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地雷
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家に戻って大して汚れてもいない道着を洗濯機へ放り込む。居間から顔を出した母さんに呼ばれた。
空手の日は俺だけ帰りが遅くなるので皆の夕飯は終わっている。キッチンに置かれた俺の分を食べに行こうとしていたのだが、何か急用らしい母さんの前へ座る。父さんは相変わらず酔っばらって幸せそうに寝ていた。
「何?」
「ケガって大丈夫なの?」
「少し肩を打っただけで何ともないよ」
「だったら良かったけど気をつけてちょうだいよ」
「ごめん。じゃあ腹減ったから」
「ちょっと待ちなさい」
用は終わったと勝手に考えて立ち上がった俺を、母さんが少し怖い顔をして呼び止めた。
「瑞樹ちゃんのことだけど、人にはそれぞれ事情ってものがあるのだから、おかしな呼び方はやめなさい」
「ひょっとして『男の娘』のこと?」
「そうよ。あの場で注意をしようと思ったけど、本人の前でどうかと思って黙っていたのよ」
「俺も少し悪かったと思ってる。だけど見たまんまだろう?」
「……そうかもしれないけれど、瑞樹ちゃんには瑞樹ちゃんの考えがあると思わないの?」
「あいつ男だよ? 普通はあの格好っておかしくない?」
「へー、雅久はそんな風に考えるんだー」
いつもは大きい母さんの目がスッと細くなる。声が微妙に上ずったのを俺は感じた。
何か地雷踏んだ?
「だったら聞くけど、魔法少女アニメって『普通』は誰が見るものなのかしら?」
「あ……」
「母さんが言いたいことはわかってくれたわよね」
「……はい」
これを出されると何も言えない。
俺の大好きな魔法少女物アニメは、男子中高校生が好きでいることを世間では『普通』と見てくれない。
しかもあれだけの騒ぎを起こした原因の一つであるにもかかわらず、母さんも父さんもやめろとは言わなかった。俺はそれをいいことに、まだ好き好んで見たり描いたりしている。
つまりは人のことを言える資格はないし、俺もありままの瑞樹を受け入れなければならないと言いたいのだろう。
「別にそう難しいことじゃないのよ?」
「わかってる。今度から気をつけるよ」
「そうね、せっかく再会できた幼なじみだから大切になさい。そうだ、またお家へ呼んで泊まってもらいなさいよ」
「か、考えておくよ」
母さんが気を遣ってくれたのは感じたが、俺は少し引っ掛かることをふと思い出した。
「あのさ、いくら瑞樹でも菜緒の部屋に泊めるってのは、どうかと思うけど?」
「どうして?」
「だってあいつは男――じゃなくて、俺の幼なじみだし、俺の部屋のほうがいいだろう?」
瑞樹の容姿へ言及すると、どこに地雷があるかわからないから言葉選びは慎重にしなければならない。
俺が少し舌を噛みそうになりながら母さんを見る。なぜかとても困ったような顔をしていた。
「そ、そうだったかもね」
「あのパジャマもないと思うよ。言ってくれれば俺のジャージでも何でも貸すのに」
「た、確かにパジャマは買ってきておいてもいいかもしれないわ。雅久のでは瑞樹ちゃんにはちょっと大きいし、うん、そうしましょう。今日はもう遅いから早くご飯を食べてお風呂へ入りなさい」
「……わかった」
俺が晩ご飯を食べようとしたのを邪魔した母さんが、話を唐突に終わらせた。不自然さは感じたものの、このままでは夜の貴重な創作時間がなくなるだけなので、さっさとキッチンヘ行くことにした。
昨日は俺もあまり話せなかった。瑞樹が転校をしてきたら一度部屋へ呼んでやろう。
その時にでも、慎重に今日病院へ行ったかを聞き出すのもありだ。
俺の名札が絵の下に貼られているのだから瑞樹は気づくだろうし、放っておいても何か言ってくるかもしれない。
俺はモグモグと口を動かしながら、次に会った時のことをいろいろと考えた。
空手の日は俺だけ帰りが遅くなるので皆の夕飯は終わっている。キッチンに置かれた俺の分を食べに行こうとしていたのだが、何か急用らしい母さんの前へ座る。父さんは相変わらず酔っばらって幸せそうに寝ていた。
「何?」
「ケガって大丈夫なの?」
「少し肩を打っただけで何ともないよ」
「だったら良かったけど気をつけてちょうだいよ」
「ごめん。じゃあ腹減ったから」
「ちょっと待ちなさい」
用は終わったと勝手に考えて立ち上がった俺を、母さんが少し怖い顔をして呼び止めた。
「瑞樹ちゃんのことだけど、人にはそれぞれ事情ってものがあるのだから、おかしな呼び方はやめなさい」
「ひょっとして『男の娘』のこと?」
「そうよ。あの場で注意をしようと思ったけど、本人の前でどうかと思って黙っていたのよ」
「俺も少し悪かったと思ってる。だけど見たまんまだろう?」
「……そうかもしれないけれど、瑞樹ちゃんには瑞樹ちゃんの考えがあると思わないの?」
「あいつ男だよ? 普通はあの格好っておかしくない?」
「へー、雅久はそんな風に考えるんだー」
いつもは大きい母さんの目がスッと細くなる。声が微妙に上ずったのを俺は感じた。
何か地雷踏んだ?
「だったら聞くけど、魔法少女アニメって『普通』は誰が見るものなのかしら?」
「あ……」
「母さんが言いたいことはわかってくれたわよね」
「……はい」
これを出されると何も言えない。
俺の大好きな魔法少女物アニメは、男子中高校生が好きでいることを世間では『普通』と見てくれない。
しかもあれだけの騒ぎを起こした原因の一つであるにもかかわらず、母さんも父さんもやめろとは言わなかった。俺はそれをいいことに、まだ好き好んで見たり描いたりしている。
つまりは人のことを言える資格はないし、俺もありままの瑞樹を受け入れなければならないと言いたいのだろう。
「別にそう難しいことじゃないのよ?」
「わかってる。今度から気をつけるよ」
「そうね、せっかく再会できた幼なじみだから大切になさい。そうだ、またお家へ呼んで泊まってもらいなさいよ」
「か、考えておくよ」
母さんが気を遣ってくれたのは感じたが、俺は少し引っ掛かることをふと思い出した。
「あのさ、いくら瑞樹でも菜緒の部屋に泊めるってのは、どうかと思うけど?」
「どうして?」
「だってあいつは男――じゃなくて、俺の幼なじみだし、俺の部屋のほうがいいだろう?」
瑞樹の容姿へ言及すると、どこに地雷があるかわからないから言葉選びは慎重にしなければならない。
俺が少し舌を噛みそうになりながら母さんを見る。なぜかとても困ったような顔をしていた。
「そ、そうだったかもね」
「あのパジャマもないと思うよ。言ってくれれば俺のジャージでも何でも貸すのに」
「た、確かにパジャマは買ってきておいてもいいかもしれないわ。雅久のでは瑞樹ちゃんにはちょっと大きいし、うん、そうしましょう。今日はもう遅いから早くご飯を食べてお風呂へ入りなさい」
「……わかった」
俺が晩ご飯を食べようとしたのを邪魔した母さんが、話を唐突に終わらせた。不自然さは感じたものの、このままでは夜の貴重な創作時間がなくなるだけなので、さっさとキッチンヘ行くことにした。
昨日は俺もあまり話せなかった。瑞樹が転校をしてきたら一度部屋へ呼んでやろう。
その時にでも、慎重に今日病院へ行ったかを聞き出すのもありだ。
俺の名札が絵の下に貼られているのだから瑞樹は気づくだろうし、放っておいても何か言ってくるかもしれない。
俺はモグモグと口を動かしながら、次に会った時のことをいろいろと考えた。
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