それでも濡れ衣には感謝している

ナギノセン

文字の大きさ
上 下
18 / 39

学校祭前 PART1

しおりを挟む
 いつものように屋上へ続く階段で、さっきからあくびばかりしている雅久と来月に開催される学校祭の話を私はしていた。

「クラブを何もしていないなら学校祭は何するの? クラスの出し物のお手伝い?」
「俺は文芸部に入ってるからクラスは幽霊参加。と言っても普段から幽霊だけど」
「文芸部?」
「知らなかったのか? 絵のことは菜緒がちゃっかり教えていたみたいだったから、小説もとっくに聞いているだろうって勝手に思ってたら違ったみたいだな」

 予想外の答えに私は固まった。
 得意分野の空手と絵しか頭になかったので他の部活は思いもしない。
 菜緒ちゃん!! こんな重要なことは早く教えてよね!
 私が心の中で盛大に文句を言っていることなど知るよしもなく、雅久はボヤーと言葉を続ける。

「その準備で他の部員の作った小説やエッセイの推敲とか、誤字チェックをやらされたりして、完全に睡眠不足だわー」

 また遅くまで絵を描いていたのかと思ったけど、ここ数日の雅久のイラストサイトは更新されていなかった。原因が何かと思っていたらそういうことだったのね。
 でも小説まで書いてるって、雅久には文才まであるのかしら?

「雅久も小説を学校祭に出すの?」
「俺のはそんなレベルじゃないから無理。だけど三年生に神崎かんざき先輩ってすげー人がいてさ、ホントどうしたらあんな風に書けるのかいつも不思議なんだよ」
「神崎さんって特選科の?」
「そうだけど?」

 文芸部と聞いた瞬間に名前くらい思い出すべきだったのに、私はうっかり失念をしていた。

 神崎かんざき美織みおり、ペンネーム『三室戸みむろど美崎みさき』。
 高校三年生にして既に小説家デビューもはたしている、この学校で誰もが知る才媛。菜緒ちゃん情報によると、雅久をここまでライトノベルにハマらせる原因を作った張本人。

 中学時代にすごく落ち込んだ雅久が本屋さんでたまたま手にしたラノベにとても感動をして、寝食も忘れるほど読みふけった時期があった。その中の一冊が神崎先輩のもので、風景や出てくる地名がこの辺りのご当地小説だった。

 雅久は必死になって作者を調べようとしたところ、拍子抜けするほどあっさり誰だかわかったらしい。
 市や商店街が活性化の旗印のもと、至るところに本のタイトルと著者名の書かれたのぼりやポスターを張り出し、住んでいる人も知人が有名人になった誇らしさからわけ知り顔で教えたがったからだ。

 小説一冊でこれほどの影響力を持つ神崎先輩に、雅久はすっかり魅了されてしまったのだが、まさか二人が既につながっているとは思いも寄らなかった。
 菜緒ちゃん情報になかったのは、やっぱり小学生だから高校生活の深いところまでは把握できていなかったのだろう。でも小学生をそこまで頼りにしている私って、何だかとても情けない。

「どうした? 俺のことより瑞樹は何するの? 俺たちは夏休みから準備してるけど、転校早々だとさすがに無理か」

 気がつけば、黙り込んだ私を雅久が覗き込んでいたので、慌てて私も答えた。
「ううん、それは転入時のガイダンスで知っていたから。各クラスで合唱をするところの伴奏をいくつか頼まれているのと、音楽科の演奏会もメンバーに入っているの」
「短期間なのにすごいな。曲は何?」
「合唱はいろいろやるよ。流行のポップスとか、お決まりの合唱曲とか」
「ポップスって、そんな普通の曲も歌うんだな」
「だって知らない難しい曲ばかりって、聞いていても面白くないじゃない」
「確かにお祭りだもんな。楽譜とかはどうするんだ?」
「ん? 適当に耳コピするよ?」
「お前が起こすの!? すごいな!」
「そうでもないと思うけど。主旋律はしっかりやるけど、他の部分はハモれるように音階をずらすだけの簡単なものだし」
「やっぱ特選科は伊達じゃないな。驚いたよ」

 学校祭は授業の一環なのだから単にドンちゃん騒ぎをやるためだけのものではない。
 雅久が驚いているのは、きっと普通科と特選科の学校祭へ臨むスタンスの違いだ。
 普通科では、学校祭の参加に前向きなクラスと後ろ向きのクラスがある。後ろ向きのクラスは申し訳程度の研究発表とかのレポートを展示して、お茶を濁して許されることもあるらしい。
 だけど特選科はその一芸で入学をして、普通科とは違った授業のカリキュラムも組まれたり奨学金もある。そのために成果を披露する場との意味もあり、暗黙のうちに学校祭へ全力で参加することが義務付けられている。

「でも自分の演奏分はまだ思案中なの。やろうかなって考えていた曲が上級生と重なったみたいで」
「そっか。俺が昔聞いた曲とかでは簡単すぎるしダメだよな。結構好きなのがあったんだけど」
「何?」
「『月光』だったか?」
「小学校の時に、聴きに来てくれた発表会で弾いたやつだ。懐かしいなあ」
「あれの直前は、練習練習って全然遊べなかったから結構寂しかったけど、演奏聴いて感動して、瑞樹はスゲーって思ったなあ」
「そ、そうなの? 初めて聞いたんだけど……」
「女じゃあるまいし、んなこと言えるかよ。なんて今バラしてるけど、もう昔の話で時効だ時効」
「そ、そうなんだ」

 思いもしない雅久の告白に、私は嬉しさと恥ずかしさから挙動不審になってしまっているのが自分でもわかる。
 手を組んだり解いたり背伸びをしたり、何かをやっていないと落ち着かない。
 ピアノの準備運動とでも考えてくれるといいのだけど。

「と、ところで、後夜祭はどうするつもりなの?」
「どうだろうな。文芸部では特に何も言われてないし、クラスは幽霊だから、たぶん帰るんじゃないか?」
「えー、雅久もこっそりうちのクラスに混じりなよ。きっと誰も文句なんて言わないよ。もし打ち解けたら、いっそのこと特選科に転科しちゃえばいいじゃない」

 後夜祭は普通科も特選科も自由参加になっている。出たくなければ帰るだけだ。しかし何かを一緒に成し遂げた仲間同士なら間違いなく盛り上がることから、特選科は強制されなくても全員が参加するものらしい。
 今さら転科なんて言い出した自分にも驚いたけど、雅久はもっと驚いたようだった。

「お前、俺の推薦枠は空手だと思っていたんじゃなかったのか?」
「最初はね。でも菜緒ちゃんから聞いて知ったんだ」
「……そっか。けど転科はありえないし、そんなこと言ってないで楽しんでこいよ」
「そうだね。少し考えすぎだったかな」
「まあ、その、気を遣ってくれてありがとうな。演奏絶対に聴きに行くから場所と時間、メールにでも入れといてよ」
「うん、わかった」

 学校祭まで時間はあまりないけれど、急いで楽譜を探して準備をしよう。
 考えていた曲目ではなくなるけれど、神崎先輩には遠く及ばないかもしれないけれど、雅久が来てくれるのだから絶対に成功させる。
 私の胸に強く温かい気持ちが宿った気がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

処理中です...