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32 理由なんてない
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幸視は父親に、単刀直入に絵梨と付き合うつもりはないのかと訊いて、全くない、という答を得た。
まあ、もともと常識を乗り越えたらという話なので、乗り越える意思がなければしょうがない。柳川としての贖罪自体、ある意味では利己的な話ではある。
あちらの利己的を捨てたらこちらの利己的が立つ。どうやっても利己的にしかなれないのなら好きに生きればいいという理屈だ。
「宮前さんに限らないけど、僕に構わずお父さんは再婚なり恋愛なり好きに生きる権利があるからね。日本国憲法にそう定められている」
何をいきなり……と普通の息子であれば思うところだが、前世を抱え親の過去を知っていろいろと思うところがあるのだろう。圭輔は〝真摯に聞き流す〟ということをした。
父親の選択肢はこう、そして絵梨の選択肢は――。幸視は悩んだ。
「人には無限の可能性があるよね」
「突然スケールのでかい一般論を話し出すその意図が知りたい」
広田の家で幸視は非生産的な会話をしていた。
「宮前は父さんの他に好きな人はいないんだろうか」
「何か宮前が本当はお前の親父さんのことが好きだったけど身を引いたみたいに聞こえるぞ、それ」
「父さんの他に好きになる余地がある人というか……」
「余地だったら全人類だ。お前も含め。なぜならば人を好きになるのに理由なんてない」
「一般論!」
「事実だろう」
「まあそりゃ」
しばらくお互い繰り出す一般論が見つからずに沈黙した。
「まあ、あれだ。宮前が誰を好きになる可能性があろうと、お前はお前の都合だけを考えて生きればいいわけさ。常識の範囲内で」広田は自分の都合だけを考えた上で常識を逸脱した柳川の存在を踏まえてそう言った。「大人の知識があるぶん、俺より経験値は高いんじゃないの。あとは行動あるのみ」
本当は何を広田が幸視にさせたいのか、幸視はわかっている。というより、ここ数日同じような問答をぐにゃぐにゃとやっている。しかし一度やりそびれたものをもう一度やろうとするのは、大変な気力が必要だった。
「知識は偏ってるんだよね……宮前のほうが経験値は高いよ。リアルな……その、キスの感触とか、知ってる。僕は映像越し」
「柔らかいぞ……」
「――! いつの間に!」
「まあ俺たちにも俺たちのステップってもんがあるんで」
いつの間にかステップを上がっていた広田と花崎に、幸視は大層びっくりしてしまった。
その拍子に、とか悔しいから自分も、というのは大変に格好悪い。
だが、わざわざ広田の家に入り浸り、他の話題もあるのにこんな話ばかりしている幸視自身の気持ちにもう一度問いかける必要があった。
幸視は、広田に背中を押してもらいに来ているのではないだろうか。
だとしたら、今の情報は、非常にちょうどいいきっかけになるんじゃないか。
これを逃して、また同じ話を延々続けていたら、永遠に逃すんじゃないか。
そんなことを幸視は考えた。意識的に考えたのか、無意識に考えたのか不明だが、とにかく考えたのだった。
幸視は、絵梨に短いメールを出した。返信があった。
「行くよ」とそれだけ言った。
「ああ」と広田は言った。「頑張れよ」
幸視は、いつか来た道を通ってその場所に向かった。自分が転んだ坂の前を通る。ここから全てが始まった。いつかと同じような呼吸をして、いつかと同じように宮前という表札の文字をなぞった。
ここから全てが始まった? いや、始まるのはこれからだ。
幸視はひと呼吸して、家の呼び鈴を押した。
人が誰を好きになるかは、全くもって、無限の可能性がある。
まあ、もともと常識を乗り越えたらという話なので、乗り越える意思がなければしょうがない。柳川としての贖罪自体、ある意味では利己的な話ではある。
あちらの利己的を捨てたらこちらの利己的が立つ。どうやっても利己的にしかなれないのなら好きに生きればいいという理屈だ。
「宮前さんに限らないけど、僕に構わずお父さんは再婚なり恋愛なり好きに生きる権利があるからね。日本国憲法にそう定められている」
何をいきなり……と普通の息子であれば思うところだが、前世を抱え親の過去を知っていろいろと思うところがあるのだろう。圭輔は〝真摯に聞き流す〟ということをした。
父親の選択肢はこう、そして絵梨の選択肢は――。幸視は悩んだ。
「人には無限の可能性があるよね」
「突然スケールのでかい一般論を話し出すその意図が知りたい」
広田の家で幸視は非生産的な会話をしていた。
「宮前は父さんの他に好きな人はいないんだろうか」
「何か宮前が本当はお前の親父さんのことが好きだったけど身を引いたみたいに聞こえるぞ、それ」
「父さんの他に好きになる余地がある人というか……」
「余地だったら全人類だ。お前も含め。なぜならば人を好きになるのに理由なんてない」
「一般論!」
「事実だろう」
「まあそりゃ」
しばらくお互い繰り出す一般論が見つからずに沈黙した。
「まあ、あれだ。宮前が誰を好きになる可能性があろうと、お前はお前の都合だけを考えて生きればいいわけさ。常識の範囲内で」広田は自分の都合だけを考えた上で常識を逸脱した柳川の存在を踏まえてそう言った。「大人の知識があるぶん、俺より経験値は高いんじゃないの。あとは行動あるのみ」
本当は何を広田が幸視にさせたいのか、幸視はわかっている。というより、ここ数日同じような問答をぐにゃぐにゃとやっている。しかし一度やりそびれたものをもう一度やろうとするのは、大変な気力が必要だった。
「知識は偏ってるんだよね……宮前のほうが経験値は高いよ。リアルな……その、キスの感触とか、知ってる。僕は映像越し」
「柔らかいぞ……」
「――! いつの間に!」
「まあ俺たちにも俺たちのステップってもんがあるんで」
いつの間にかステップを上がっていた広田と花崎に、幸視は大層びっくりしてしまった。
その拍子に、とか悔しいから自分も、というのは大変に格好悪い。
だが、わざわざ広田の家に入り浸り、他の話題もあるのにこんな話ばかりしている幸視自身の気持ちにもう一度問いかける必要があった。
幸視は、広田に背中を押してもらいに来ているのではないだろうか。
だとしたら、今の情報は、非常にちょうどいいきっかけになるんじゃないか。
これを逃して、また同じ話を延々続けていたら、永遠に逃すんじゃないか。
そんなことを幸視は考えた。意識的に考えたのか、無意識に考えたのか不明だが、とにかく考えたのだった。
幸視は、絵梨に短いメールを出した。返信があった。
「行くよ」とそれだけ言った。
「ああ」と広田は言った。「頑張れよ」
幸視は、いつか来た道を通ってその場所に向かった。自分が転んだ坂の前を通る。ここから全てが始まった。いつかと同じような呼吸をして、いつかと同じように宮前という表札の文字をなぞった。
ここから全てが始まった? いや、始まるのはこれからだ。
幸視はひと呼吸して、家の呼び鈴を押した。
人が誰を好きになるかは、全くもって、無限の可能性がある。
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