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もと戦友
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この状況が逮捕監禁なのは間違ってはいない。が、根本的に間違っているのを反論するのも面倒でしかない。困った顔をした警察官の一人へ俺はさっさと声を掛けた。
「沢田さん、お久し振りです」
「橘書記官、これは何の騒ぎですか? どちらにしてもその人から退いてください」
「お断りします。前もって伝えたように常人逮捕なので。それと私はもう書記官ではありません」
ライターヘ馬乗りになって笑いながら答える俺に、沢田さんはますます困った表情になる。見るからに柔道で鍛えていそうなずんぐりむっくりの体格に少し奥ばって眠そうな目が、穏やかそうな性格を醸し出している。
彼とは前の仕事で知り合い、事件調書の内容確認で相談をしたり受けたりを経て信頼関係を築いた。
普段はこのような雰囲気だが、ある一点についてだけは阿修羅のようになることを俺は知っていて、この男が来てくれるよう通報時に仕向けたのである。
「このまま現場検証もお願いしたいのですが、それは無理でしょう?」
「令状もないのでご存知のとおりです」
「お前たち何を話している! さてはグルかっ!! 俺はこいつのベルトで手をケガさせられたんだぞ! 親指も捻られたり、いいから早く助けろ!!」
俺の太腿に挟まれたライターが逃れようと暴れている。シャツの裾もガッチリと膝で押さえているので思うように身動きはできていない。
『だらしない着こなしが仇になったな』と鼻で笑いそうになったけれど、こっちはズボンがずり落ちかけているのでさすがにやめた。
「その人の言っていることは本当ですか?」
「正当防衛ですよ」
「目撃者は?」
「全容になると難しいかもしれませんね。野次馬の中で目の良い人がいればあるいはですが」
路地裏で野次馬が集まっていたのは、ライターの背中側になる。ビール瓶を割ったのと、俺がベルトを抜いた時間の前後をどこまで見えていたか怪しい。
千紗ならすべてを見聞きしていただろうけど、巻き込むつもりは毛頭ない。
「状況を説明すると、周りの迷惑にならないようにこの人と話をしようとしたら、ビール瓶を割って突っかかって来ました。そこでしようがなくベルトで対抗をした感じです」
「こいつはベルトのバックルを俺に叩きつけたんだぞ!」
自分のことを棚に上げて、よくもまあ言えるものだと感心させられる。ライターなんてこのくらい厚顔無恥でなければやってられない商売なのは、前の仕事で絡んでよく知っている。
だが、あえてベルトみたいな命中率も不確実すぎる武器を選んだのには他に理由がある。
「直接拳を振るうよりは良かったと思ってるんだけど、違いますかね、沢田さん?」
「空手三段の書記官の腕前だと凶器に見倣される可能性が否定できませんね。擦り傷か打撲程度で済むベルトによる打撃のほうが正解だったでしょう」
俺の意図を正しく理解してくれている警察官へ一度頷いてから、狂犬のように噛みつきそうな顔で睨むライターへ視線を移す。どうせなら首輪のほうが良かったかな。
「ちなみに攻撃を意図して割ったビール瓶には十分すぎる殺傷力はあるし、俺に痛い目を見せるとか言ったことも忘れてないよな? あんたが忘れてても録音はしてるけど、原因が未成年淫行未遂の現場を押さえられて逆上したからなんて、思わず吹き出してしまいそうだよな」
「お前っ! 何を根拠に!?」
「沢田さん、その人のスマホも調べたほうがいいですよ。余罪臭プンプンだから」
「――橘書記官、それはまた別の話になってしまいます。事件の端緒からの目撃者は本当にいないのですか?」
声のトーンが急に落ちた沢田さんに、俺は少しだけ笑いながら軽く肩をすくめて見せた。
あまりにも狙い通りで思わずニヤケそうになるのを押さえる演技に必死だった。
「だから書記官でもないですし、見知らぬ女子高生数人が絡まれていたのが目に入って助けただけですから。そもそも目撃者捜しは警察の仕事ですよね?」
「も、申し訳ありません。つい頼りにしておりました。でしたらその人から早々にお退きください。現時点で一方的な言い分を信じるには無理があります」
個人的な信頼関係は俺達の間には十分築けているのだが警察組織を動かすには確実な根拠が必要になる。スマホ押収といった強制捜査へ着手となると、令状を取るためにそれなりの証拠も必要となる。
事件の端緒部分だけなら三枝は目撃者になれるだろうけど、あの酩酊状態では証言採用は厳しい。だが動かぬ証拠はある。
「とっかかりは、私への暴行、いや殺人未遂にしましょう」
「バ、バカかっ!? 俺は殺すつもりなんてなかったんだぞ!!」
俺の馬乗りにしているライターが抗議をしながら再び暴れだした。太腿へ力を入れて押さえつけ、努めてにこやかに俺は答えた。
「あなたは話し合いを申し出た私へいきなり襲いかかって来たし、私は割れビール瓶で殺されそうだって思ったから警察へそう言うだけです。事件現場に仲間が四人いたことは交差点のカメラからも割り出せるし、目撃証言も余裕で取れるでしょう。このライターさんのお仲間なので、四人も十分引っ張れるでしょうね」
「仲間もいたのですか……書記官がそこまで自信を持って仰るのであれば、ひとまず署へご同行をお願いします」
沢田さんはもともと少年課畑の人。この手の事件には本当に厳しい。わかっていて引っ張り出した俺も俺だが、使える駒は最大限使わせてもらう。
何故ならこのライターを許さないと俺は決めたのだから。
「沢田さん、お久し振りです」
「橘書記官、これは何の騒ぎですか? どちらにしてもその人から退いてください」
「お断りします。前もって伝えたように常人逮捕なので。それと私はもう書記官ではありません」
ライターヘ馬乗りになって笑いながら答える俺に、沢田さんはますます困った表情になる。見るからに柔道で鍛えていそうなずんぐりむっくりの体格に少し奥ばって眠そうな目が、穏やかそうな性格を醸し出している。
彼とは前の仕事で知り合い、事件調書の内容確認で相談をしたり受けたりを経て信頼関係を築いた。
普段はこのような雰囲気だが、ある一点についてだけは阿修羅のようになることを俺は知っていて、この男が来てくれるよう通報時に仕向けたのである。
「このまま現場検証もお願いしたいのですが、それは無理でしょう?」
「令状もないのでご存知のとおりです」
「お前たち何を話している! さてはグルかっ!! 俺はこいつのベルトで手をケガさせられたんだぞ! 親指も捻られたり、いいから早く助けろ!!」
俺の太腿に挟まれたライターが逃れようと暴れている。シャツの裾もガッチリと膝で押さえているので思うように身動きはできていない。
『だらしない着こなしが仇になったな』と鼻で笑いそうになったけれど、こっちはズボンがずり落ちかけているのでさすがにやめた。
「その人の言っていることは本当ですか?」
「正当防衛ですよ」
「目撃者は?」
「全容になると難しいかもしれませんね。野次馬の中で目の良い人がいればあるいはですが」
路地裏で野次馬が集まっていたのは、ライターの背中側になる。ビール瓶を割ったのと、俺がベルトを抜いた時間の前後をどこまで見えていたか怪しい。
千紗ならすべてを見聞きしていただろうけど、巻き込むつもりは毛頭ない。
「状況を説明すると、周りの迷惑にならないようにこの人と話をしようとしたら、ビール瓶を割って突っかかって来ました。そこでしようがなくベルトで対抗をした感じです」
「こいつはベルトのバックルを俺に叩きつけたんだぞ!」
自分のことを棚に上げて、よくもまあ言えるものだと感心させられる。ライターなんてこのくらい厚顔無恥でなければやってられない商売なのは、前の仕事で絡んでよく知っている。
だが、あえてベルトみたいな命中率も不確実すぎる武器を選んだのには他に理由がある。
「直接拳を振るうよりは良かったと思ってるんだけど、違いますかね、沢田さん?」
「空手三段の書記官の腕前だと凶器に見倣される可能性が否定できませんね。擦り傷か打撲程度で済むベルトによる打撃のほうが正解だったでしょう」
俺の意図を正しく理解してくれている警察官へ一度頷いてから、狂犬のように噛みつきそうな顔で睨むライターへ視線を移す。どうせなら首輪のほうが良かったかな。
「ちなみに攻撃を意図して割ったビール瓶には十分すぎる殺傷力はあるし、俺に痛い目を見せるとか言ったことも忘れてないよな? あんたが忘れてても録音はしてるけど、原因が未成年淫行未遂の現場を押さえられて逆上したからなんて、思わず吹き出してしまいそうだよな」
「お前っ! 何を根拠に!?」
「沢田さん、その人のスマホも調べたほうがいいですよ。余罪臭プンプンだから」
「――橘書記官、それはまた別の話になってしまいます。事件の端緒からの目撃者は本当にいないのですか?」
声のトーンが急に落ちた沢田さんに、俺は少しだけ笑いながら軽く肩をすくめて見せた。
あまりにも狙い通りで思わずニヤケそうになるのを押さえる演技に必死だった。
「だから書記官でもないですし、見知らぬ女子高生数人が絡まれていたのが目に入って助けただけですから。そもそも目撃者捜しは警察の仕事ですよね?」
「も、申し訳ありません。つい頼りにしておりました。でしたらその人から早々にお退きください。現時点で一方的な言い分を信じるには無理があります」
個人的な信頼関係は俺達の間には十分築けているのだが警察組織を動かすには確実な根拠が必要になる。スマホ押収といった強制捜査へ着手となると、令状を取るためにそれなりの証拠も必要となる。
事件の端緒部分だけなら三枝は目撃者になれるだろうけど、あの酩酊状態では証言採用は厳しい。だが動かぬ証拠はある。
「とっかかりは、私への暴行、いや殺人未遂にしましょう」
「バ、バカかっ!? 俺は殺すつもりなんてなかったんだぞ!!」
俺の馬乗りにしているライターが抗議をしながら再び暴れだした。太腿へ力を入れて押さえつけ、努めてにこやかに俺は答えた。
「あなたは話し合いを申し出た私へいきなり襲いかかって来たし、私は割れビール瓶で殺されそうだって思ったから警察へそう言うだけです。事件現場に仲間が四人いたことは交差点のカメラからも割り出せるし、目撃証言も余裕で取れるでしょう。このライターさんのお仲間なので、四人も十分引っ張れるでしょうね」
「仲間もいたのですか……書記官がそこまで自信を持って仰るのであれば、ひとまず署へご同行をお願いします」
沢田さんはもともと少年課畑の人。この手の事件には本当に厳しい。わかっていて引っ張り出した俺も俺だが、使える駒は最大限使わせてもらう。
何故ならこのライターを許さないと俺は決めたのだから。
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