それでも濡れ衣には感謝している

ナギノセン

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毒されている

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 今日の創作活動を妄想しながら風呂上りのスポーツドリンクを飲んでいると、赤い顔をした瑞樹がモジモジとしながらキッチンへ入って来た。
 いくら女装をしているからって、菜緒のパジャマはさすがに小さいと思うぞ、母さん。
 しかも、なぜそこまでして胸パッドを着用し続けているんだ?
 けどホントに腰とか細いよな。いくら女より男のほうが太りにくいからって、小学生のズボンが入るのは高校生男子としてどうなのだろう。

 まあ……いろいろな所がぱっつんぱっつんだけど、これはこれで創作意欲が――だからダメだって!
 変に意識をしたら急に顔が熱くなってきた。

「ど、どうした、赤い顔して?」
「が、雅久こそ、顔、赤いよ? お風呂入ったの?」
「お、おお、さっきそっちへ言いに行こうとしたんだけど、話が弾んでたみたいだから後にして、水分取ってた」
「え、ええっ!! 聞いていたの!?」
「と、扉越しだから何かしゃべってるなー、くらいだけど。聞かれたらマズイ話なの?」
「そ、そういうわけじゃないわよ! 菜緒ちゃんのクラブの話とか修学旅行楽しみとか、やっと英語の授業に慣れてきたとかよっ」
「そっか。あいつも俺と同じで足腰だけは頑丈だし、小学校で陸上頑張ってるからなあ」
「え、英語でわからないところは、雅久が見てくれるって嬉しそうに教えてくれたわよ」
「いくら俺でも、小学校レベルなら何とかなるさ」

 早めに扉の前から退散して正解だった。うっかり瑞樹に鉢合わせていたらとんでもないことだっただろう。
 こうやって聞いてみると、いろいろと話をしていたようだ。もともと菜緒は瑞樹に懐いている。ガールズトークって、男の娘でも成立するのか尋ねたらきっと怒るよな。

「お前らって昔から仲がいいよな。実の兄よりの瑞樹のほうを慕っている妹ってどうよ」
「そ、そんなことないと思うけど」
「オタ兄よりきれいなお兄さんのほうが好きってか。現実は残酷だねー」
「も、もう、変なこと言わないでよ!」
「いやホント、お前、すんごい美少女だと思うよ。いや美少年……なのかな?」
「え、あ、ありがとう」
「お、おう」
「あ、あのさ……」

 今のは礼を言われるところか?
 そうか、容姿を褒めたことには違いないからだな。
 しかしやけに思いつめた表情をした瑞樹が見つめてきて、何ともそそられる。

 ――だからダメだって。

 このままでは、またおかしくなことを口走ってしまいそうな俺は、瑞樹を遮ってさっさと用件を済ませることにした。

「遅くならないうちに風呂入れよ。菜緒にも言っておいて。だけどいくら仲良しだからってさすがに一緒には入るなよ? 入るなら男同士の俺たちだからな」
「バ、バカっ!!」

 昔から生傷の絶えなかった俺は、湯が染みるのが嫌で早風呂が癖になっている。瑞樹は菜緒と一緒に、ゆっくり湯船に浸かって入っていた。
 今も変わらないなら、俺たちが一緒に入るのは一瞬だろうけど、なぜこれほど顔を赤くするのかよくわからない。

 たぶん菜緒と入ることを恥ずかしがったのだろう。もし喜んで妹と入るって言い出したら、さすがに俺も止めざるを得なかったのでこの反応でよかった。
 けれど瑞樹の顔がまだ真っ赤のままなので、風呂へ入る前に何か飲ませるべきだろうと考えた俺は、自分の手もとのコップを揺らして見せた。

「スポーツドリンク飲む?」
「うーん、できればお茶がいいかな」
「わかった」

 冷蔵庫からポットを取り出して、注いだコップを手渡す。両手でコップを持った瑞樹は椅子に体育座りをして少し落ち着いた様子で笑顔を見せた。

「変わらないね。雅久が入れてくれた麦茶……何だか懐かしい」
「昔は走り回って、汗をかいた後にいつも飲んでたよな」
「うん」
「使ったコップは適当に流しにでも置いておいて」
「あ、待って」

 俺は飲み終えたので立ち去ろうとしたら、少しためらったような瑞樹に呼び止められた。

「あ、あのさ、チョ、チョコのことなんだけど」
「腹減ってるの? カロリー気にしてお茶にしたのかと思ったのに、チョコは別腹か?」
「ち、違うっ。菜緒ちゃんに聞いたのだけど、バレンタイン、結構もらってるんだって?」

 瑞樹の言葉と、菜緒の部屋の前で聞き耳を立てた話の内容がピンとつながった。しかし言うに事欠いて余計なことを吹き込んでくれたな、あの妹は。

「何だよ唐突に。嫌味か? 大和なんていつも十個以上もらっているのに、こっちは顔見知りから三つと謎のエックスさんから一つだぞ?」
「Xさん?」
「差出人不明だし、Xさんで十分だろう? 急にどうした? お前こそ男の格好をしたら結構もらえそうなのに、いや女の格好でも、そんだけ顔がきれいならもらえそうだな」
「ま、まあそこそこね」
「くっそー、男のに負けたーっ」
「お、男の娘って失礼ね!!」
「だってそのまんまだろう。それとも気持ちが女の子だから女よ、とでも言う気か?」
「だ、だったら何なのよ!」

 瑞樹の顔が再び上気し始めているのはわかっていたが、俺はずっと感じていたことを抑えられなかった。

「あーっ、お前が本当の女の子だったらなー! 俺のリビドーがドバドバ溢れて創作意欲が止まらないだろうに!」
「バ、バカっ!!」

 大袈裟にため息をついた俺に、瑞樹は湯気が出そうなほど顔を赤らめて勢いよく横を向いてしまった。間違いなく盛大に怒られると思ったのにおかしいな。
 ひょっとして俺の絵に興味があるのか?

「気が向いたらいつでも部屋へ来いよ」
「へ、部屋っ!?」
「今はもっぱらパソコンで描くから、かわいい二次絵を見せてやる」
「ヘぇー……」
「あんなコスプレもどきをやってたくせに、何だその引きっぷりはっ! 今度お前をモデルにエロい二次絵を描いてやるぞ!!」
「やめてぇーっ!!」
「ふふふ、もう遅い。素材はバッチリ撮らせてもらったからな」
「さっきのスマホッ!?」
「そのとおり!! ん?……あー、データ消したとこだった」
「そ、そうなの……」

 俺はほんのついさっきやってしまったのを思い出した。
 一方、勢いよくテーブルに両手をついて立ち上がった瑞樹は、なぜか残念そうな微妙な声のトーンをさせながら、腰が砕けたように椅子へ座り直してしまった。
 こんなことなら残しておけばよかった。いいや、これでいいんだ。どれだけかわいくても男の娘だぞ、冷静になれ。
 でもマジでもう一回撮らせてくれるなら、撮ってしまいそうな自分が怖い。
 だが絶対に言わないぞ。あの父親にして、この息子ありなんて死んでも思われたくない。
 しかし元凶はできれば断つに限るか。

「瑞樹さ、風呂入る前に俺の着替え貸そうか?」
「う、うん、ありがと。菜緒ちゃんの少し小さいけど……だ、大丈夫だよ」

 そんだけモジモジして、裾とか掴んで尻を隠そうとしてたら全然説得力ないぞ。
 残念ながら俺の意図はわかってくれないようだが、似合ってるしいっか。
 ……ダメだ、すっかり俺も毒され始めている。

「じゃあ、俺はまだしばらく寝ないから、風呂ゆっくり入ってこいよ。そうだ、布団を客間から運ばなくっちゃな」
「え?」
「俺の部屋で寝るんだろう?」
「え!? あ、ううん、おじさんとおばさんから、菜緒ちゃんの部屋って言われてるの」
「は? ホントに?」
「う、うん」

 能天気すぎる我が親たちは大丈夫か?
 菜緒も懐いているし、瑞樹なら大丈夫だとは俺も思うが少し不用心じゃないか?
 しかし瑞樹も瑞樹で驚いた顔をさせているし、俺だけが男扱いをしているのがおかしいのか?

 などと考えてはみるものの、どこをどう見ても女にしか見えないんだよな。それも心配していることがアホらしくなるほど、とびっきりの美少女。
 飲むものも飲んで、瑞樹にも風呂のことを伝えられたし、遠慮なく一人で夜中まで創作活動に勤しめることもわかった。

「そっか、だったら部屋戻るわ。おやすみ」
「うん、おやすみ……」

 まだお茶を飲んでいる瑞樹を残して部屋へと戻った俺は、二、三度、大きく頭を振って気持ちを切り替えてからモニターへ向かった。心の赴くままにペイントソフトでイラストを描き始めたのだが、出来上がったものに唖然としてしまった。
 
 どうしてこうなる?

 何枚描いても、誰かにそっくりな金髪ツインテールしか出てこない。
 今日はもう無理だ。
 気分転換に他の絵師さんのドローイングでも見るかと、イラストサイトヘログインをしたら一通のメッセージが来ていた。 
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