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九章 キシリスク魔導王国編
140話 キシリスクとタタン
しおりを挟む5年後に戻った僕たちは、一見何も変わってなさそうな時代の変化を探した。
第一に、キシリスク魔導王国とタタン国は戦争をしていない。第二に、イヴのお祖父さんは車椅子に乗っておらず、元気に女の子のお尻を追いかけている。(あの時のお爺さんがイヴのお祖父ちゃんだったなんて…)
キシリスクとタタンの関係は悪くもないが良くもない、という絶妙な距離感だった。
ジュノはと言うと――…
「おい、【太陽】それ以上アルバラードさんにくっ付くな」
「はぁ?俺と旦那が仲良しなのは今に始まった事じゃないしぃ?」
『まぁまぁ、2人とも』
現在僕たちはイヴの王宮で各国魔王会談という名のお茶会をしている。チャイを飲む僕の横には椅子を近付けたイヴが居て、ジュノはかなりご立腹だった。
あの後、昼寝から目覚めるとジュノから通信石で連絡があった。どうやら約束通りブルブルから記憶を返してもらったらしく、5年前の出来事を全て思い出したらしい。
全身が気怠くて寝転びながら話していると、寝惚けたイヴが纏わりついてきた。またお嫁さんと間違えられ服の中を弄ろうとする彼をなんとか制止し、気を取り直してジュノと話そうとしたところ「すぐ行きます」とだけ言われ通信は切れた。
その後、5分と経たぬ内にタタン王宮内が騒がしくなりジュノが三叉槍を持って乗り込んで来た事を知った。
「タタンの砂漠の真ん中に置いて行った後の話が聞きてぇなぁ?オレと旦那なしでどうやって帰った訳ぇ?」
「国同士の正しい手順を踏んで列車を回収し、同胞と共に帰還している」
「あはは!鬼族に迎えに来させたのかよ?ホントにお前は1人じゃ何もできねーよなぁ」
「stronzo.(クソめ)お前にだけは言われたくない」
イヴとジュノは相変わらずだ。(少しは仲良くなったと思ったのだけどなぁ)穏やかな笑顔で2人を見ながらチャイを口に含む。
タタン国のお菓子はとても興味深い。茶請けとして出されたコンファというお菓子は過度な甘さは無く幾らでも食べられる気がする。
水と小麦粉からなる生地を細かい網目に通して焼き上げてまとめたタタン伝統的なケーキだそうだ。
アクセントにフレッシュチーズとナッツが包まれていて、繊細な生地がサクサクの食感を作り、なんともいえない美味しさ。
イヴはそんなケーキをつつく僕の世話を焼きたいらしく、満面の笑みでフォークを持って「あーん」と促す。
『イヴのところの治癒師に診てもらったとはいえ、まだ胃が本調子じゃないんだ。嬉しいけど、そんなには食べれないよ』
「ポラリスで治してあげるって言ってるじゃん!」
『それとこれとは話が別だよ。ブルブルの件もあるし、けじめはつけないと…』
「アルバの旦那は変なとこで頑固だなぁ」
頭を掻いたイヴは顔を歪めて口を結んだ。
ブルブルの転移能力の件を話した時、イヴは「そりゃタイムスリップしちゃう魔物なんて、転移なんて朝飯前だろぉ。ブルブル見てて薄々分かっちゃったし」と笑って許してくれた。
僕が魔力封じは使わないように条件を付け、ブルブルを譲渡したと見せかけていたのは明白だ。罪悪感に苛まれ、貰ったポラリスは返却する約束を取り付けた。
「【太陽】、ポラリスが貴様の国にあると言うのなら…」
「侵略して奪うってぇ?そんで、アルバの旦那に献上するつもりなんだろ。そんなの旦那が受け取ると思う訳ぇ?」
「…、しかし…アルバラードさんの体が…」
『はは、僕は平気だよジュノ。せっかく戦争を皆で食い止めたのに、また争うなんてダメだよ』
ジュノは肩を落とす。露骨に元気が無くなってしまった彼に『でも心配してくれてありがとね』と照れ隠しに笑った。
『ともかく、ポラリスは返すよ』
「じゃーブルブルをどうすんだよ?」
「私が居ない所で私の処遇を相談しないで下さい」
頭に声が響いて、彼女の帰還を知る。
『ブルブル!』
戻って来たブルブルに駆け寄って笑顔で迎えた。
『おかえり。何処に行ってたんだい?』
「ただいま戻りました。……気になりますか?」
『まぁ、そりゃぁ』
「…お腹が減って狩りに行っていただけですよ」
見れば前足の爪に血痕が付着している。ブルブルはしっかり者のイメージがあったけど、意外とわんぱくな一面もあるようだ。
「後、こちらを」
言葉に合わせて物体が出現する。現れたソレには見覚えがあった。
『温室の…』
僕の丸いベッド横にあるプランターの花だ。
「え?これ、旦那が…?」
『うん…僕が時々お世話してた花だね』
僕が花を愛でるのは意外なのか、イヴは大声を上げて驚いている。
「オレがあげたのは1つだったじゃん!どうやって増やしたの!?」
え?この花イヴがくれたの?
『って、事は…まさか…、コレがポラリスなの!?』
一見、特別特徴のない薄紫色の花だ。アネモネに似てて好きだったけど、僕のベッド横に無かったら広い温室の中で見逃していたかもしれない。
根際から生える葉は3出複葉で、小葉は羽状に裂ける。花径は5cmと可愛らしいもので、それが4つ並んでいた。
ポラリスって名前だから花弁が輝いていたり、もっと神秘的な花を想像していた。まじまじ見ても普通の花と変わらない見た目に小さく唸る。
「す、凄いですアルバラードさん…。未だ人の手での栽培は不可能だと言われている花を…」
『そうなの?』
聞けばタタンは、限られた土地にポラリスが咲くものの、数は少なく、人の手で育てるまでには至っていないとのことだ。屋内に持っていくと忽ち弱り、3日と経たず枯れてしまうらしい。
「ご主人様、こちらで病に効く薬を作り、早く体を治して下さい」
『その為にブルクハルトに寄って持ってきたの?』
「それ以外に何の使い道があると言うのです?」
ブルブルは、さも当然のように言い切る。でも、これは元々イヴやタタンの人を騙して手に入れた花だしなぁ。僕の病の完治の為に使って良いものか…。
「…じゃぁ旦那ぁ、」
『どしたの?』
「取引きしない?」
立ち上がったイヴはニッと歯を見せて笑う。
「こっちが要求するのはこの花のうち2つ。できればオリジナルと、旦那が増やしたヤツが欲しいけど…その様子だと分かんないよね」
僕が困った顔で頬を掻くのを見て、彼は心中を察してくれた。
「旦那の望みは?」
『…譲渡した手前、勝手で申し訳ないけどブルブルを自由にしたい…かな』
「よし!交渉成立ッ!【月】にはこの場の立会証人になってもらうからなぁ」
指をさされたジュノはチャイで唇を濡らしつつ、目で頷く。
『良いのかい?』
「タタンでのポラリス増殖計画は国としても最優先事項なんだよねぇ。まだまだ謎が多い植物で研究者も頑張ってはいるけど、年々数は減る一方だし…」
であれば、と僕はタタンの研究者たちにポラリスをどんな風に育ててきたか出来る限り詳細に話す約束をした。適した土や気温、水やりの頻度くらいは僕でも説明できる。
「そりゃぁ、皆喜ぶぜ!」
プランターの花を前に生き生きとするイヴは無邪気にはしゃいでいた。
「私を自由に…?そんな事の為に持ってきたのではありません。ご主人様、さっさとコレを使って体を治して下さい」
『ううん。きっと、これは君を自由にする為に育てていたのだと思うから』
夢の中のあの人を思い出す。僕にしろ、僕でないにしろブルブルを大切にする気持ちは痛いほど伝わった。
『残った内の1つで、効果が出たら僕の運も捨てたもんじゃないって思うことにするよ』
ブルブルの頭を撫でてウインクする僕を不安そうに彼女は見上げる。
「じゃ、旦那の薬はタタンで作る?」
『いや、ポラリスを見てみたいって研究熱心な部下が居るんだ。生態について何か分かるかもしれないし、彼に頼むよ。勿論、何か分かれば連絡する』
ユーリはポラリスを見た事がないって言ってた。彼なりに調べてもいるだろうし、任せる事に不安はない。
何より温室にあった花が実はポラリスだったなんて知ったらきっと驚く。そんなユーリの顔を見てみたいと、悪戯心が湧いた。
「分かった。まぁ効かなかったら言ってよ!タタンから直ぐ送ってあげるから」
『希少な薬草なんでしょう?』
「旦那は俺の恩人だしねぇ~」
頭の後ろで腕を組んだイヴは椅子に胡座をかいて座り直す。
「はぁ~、ポラリスについてはタタンに生息してるって【月】にもバレちゃったし、こうなったら大々的に旦那と俺で共同研究チーム作っちゃう?」
『それも楽しそうだね!相談してみるよ』
すると、横に座っていたジュノが僕の袖を引っ張った。
「アルバラードさん、魔導列車の可動域拡大についてもお話がしたいです」
『そっか!イーダに費用対効果を説明するのが億劫だけど、まずは魔大陸での運用を提案しなきゃね!』
聞けばジュノは、凡ゆる不測の事態にも対応できるよう魔導列車の改良を重ねたらしい。
「当時はどうしてそうしているのか自分でも分かりませんでしたが、記憶が明確になった今なら全て分かります」
「全部旦那の為だったって言うんだろ?粘着根暗野郎め」
「その通りだ」
フン、とそっぽを向くジュノに、イヴの拳が震える。
『まぁまぁ、せっかくタタンに来たんだし今日は温泉街でゆっくりしようよ!』
「砂海国に温泉――…?、あの時のですか?」
『そ!僕温泉も好きなんだよねー』
タタン国内陸に温泉が出たのは5年前のこと。言うまでもなく、僕たちが転移した際に噴き出したものだ。
現在その場所はタタン国有数の観光地になっており、人で賑わっているらしい。建物が幾つも建ち、岩盤浴や砂むし温泉も楽しめる。湯に効能もあり、神経痛や筋肉痛、リウマチ腰痛その他諸々。中には胃腸病に効くとの噂もあり、是が非でも入ってみたい。
名物は砂の中で作った蒸しプリンだというし、食べないという選択肢はない。
『ブルブルもおいで!』
「…はい」
彼女も人の姿になれば僕たちと一緒に観光できる。人の文化に触れてみるのも良い刺激になる筈だ。
「ブルブルはブルクハルトに戻るのぉ?そうなると少し寂しいなぁ」
眉根を下げたイヴは残念そうに溜め息する。
「タタン様にお許し頂けるのでしたら、これからも時々お邪魔致しますよ」
「歓迎するぜ!その時は、最高級の肉を用意させるから」
豪快に笑った王子は僕の肩に腕を回す。
「一先ず、今日は温泉で英気を養うかぁ~」
『さんせー!』
「溜まった疲れを女の子にマッサージしてもらわなきゃ。ブルブル、旦那の腕持ってるよね?優秀な治癒師も呼んで旦那の腕、治してもらおうよ」
『良いの?』
「勿論!」
僕はジュノの手を引き、ブルブルを視線で促した。
この後訪れた温泉街グラントで、キシリスクとタタンの魔王がサウナで我慢大会をしたり早食い競争したりするのはまた別のお話だ。
余談だけど、この日を堺に温泉街の女湯に、青い髪の女幽霊が定期的に現れるようになったと僕が知るのも、もう少し先である。
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