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期待されないのがありがたい時もある
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「第四会場で次の相手が決まる試合をしているから、手っ取り早く反省会をしたら観戦するぞ」
フロアーの端に集まって浮かれている俺たちの前で、柳監督がガラの悪いサングラス越しに睨んでいる――特に俺を。
「支倉、期待以上の先鋒の働き、よかったぞ」
「ありがとうございます」
「田所、東高の主将相手によく粘ったな」
「はい! ありがとうございます!」
「高橋、もう少し丁寧な仕掛けをしたら、もっと楽に勝てたはずだ。次は気をつけろ」
「はい!」
「で――白石、何か言いたいことはあるか?」
「……迷惑を掛けてすみませんでした」
「ひさしぶりの試合で緊張するなとは言わない。しかしお前は相手を見ていたか?」
「いえ……」
「監督、今のはどういう意味ですか?」
俺と柳監督のやりとりを不思議に思った高橋が口を挟む。柳監督は少しだけ勘違いをしながらもお見通しだった。
「白石は東高選手のことなど全然見えていない。たぶん……熊沢先輩とやっている気だったのだろう」
「だからあの容赦のない蹴りか!」
「熊沢五段だったらビクともしないだろうけど、それはダメだろう」
「始まる前にお前なら楽勝だって言ったよな? 何を無駄に気負っているんだ!」
田所先輩以外の三人から一斉に責められる。今さら仮想敵は熊沢じゃなくて大和と言い直すこともできず、俺は黙って神妙に頭を下げた。
「二回戦は、調子が良さそうな高橋を中堅にする。高橋、そのつもりでな」
「は、はい! 雅久、悪いな」
「全然大丈夫だ」
「バカ野郎!! もっと悔しがれ!」
いきなり大和が俺の胸ぐらをつかんで怒りだした。
本調子でないことは俺自身が一番よくわかっているし、試合に勝つための監督判断も正しい。オーダーについて悔しかろうが反論のしようがない。
お前は期待されていないって宣告みたいなものだけど、新川たちはずっとこのポジションだった。試合にはこれまで出ているのだから、出られない連中よりはずっといいのだろうけどこんな気持ちさえも俺は知らなかった。
でも逆に言えば、気負わずに戦えるのはありがたい。大和は怒っているけど今の俺には意外と合っている気がする。
しかし今回のオーダー変更で一つだけ疑問が浮かんだが、この場で口にすることでもない。黙って睨み合う俺たちにまたまた例の声が届いた。
「お二人はそんなに私を喜ばせて、一体どうされたいのですかーっ!?」
揉めている様子がお気に召した月島の歓喜の叫びが響く。大和が慌てて俺の道着から手を放した。
やはり一度拳骨を落としに行くべきかと考えていたら、先に俺たちの頭へ柳監督が痛い拳を落した。大和はともかく、どうして俺もと言いたかったけど熊沢の二回戦突破ノルマを想い出した。
あの理不尽大熊は柳監督にも無茶苦茶なペナルティを課しているのだろう。
「お前らの夫婦喧嘩は、月島しか食わないぜ」
「雅久が相手を見間違わないように、しっかり目の前の試合を見るとするか」
最後は冗談交じりの高橋と新川の言葉で反省会を終えると第四会場へと向かう。俺も真剣に次の相手が決まる試合に集中した。
「勝つのは……産業大学みたいだ」
「旭道場の主力二名は、君たち学生と違って社会人だから調整が上手くいかなかったのだろう」
意外そうな大和の声に、柳監督が試合を見ながら気づいた相手選手の考察を口にする。
俺の記憶でも産業大学は柔道がめっぽう強いが、空手はそれほどではない。
「産業大学のオーダーは『中堅最強型』。二回戦も変更がないとしたら、高橋、気を引き締めていけよ」
「は、はい!」
そして俺たちの第二試合が始まったのだが、まさかの大苦戦になった。
先鋒の大和が勝ったのは穏当というか予想どおり。
しかし次鋒の田所先輩が一回戦を勝てて気が抜けたのかあっさり負けてしまう。高橋も初めて中堅を任された緊張で気負って、敗れるというまったく嬉しくない展開。
このまま俺が負ければ即大会終了の場面だが、ここで挽回をすればさっきの失態もチャラになる。
俄然やる気になった俺は、入念に太腿を動かしてから、相手選手をじっくり見極めるためにゆっくりと開始線へ向かった。
身体つきは俺より少し大きいくらい。先程の試合を見る限りは『攻撃型』と思う。
だとしたら一発得意技を早々に決めてやる。
「礼! 構え! 始め!!」
試合会場は第三会場なので一回戦目と同じ主審の気合いの入った号令で試合が始まった。
相手は考えたとおり攻撃重視のスタイル。俺も怯むことなく前に出て激しい打ち合いになる。すぐに主審の『待て』の合図が入って仕切り直すと、試合が再開される。
俺たちは同じような打ち合いを何度か演じたが、どちらも決められなかった。タイミングを計ったようにお互いが下がって距離を置いた。
熊沢を相手に嫌というほどしごかれてきたので、大学生の力が強いとは思わないが、俺よりも長い手足に攻撃が阻まれて思うように狙えない。
ならば先にその手足を料理するだけのことなのだが、大会ルールでは足への攻撃は判定が結構厳しい。足払いはできるのだが、膝などへの攻撃は禁じられている。狙いが外れて反則を取られる危険性もある。
フロアーの端に集まって浮かれている俺たちの前で、柳監督がガラの悪いサングラス越しに睨んでいる――特に俺を。
「支倉、期待以上の先鋒の働き、よかったぞ」
「ありがとうございます」
「田所、東高の主将相手によく粘ったな」
「はい! ありがとうございます!」
「高橋、もう少し丁寧な仕掛けをしたら、もっと楽に勝てたはずだ。次は気をつけろ」
「はい!」
「で――白石、何か言いたいことはあるか?」
「……迷惑を掛けてすみませんでした」
「ひさしぶりの試合で緊張するなとは言わない。しかしお前は相手を見ていたか?」
「いえ……」
「監督、今のはどういう意味ですか?」
俺と柳監督のやりとりを不思議に思った高橋が口を挟む。柳監督は少しだけ勘違いをしながらもお見通しだった。
「白石は東高選手のことなど全然見えていない。たぶん……熊沢先輩とやっている気だったのだろう」
「だからあの容赦のない蹴りか!」
「熊沢五段だったらビクともしないだろうけど、それはダメだろう」
「始まる前にお前なら楽勝だって言ったよな? 何を無駄に気負っているんだ!」
田所先輩以外の三人から一斉に責められる。今さら仮想敵は熊沢じゃなくて大和と言い直すこともできず、俺は黙って神妙に頭を下げた。
「二回戦は、調子が良さそうな高橋を中堅にする。高橋、そのつもりでな」
「は、はい! 雅久、悪いな」
「全然大丈夫だ」
「バカ野郎!! もっと悔しがれ!」
いきなり大和が俺の胸ぐらをつかんで怒りだした。
本調子でないことは俺自身が一番よくわかっているし、試合に勝つための監督判断も正しい。オーダーについて悔しかろうが反論のしようがない。
お前は期待されていないって宣告みたいなものだけど、新川たちはずっとこのポジションだった。試合にはこれまで出ているのだから、出られない連中よりはずっといいのだろうけどこんな気持ちさえも俺は知らなかった。
でも逆に言えば、気負わずに戦えるのはありがたい。大和は怒っているけど今の俺には意外と合っている気がする。
しかし今回のオーダー変更で一つだけ疑問が浮かんだが、この場で口にすることでもない。黙って睨み合う俺たちにまたまた例の声が届いた。
「お二人はそんなに私を喜ばせて、一体どうされたいのですかーっ!?」
揉めている様子がお気に召した月島の歓喜の叫びが響く。大和が慌てて俺の道着から手を放した。
やはり一度拳骨を落としに行くべきかと考えていたら、先に俺たちの頭へ柳監督が痛い拳を落した。大和はともかく、どうして俺もと言いたかったけど熊沢の二回戦突破ノルマを想い出した。
あの理不尽大熊は柳監督にも無茶苦茶なペナルティを課しているのだろう。
「お前らの夫婦喧嘩は、月島しか食わないぜ」
「雅久が相手を見間違わないように、しっかり目の前の試合を見るとするか」
最後は冗談交じりの高橋と新川の言葉で反省会を終えると第四会場へと向かう。俺も真剣に次の相手が決まる試合に集中した。
「勝つのは……産業大学みたいだ」
「旭道場の主力二名は、君たち学生と違って社会人だから調整が上手くいかなかったのだろう」
意外そうな大和の声に、柳監督が試合を見ながら気づいた相手選手の考察を口にする。
俺の記憶でも産業大学は柔道がめっぽう強いが、空手はそれほどではない。
「産業大学のオーダーは『中堅最強型』。二回戦も変更がないとしたら、高橋、気を引き締めていけよ」
「は、はい!」
そして俺たちの第二試合が始まったのだが、まさかの大苦戦になった。
先鋒の大和が勝ったのは穏当というか予想どおり。
しかし次鋒の田所先輩が一回戦を勝てて気が抜けたのかあっさり負けてしまう。高橋も初めて中堅を任された緊張で気負って、敗れるというまったく嬉しくない展開。
このまま俺が負ければ即大会終了の場面だが、ここで挽回をすればさっきの失態もチャラになる。
俄然やる気になった俺は、入念に太腿を動かしてから、相手選手をじっくり見極めるためにゆっくりと開始線へ向かった。
身体つきは俺より少し大きいくらい。先程の試合を見る限りは『攻撃型』と思う。
だとしたら一発得意技を早々に決めてやる。
「礼! 構え! 始め!!」
試合会場は第三会場なので一回戦目と同じ主審の気合いの入った号令で試合が始まった。
相手は考えたとおり攻撃重視のスタイル。俺も怯むことなく前に出て激しい打ち合いになる。すぐに主審の『待て』の合図が入って仕切り直すと、試合が再開される。
俺たちは同じような打ち合いを何度か演じたが、どちらも決められなかった。タイミングを計ったようにお互いが下がって距離を置いた。
熊沢を相手に嫌というほどしごかれてきたので、大学生の力が強いとは思わないが、俺よりも長い手足に攻撃が阻まれて思うように狙えない。
ならば先にその手足を料理するだけのことなのだが、大会ルールでは足への攻撃は判定が結構厳しい。足払いはできるのだが、膝などへの攻撃は禁じられている。狙いが外れて反則を取られる危険性もある。
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