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九章 キシリスク魔導王国編

124話 砂海国

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 僕の返事を聞き取ったイヴに腕を掴まれ、彼は善は急げと店を出た。
 引っ張られて狭い路地に詰め込まれたかと思うと、部下に命じてあっと言う間に転移してしまう。(これって誘拐なのでは?)

 水晶転移特有の乗り物酔いに似た感覚。
 視界が晴れると巨大な街が広がっていた。
 建物は黄砂色の石造りで統一され、中央奥にはどっしりとした宮殿が見える。大きな運河沿いに栄える街で、ジリジリと太陽が照り付けていた。

「ようこそ旦那、オレ達の国へ」

 魔大陸南東に位置するタタン国。地方の特徴を示唆して砂海さかい国とも呼ばれる。
 周辺は砂漠だが川沿いに発展した首都タタン。
 タタン国の領土は広大だが大半は人が住めない厳しい環境下にある。
 日中は40度を超える暑さ、しかし夜はマイナスまで冷え込む。年間の降水雨量は僅かで魔法を使わないと快適に過ごす事は出来ない。

 街に入るととても賑やかだった。地を這う大きな蜥蜴の背中に矢倉が組まれ、何人もの人が乗っている。
 ブルクハルトには生息していない平べったいコモドオオトカゲみたいな地竜だ。
 砂漠色の建物とは対照的なほど、店のテントや小物は派手だった。色取り取りの布が頭上を縫っている。
 行き交う人々には活気があって、近隣の国と戦争中とは思えない程に豊かな国だ。

「イヴリース様だ…!」

「王子!次こそキシリスクの奴らを根絶やしにして下さい!」

「応援していますよイヴ様」

「まっかせといてくれよぉ!」

 気さくな街の人々に声を掛けられる。イヴはそれにニコニコしながら対応し、瞬く間に野菜や果物などの差入れが集まった。
 建物の2階に居た女性達がイヴに声援を送る。彼は慣れた様子で投げキッスをし、赤面した女性達が雪崩のように崩れる。

『凄い人気だね』

「オレの国だから当たり前だろぉ?」

 笑顔を振り撒くイヴに、先程貰った果物が沢山入った紙袋を渡された。林檎にバナナ、マンゴー…どれも美味しそうだ。
 部下と一緒に彼の後に続いて宮殿へ向かう。その間歓声が途絶える事はなかった。

◆◇◆◇◆◇

 夜にはイヴが僕を歓迎するパーティーを開いてくれて、広間に色んな人が集まっている。
 一段高い場所にタタン国の国王、アヴァロン・ベルフェゴール・タタン。その横にはお嫁さんが居る。

 皆古代エジプト風の服を着飾って、偉大な現王に挨拶に来る。
 その次に妃へ挨拶して、次にイヴの順番だ。
 イヴは4人兄弟の末っ子に当たる。第4王子が跡継ぎって魔歴上でもなかなか無い。
 恐らく彼の固有スキルがチート級である事と、人柄なのかもしれない。

 王様にとって信頼出来る家臣を揃え、国を盛り立てていくのは重要課題だ。イヴを観察していて分かったが、彼は人に仕事を任せるのが上手い。
 甘えているようで、適材適所を把握している。これは一種の才能だ。
 周囲も喜んで尽している。末っ子気質で甘え上手な彼は兄弟からも可愛がられていた。

 現国王アヴァロンさんが健在の中、イヴが魔王会議に参加するのは他の魔王達への顔合わせを兼ねている。
 イヴはタタン国国王の正式な後継者として、既に公にされている身分なので問題はない。

 広間で沢山の踊り子さんが踊っている。キラキラした羽衣が宙を舞う。臍丸出しの布面積の少ない過激な衣装で目のやり場に困った。腰に付けたアクセサリーがチャラチャラ揺れている。

 会場の端に車椅子に座った老人を見付けた。
 白髭を蓄えた優しそうなお爺さんだ。
 目が合ったので会釈すると、皺々の目を細めて微笑んでくれた。

「【鮮血】の旦那ぁ~楽しんでる?」

『イヴ…』

「なんだぁ?酒は飲まないの?」

『うん。僕はお酒が入ると暴れるらしいからね』

 イヴは冗談だと思ったのか愉快そうに笑う。
 彼の左右に可愛らしい女性が2人寄り添っていた。
 僕の視線を手繰ったイヴは「ん?嗚呼、彼女達?オレの嫁ぇ~」と胸を張る。

『2人とも!?』

「後まだ2人居るけどねぇ」

 僕の思う常識とタタン国の常識がぶつかりカルチャーショックを受けた。
 4人のお嫁さんって…一夫多妻制?
 実際に見るとかなり衝撃的だ。

「…旦那にも何人かつけようか?」

『?つける…?』

「今夜ベッドを温めてくれる女だよ」

『ッ!だ、大丈夫だよ…』

 悪戯っぽく言うイヴの申し出を丁重に断り、水を一気に飲み干す。
 再びお爺さんの方を見ると、彼に手招きをされた。

『どうしたの?』

「ふぉっふぉっふぉ…。体が言う事を聞かんもんでなぁ、ちょいと、若いモンの手を借りたかったのじゃよ」

 お爺さんは「そちらに行きたいんじゃが」と僕の横にあった椅子を指差す。
 僕は宴に紛れてお爺さんの車椅子を押して椅子の横につけた。声を掛けながら椅子へ移動させる。

「ふぅ~、此処の方がめんこい踊り子がよく見えるからのぅ。ふむ、皆ナイスバディーじゃ」

 (ただのスケベなお爺さんじゃないか)戻した方が良いのか一瞬悩む。

「ところで若いの」

『うん?』

「そなた魔法は使わんのか?ワシを移動させるにしても、【浮遊】を使うと思っておったのじゃがのぅ?」

 先程僕はお爺さんを、安全に配慮しながら自らの手で移動させた。どうやらそれが不思議だったみたいだ。

『……僕は』

 (魔力が使えなくて)言葉が喉に閊える。他国のお爺さんに僕の悩みの1つ、魔力はあるらしいけど使えない、を打ち明けて良いものか。
 僕と目が合ったお爺さんは怪訝そうに眉間に皺を刻んだ。

「そなた、またややこしい術式を組んだのぅ」

『…術式?』

「じゃが外れ掛かっとる。誓約じゃな?一体何をして、そんな複雑なもんを拵えたのか気になるところじゃのぅ」

『……どういう…?』

 お爺さんは髭を撫で付けながら僕を繁々と見詰める。

「…なぁに、年寄りの戯言じゃ。聞き流してくれて構わん。おお、あのオナゴは尻の形がサイコーじゃな!」

 一度踊り子に視線が移ると、お爺さんはもう戻って来なかった。何を問い掛けても「ポロリを期待するぞ」や「腰付きが堪らん」など無関係の言葉が返ってくる。
 仕方なく諦めた僕は広間から出て、夜風に当たった。

 魔王会議の時にもイーダに似たような事を言われたのを思い出す。聖王国に行ったら詳しく聞いてみようかな。

◆◇◆◇◆◇

『…ん、』

 宮殿にある客間のベッドで目が覚める。
 南国リゾートの高級ホテル並みの客室。昨夜イヴに案内されて泊まった部屋だ。
 暖かな朝日が窓から差し込む。(眩しい…)今日からブルブルの捜索に本格的に参加すると思うと胃が痛んだ。

 起きる気にもなれず目を瞑っていたが、腹部に華奢な腕が巻き付いているのに気付く。

『え?』

 勢い良く起き上がり腕の主を確認する。
 青い髪の少女が目を擦っていた。枕に散らばる長い髪に、透き通る白い肌。彼女何も身に纏っていないのだが。

『ッ…!!?』

 (まさかイヴが気を利かせて!?)そんな、いや…落ち着け。僕は服を着てる。彼女が着ていないだけだ。

『あの…えっと…』

 慌てふためく僕をジッと見る少女は裸体を隠そうともしない。
 居た堪れなくて顔を背け、ベッドを出た。

「旦那ぁ~朝だぜ~」

 呑気な声。僕はあまりのサプライズに心臓が止まり掛けたと言うのに。
 欠伸を漏らしながらイヴが顔を出す。後ろに部下も引き連れていた。

『イヴ!僕、そういうつもりはないって…』

「おはよー旦那。!、誰だぁ?」

 彼女を見て笑みが消えたイヴの反応に驚いた。(彼も知らない?)どうやらイヴが差し向けた女の子じゃないらしい。
 待って、じゃぁ何で此処に居るの?

 すると突然、少女は走り出し僕を担ぎ上げた。更にイヴの腕を掴み窓へ疾走する。

「おい、ちょ…旦那、コイツ知り合い!?」

『し、知らないよ!』

 この細腕の何処に大の男を片手間で運ぶ力を秘めているのか不思議でならない。
 荷物みたいに担がれ、手を掴まれているイヴと一緒に狼狽える。

 状況が飲み込めないまま、イヴの部下が「侵入者だ!」と叫んだ。
 周囲の喧騒も意に介さず、少女は大きな窓に脚を掛けた。

『待って、此処4階…っ』

 警告も虚しく彼女は窓から跳躍し、重力に従い猛スピードで落下する。
 死を覚悟して目を瞑った。

 衝撃に備えて身を固くしたが、地面との衝突とは別の不思議な感覚に包まれた。
 ピンと張った膜を突き破ったと思ったら、水の中にいるような錯覚。

 恐る恐る目を開けると先程まで居た少女はおらず、何もない空間にいた。イヴを探すが何処にも居ない。
 不意に足が地に付く。
 僕を中心に波紋が広がった。

 一瞬で満天の星が現れる。地面にも星が散りばめられていてパロマ帝国にあるトレレスのビアス塩湖のようだ。
 星が幾つか零れ落ちる。空は紫色をしており、天の川が流れていた。
 地面は空を鏡合わせに映し出している。

『此処は…』

「此処は時空の狭間です」

 声が反響して様々な角度から話しかけられているみたいだ。耳に入るのは出鱈目な理解不能の言語。
 しかし意味はしっかり伝わるのが不気味だった。頭に直接語り掛けられている。脳内を覗かれているようで不安になった。

 声の主を探して見回していると、奥で何かが動いた。

『誰?』

「…お久し振りです。ご主人様」

 ヌルリと粘液が光る。
 相手方が歩を進めるとペチャリと水音がした。
 頬が引き攣り足が竦む。

 鋭い牙に鉤爪、長い尻尾。体の棘に纏わりつく粘液。眼は何処にあるのか分からない。でも彼(彼女?)は確かに僕を見ていた。
 挿絵の通りの恐ろしい容姿をしたティンダロスの猟犬が、暗がりから出て来た。

 
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