俺が少女プリーストに転生したのは神様のお役所仕事のせい――だけではないかもしれない

ナギノセン

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27 チェス?

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 俺達は、ダマスカス伯爵領の南端を越えて行き先を決めている最中に、フレアバードのヒナに懐かれてしまった。とりあえずマットの師匠のところでフレアバードの世話をするつもりだったが、そちらは何とか片付いた。
 村の入口にある大樫も見えなくなり、街道を外れて草地を進みながら行き先を三人で相談をしていると、特に思いつくところもない。
 俺は目的地を変えないことを提案した。
 イチヨを治した丸薬とバイタミンも気になるが、もっと知りたいことがある。マットもスーも反対することはなかったので、俺達は師匠のところへ向かうことになった。

「ここからどのくらいなんだ?」
「南へ二十日は掛からないだろう」
「あまり遠くないよな。だったらあの村の人間とも交流があっておかしくないだろう?」
「少し理由があるんだよ。今話すより行って見るほうが早いから、説明はその時でいいだろう?」

 マットの師匠を転生組と読んでいた俺は、何かしらの事情があると察して追及はしなかった。
 何も目印のない草原をマットに従って何日も進み、近づいて来た森へと分け入る。街道から外れた場所になればなるほど、旅慣れた男がいるありがたみを感じる。
 宿泊施設など当然ないし、野営の準備も夜の番も自分達でやらなければならない。スーはとても頼りになる相棒だが、睡眠欲にだけは勝てないらしくて寝ずの番でも居眠りをよくしている。
 マットは何時寝ているのかを思うほど、いつも火の前に座っていた。

 野営だけでなく斥候でも見張りでも、俺なんかはただ感心して見ているだけだが、スーは常にマットの振る舞いを真似ている。熟練者から技を盗み取っているらしく、それは戦いでも同じだった。
 師匠の住む場所へ辿り着くまで、何度かモンスターに遭遇をした。
 最初は野良犬のような頭を持った小柄な人型のもの。この世界に不慣れだけど元の世界のゲームでは見たことのあるコボルドだとすぐにわかった。力は決して強くはないが動きは素早く、重いメイスの俺が一番苦戦を強いられた。
 マットやスーが四、五匹を倒す間に、俺はせいぜい一匹で、敵の顔を見ないようにして何とか止めも刺した。

 やはり剣に持ち替えようと決心を新たにしたのだが、その後に遭遇した芋虫のようなモンスター相手の時には、メイスのほうが重宝することを知った。
 俺のメイスでは一発で潰せたのに、スーのショートソードで刺し貫いた芋虫はまだまだ元気で、切り刻むまで動き続けた。
 スーの身軽さと素早さがあるから、芋虫の攻撃も体液も浴びることはなかったのだろうが、俺だと散々なことになると思われる。
 マットは見事に一刀両断をしていたが、とても真似は出来ない。
 その後もオークやら食虫植物のような気味の悪いものと戦ったが、剣には剣の、メイスにはメイスの得手不得手があることがよくわかった。
 俺はかなり悩んだ末に、メイスから剣へ持ち替える考えを一旦保留することにした。

 森を踏破するこの生活にも慣れ始めた頃、ようやく目的の場所へ到着した。
 一言で表すならば、深い森の中なのに巨大な岩の円柱がいきなりそそり立っている。
 木々が視界を遮るので幅は正確にはわからない。高さはよく知った赤い電波塔くらいなので三百メートルほどだと思う。

 マットは俺達に動かないよう指示をしてから岩壁へ近づき、足元にあった頭くらいの大きさの石を拾って壁沿いの窪みへはめている。
 時折、周囲を用心深く窺ってから窪んだ場所と石の表面を確認して、五つ目を置いた時だった。壁の一部が跳ね橋のようにゆっくりと下りて、そのまま倒れて割れてしまった。

「こっちへ来てもいいぞ」

 俺とスーは手招きをするマットのところへ向かった。
 マットが立つ足元の窪みには見ていたとおり石がはめられていたが、その表面には俺が見慣れた文字が二つ書かれている。窪みすべては確認できなかったが、見えた三つは『KI』に『KN』に『PO』。
 こちらの世界の文字はこんなに簡素で角ばったものではない。

「マット、石の表面に書かれた文字は何だ? 見慣れない気がするが」
「師匠が作った記号なのだが、この記号ごとに石の重さを決めている。種類は六種類で、『KI』が一番重くて『PO』が一番軽い」
「『KI』の次は何だ?」
「『QU』だが、それがどうした?」
「――気になっただけだ。それらを使ってあの壁の一部が倒れて入れる仕掛けになっているんだな」

 岩壁には、人が一人通れるくらいの入口ができている。中には通路が少しあって登りの長い階段が続き、先には小さな明かりが見える。

「隠し通路なのですっ」
「そうだ。この扉は決められた石を置いて初めて開くように仕掛けられている。一度開けたら今のように壊れてしまう。毎回開ける石が違うので、師匠に教えておいてもらわないと俺でも入れなくなる。前に丸薬を持って帰るのに時間が掛かったのは、このせいでもあった」
「その時はどうしたんだ?」
「普通に登ったさ」
「……そうか」
「ま、負けられないのですっ!」

 妙な対抗心を燃やしたスーが、木や山を登る時に使う靴先に埋めた刃を飛び出させたのは無視しよう。
 マットは、俺が考えていた以上にタフガイだった。三百メートルの岩壁をよじ登れる男なんて、某クモ男くらいしか知らない。
 しかしマットの師匠が用心深い人間なのか、マットの信用がないのか、どっちだろうか。

「階段の向こうが明るいのはどうしてだ?」
「普通に広場になっていて師匠が住んでいる。行ってみればわかるさ。だけどその前に、扉の残骸をどかせるのを手伝ってくれ」

 辺りが岩山なので、どれだけ岩の塊が散らばっていても不思議ではないが、毎回後片付けは面倒だろう。岩の扉を使い捨てとは、用心深いくせに豪快なのか大ざっぱなのか、師匠の性格の予想が全然つかない。
 俺達が割れた扉を片付けて階段へ踏み入ると、階段だけが見えていた時とは違って、右手にそこそこの空間が広がっている。
 マットが手にした灯りは何枚もの立てられた石の扉を映し、片手でその一枚を簡単に押し出した。
 某クモ男に匹敵するだけのことはある。マットの筋力に感心をしながら足元を見たら、入口地面へ向けて溝が掘られている。更に目を凝らすと丸い小さな石が敷き詰められていた。
 これなら持ち上げるより遥かに小さな力で動かせる、ベアリング構造が用いられているのだ。

 マットは入口へしっかり扉を立てると、溝と垂直に交わるように埋まっていた金具の棒を二本引っ張り出して、石扉の下へ引っ掛けた。外の窪みに積まれた石が重くなると、こちら側の金具が押し出て扉を倒すのだろう。
 据え付けた新たな扉には、外の石と同じように見なれた二文字アルファベットが五つ書かれている。『KI』と『PO』は同じだったが、新たに『KN』と『BI』があった。
 他の扉も気になって見てみると、必ず真ん中に『KI』、その隣は『QU』や『KN』や『LU』、『PO』だけは『KI』の上といった妙に規則性のある書き方だ。
 俺はこれを知っている。

「……マット、チェスって聞いたことがあるか?」
「――どうしてお前が知っている?」
「チェスって何ですか?」
「マットへの答えは――俺も知っているから。スーヘの答えは、いわゆる頭を使う遊びだ」
「頭は使わずに、スーは遊びたいのですっ」
「マットの師匠が持っていたらやってみればいいさ。多分勝てないだろうがな」

 俺は、マットが立ち止まったままなのも気にせず先に階段を昇った。
 間違いなく同じ境遇の人が待っているようだ。
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