それでも濡れ衣には感謝している

ナギノセン

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駆け出しオタ

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 おおっ、唐突にパラダイス出現か!?
 どうしてコスプレ撮影会がこんな住宅地の小さな公園でされているんだ!?

 俺は呼吸も荒く自転車チャリンコから降りる。道路脇の公園へ大急ぎで駆け込んだ。

 遡ること十分前。
 今日も今日とて俺は急いでいた。
 数か月ほど前の高校入試で、何の因果か一度だけリア充に戻らされそうになったが今ではすっかりオタ道を邁進中だ。と言ってもそんなヘビーなものではない。
 せいぜい学校へ行く時以外は完璧に家へ引きこもって女の子の二次絵を描くか、文章力は一切ないくせに妄想力だけは逞しい小説をネットにアップする程度だ。

 基準は人それぞれだし、俺はライトなオタだと思っているが時間はいくらあっても足りない。
 なので学校の教室で同志と週明けの再会を固く約束し、夜の戦いに備えるため急ぎ気味だった。帰り道の公園で、いつもは決して目にしない人だかりがてきているのにはさすがに興味を惹かれた。

 こんな場所で、同人誌即売会かコスプレ女子が撮影会でもしているのか?

 群衆モブが集まるものの上位二つのどちらかだったらいいな、などとありえない妄想をしながら自転車を止める。サドルの上で姿勢を正して、人だかりの向こうを覗き込むと……ほ、本当にしてやがった。

 何も褒められるようなことはしてないけれど、これって俺へのご褒美イベントか!?
 そうに違いない!
 慈悲深い女神様が、かわいそうなオタ羊を憐れまれたとしか考えられない。

 平均的な高校生の身長の俺では綺麗には見通せないが、人の間にできた隙間からチラリと見えたものに息をのんだ。

 真っ白でスラリときれいに伸びた脚に、かなり短い紺色プリーツスカート。意味不明な長い槍のようなものを時折持ち替えて、シャッターを切るオタどものリクエストポーズを取っている神の御使みつかいがおられる。
 遠目に顔はわからないが、あの衣装なら多少残念系でも脳内補正が二百パーセントは掛けられる。
 一気に放出したアドレナリンに従った俺は、肩掛け鞄の紐を短くする。体へきっちり巻きつけてから突入態勢を整えた。

 右手の愛機スマホの残弾数――じゃない電池残量はOK! メモリ残量もOK! 画質ハイクオリティOK! 連射爆速モードOK! ストロボOK! 顔認識フォーカスOK!
 エースパイロットのように、一つずつ親指を立てて確認を終える。

「戦闘準備完了! 雅久がく、行きまーすっ!」

 いつでもシャッターを押せるように右手の親指を軽く画面から浮かし、自転車をせわしなく下りる。人だかりヘ突入するとあがいてもがいて、独特の異臭の中を必死に前へ出ようと体を割り込ませるが全然進まない。
 目の前に降ってわいたラッキーイベントに、重大なことを失念していた己を心で激しく罵倒した。
 そうだった……こいつらは、あの魔法が使える強者どもだった。俺なんかが敵うはずないじゃないかっ。

『大好物を前にしたカメコは、大地に足が生える』

 恥も外聞も何もかも捨て去った代わりに、万有引力を操る恐ろしい重力魔法を手にして不動化が可能になるのだ。
 幸か不幸か、俺はその境地にはいまだ至っていない。身長も体重も人並みなので、まともに当たったところで勝ち目もない。

 いいや、なりふりを構わなければ勝ち目はあるかもしれないが、そこまでやるほどの気概はない。
 彼らは道を究めた猛者、俺はまだまだ駆け出しに過ぎない。

 でも知っていれば授業をさぼって並んだのにーっ!

 ないない尽くしの俺は、偉大な先達せんだちの大きくぶにぶにとした背中に遮られ、空を見上げて悔しがった。
 ぶつける場所のないやるせなさを噛みしめ、あきらめて立ち去ろうとした俺の耳に、突然群衆モブの海の向こうから女の子の声が届いた。

「あーっ!! 雅久!!」
「んんっ!?」
「そこで待ってなさーいっ!!」

 ムサイ男たちがひしめく公園で、こんな可憐な声を出すのは被写体になっている彼女しかいない。
 名前が叫ばれたほうへ顔を向ける。女の子は持っていた槍を本当にぶん回しながらカメコたちを蹴倒して、えらい勢いで迫ってくる。
 テレビゲームのような無双振りに、すっかり見惚みとれた俺は逃げることさえ忘れて思わずスマホを握りしめながらその場に固まった。

 カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャ!
 ババババババババ!
「きゃっ!」

 あ、しまった。
 無意識にスマホのシャッターボタンを押してしまい、突然の連続フラッシュで女の子が怯んだ。しかもその表情は先ほどの勇ましさから一転、とてもかわいく感じる。
 これはかなりの絵が撮れている――なんて考えている場合じゃない!

 女の子が目前に来てから、追い掛けられるいわれのない俺はようやく逃げ出そうとしたのだが、いい感じに成長したおみ足へ目が行って更にワンテンポ出遅れてしまった。

 俺のバカ。

 そして槍が勢いよく胸へと突き刺さったのを目の当たりにして地面へとのけぞり返った。

 これは夢か?
 もし殺されたとしても今度こそ女神様が現れて、どこかの異世界に転生させてくれるプロローグか?

「雅久、さっさと起きなさいよ! 本物のわけないじゃない!! 模造品よ!」
「ん?」

 女神様ご本人は現れなかったけれど既に降臨済みの神の御使いは、先ほどと同じように俺の名前を呼んで現実世界へと引き戻してくださった。

 では冷静になろう。
 普通の住宅地の公園で、女の子の格好と俺の妄想がイタイのは一先ず置いておく。
 殺されそうになったと言いつつ、本当に痛みを感じているのは尻もちを着いたところくらい。胸からは一滴の血も出ていない。

 改めて考える。このコはさっきから俺の名前を盛大に呼んでくれている。
 これらの状況から相手が何者かを確認する欲求には勝てず、俺は見上げるように足元からゆっくり視線を動かした。

 グゲッ。

 俺の横っ面に、今度は槍の丸い石突き側が突き立てられる。
 なるほど、不届きなやからが多いこのご時世、槍の一本や二本は必要かもしれない。

 さらけ出された真っ白な足に沿って視線を上に動かすことになったのは、不可抗力と主張したいが相手からすれば関係ない。
 言い訳をする間も与えてもらえず、何の容赦もない槍さばきには熟練の技が感じられた。

「いい加減にしなさい!!」
「いひゃ、ほまえほほはれはよ(いや、お前こそ誰だよ)!?」

 気がつけばカメコどもは重力魔法を解除して、そそくさと立ち去り始めていた。さすがに槍モドキを本気で振り回す暴力女とは、距離を置くのが賢明と判断したらしい。
 だが命知らずの勇者数人は、やられたフリをして地面へ仰向けに寝転がり、息を殺してその時を待っていた。

 ……ホント、スゲーよあんたら。
 しかしちょっと待て。
 さっきまでは群衆モブの壁があったが、今ではすっかり見通しが良くなっている。
 この公園は俺の学校の通学路に面していて、道路から丸見えだ。
 つまり今の俺は、はたから見れば間違いなく命知らずな勇者の一人に違いない。

 まだまだオタの世界の駆け出し冒険者のつもりが、一気に勇者の仲間入りとはご機嫌過ぎないか!?
 さすがに憂鬱ブルーだ。学校にも行かなくなる本当の引きこもりになりそうだ。
 
 ただ勘違いはしないで欲しい。
 オタであることも、今さら隠しはしない。
 健全な男子高校生として、女の子のパンツには興味深々ではある。
 それもこんなにきれいな子なのだから当然見たい。

 しかし何事も順序というものがあるだろう?
 過ぎたる武器は身を亡ぼすとの格言もあるように、今、まさに俺の世間体が滅びかけなのはどうしてくれるのか?
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