国グレスハートの末っ子王子、フィル・グレスハートだった。
束縛だらけだった前世、今世では好きなペットをモフモフしながら、ダラけて自由に生きるんだ!
と思ったのだが……召喚獣に精霊に鉱石に魔獣に、この世界のことを知れば知るほどトラブル発生で悪目立ち!
ぐーたら生活したいのに、全然出来ないんだけどっ!
ダラけたいのにダラけられない、フィルの物語は始まったばかり!
※2016年11月。第1巻
2017年 4月。第2巻
2017年 9月。第3巻
2017年12月。第4巻
2018年 3月。第5巻
2018年 8月。第6巻
2018年12月。第7巻
2019年 5月。第8巻
2019年10月。第9巻
2020年 6月。第10巻
2020年12月。第11巻 出版しました。
PNもエリン改め、朝比奈 和(あさひな なごむ)となります。
投稿継続中です。よろしくお願いします!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる