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ある命の輝き
しおりを挟む 激しく揺すられ飛び起きたのは真夜中だった。緊張している養父母。外からは悲鳴と怒号。あたしは養父に腕を掴まれタンスの中へ押し込まれた。
なに、これ? あたしのせい? あたしが助けを求めたりしたから……!?
あたしは奴隷だったのだ。奴隷の母と主人との間に生まれ、奴隷としてこき使われてきた。母は既におかしくなっていて、父はこちらを見向きもしなかった。あたしは奥様と坊っちゃんにいびられ続け、年頃になると坊っちゃんに犯された。
そのまま首を締められた。抵抗するなんて生意気だって。あたしは手探りで石を見つけ、必死になって坊っちゃんの頭を殴り続けた。動かなくなると逃げ出した。
夜でよかった。村外れの家だったので森が近かったのもよかった。遭難したけど人に会った。捕まるかとも思ったけど助けを請うと手を差し伸べられた。
奥まった森の集落に運び込まれた。手当てを受け食事を与えられた。子供がいないという夫婦に娘として迎え入れられ──どうしてそこまでしてくれるのかと聞いたら笑われた。当たり前だと。命は等しく尊いものなのだからと。
ここは異教徒の隠れ集落だったのだ。彼らの神は“平等”を説いていた。
共に過ごした数日間は天国にいるようだった。初めて大切にされた。抱き締めてもらえた。母を置いてきてしまった罪悪感はあったけど、戻ったって殺されるだけ。集落の存在を知らせてしまう危険もあるし、みんなに迷惑はかけられない。
全て言い訳だった。本当に迷惑をかけたくないなら出て行くべきだったのに。主人の息子を殺した奴隷が放っておかれるわけないのだから。捜索されれば集落を見つけられ、集落ごと襲われるのは少し考えれば分かることだったんだから。
養父母は問答無用で殺された。あたしはあっさり見つけ出され集落の入り口まで引きずって行かれる。てっきり父と奥様が待ち構えているのかと思ったけど、そこにいたのはカンテラを持つ少年兵だった。
まだ成人したばかりなのではないだろうか? 鎖かたびらと剣が随分と重そうで、怯えきって荒い息をついている。あたしを引っぱってきた兵に肩を叩かれ小さく悲鳴を上げた。
「さぁ、連れてきてやったぞ! この異教徒を殺してみろ。あの騒ぎには入れなくとも、これくらいならできるだろう?」
「で、でも……!」
「俺の親切を無下にするなよ? それとも……」
「ひっ……!?」
兵の声が底冷えしたものに変わる。
「お前も異教徒だったのか?」
「ち、ちが……!」
「じゃあ、早くしろよ」
いきり立った兵が少年兵の背中を押し出す──あたしにはそれが、世界の縮図のように見えた。
そうだよね。これが現実というものなんだ。
世の中には序列がある。立場があって決まりがある。たとえ世界の片隅で平等を叫ぼうと、生まれついての奴隷は人間扱いされない。そうでなくとも規範から外れれば簡単に傷つけられる。
母自身に罪はなくとも、世界にとって母は立場をわきまえない泥棒猫で、あたしは奥様を苦しめる疫病神だった。殺戮に参加しない少年兵は、たとえ人殺しを恐れているだけでも、異教徒に情けをかける裏切り者でしかない。
平穏なんてどこにもない。たとえ一時的に与えられたとしても、そんなものは仮染めだ。
だけど──。
少年兵は震えながら剣の柄に手をかけた。かろうじて抜き放つが、思い切れずにあたしの目を見つめてくる。
まるで助けを求めるように。
あたしに許しを請うように。
それはあたしの姿だった。ついこの前、なりふり構わず助けを求めたあたしの──追い詰められ、自分が助かることしか考えられなくなっていたあたしの。相手の事情などお構いなしに、与えられる慈悲に縋った。
今度はあたしが、慈悲を与える番なんだ。
そうとしか思えなかった。集落のみんなは危険を顧みずあたしを助けてくれた。一生分の幸せをくれた。たとえ仮染めでも、生きる喜びを知らぬままに死んでいくよりずっとよかった。
誰かが誰かに愛を注ぎ、救われた誰かが別の誰かを救う──そうして喜びは広がるのだと神様は教えてくれた。だからあたしも返してあげたい。そのチャンスが今なのだ。
養父母だったら、集落のみんなだったら、絶対にこうする。世界が優しくなればいいと願うなら、あたしも優しくならなくちゃ。
だから、あたしは笑ったんだ。
ものすごくなさけない笑顔だったけど、少年兵に、いいよと言ってあげるつもりで。
その代わり、ちゃんと生きてね。
あたしがしてあげたみたいに、いつか誰かを助けてあげてね。
心の中で言葉をかける。頷くように目を閉じた。
少年は、絶叫する。
激痛があたしを襲った──。
完
なに、これ? あたしのせい? あたしが助けを求めたりしたから……!?
あたしは奴隷だったのだ。奴隷の母と主人との間に生まれ、奴隷としてこき使われてきた。母は既におかしくなっていて、父はこちらを見向きもしなかった。あたしは奥様と坊っちゃんにいびられ続け、年頃になると坊っちゃんに犯された。
そのまま首を締められた。抵抗するなんて生意気だって。あたしは手探りで石を見つけ、必死になって坊っちゃんの頭を殴り続けた。動かなくなると逃げ出した。
夜でよかった。村外れの家だったので森が近かったのもよかった。遭難したけど人に会った。捕まるかとも思ったけど助けを請うと手を差し伸べられた。
奥まった森の集落に運び込まれた。手当てを受け食事を与えられた。子供がいないという夫婦に娘として迎え入れられ──どうしてそこまでしてくれるのかと聞いたら笑われた。当たり前だと。命は等しく尊いものなのだからと。
ここは異教徒の隠れ集落だったのだ。彼らの神は“平等”を説いていた。
共に過ごした数日間は天国にいるようだった。初めて大切にされた。抱き締めてもらえた。母を置いてきてしまった罪悪感はあったけど、戻ったって殺されるだけ。集落の存在を知らせてしまう危険もあるし、みんなに迷惑はかけられない。
全て言い訳だった。本当に迷惑をかけたくないなら出て行くべきだったのに。主人の息子を殺した奴隷が放っておかれるわけないのだから。捜索されれば集落を見つけられ、集落ごと襲われるのは少し考えれば分かることだったんだから。
養父母は問答無用で殺された。あたしはあっさり見つけ出され集落の入り口まで引きずって行かれる。てっきり父と奥様が待ち構えているのかと思ったけど、そこにいたのはカンテラを持つ少年兵だった。
まだ成人したばかりなのではないだろうか? 鎖かたびらと剣が随分と重そうで、怯えきって荒い息をついている。あたしを引っぱってきた兵に肩を叩かれ小さく悲鳴を上げた。
「さぁ、連れてきてやったぞ! この異教徒を殺してみろ。あの騒ぎには入れなくとも、これくらいならできるだろう?」
「で、でも……!」
「俺の親切を無下にするなよ? それとも……」
「ひっ……!?」
兵の声が底冷えしたものに変わる。
「お前も異教徒だったのか?」
「ち、ちが……!」
「じゃあ、早くしろよ」
いきり立った兵が少年兵の背中を押し出す──あたしにはそれが、世界の縮図のように見えた。
そうだよね。これが現実というものなんだ。
世の中には序列がある。立場があって決まりがある。たとえ世界の片隅で平等を叫ぼうと、生まれついての奴隷は人間扱いされない。そうでなくとも規範から外れれば簡単に傷つけられる。
母自身に罪はなくとも、世界にとって母は立場をわきまえない泥棒猫で、あたしは奥様を苦しめる疫病神だった。殺戮に参加しない少年兵は、たとえ人殺しを恐れているだけでも、異教徒に情けをかける裏切り者でしかない。
平穏なんてどこにもない。たとえ一時的に与えられたとしても、そんなものは仮染めだ。
だけど──。
少年兵は震えながら剣の柄に手をかけた。かろうじて抜き放つが、思い切れずにあたしの目を見つめてくる。
まるで助けを求めるように。
あたしに許しを請うように。
それはあたしの姿だった。ついこの前、なりふり構わず助けを求めたあたしの──追い詰められ、自分が助かることしか考えられなくなっていたあたしの。相手の事情などお構いなしに、与えられる慈悲に縋った。
今度はあたしが、慈悲を与える番なんだ。
そうとしか思えなかった。集落のみんなは危険を顧みずあたしを助けてくれた。一生分の幸せをくれた。たとえ仮染めでも、生きる喜びを知らぬままに死んでいくよりずっとよかった。
誰かが誰かに愛を注ぎ、救われた誰かが別の誰かを救う──そうして喜びは広がるのだと神様は教えてくれた。だからあたしも返してあげたい。そのチャンスが今なのだ。
養父母だったら、集落のみんなだったら、絶対にこうする。世界が優しくなればいいと願うなら、あたしも優しくならなくちゃ。
だから、あたしは笑ったんだ。
ものすごくなさけない笑顔だったけど、少年兵に、いいよと言ってあげるつもりで。
その代わり、ちゃんと生きてね。
あたしがしてあげたみたいに、いつか誰かを助けてあげてね。
心の中で言葉をかける。頷くように目を閉じた。
少年は、絶叫する。
激痛があたしを襲った──。
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