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予選開始
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「開会式二十分前です。選手は入退場口前へ集合してください」
俺たちが柔軟を終えて水分補給をしていると、館内放送が流れたので入場準備の列に並んだ。参加者プラカードを見ていると、道場と会社などの一般参加団体はそれほどいなかった。一番多いのは当然のことながら学校の部活参加だった。
会場のアナウンスで一番先頭の団体が入場を始めると列が流れ始め、ゆっくりと歩き出す。少し薄暗い廊下から入場扉をくぐった瞬間、俺たちが力強くアナウンスされた。
「瀧上道場!! 代表 田所選手っ!」
今回の参加の原動力となった先輩が緊張に引きつった顔を上げて大きく踏み出し、大和、俺、高橋、新川の試合の出番順に入場する。月島や道場生が俺たちの名前を叫び、拍手をしてくれている。
試合も何もしていないのに、思わず目頭が熱くなった。
成り行きで出場している俺にも、これほど強く応援をしてくれる人たちがいる。こんな場所じゃなければ感極まって叫び出していたかもしれない。
俺以外のメンバーは、ずっと試合にも出ていたのでいつものことだったかもしれないが、俺が勝手に一人で盛り上がった開会式を終えると、柳監督から指示があった。
「僕は個人戦の副審をしてくるから、それぞれ疲れない程度に体を温めて、試合の一時間半以上前には昼ごはんを済ませておくように」
午前は組手と形の個人戦が行われ、団体戦は午後からになる。俺たちの中から個人戦に参加する選手はいないことから柳監督は公平な立場を見込まれて、試合の審判を頼まれたとのことだった。
開会式のために道着を着ていたので、ロッカーヘ戻ってジャージに着替えると午後の出番までは時間がある。観客席へ行って神崎先輩に挨拶をしてもいいのだが、どうせなら勝ってから会いに行きたいし、そのくらいの見栄はある。月島への注意は、さっきの熱い入場応援でチャラにすることにした。
「どこかで軽く手合わせでもしておくか」
大和の言葉に従った俺たちは、中学の頃と同じように体育館の周囲に空いたスペースを見つけ出し、それぞれが得意な技を確認する。
本当にいい天気だ。太陽が出て気温が上がっているのか、少し動いただけで汗がにじみ出てくる。
はやる気持ちを抑えるように黙々と体を動かしてから弁当を食べ、再び道着へと着替えてフロアーヘ戻ると、応援席には新たな人物が来ていた。
若先生と桜ちゃん、その隣には瑞樹がいる。
桜ちゃんと楽しそうに話をしているが、私服を見たのはひさしぶりだ。丈の少し短い白のワンピースが良く似合っている。読モと胸を張っているだけあって服装のセンスはいい。午前中から悪目立ちをしている月島の近くにいるせいで瑞樹も自然と注目を集めているようだった。
「桜ちゃんの隣のかわいい女子、誰だ!? 若先生の愛人か!!」
「どこかで見た気はするが全然思い出せんっ。雅久、知ってるか!?」
「誰だろうな?」
「大和は!?」
「そんなことどうでもいいだろう」
「高橋! 今すぐ若先生のところへ行くぞ!」
「おうっ!」
「君たち二人はすごい余裕だな。観客席なんて近場じゃなくて、どうせなら試合が終わるまで外でも走ってくるか?」
「じょ、冗談です」
副審を終えて、再びガラの悪いサングラスをした柳監督の顔が引きつっている。試合を前にして無駄に体力を消耗する高橋と新川に少しキレ気味なのが怖い。
大和は、瑞樹のことをとぼけた俺へ白い眼を向けていた。瑞樹が男なのをこの場で教える必要性はまったくないから相手にしなかっただけだ。
大和が答えなかったのは柳監督と同じ理由だろう。このイケメンの爽やかスマイルの下には、貪欲な勝利への渇望が渦巻いていることを俺はとてもよく知っている。
「支倉と白石、対戦相手を見て来てくれ」
柳監督の指示でつい先ほど対戦表の張り出されたホワイトボードヘ向かう。背後から俺たちの名前を叫ぶ声がまた聞こえて、知らず知らずに笑みがこぼれる。
どいつもこいつも人の名前を気安く連呼しやがって……嬉しいじゃないか。
「ハーレム王、お楽しみ中に申し訳ないが、そろそろ集中しようぜ」
「わかってるよ」
大和の言葉遣いが変わり始めた。本気モード全開ってところか。
対戦表の前まで行って初戦の相手を確認する。俺は一瞬言葉を失ったが、イケメンはニヤリと悪そうな笑みを浮かべている。
「東高……新川、大丈夫か?」
「母校の部が敵になるのは最初からわかっていたことだ。こいつを倒した次は隣の市の旭道場と産業大学の勝ったほうか。俺は旭道場と考えるが、どう思う?」
大和は東高など目にないらしく二回戦をすでに考えているようだが、俺は目の前の試合で一杯一杯。
「んなこと言ってると、足元すくわれるぞ」
「初戦で気を引き締めるのはいいが、体が硬くなっていたら勝てるものも勝てない」
「俺はひさしぶりなんだ。一緒にするな」
確認した内容を戻って伝える。やはり新川は顔を引きつらせていたが、すぐに気持ちを切り替えたようだった。
フロアは八つに区切られて、組手、形、それぞれ四つの試合会場が作られている。俺たちは第三会場での試合がコールをされたので移動をして、試合会場のマットの中央で一列に整列をして東高と相対する。
運動部同士で顔見知りらしい新川は、二言三言、言葉を交わしていたがすぐに号令が掛かる。主審、副審へ礼をして俺たちが下がると、先鋒の大和と相手選手だけが残り、マットの開始線に立った。
「礼! 構え! 始め!!」
主審の気合いの入った号令で先鋒戦が開始された。
試合時間は三分間。時間一杯でのポイントの優劣、または、時間内でもお互いのポイント差が八ポイントになれば勝敗は決する。
ポイントの取り方は攻撃の種類などで変わってくる。
一 本:三ポイント。上段蹴りなど、相手を確実に倒せると
判断される攻撃。
技あり:二ポイント。相手を倒せるほどではないが、そこそ
この威力があると判断される攻撃。
有 効:一ポイント。技ありほどの威力はないが、相手へダ
メージがあると判断される攻撃。
反 則:一ポイントから八ポイント、厳しければ失格
『判断される攻撃』とあるのは、ルールが『寸止め』のためだ。つまりはおもいきり当てに行くことは許されておらず、逆にやり過ぎると『反則』と判断をされて、ポイントを相手に与えることになる。
俺がこれまで見てきた試合では、よほどの実力差がないかぎりは三分間の試合時間一杯を使っていたし、普通はそうなる。
しかし大和は違った。
開始早々の油断を突くつもりで相手が仕掛けてきた左手の前拳突きを、半歩だけ左足を引いてバックスウェーでかわしてすぐさま、低い軌道から前右足を振り上げて後ろ回し蹴り。
「一本っ!!」
主審の右手が迷いなく大和の方へ上げられ一斉の拍手と歓声にどよめく。その中に一際甲高い叫び声が聞こえる。
「出ましたーっ! 大和先輩のステルス回し蹴り!! スゴ過ぎですっ!」
期待に違わない月島の恥ずかしく黄色い声が体育館に鳴り響いている。そのうち審判から静粛にしろと指導を受けそうだ。
俺もあの蹴りは何度かもらったことがある。死角から来るので本当に見えないし、視界へ入った時には頭を刈られている。
しかし偶然にでも避けられるとリカバリーが難しい。攻撃のためとは言え、敵に背中を向けるので反撃を受けやすい。仕掛けるタイミングを計るのがとても難しい大技だ。
最初からあんな派手なのを出して決めるとは、イケメンぶりがすごすぎる。全然気づかなかったけれど相当気負っていたらしい。
その後も『技あり』を連続で三本取った大和は、一分の試合時間を残してあっさり勝ってしまった。
試合後の礼を相手と交わして戻って来たイケメンは少しだけ息が上がっていたが、勝利に表情を変えることもない。田所先輩とハイタッチをして俺の横に座った。
いつもより鋭くなっている目に、東高が見えていなかった理由がよくわかった。
第二試合の次鋒戦では、田所先輩も相手選手も空手で重んじられてきた『後の先』を取るタイプだった。いわゆるお見合いが続き、なかなか攻撃を仕掛けようとしなかい。
試合時間が半分以上過ぎて、お互いが積んだポイントは、『有効』と消極的姿勢による『警告』のみで四対三。田所先輩が一ポイントだけ先行している。
この差を守れば勝てるのだが、守りに入ると消極的と判断をされて『警告』の一ポイントが相手に加算されてしまう。
『後の先』の戦い方は、審判に消極的と判断をされるタイミングを常に考慮しながら、相手の攻撃に対して己に最大限有利となる反撃のチャンスを狙う神経戦ともいえる。
そのため思うようにならなければ、おざなりな反撃を仕掛けざるを得ないこともままある。さすがに田所先輩と相手選手は三年生同士で経験がものを言っている。ここまでのところそれはなかった。
「東高はこちらのオーダを研究して、一番弱いのを先鋒に持って来て、次鋒と副将と大将に強いやつを仕込む変則的な布陣だったようだな」
大和の嬉しくない解説に、副将の高橋と大将の新川は頭を抱えている。言い換えれば中堅は強くない。俺には絶対に勝てと要求しているのだ。相変わらず手厳しい。
「田所先輩! ファイッでぇーすっ!!」
「そこだ!!」
「イケ!! イケ!! た・ど・こ・ろ!」
観客席からの応援も、残り時間が少なくなるにしたがって熱を帯びている。
田所先輩も相手選手も必死に拳を繰り出し、タイムアップ。
肩で大きく息をして戻った先輩の顔には安堵の笑みが広がり、差し出された手に俺はハイタッチをする。
「雅久、頼んだ」
「はい!!」
二勝先取。ここで俺が決めれば一回戦突破だ。
俺たちが柔軟を終えて水分補給をしていると、館内放送が流れたので入場準備の列に並んだ。参加者プラカードを見ていると、道場と会社などの一般参加団体はそれほどいなかった。一番多いのは当然のことながら学校の部活参加だった。
会場のアナウンスで一番先頭の団体が入場を始めると列が流れ始め、ゆっくりと歩き出す。少し薄暗い廊下から入場扉をくぐった瞬間、俺たちが力強くアナウンスされた。
「瀧上道場!! 代表 田所選手っ!」
今回の参加の原動力となった先輩が緊張に引きつった顔を上げて大きく踏み出し、大和、俺、高橋、新川の試合の出番順に入場する。月島や道場生が俺たちの名前を叫び、拍手をしてくれている。
試合も何もしていないのに、思わず目頭が熱くなった。
成り行きで出場している俺にも、これほど強く応援をしてくれる人たちがいる。こんな場所じゃなければ感極まって叫び出していたかもしれない。
俺以外のメンバーは、ずっと試合にも出ていたのでいつものことだったかもしれないが、俺が勝手に一人で盛り上がった開会式を終えると、柳監督から指示があった。
「僕は個人戦の副審をしてくるから、それぞれ疲れない程度に体を温めて、試合の一時間半以上前には昼ごはんを済ませておくように」
午前は組手と形の個人戦が行われ、団体戦は午後からになる。俺たちの中から個人戦に参加する選手はいないことから柳監督は公平な立場を見込まれて、試合の審判を頼まれたとのことだった。
開会式のために道着を着ていたので、ロッカーヘ戻ってジャージに着替えると午後の出番までは時間がある。観客席へ行って神崎先輩に挨拶をしてもいいのだが、どうせなら勝ってから会いに行きたいし、そのくらいの見栄はある。月島への注意は、さっきの熱い入場応援でチャラにすることにした。
「どこかで軽く手合わせでもしておくか」
大和の言葉に従った俺たちは、中学の頃と同じように体育館の周囲に空いたスペースを見つけ出し、それぞれが得意な技を確認する。
本当にいい天気だ。太陽が出て気温が上がっているのか、少し動いただけで汗がにじみ出てくる。
はやる気持ちを抑えるように黙々と体を動かしてから弁当を食べ、再び道着へと着替えてフロアーヘ戻ると、応援席には新たな人物が来ていた。
若先生と桜ちゃん、その隣には瑞樹がいる。
桜ちゃんと楽しそうに話をしているが、私服を見たのはひさしぶりだ。丈の少し短い白のワンピースが良く似合っている。読モと胸を張っているだけあって服装のセンスはいい。午前中から悪目立ちをしている月島の近くにいるせいで瑞樹も自然と注目を集めているようだった。
「桜ちゃんの隣のかわいい女子、誰だ!? 若先生の愛人か!!」
「どこかで見た気はするが全然思い出せんっ。雅久、知ってるか!?」
「誰だろうな?」
「大和は!?」
「そんなことどうでもいいだろう」
「高橋! 今すぐ若先生のところへ行くぞ!」
「おうっ!」
「君たち二人はすごい余裕だな。観客席なんて近場じゃなくて、どうせなら試合が終わるまで外でも走ってくるか?」
「じょ、冗談です」
副審を終えて、再びガラの悪いサングラスをした柳監督の顔が引きつっている。試合を前にして無駄に体力を消耗する高橋と新川に少しキレ気味なのが怖い。
大和は、瑞樹のことをとぼけた俺へ白い眼を向けていた。瑞樹が男なのをこの場で教える必要性はまったくないから相手にしなかっただけだ。
大和が答えなかったのは柳監督と同じ理由だろう。このイケメンの爽やかスマイルの下には、貪欲な勝利への渇望が渦巻いていることを俺はとてもよく知っている。
「支倉と白石、対戦相手を見て来てくれ」
柳監督の指示でつい先ほど対戦表の張り出されたホワイトボードヘ向かう。背後から俺たちの名前を叫ぶ声がまた聞こえて、知らず知らずに笑みがこぼれる。
どいつもこいつも人の名前を気安く連呼しやがって……嬉しいじゃないか。
「ハーレム王、お楽しみ中に申し訳ないが、そろそろ集中しようぜ」
「わかってるよ」
大和の言葉遣いが変わり始めた。本気モード全開ってところか。
対戦表の前まで行って初戦の相手を確認する。俺は一瞬言葉を失ったが、イケメンはニヤリと悪そうな笑みを浮かべている。
「東高……新川、大丈夫か?」
「母校の部が敵になるのは最初からわかっていたことだ。こいつを倒した次は隣の市の旭道場と産業大学の勝ったほうか。俺は旭道場と考えるが、どう思う?」
大和は東高など目にないらしく二回戦をすでに考えているようだが、俺は目の前の試合で一杯一杯。
「んなこと言ってると、足元すくわれるぞ」
「初戦で気を引き締めるのはいいが、体が硬くなっていたら勝てるものも勝てない」
「俺はひさしぶりなんだ。一緒にするな」
確認した内容を戻って伝える。やはり新川は顔を引きつらせていたが、すぐに気持ちを切り替えたようだった。
フロアは八つに区切られて、組手、形、それぞれ四つの試合会場が作られている。俺たちは第三会場での試合がコールをされたので移動をして、試合会場のマットの中央で一列に整列をして東高と相対する。
運動部同士で顔見知りらしい新川は、二言三言、言葉を交わしていたがすぐに号令が掛かる。主審、副審へ礼をして俺たちが下がると、先鋒の大和と相手選手だけが残り、マットの開始線に立った。
「礼! 構え! 始め!!」
主審の気合いの入った号令で先鋒戦が開始された。
試合時間は三分間。時間一杯でのポイントの優劣、または、時間内でもお互いのポイント差が八ポイントになれば勝敗は決する。
ポイントの取り方は攻撃の種類などで変わってくる。
一 本:三ポイント。上段蹴りなど、相手を確実に倒せると
判断される攻撃。
技あり:二ポイント。相手を倒せるほどではないが、そこそ
この威力があると判断される攻撃。
有 効:一ポイント。技ありほどの威力はないが、相手へダ
メージがあると判断される攻撃。
反 則:一ポイントから八ポイント、厳しければ失格
『判断される攻撃』とあるのは、ルールが『寸止め』のためだ。つまりはおもいきり当てに行くことは許されておらず、逆にやり過ぎると『反則』と判断をされて、ポイントを相手に与えることになる。
俺がこれまで見てきた試合では、よほどの実力差がないかぎりは三分間の試合時間一杯を使っていたし、普通はそうなる。
しかし大和は違った。
開始早々の油断を突くつもりで相手が仕掛けてきた左手の前拳突きを、半歩だけ左足を引いてバックスウェーでかわしてすぐさま、低い軌道から前右足を振り上げて後ろ回し蹴り。
「一本っ!!」
主審の右手が迷いなく大和の方へ上げられ一斉の拍手と歓声にどよめく。その中に一際甲高い叫び声が聞こえる。
「出ましたーっ! 大和先輩のステルス回し蹴り!! スゴ過ぎですっ!」
期待に違わない月島の恥ずかしく黄色い声が体育館に鳴り響いている。そのうち審判から静粛にしろと指導を受けそうだ。
俺もあの蹴りは何度かもらったことがある。死角から来るので本当に見えないし、視界へ入った時には頭を刈られている。
しかし偶然にでも避けられるとリカバリーが難しい。攻撃のためとは言え、敵に背中を向けるので反撃を受けやすい。仕掛けるタイミングを計るのがとても難しい大技だ。
最初からあんな派手なのを出して決めるとは、イケメンぶりがすごすぎる。全然気づかなかったけれど相当気負っていたらしい。
その後も『技あり』を連続で三本取った大和は、一分の試合時間を残してあっさり勝ってしまった。
試合後の礼を相手と交わして戻って来たイケメンは少しだけ息が上がっていたが、勝利に表情を変えることもない。田所先輩とハイタッチをして俺の横に座った。
いつもより鋭くなっている目に、東高が見えていなかった理由がよくわかった。
第二試合の次鋒戦では、田所先輩も相手選手も空手で重んじられてきた『後の先』を取るタイプだった。いわゆるお見合いが続き、なかなか攻撃を仕掛けようとしなかい。
試合時間が半分以上過ぎて、お互いが積んだポイントは、『有効』と消極的姿勢による『警告』のみで四対三。田所先輩が一ポイントだけ先行している。
この差を守れば勝てるのだが、守りに入ると消極的と判断をされて『警告』の一ポイントが相手に加算されてしまう。
『後の先』の戦い方は、審判に消極的と判断をされるタイミングを常に考慮しながら、相手の攻撃に対して己に最大限有利となる反撃のチャンスを狙う神経戦ともいえる。
そのため思うようにならなければ、おざなりな反撃を仕掛けざるを得ないこともままある。さすがに田所先輩と相手選手は三年生同士で経験がものを言っている。ここまでのところそれはなかった。
「東高はこちらのオーダを研究して、一番弱いのを先鋒に持って来て、次鋒と副将と大将に強いやつを仕込む変則的な布陣だったようだな」
大和の嬉しくない解説に、副将の高橋と大将の新川は頭を抱えている。言い換えれば中堅は強くない。俺には絶対に勝てと要求しているのだ。相変わらず手厳しい。
「田所先輩! ファイッでぇーすっ!!」
「そこだ!!」
「イケ!! イケ!! た・ど・こ・ろ!」
観客席からの応援も、残り時間が少なくなるにしたがって熱を帯びている。
田所先輩も相手選手も必死に拳を繰り出し、タイムアップ。
肩で大きく息をして戻った先輩の顔には安堵の笑みが広がり、差し出された手に俺はハイタッチをする。
「雅久、頼んだ」
「はい!!」
二勝先取。ここで俺が決めれば一回戦突破だ。
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