それでも濡れ衣には感謝している

ナギノセン

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旧交

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「よかったらうちに来いよ。今からお前んちへ帰っても遅くなるだろうし、おばさんも晩ご飯の準備とか大変だろう?」
「お母さんいないんだ」
「え? 何で?」
「今週からずっとお父さんの海外出張について行って、来週にならないと戻ってこないから」
「瑞樹んとこの親父さんは、相変わらずバリバリのビジネスマンみたいだな」
「ほんとそうなんだよね。おかげで全然頭が上がらないよ」

 一瞬マズいことを聞いたかと思ったが、瑞樹の表情はあっけらかんとしていたので俺は胸を撫で下ろした。
 瑞樹が小学生の頃に引っ越したのも親父さんの転勤が理由だったはず。今は海外出張中らしい。

「だったらなおさら寄って行けよ。おばさんにも後で母さんから連絡入れてもらうから、ついでに泊まってくか?」
「ええっ!?」

 これまで何十回と泊まっているくせに、今さら何を驚いているのか全然わからない。どうせ帰っても一人だと聞いたら余計に誘いたくなった。

「妹も昔からお前に懐いているし、会っていけよ」
「い、いいのかな?」
「遠慮なんてらしくないぜ」
「うん……そうだね。じゃあ、お邪魔しようかな」

 俺は瑞樹が泊まることを家へ電話で伝える。母さんからは、瑞樹の分の晩ご飯を急いで作るから、ゆっくり帰ってきなさいと言われた。
 心配しなくても家まではまだ五キロはあるし、瑞樹は徒歩なので時間は掛かる。
 俺は自転車を押して歩きながら、ふと思い出したことを聞いてみた。

「どうして、あんなところで撮影会なんてやっていたんだ?」
「あー、成り行き?」
「何だ、その疑問形は」
「だってそのままだから」

 瑞樹によると、普段から読者モデルをやっているらしい。
 今日は公園で俺を待っているところに、カメラを持った男から声を掛けられて一枚だけ撮らせたとのこと。そいつがSNSで仲間に声を掛けたようで、一斉に集まって来てあの騒ぎになった。

 読モとは、俺とは違ってリア充っぷりがはなはだしいが、この外見なら無理もない。おかしな女装をしていることも含めて別次元の人間になってしまっていたようだ。

 しかしあれほどカメコが来るのは想定外で、マナーも良くないやからが多かったことは不愉快だったらしい。槍の無双は少し気持ちよかったと、ポロッと出た本音に俺は思わず笑った。

「だけど幼なじみに会うのに、槍持参はやっぱりおかしいぞ」
「だって雅久と勝負ができたらなって思って。空手は続けているのでしょう?」
「少し休養中」
「そうだったの? でもどうして?」
「ちょっと頑張り過ぎて疲れたかな」

 驚いた表情を見せた瑞樹だったが、実は俺のほうが驚かされていた。
 瑞樹が引っ越したのは小学校二年生くらいだったと記憶をしている。俺が空手を始めたのは中学生になってからだ。
 どうして知っている?
 しかし瑞樹は気にすることなく話を続けた。

「何段になったの?」
「中三の時から変わらず、三段のままだよ」
「だから特色化選抜を受けなかったんだ」

 瑞樹の少し残念そうな声と視線に、何か勘違いをしているらしいことに俺は気づいた。
 それを正したところで意味もないし、俺も嫌な思いをするだけなので適当に話を作って切り上げた。

「あんなものは道場だけで十分だし、わざわざ学校でまでやる気はなかったんだよ。それよりお前は何の選抜なんだ?」
「音楽科、ピアノよ」
「……だよな。じゃあ、その槍の腕前は?」
「中学に入って体力をつけるために薙刀なぎなたを始めたの。でも本当にやってて良かったと思ってるのよ! そういえば……雅久も一緒に寝転んでいたわよね?」

 腰に手を当てた瑞樹がジト目で俺を見る。
 男のクセにピアノなんてなどと、子供にありがちなを揶揄やゆをされていたこととか、引っ越す前に演奏を聴く機会があって、幼心おさなごころにとても上手いと感じたことなどをふと想い出した。

 単純に数えるとピアノを十年以上は続け、さらに薙刀を始めたようだが、しっかり両立させているのだから大したものだ。いや、読モもあるし三足のわらじになって、俺なんかとはえらい違いだ。
 しかし余計なことを聞いてしまったかもしれない。

 今さらながら、カメコと俺にプリプリと怒り出した瑞樹をなだめるのはかなり苦労をした。
 家に帰るまでに落ち着いてもらわなければ、再会のエピソードを家族に聴かれて、スカートを下から覗いていたカメコの一人のように話をされてはたまったものではない。

 事実はそのとおりなのだが、俺にも少しくらいは見栄も羞恥心も残っている。
 何とか瑞樹の気を静めて家へ帰ると、食事は準備されていたのだが、親父の前には晩酌のビールとちょっとしたおつまみしかなかった。やはり間に合わなくて、親父の分を瑞樹に回すことにしたようだった。
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