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脳筋は嘘が下手
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駅前へ戻ってみたところ俺達の荷物は当然ない。高井か村橋が持って帰ってくれたのだろう。少し小腹がすいたので何処かへ入ろうかと思ったが、深夜営業の居酒屋しか開いていない。今の気分では深酒になりそうなのでコンビニの買い出しで済ませることにした。
発車までの時間は長かったけれど、待合室へ入っていつものように山田とダベッていると退屈はしない。
「自分と儂はもう一回来ることになるかもしれへんな」
「検面調書を取られるってか? せいぜい暴行、それも不起訴の可能性が高いぞ? あっても略式裁判の罰金程度だから、俺はないと思うけど」
「儂らに好意的な警察の人やったけど、検事はわからん」
「好意的なのはお前にであって、俺には普通だ」
「書記官になること言うたん、怒ってんのか?」
山田の事情聴取の担当警察官が、俺達二人が現場での対応がよくわかっていたことから、参考情報として色々尋ねたらしい。山田の体格が警察や自衛隊向きの立派なのも原因だろう。
卒業したら警察官になったらと聞かれて、その予定だとあっさり答えたとのこと。ついでに俺が裁判所の書記官になるのも脳筋らしく教えてしまっていた。
「怒ってはいないが、俺は直接には聞かれてないし、警察に対してお前ほど身内意識はないからな」
「そんなもんか。ええ人やったで」
「――ああ、そういうことか」
「どうかしたんか?」
「あの警官に何か言われたな?」
「何のことや?」
待合室の小さな椅子にだらしなく座った山田が少し身じろぎをした。
俺も山田も大学で法学部の同じ教授に一年半ほど師事をしている。ゼミは選択制で教授の考え方に共感して入っているので法律の考え方にもほとんど違いはない。なので今後の見込みに対する見解の相違にはかなりの違和感がある。
山田はいつもどおり人好きのする穏やかな笑みを浮かべてはいるが、つき合いの長い俺からすればややぎこちない。脳筋なので基本的に嘘もあまり上手くないことを俺は知っている。
「だてに四年近くお前と女装して濡れ場を演じてないぞ」
「それは、自分がどいつもこいつも女装させて絡み合う脚本ばっかり作ってるからやないか!」
「その辺りまではベース劇も好評なんだけどな。村橋や高井が暴走し始めると――それはいいから諦めて吐け」
「ほんま勝手なやつやな。けど自分は誤魔化せんへんか――て、何や儂が取り調べ受けてるみたいやないか」
「取り調べではない、捜査協力と言ってくれ。かつ丼の替わりにこれをくれてやる。さっさと吐け」
コンビニの袋から梅干しのおにぎりを取り出して山田へパスした。山田はイカツイ肩を揺らして笑いながら受け取り、俺もつられて笑う。
「あの警官の人が言うてた。あいつら札付きでそこそこ騒ぎを起こしてるらしいわ」
「だからといって検面の可能性はないと思うが」
「それ以上は詳しく教えてもらえんかったけど何かあるんやろうな」
「端緒事件にされるってか」
「多分そうやろうな」
大事の前の小事。犯罪にはよくあることなのは法学部で学んでよく知っている。
あんな感じのアンちゃん達がやっていそうなことを考えると、振り込め詐欺の掛け子や受け子、脱法ドラッグ、風俗関係もありうる。どうやら背後を洗うのに俺達は利用されるらしい。しかし別の考え方をすれば、面倒な連中に絡まれたのが、毅然とした態度の取れる気の強い天池で正解だったのかもしれない。
「検事の聴き取りに協力するのはやぶさかではないけど、部の人間には教えるなよ」
「わかってるて。今の役員会には儂からすべて無事終わった言うとく。けど村橋と高井、青木、それと天池さんには、早めに自分からしーや」
「そっちもやっておいてくれ」
「それはあかん。自分が言い出しっぺや」
「――だよな」
部員数が百三十名超の大きな合唱部のため、運営には各種役員を設けている。その時の三回生が担って、山田は昨年度の庶務役員。何だかんだといって付き合いもいいので皆から頼りにされている。パートリーダーも役職の一つで、青木は男声テノール、天池は女声アルトのパートリーダだった。
俺は、空手やら千紗のお守りでサボり魔だったので、誰からもそんな役を期待されていない。おかげで自由気ままに振舞ってきたのに、今回はやらせてもらえなかった。
村橋と高井への説明は全然構わない。青木はちょっと微妙な気もするけれど、天池については考えるだけで憂鬱以外何物でもない。
合宿最終日の今日は土曜日でこのまま夜行列車に乗って帰っても昼を過ぎるし、週明けには大学の後期が始まって部活もある。いくらでも顔を会わせることになる。
わざわざ連絡をすることもないと考えた俺の携帯に、登録されていない番号が何度も表示されていたことに気づいたのは、山田と別れて家の近くの駅に降りた頃だった。
発車までの時間は長かったけれど、待合室へ入っていつものように山田とダベッていると退屈はしない。
「自分と儂はもう一回来ることになるかもしれへんな」
「検面調書を取られるってか? せいぜい暴行、それも不起訴の可能性が高いぞ? あっても略式裁判の罰金程度だから、俺はないと思うけど」
「儂らに好意的な警察の人やったけど、検事はわからん」
「好意的なのはお前にであって、俺には普通だ」
「書記官になること言うたん、怒ってんのか?」
山田の事情聴取の担当警察官が、俺達二人が現場での対応がよくわかっていたことから、参考情報として色々尋ねたらしい。山田の体格が警察や自衛隊向きの立派なのも原因だろう。
卒業したら警察官になったらと聞かれて、その予定だとあっさり答えたとのこと。ついでに俺が裁判所の書記官になるのも脳筋らしく教えてしまっていた。
「怒ってはいないが、俺は直接には聞かれてないし、警察に対してお前ほど身内意識はないからな」
「そんなもんか。ええ人やったで」
「――ああ、そういうことか」
「どうかしたんか?」
「あの警官に何か言われたな?」
「何のことや?」
待合室の小さな椅子にだらしなく座った山田が少し身じろぎをした。
俺も山田も大学で法学部の同じ教授に一年半ほど師事をしている。ゼミは選択制で教授の考え方に共感して入っているので法律の考え方にもほとんど違いはない。なので今後の見込みに対する見解の相違にはかなりの違和感がある。
山田はいつもどおり人好きのする穏やかな笑みを浮かべてはいるが、つき合いの長い俺からすればややぎこちない。脳筋なので基本的に嘘もあまり上手くないことを俺は知っている。
「だてに四年近くお前と女装して濡れ場を演じてないぞ」
「それは、自分がどいつもこいつも女装させて絡み合う脚本ばっかり作ってるからやないか!」
「その辺りまではベース劇も好評なんだけどな。村橋や高井が暴走し始めると――それはいいから諦めて吐け」
「ほんま勝手なやつやな。けど自分は誤魔化せんへんか――て、何や儂が取り調べ受けてるみたいやないか」
「取り調べではない、捜査協力と言ってくれ。かつ丼の替わりにこれをくれてやる。さっさと吐け」
コンビニの袋から梅干しのおにぎりを取り出して山田へパスした。山田はイカツイ肩を揺らして笑いながら受け取り、俺もつられて笑う。
「あの警官の人が言うてた。あいつら札付きでそこそこ騒ぎを起こしてるらしいわ」
「だからといって検面の可能性はないと思うが」
「それ以上は詳しく教えてもらえんかったけど何かあるんやろうな」
「端緒事件にされるってか」
「多分そうやろうな」
大事の前の小事。犯罪にはよくあることなのは法学部で学んでよく知っている。
あんな感じのアンちゃん達がやっていそうなことを考えると、振り込め詐欺の掛け子や受け子、脱法ドラッグ、風俗関係もありうる。どうやら背後を洗うのに俺達は利用されるらしい。しかし別の考え方をすれば、面倒な連中に絡まれたのが、毅然とした態度の取れる気の強い天池で正解だったのかもしれない。
「検事の聴き取りに協力するのはやぶさかではないけど、部の人間には教えるなよ」
「わかってるて。今の役員会には儂からすべて無事終わった言うとく。けど村橋と高井、青木、それと天池さんには、早めに自分からしーや」
「そっちもやっておいてくれ」
「それはあかん。自分が言い出しっぺや」
「――だよな」
部員数が百三十名超の大きな合唱部のため、運営には各種役員を設けている。その時の三回生が担って、山田は昨年度の庶務役員。何だかんだといって付き合いもいいので皆から頼りにされている。パートリーダーも役職の一つで、青木は男声テノール、天池は女声アルトのパートリーダだった。
俺は、空手やら千紗のお守りでサボり魔だったので、誰からもそんな役を期待されていない。おかげで自由気ままに振舞ってきたのに、今回はやらせてもらえなかった。
村橋と高井への説明は全然構わない。青木はちょっと微妙な気もするけれど、天池については考えるだけで憂鬱以外何物でもない。
合宿最終日の今日は土曜日でこのまま夜行列車に乗って帰っても昼を過ぎるし、週明けには大学の後期が始まって部活もある。いくらでも顔を会わせることになる。
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