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寝不足の原因は
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千紗がどんな顔をして待っているのか。それは簡単に想像がつく。涙目でリビングのソファーに体育座りをしているだろう。姉貴夫婦の事故があった後、心配になって水嶋家へ様子を見に行ったら、部屋のベッドの上でいつもそんな感じだった。
情けないことにあの時は叔父らしい言葉も思い浮かばず、大丈夫じゃないとわかっていて大丈夫かと聴くのが精一杯だった。
保護者として引き取っていながら辛い思いをさせるなんて、今さらながら軽率だったと後悔している。本当に何をやっているのやら。
だが何時までもこうしてはいられない。俺は両手で自分の頬を叩いて気合いを入れてから歩き出した。
俺と千紗が住む部屋は十六階建のファミリー向けマンションの八階にある。裁判所書記官なんて柄にもない役人をしていたときに借りたまま今に至っている。
家賃も結構なものだが、当時は二十四時間働けますかを地で行っていたので交通の便利さと不在時の防犯管理を重視した結果の物件だ。
最寄り駅からは徒歩五分もかからない。一階には管理会社の人間が常駐をしているし、鍵は入口も部屋も非接触型カードキー式になっている。部屋の扉前にはちょっとしたスペースと施錠のできる門扉とドアホンがある。
俺は管理室へ顔を出して千紗が帰宅しているかを確認した。日焼けをした筋肉質の男に連れられて帰ったとの返事があった。大丈夫だとは思っていたが、三枝が送ってくれたことで改めて安堵をする。
スマホで連絡ができればよかったけれど、ボイスレコーダアプリを警察署で再生している時に充電池が切れてしまった。電話を貸してくれると言われたが、千紗の携帯番号の暗記もしていない。水嶋家へ聴くことなどできるはずもなく、家の電話へ掛けても内気な千紗が取るとは考えられないのでやめておいた。
千紗が無事なのはわかったものの何だか気が急いている。いつもは何とも思わないエレベーターが妙に遅く感じる。両開きの扉が開き終わる前に廊下へ出ると、部屋の前まで来てから深呼吸を数回繰り返した。
本当はすぐにでも慰めてやりたい。だが、あんなことになった経緯は聴く必要があるし、見知らぬ人間の酒の席に同席していたことはしっかり反省させなければならない。
いろいろ思いあぐねていたら唐突に玄関が開かれ、千紗が飛び出した。
「ひろくんっ!!」
俺の腕の中でまだ制服から着替えもしていない姪っ子が震えて泣いている。
怒れるはずなんてないよな、俺は昔から甘々なんだから。
「どうした? 大丈夫か?」
「ご、ごめんなさい」
「もういいから。部屋に入ろうか」
「うん……」
「けどよくわかったな」
「だって、モニターに出てるよ? 変なひろくん」
「あー」
一人暮らしが長くて完全に忘れていた。一階入口をカードキーで通ると部屋のドアホンモニターに表示される仕組みだった。
俺の間抜けぶりに泣き顔の千紗が少し微笑む。何だか救われた気がした。
部屋へ入って落ち着くと、着替えた千紗がコーヒーを入れながら三枝が送って来てくれた時の話をしている。今度は空手の組手をしましょうと伝えておいてくれとのことなので、明日学校へ行ったらお礼を言ってから断っておくよう頼んだ。絶対に根に持ってるだろう、あの脳筋。
運ばれたコーヒーの香ばしい香りを吸い込むと思いきり溜め息が出た。気づかなかったけれどかなり緊張していたらしい。一気に力が抜けて疲れた気がした。ソファーに座った俺の隣で千紗が居眠りを始めたので、自分の部屋で寝るようにリビングから追い出した。
俺はコーヒーを飲んで緊張をほぐしていく。家のコーヒー程度のカフェインでは眠気はなくならないので寝つきに問題ない。ありがたく頂いてから横になった。
明け方、体に何かが当たるのが気になって目が覚めると、知らない間に俺のベッドへ千紗が入っていた。さすがに起こそうと思ったのだが、向けられた寝顔に涙の痕がある姪っ子を追い出すなんてできるはずない。
結局この温かさが感じられる喜びと、いくばくかの悶々を抱きながら寝たふりを続けた。
おかげで寝不足になってしまった。いや、就寝前のコーヒーのせいにしておこう。
情けないことにあの時は叔父らしい言葉も思い浮かばず、大丈夫じゃないとわかっていて大丈夫かと聴くのが精一杯だった。
保護者として引き取っていながら辛い思いをさせるなんて、今さらながら軽率だったと後悔している。本当に何をやっているのやら。
だが何時までもこうしてはいられない。俺は両手で自分の頬を叩いて気合いを入れてから歩き出した。
俺と千紗が住む部屋は十六階建のファミリー向けマンションの八階にある。裁判所書記官なんて柄にもない役人をしていたときに借りたまま今に至っている。
家賃も結構なものだが、当時は二十四時間働けますかを地で行っていたので交通の便利さと不在時の防犯管理を重視した結果の物件だ。
最寄り駅からは徒歩五分もかからない。一階には管理会社の人間が常駐をしているし、鍵は入口も部屋も非接触型カードキー式になっている。部屋の扉前にはちょっとしたスペースと施錠のできる門扉とドアホンがある。
俺は管理室へ顔を出して千紗が帰宅しているかを確認した。日焼けをした筋肉質の男に連れられて帰ったとの返事があった。大丈夫だとは思っていたが、三枝が送ってくれたことで改めて安堵をする。
スマホで連絡ができればよかったけれど、ボイスレコーダアプリを警察署で再生している時に充電池が切れてしまった。電話を貸してくれると言われたが、千紗の携帯番号の暗記もしていない。水嶋家へ聴くことなどできるはずもなく、家の電話へ掛けても内気な千紗が取るとは考えられないのでやめておいた。
千紗が無事なのはわかったものの何だか気が急いている。いつもは何とも思わないエレベーターが妙に遅く感じる。両開きの扉が開き終わる前に廊下へ出ると、部屋の前まで来てから深呼吸を数回繰り返した。
本当はすぐにでも慰めてやりたい。だが、あんなことになった経緯は聴く必要があるし、見知らぬ人間の酒の席に同席していたことはしっかり反省させなければならない。
いろいろ思いあぐねていたら唐突に玄関が開かれ、千紗が飛び出した。
「ひろくんっ!!」
俺の腕の中でまだ制服から着替えもしていない姪っ子が震えて泣いている。
怒れるはずなんてないよな、俺は昔から甘々なんだから。
「どうした? 大丈夫か?」
「ご、ごめんなさい」
「もういいから。部屋に入ろうか」
「うん……」
「けどよくわかったな」
「だって、モニターに出てるよ? 変なひろくん」
「あー」
一人暮らしが長くて完全に忘れていた。一階入口をカードキーで通ると部屋のドアホンモニターに表示される仕組みだった。
俺の間抜けぶりに泣き顔の千紗が少し微笑む。何だか救われた気がした。
部屋へ入って落ち着くと、着替えた千紗がコーヒーを入れながら三枝が送って来てくれた時の話をしている。今度は空手の組手をしましょうと伝えておいてくれとのことなので、明日学校へ行ったらお礼を言ってから断っておくよう頼んだ。絶対に根に持ってるだろう、あの脳筋。
運ばれたコーヒーの香ばしい香りを吸い込むと思いきり溜め息が出た。気づかなかったけれどかなり緊張していたらしい。一気に力が抜けて疲れた気がした。ソファーに座った俺の隣で千紗が居眠りを始めたので、自分の部屋で寝るようにリビングから追い出した。
俺はコーヒーを飲んで緊張をほぐしていく。家のコーヒー程度のカフェインでは眠気はなくならないので寝つきに問題ない。ありがたく頂いてから横になった。
明け方、体に何かが当たるのが気になって目が覚めると、知らない間に俺のベッドへ千紗が入っていた。さすがに起こそうと思ったのだが、向けられた寝顔に涙の痕がある姪っ子を追い出すなんてできるはずない。
結局この温かさが感じられる喜びと、いくばくかの悶々を抱きながら寝たふりを続けた。
おかげで寝不足になってしまった。いや、就寝前のコーヒーのせいにしておこう。
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