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女王の膝枕
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「別に気にすることもないと思うんだけど」
「だから女心がわかってないって言うのよ!」
「天池には大学行ったら状況を話すつもりだったんだけど、深町は考えてもいなかったな」
「えっ、うそ! 私には話してくれる気だったの!?」
「そりゃ、俺達はお前を助けるためにやったんだし」
「そ、そうよね。私も、あ、ありがとうって、ずっと言いたかったの」
天池がデニムのミニスカートから出た白い太腿の上で、モジモジと手を組んだり解いたりしている。
電話を何度も掛けてくれたもう一つの理由に今気づいた。
普段が怖いから俺が誤解してしまうんだ、なんて身勝手なことを言ったらまた怒られるからやめておこう。
「山田は連絡してきたか?」
「その日に現役の役員会を通してね。さっき部室でもその話をしてきたところよ」
「……それは失礼しました。部活が終わったら深町に話すよ」
「番号教えるから、今すぐ連絡しなさいよ!」
「何で?」
「橘に会わせる顔がないから部活来たくないって言ってるのよ!!」
天池がまた怒り出した。間違いなく俺のせいだけど逮捕されたわけでもないし、拘留されたわけでもない。無事に帰っても来ている。もちろん罪にも問われないとも思うから、そこまで深町が思い詰めているとは驚きしかない。
だけど考えてみると、深町は法律など何も知らない文学部で、まだまだ高校を出たての十八歳。
つまりは子供。
一方の俺は大学四回生にして、一度は生死の境をさまよった二周遅れの二十二歳。基本環境が違うことにもようやく思い至った。
「じゃあ電話するわ」
「え? 結衣の番号は知ってるの?」
「随分前に教えられたけど、何で?」
「――そう」
「勝手に登録されたんだからな」
「誰も聞いてないわよ!!」
携帯のメモリーから深町を呼び出して電話を掛けようとした俺に、驚きと少し不機嫌そうな声を天池が聞かせた。しかしすぐに深町が電話口へ出たので、そのまま泣いた深町の相手を半時間ほどしなければならなかった。
「今からギターを持って急いで来るって」
「……よかった」
「高井か村橋だろうと思ってたけど、深町が俺のギターを持って帰ってくれてたんだな」
「そうよ! ずっと夜行の中で抱いて泣いていたんだから!」
「それは――悪いことしたな」
「遅いわよっ!」
電話を切った俺が横を向いたら、天池の整った顔がすぐ隣にあった。
どうやら俺は長電話の間に無意識でベンチヘ座っていたらしい。
お互いの視線が合って妙に気恥ずかしさを感じる。怒ったり考えごとをしていると余裕もないので気にならなかった。今はすべて問題解決をしてしまい、二人で座っている必要性が何もないのを、俺も天池も気づいている。
ここで一時間近く費やしたので、午後一の授業は半分以上終わってしまっている。気疲れもしたし、行く気などとっくになくなっているが、こうしているのも落ち着かない。ベンチを立ち上がる理由にはなる。
「じゃあ、教室に行くから」
「ちょ、ちょっと待って!!」
俺が腰を浮かした瞬間、今度は天池が俺の腕を思い切り引っ張った。
完全に油断していた。俺は態勢を整えることもできず、恐ろしいことに天池の真っ白な太腿へ頭から突っ込んでしまった。
顔中に当たる感触は温かく柔らかい。この後のことを考えるとお先は真っ暗だが、目の前は色々と真っ白だった。
「わ、悪いっ!!」
「だ、大丈失よっ! 初めてじゃないし!」
「え?」
「あ、そう――よね」
「な、何が?」
慌てて体を起こしてベンチへ座り直した俺は、天池のおかしな返事を耳にして眉をひそめる。
今すぐ立ち去りたいけれど、膝枕やり逃げ的な振る舞いはどう考えても正しい選択ではない。尻がジリジリとする言い様のない気待ちだったが、天池の様子を窺いながら言葉を待った。
「……やっぱりあれも覚えてないのよね?」
「――あれ?」
「ううん、いいの」
天池は合唱のパートはアルトだけど、地声は高くハスキーではない。だけど今のは妙にかすれて聞こえて、俺の返事も同じくらいかすれていた。
俺がバイク事故で記憶喪失になったことを教えているのは、この部では仲の良い数人だけ。ほとんどは、単に二浪して何とか大学へ入ったと思われている。天池にも深町にも教えていない。
だが今の天池のセリフは、俺が事故前後の覚えていないことを尋ねられ、答えらえなかった時に何度も相手から聞かされたフレーズだった。
「ひょっとして、俺の事故のこと知ってる?」
「――うん」
「そ、そっか」
ほぼ確信していたとおり天池が頷く。俺の頭を殴られたかのような衝撃が走った。なんとか声を絞り出して返事をしたが、おずおずと天池が口にした話は、驚きと気恥ずかしさしかなかった。
「だから女心がわかってないって言うのよ!」
「天池には大学行ったら状況を話すつもりだったんだけど、深町は考えてもいなかったな」
「えっ、うそ! 私には話してくれる気だったの!?」
「そりゃ、俺達はお前を助けるためにやったんだし」
「そ、そうよね。私も、あ、ありがとうって、ずっと言いたかったの」
天池がデニムのミニスカートから出た白い太腿の上で、モジモジと手を組んだり解いたりしている。
電話を何度も掛けてくれたもう一つの理由に今気づいた。
普段が怖いから俺が誤解してしまうんだ、なんて身勝手なことを言ったらまた怒られるからやめておこう。
「山田は連絡してきたか?」
「その日に現役の役員会を通してね。さっき部室でもその話をしてきたところよ」
「……それは失礼しました。部活が終わったら深町に話すよ」
「番号教えるから、今すぐ連絡しなさいよ!」
「何で?」
「橘に会わせる顔がないから部活来たくないって言ってるのよ!!」
天池がまた怒り出した。間違いなく俺のせいだけど逮捕されたわけでもないし、拘留されたわけでもない。無事に帰っても来ている。もちろん罪にも問われないとも思うから、そこまで深町が思い詰めているとは驚きしかない。
だけど考えてみると、深町は法律など何も知らない文学部で、まだまだ高校を出たての十八歳。
つまりは子供。
一方の俺は大学四回生にして、一度は生死の境をさまよった二周遅れの二十二歳。基本環境が違うことにもようやく思い至った。
「じゃあ電話するわ」
「え? 結衣の番号は知ってるの?」
「随分前に教えられたけど、何で?」
「――そう」
「勝手に登録されたんだからな」
「誰も聞いてないわよ!!」
携帯のメモリーから深町を呼び出して電話を掛けようとした俺に、驚きと少し不機嫌そうな声を天池が聞かせた。しかしすぐに深町が電話口へ出たので、そのまま泣いた深町の相手を半時間ほどしなければならなかった。
「今からギターを持って急いで来るって」
「……よかった」
「高井か村橋だろうと思ってたけど、深町が俺のギターを持って帰ってくれてたんだな」
「そうよ! ずっと夜行の中で抱いて泣いていたんだから!」
「それは――悪いことしたな」
「遅いわよっ!」
電話を切った俺が横を向いたら、天池の整った顔がすぐ隣にあった。
どうやら俺は長電話の間に無意識でベンチヘ座っていたらしい。
お互いの視線が合って妙に気恥ずかしさを感じる。怒ったり考えごとをしていると余裕もないので気にならなかった。今はすべて問題解決をしてしまい、二人で座っている必要性が何もないのを、俺も天池も気づいている。
ここで一時間近く費やしたので、午後一の授業は半分以上終わってしまっている。気疲れもしたし、行く気などとっくになくなっているが、こうしているのも落ち着かない。ベンチを立ち上がる理由にはなる。
「じゃあ、教室に行くから」
「ちょ、ちょっと待って!!」
俺が腰を浮かした瞬間、今度は天池が俺の腕を思い切り引っ張った。
完全に油断していた。俺は態勢を整えることもできず、恐ろしいことに天池の真っ白な太腿へ頭から突っ込んでしまった。
顔中に当たる感触は温かく柔らかい。この後のことを考えるとお先は真っ暗だが、目の前は色々と真っ白だった。
「わ、悪いっ!!」
「だ、大丈失よっ! 初めてじゃないし!」
「え?」
「あ、そう――よね」
「な、何が?」
慌てて体を起こしてベンチへ座り直した俺は、天池のおかしな返事を耳にして眉をひそめる。
今すぐ立ち去りたいけれど、膝枕やり逃げ的な振る舞いはどう考えても正しい選択ではない。尻がジリジリとする言い様のない気待ちだったが、天池の様子を窺いながら言葉を待った。
「……やっぱりあれも覚えてないのよね?」
「――あれ?」
「ううん、いいの」
天池は合唱のパートはアルトだけど、地声は高くハスキーではない。だけど今のは妙にかすれて聞こえて、俺の返事も同じくらいかすれていた。
俺がバイク事故で記憶喪失になったことを教えているのは、この部では仲の良い数人だけ。ほとんどは、単に二浪して何とか大学へ入ったと思われている。天池にも深町にも教えていない。
だが今の天池のセリフは、俺が事故前後の覚えていないことを尋ねられ、答えらえなかった時に何度も相手から聞かされたフレーズだった。
「ひょっとして、俺の事故のこと知ってる?」
「――うん」
「そ、そっか」
ほぼ確信していたとおり天池が頷く。俺の頭を殴られたかのような衝撃が走った。なんとか声を絞り出して返事をしたが、おずおずと天池が口にした話は、驚きと気恥ずかしさしかなかった。
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