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疑い
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「そこの自転車の君、少しだけ止まってくれるかな」
「え? 俺は何も……」
「うん、わかっている。簡単にお話を聞かせてもらいたいのだよ」
心臓が急にドキドキと早くなる。
自転車を押す俺の背後からパトカーが静かに寄って来る。中年の警察官が窓を開けて笑顔で声を掛けてきた。
やましいことは何もないけれど、わけもなく逃げ出したい気持ちに駆られる。だが、今の状況でやれるはずもなく、俺はゆっくりと自転車のブレーキを握った。
「ふ、二人乗りなんてしませんよっ!」
自転車の荷台に女の子が座っていて、それを見とがめたのだろうと考えたので身の潔白を証明するように大声で叫んだ。
女の子が少し怯えた表情を浮かべる。後で謝らなければならないと思った。
さっきまで泣き続けて、ようやく泣き止んで話を聞いてからずっと荷台に乗せたまま歩き続けていたし嘘ではない。
すると中年と若い警察官二人が止まったパトカーから降りて、中年のほうが膝を曲げ視線の高さを合わせながら穏やかに口を開いた。
「そうだね。それも言いたかったから呼び止めて悪かったね。君は小学生、いや中学生かな?」
「ち、中一になりました」
「名前は何て言うのかな?」
「し、白石雅久です」
警察官は優しい笑みを浮かべていたので、俺も少しだけ落ち着きを取り戻せた。
「雅久君か、いい名前だね。警察官の仕事は知っているよね?」
「はい」
「いい返事だ。おじさん達は、いけないことをしそうになっている人を見かけると、注意をしなければならない」
「やってませんよ」
「それなら良かった。じゃあ、荷台の女の子はケガでもしているのかな?」
俺は憮然としながら、当然に聞かれると思っていたのでありのままを伝えた。
「この子の自転車のチェーンが切れてしまったので、家へ送っている途中です」
「君の妹さんかな?」
「違います。向こうの公園で泣きながら自転車をさわっていたので、理由を聞いてこうなりました」
「そうか……では家はどこなのかな?」
目の前の警察官の声が少し低くなったが、俺は気にすることなく説明を続けた。
「この子の言うとおりに歩いているだけで、よくわからないです」
「この少年に間違いないようですね」
「みたいだな。では雅久君、少し手間を掛けるけど警察署まで来てもらえるかな」
背後から突然声がしたので振り返ると、若い警察官が知らない間に荷台から女の子を抱え上げている。中年のほうは、俺の自転車のハンドルに左手を置いた。
「実は先ほど通報があってね」
「つ、通報!?」
唐突に出された耳慣れない言葉に、目の前が一瞬真っ白になる。喉は詰まり、心臓の音が耳の奥で激しくこだまする。
「その女の子の知り合いの人から『青い自転車に乗った見知らぬ中学生くらいの男の子が、女の子を連れ回している』と」
「ち、違います! 本当です!! 信じてくださいっ!!」
「わかったから落ち着いて。その辺りも署でしっかり聞かせてもらうから、パトカーに乗ってもらえるかな」
にこやかに笑っていた中年の警察官の顔が何だか怖くなったような気がした途端、肩に右手が置かれて力が込められた。
がっしりとした手が、俺を逃がすまいとしているのがありありと伝わる。頭へ血が上って何が何だかわからなくなる。
落ち着かない気持ちで見回す視界には大勢の野次馬たち。
何もない住宅街にパトカーが止まったことに加えて、もう一人の若い警察官の腕の中で女の子が暴れて泣き叫び始めた。まだまだギャラリーは増えている。
俺は足元から力が抜けて崩れそうになる。
息ができない、声が出ない、出るものは涙だけだった。
中年の警察官は俺の腕をしっかりと掴んで引っ張る。気がつけば警察署の相談室と書かれた部屋の中の椅子に座らされていた。
「え? 俺は何も……」
「うん、わかっている。簡単にお話を聞かせてもらいたいのだよ」
心臓が急にドキドキと早くなる。
自転車を押す俺の背後からパトカーが静かに寄って来る。中年の警察官が窓を開けて笑顔で声を掛けてきた。
やましいことは何もないけれど、わけもなく逃げ出したい気持ちに駆られる。だが、今の状況でやれるはずもなく、俺はゆっくりと自転車のブレーキを握った。
「ふ、二人乗りなんてしませんよっ!」
自転車の荷台に女の子が座っていて、それを見とがめたのだろうと考えたので身の潔白を証明するように大声で叫んだ。
女の子が少し怯えた表情を浮かべる。後で謝らなければならないと思った。
さっきまで泣き続けて、ようやく泣き止んで話を聞いてからずっと荷台に乗せたまま歩き続けていたし嘘ではない。
すると中年と若い警察官二人が止まったパトカーから降りて、中年のほうが膝を曲げ視線の高さを合わせながら穏やかに口を開いた。
「そうだね。それも言いたかったから呼び止めて悪かったね。君は小学生、いや中学生かな?」
「ち、中一になりました」
「名前は何て言うのかな?」
「し、白石雅久です」
警察官は優しい笑みを浮かべていたので、俺も少しだけ落ち着きを取り戻せた。
「雅久君か、いい名前だね。警察官の仕事は知っているよね?」
「はい」
「いい返事だ。おじさん達は、いけないことをしそうになっている人を見かけると、注意をしなければならない」
「やってませんよ」
「それなら良かった。じゃあ、荷台の女の子はケガでもしているのかな?」
俺は憮然としながら、当然に聞かれると思っていたのでありのままを伝えた。
「この子の自転車のチェーンが切れてしまったので、家へ送っている途中です」
「君の妹さんかな?」
「違います。向こうの公園で泣きながら自転車をさわっていたので、理由を聞いてこうなりました」
「そうか……では家はどこなのかな?」
目の前の警察官の声が少し低くなったが、俺は気にすることなく説明を続けた。
「この子の言うとおりに歩いているだけで、よくわからないです」
「この少年に間違いないようですね」
「みたいだな。では雅久君、少し手間を掛けるけど警察署まで来てもらえるかな」
背後から突然声がしたので振り返ると、若い警察官が知らない間に荷台から女の子を抱え上げている。中年のほうは、俺の自転車のハンドルに左手を置いた。
「実は先ほど通報があってね」
「つ、通報!?」
唐突に出された耳慣れない言葉に、目の前が一瞬真っ白になる。喉は詰まり、心臓の音が耳の奥で激しくこだまする。
「その女の子の知り合いの人から『青い自転車に乗った見知らぬ中学生くらいの男の子が、女の子を連れ回している』と」
「ち、違います! 本当です!! 信じてくださいっ!!」
「わかったから落ち着いて。その辺りも署でしっかり聞かせてもらうから、パトカーに乗ってもらえるかな」
にこやかに笑っていた中年の警察官の顔が何だか怖くなったような気がした途端、肩に右手が置かれて力が込められた。
がっしりとした手が、俺を逃がすまいとしているのがありありと伝わる。頭へ血が上って何が何だかわからなくなる。
落ち着かない気持ちで見回す視界には大勢の野次馬たち。
何もない住宅街にパトカーが止まったことに加えて、もう一人の若い警察官の腕の中で女の子が暴れて泣き叫び始めた。まだまだギャラリーは増えている。
俺は足元から力が抜けて崩れそうになる。
息ができない、声が出ない、出るものは涙だけだった。
中年の警察官は俺の腕をしっかりと掴んで引っ張る。気がつけば警察署の相談室と書かれた部屋の中の椅子に座らされていた。
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