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12 バイタミン
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「あの時は正直助かったと思っている。その礼のつもりだから安心しろ」
「後のクエストでかなりの報酬はもらったはずだが?」
「あれの相場は、裕福な商家の娘ミレーを護衛する時のものだ。伯爵令嬢ミレーネだと比較にもならない。こっちがまだ借りが多い状態だ」
「――わかった」
おかしな点がないことに納得した俺はマットに先を促した。
「スカウトの娘のことは、俺の師匠に頼んで何とかできるかもしれない」
「師匠?」
「そうだ。あと十日ほど我慢してくれ」
「スーは大丈夫なのか?」
「それは正直わからない。だが俺の経験から言えるのは、水分だけはしっかり取らせておくことだ。食べ物も欲しがれば与えてもいいが、きっと腹が痛んで欲しがらないだろう」
マットの視線の先では、腹の上に両手を置いたスーが、真っ赤な顔をしてうなされている。
再び俺に顔を向けたマットは、小さな皮袋を懐から取り出して俺に手渡した。
「これは?」
「バイタミンというかなり不味い薬草丸が入っている。そのままでは腹にしみるだろうから、湯に少しだけ溶かして飲ませてやることだ」
「バイタミン?」
「師匠によると、いろいろ滋養のある果実や薬草を錬って丸めたものらしい」
「薬草丸はバイタミンという総称なのか?」
何となく違和感を覚えたが、偶然の一致と言い切るには情報が足りない。
「バイタミンは師匠独自の命名だ。薬は、ポーションと呼ばれるのが通常だ」
「――そうか。飲んでもいいか?」
「構わないが、かなり強烈だぞ?」
俺はマットの忠告を肝に銘じて、一粒だけ口に入れた。
すっぱっ、にっがっ、くっさっ、まっずっ‼
耐えきれずに吐き出すそうかと悩んだが、水で勢いよく流し込むことにした。
スーへ飲ませるのに俺は吐き出すなんて、なんとなく卑怯で嫌だった。
しかし、口の中にはザワザワとした違和感と味覚が残っている。
まだ青い柑橘系の酸っぱ苦さの中に、青臭いミントの香りとえぐみがまったく調和せず、すべてが力強く自己主張をしている。
抹茶とは言わないが、せめて蕎麦を引くくらいの細粒化手段があれば、この角がとれて、まずさも軽減されるだろうに。
そこには思い至らないのか? それとも俺の考えすぎか?
マットの師匠が、俺と同じ転生組なのかもしれないなんて。
しかし湧き上がる興味に、どうしても確認せずにはいられない。
「……マ、マットの師匠って何者だ?」
「俺も偶然知り合ってから、何度も不思議に感じて聞いたが一向に教えてくれなかった」
「こ、今度会わせてくれ」
悶えるような口調で何とか声を絞り出した涙目の俺に、マットは笑いをかみ殺しながら答えた
「師匠は偏屈だからどうだろうな。一応伝えておこう」
俺の呼吸が普通に戻ると、マットは用が済んだと席を立った。俺も一緒に食堂までは見送ると、宿屋の主人にもらったお湯へバイタミンを溶かして、スーに飲ませようとした。
声を掛けて口許へ器を持って行っても全然飲まない。起こしたくはないが、仕方がないので軽く頬を撫でて目を覚まそうとしたがダメだった。
眠っている人間に何かを飲ませるなんて至難の業だ。病院にあるような飲み口が細くなった吸入用の器などここにはない。
これが俺の知るビタミンだとして、効くのかも怪しい栄養剤には違いない。
それでも身をもってわかったのは、ミントがかなり入っている。つまり殺菌作用が強いってことと、ミントは虫よけにも使われるし、効能としてはそう悪くはないと思う。
何度も口許やら枕を濡らして失敗を繰り返した俺は、とうとう決意を固めた。
スーの寝台へ静かにゆっくりと入って、少し汗ばんだ金色の髪が輝く頭を膝枕に載せる。
水分補給と栄養補給が絶対的に必要。
意識はしない、意識はしない。
自分自身へ必死に言い聞かせながら、器から液体を口一杯に含む。さっきはあれほどマズく思えたのに、今は何も味がしない。
味覚が木に戻ったわけではない、緊張しているだけだ。
スーへ顔を近づける間も、うっかり目を瞑ってしまうくらいのうろたえ振りだ。
女であるプリの体になってから何度も自分で体を拭いたし、汗を掻いたスーの体もできるだけ綺麗にしてやっている。その時にはこんな感情は抱いたことはない。元々が欲の薄い人間だったところに起因するのかもしれないが、日常的に必要な作業をこなしているだけだからだ。
しかし、女の子同士で唇を合わせるなんてことは、俺の日常イベントでは決して発生しない。
深く考えるな。今の俺はプリだ、女の子だ。おかしな感情を抱くことが変なのだ。
一度姿勢を元に戻してから、スーの顔を両手で優しく包み込み、ゆっくりと顔を近づけて唇を交える。
見た目通りにやわらかい感触に、邪な想いが起きなかったと言えば嘘になる。しかしそんな感情が芽生えた瞬間、口の中で激烈な苦さが広がり、改めて気持ちを引き締めた。
口移しなんて経験もないし、どうすればいいのかなど全然わからない。試しに唇を接した状態で液体を流してみたが、開いていないスーの口にはほとんど入らなかった。
「後のクエストでかなりの報酬はもらったはずだが?」
「あれの相場は、裕福な商家の娘ミレーを護衛する時のものだ。伯爵令嬢ミレーネだと比較にもならない。こっちがまだ借りが多い状態だ」
「――わかった」
おかしな点がないことに納得した俺はマットに先を促した。
「スカウトの娘のことは、俺の師匠に頼んで何とかできるかもしれない」
「師匠?」
「そうだ。あと十日ほど我慢してくれ」
「スーは大丈夫なのか?」
「それは正直わからない。だが俺の経験から言えるのは、水分だけはしっかり取らせておくことだ。食べ物も欲しがれば与えてもいいが、きっと腹が痛んで欲しがらないだろう」
マットの視線の先では、腹の上に両手を置いたスーが、真っ赤な顔をしてうなされている。
再び俺に顔を向けたマットは、小さな皮袋を懐から取り出して俺に手渡した。
「これは?」
「バイタミンというかなり不味い薬草丸が入っている。そのままでは腹にしみるだろうから、湯に少しだけ溶かして飲ませてやることだ」
「バイタミン?」
「師匠によると、いろいろ滋養のある果実や薬草を錬って丸めたものらしい」
「薬草丸はバイタミンという総称なのか?」
何となく違和感を覚えたが、偶然の一致と言い切るには情報が足りない。
「バイタミンは師匠独自の命名だ。薬は、ポーションと呼ばれるのが通常だ」
「――そうか。飲んでもいいか?」
「構わないが、かなり強烈だぞ?」
俺はマットの忠告を肝に銘じて、一粒だけ口に入れた。
すっぱっ、にっがっ、くっさっ、まっずっ‼
耐えきれずに吐き出すそうかと悩んだが、水で勢いよく流し込むことにした。
スーへ飲ませるのに俺は吐き出すなんて、なんとなく卑怯で嫌だった。
しかし、口の中にはザワザワとした違和感と味覚が残っている。
まだ青い柑橘系の酸っぱ苦さの中に、青臭いミントの香りとえぐみがまったく調和せず、すべてが力強く自己主張をしている。
抹茶とは言わないが、せめて蕎麦を引くくらいの細粒化手段があれば、この角がとれて、まずさも軽減されるだろうに。
そこには思い至らないのか? それとも俺の考えすぎか?
マットの師匠が、俺と同じ転生組なのかもしれないなんて。
しかし湧き上がる興味に、どうしても確認せずにはいられない。
「……マ、マットの師匠って何者だ?」
「俺も偶然知り合ってから、何度も不思議に感じて聞いたが一向に教えてくれなかった」
「こ、今度会わせてくれ」
悶えるような口調で何とか声を絞り出した涙目の俺に、マットは笑いをかみ殺しながら答えた
「師匠は偏屈だからどうだろうな。一応伝えておこう」
俺の呼吸が普通に戻ると、マットは用が済んだと席を立った。俺も一緒に食堂までは見送ると、宿屋の主人にもらったお湯へバイタミンを溶かして、スーに飲ませようとした。
声を掛けて口許へ器を持って行っても全然飲まない。起こしたくはないが、仕方がないので軽く頬を撫でて目を覚まそうとしたがダメだった。
眠っている人間に何かを飲ませるなんて至難の業だ。病院にあるような飲み口が細くなった吸入用の器などここにはない。
これが俺の知るビタミンだとして、効くのかも怪しい栄養剤には違いない。
それでも身をもってわかったのは、ミントがかなり入っている。つまり殺菌作用が強いってことと、ミントは虫よけにも使われるし、効能としてはそう悪くはないと思う。
何度も口許やら枕を濡らして失敗を繰り返した俺は、とうとう決意を固めた。
スーの寝台へ静かにゆっくりと入って、少し汗ばんだ金色の髪が輝く頭を膝枕に載せる。
水分補給と栄養補給が絶対的に必要。
意識はしない、意識はしない。
自分自身へ必死に言い聞かせながら、器から液体を口一杯に含む。さっきはあれほどマズく思えたのに、今は何も味がしない。
味覚が木に戻ったわけではない、緊張しているだけだ。
スーへ顔を近づける間も、うっかり目を瞑ってしまうくらいのうろたえ振りだ。
女であるプリの体になってから何度も自分で体を拭いたし、汗を掻いたスーの体もできるだけ綺麗にしてやっている。その時にはこんな感情は抱いたことはない。元々が欲の薄い人間だったところに起因するのかもしれないが、日常的に必要な作業をこなしているだけだからだ。
しかし、女の子同士で唇を合わせるなんてことは、俺の日常イベントでは決して発生しない。
深く考えるな。今の俺はプリだ、女の子だ。おかしな感情を抱くことが変なのだ。
一度姿勢を元に戻してから、スーの顔を両手で優しく包み込み、ゆっくりと顔を近づけて唇を交える。
見た目通りにやわらかい感触に、邪な想いが起きなかったと言えば嘘になる。しかしそんな感情が芽生えた瞬間、口の中で激烈な苦さが広がり、改めて気持ちを引き締めた。
口移しなんて経験もないし、どうすればいいのかなど全然わからない。試しに唇を接した状態で液体を流してみたが、開いていないスーの口にはほとんど入らなかった。
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