冷酷無慈悲で有名な魔王になってしまったけど、優しい王様を目指すので平穏に過ごさせて下さい

柚木

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八章 冒険者編

115話 魔王と剣聖と剣聖(?)と

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 鞄を肩に掛け大きなリュックを背負うと、重心がズレて体が傾く。(確かにこんな荷物を持ちながら戦闘とか警戒は出来ないよね)僕は納得してレティジール様一行の後を追う。
 僕のローブを握ったニコが不安そうに此方を見上げていた。

『どうしたんだい?』

「重い…?」

『大丈夫だよ。寧ろ体を鍛えるには丁度良いね。オルハにもやしって言われるのも卒業かも』

 荷物持ちとしての意気込みは十分だ。
 守ってもらうならそれなりに役に立たないとね。

 ファーゼストの街から出る手続きを済ませて、直ぐにアンジェリカへ【転移門ゲート】を繋ぐ。

 ゼレスさんが作った【転移門】はシャルが作ったのとは違って、少し歪な形をしていた。個人の魔力が違うから人それぞれ異なった形になるのかもしれない。

 アンジェリカは白木蓮ハクモクレンの街とも呼ばれている。街の至る所に白木蓮が植えられて爽やかな芳香が街全体を包み、花弁が舞う様子は風情がある。
 商業が盛んで大通りは荷馬車が多く行き交っており、店では頻りに値切り交渉が行われていた。
 
「おい小僧!キョロキョロしてねぇでさっさと来い!」

「置いて行くぞ」

 レティジール様とゼレスさんに呼ばれて、お上りさん丸出しだった事に気が付く。(田舎から出てきた訳じゃないけど)
 初めて見る景色から得られる刺激は僕が求めていたものだ。

「まぁまぁ、2人とも。彼は我々の荷物全て持ってくれているので…」

「それで鞄を引ったくられたらどうするのよ?中に私の化粧道具も入ってるんだからね」

 アンドリューさんとニナさんが揉めている。
 僕が遅かったからかな…。

『ごめんよ、今度から遅れないようにするね』

 困った顔で笑うとレティジール様が「ハッ!」と失笑した。

「小僧本当に魔族か?それにしちゃ随分愛想が良いな」

『?僕は魔族だよ』

 心は人間だけども。

「ブルクハルトに来て思ったけどよぉ、此処の魔族は腑抜けばかりだな」

『うん?人間と魔族に優劣を付ける必要が無いからね』

 僕の答えに皆ポカンとしていた。(何かおかしな事言ったかな)

「ぷ…ハハハ!今の笑えるぜ!」

 冗談を言ったつもりはなかったけど笑われてしまった。まぁ空気を濁さないように僕も笑っとこう。

 お腹を抱えて爆笑した後、レティジール様は「今日は此処で宿を取るが良いよな?」と確認する。
 何の問題もないので頷いた。

「じゃぁ小僧、あの宿屋で部屋を抑えて来い。剣聖が泊まるに相応しい1番良い部屋を用意しろってな!」
 
『うん、分かった』

 指差された宿に向かう間、後ろで嘲笑が聞こえたけど気のせいって事にしとこう。

 宿屋の受付の人と話をした。今はVIPなお客さんが宿泊している為、この宿屋自慢の眺めが良い露天風呂付きの部屋はもう別の人が宿泊中らしい。
 しかもツイてない事に今晩は4人部屋1つしか空いてないようだ。

「部屋取るのにいつまで掛かってんだよ!」

『うん…少し困った事があって』

 見兼ねたレティジール様が助けに来てくれる。
 僕と受付の人は事情を説明した。

「はぁ!?もう埋まっちまってるだと!?」

「はい…現在は通常ランクの1部屋しか空いていない状態で」

 酷く申し訳なさそうに話す彼に、レティジール様は詰め寄った。よっぽど眺めの良い部屋が良かったのかな?
 でも胸ぐら掴むのは宜しく無いね。

「誰だよこの俺を差し置いてその部屋を使ってる奴はッ!?」

「私よ」

 振り向くと見知った顔が此方を睨んでいた。

「私達が連泊してるの」

 「何か文句があるかしら?」と、仁王立ちしているのは赤茶髪の少女だ。

『レティ!』

「な…シロ!?」

 彼女は凄く驚いた顔をして、夢かと目を擦っている。

『久し振りだね。元気だったかい?』

「シロもね!……その大荷物はどうしたの?」

『ん?これはレティジール様達の荷物なんだけど、今は僕に任せてもらってるんだよ』

 それを聞いたレティはレティジール様を見上げた。

「小僧、コイツは…?」

『彼女はレティシア。王都で知り合った冒険者で、僕の友達』

「レティシア…?」

 レティシアの名前を聞いた彼の顔色が悪くなる。目を見開いてゴクリと喉が動いた。

「じゃぁ小僧の居るかもしれねぇ知り合いってのは…」

『うん、彼女の事だね』

「シロ、彼は?」

『彼はレティジール様。今僕達を王都に送ってくれてるんだ。実は彼は凄い冒険者で【白百…もがもが』

 レティジール様が僕の口を押さえたので最後まで言えなかった。

「小僧ちょっと来い!」

 宿屋の壁際へ連れて来られた僕は、レティジール様と壁に挟まれる格好に身じろぐ。

「あの女に俺の素性を話すな!」

『どうして?』

「良いから言う通りにしろ!冒険者同士ってのは無闇に素性を明かしたりしねーんだよッ!」

『う、うん…?分かった』

 彼を凄く怒らせてしまった。よく分からないが、憤慨している事実に罪悪感が湧いてくる。
 きっと僕が冒険者同士のしきたり的な、暗黙の了解的なモノを破ろうとしたのだろう。

『世間知らずで申し訳ないよ』

「……っとに困るぜ。分かりゃ良いが…」

 彼はぶっきらぼうに「奴と話をするのは無しだ」と背を向けた。

『え…どうして?』

「小僧の知り合いってのが本物の…、ッいや…冒険者とは思わなかったからだよ!」

『そりゃぁ、知り合いとしか言ってなかったけど…』

「テメーは俺の言った事にはいはい言ってりゃ良いんだ!」

 久し振りにレティシアと話が出来ると思っていた僕は気落ちする。

「ねぇ?どうして私とシロが話をするのに貴方の許可が要るのかしら」

「テメー!」『レティ…』

 いつの間にか近くに来ていたレティは大柄なレティジール様を睨み上げた。
 「何か都合が悪い事でもあるの?」と追い打ちを掛けると彼は言葉に詰まる。

「俺達は護衛任務中は依頼人と別行動を極力控えてるんでな」

「あら、熱心な事ね。でも此処は街中だし、シロには私が付いているから大丈夫よ」

「俺達のやり方にケチをつけねぇで貰おうか。ちょっと有名だからって調子に乗りやがって…!」

 一触即発の空気だ。

『ねぇ、レティと僕で話すのがダメならレティジール様も一緒にお茶でもどう?』

 これなら双方の意見を取り入れてるし大丈夫じゃないかな。
 冒険者って奥が深い。其々のやり方やスタンスがあって格好良いね。

 争っていた2人は暫しの沈黙の後、僕の提案に渋々乗ってくれた。

◆◇◆◇◆◇

 一先ず【白百合】の皆は先に部屋に入ってもらい、僕とニコと不機嫌そうなレティジール様、その彼をジト目で見るレティの4人でテーブルを囲む。

 宿屋に隣接した喫茶店はこじんまりとしていたが、シーリングファンがお洒落な雰囲気を演出していた。
 自由に読める本もあって観葉植物の葉が揺れている。
 王都にあれば間違い無く僕が入り浸る喫茶店だ。

『レティのパーティーの人達はどうしたの?』

「待つのが退屈だから街道に出た魔物の討伐をしてるわ。私も一緒に居たのだけど、何故か戻って来ちゃってたのよね」

 自分が方向音痴だと認識しないと、その問題は解決しなさそうだよレティ。

「通信石で連絡したから大丈夫よ。今頃持ち帰った素材を売ってるんじゃないかしら」

『此処は商業が活発だから良い値段で売れるんじゃないかな』

 ショートケーキのクリームを口周りに付けたニコのお世話をして、ルトワの紅茶に口を付ける。

「でもシロがアンジェリカに居るなんて吃驚したわ」

『話せば長くなるんだけどね。最近レティは忙しくしていたし、久々に会えて嬉しいよ。そうだ、S級冒険者への昇格おめでとう!』

「あ…有り難う…」

 僕がそう言って笑うと彼女は嬉しそうにはにかんだ。

『お祝いはブルクハルトに戻ってからね』

「ええ。あ、その…実は少し遅くなりそうなの」

『うん?』

「タグが出来上がり次第、ファーゼストの街に寄ってからブルクハルトに戻ろうって話になっていてね…」

 レティはコーヒーに映る自分を見ながら真剣な顔をしている。
 ファーゼストって僕が来た街じゃないか。

『どしたの?何か困った事があったのかい?手伝える事はあるかな』

「あ、その…大丈夫よ!気になる噂があって、ちょっと確かめに行くだけだから…!」

『でも偶然だね!僕達もファーゼストから』

「あーー!此処の珈琲は最高だなぁッ!」

 僕の言葉に被せる形でレティジール様は大声を出す。その後僕の方へ「黙ってろ」と苛々した視線だけを寄越した。
 (いけないいけない)彼の素性に繋がる会話は駄目なんだっけ。

「…貴方さっきから態度が悪いわよ」

「へーへー育ちが悪ぃもんでな!」

 レティの小言を聞き流して、豪快に珈琲を呷る。
 僕も紅茶をちびちび舐めた。

『いくらでも待つから気にしないで行っといでレティ』

「ええ…。本当は一緒にブルクハルトまで付いていきたいのだけど…」

 レティジール様が露骨に嫌な顔をした。それをレティが視線で咎めると彼の目が泳ぐ。

「……。心配だわシロ。私がファーゼストから戻って来るまで此処に居てくれたら…」

「そりゃ横槍だ嬢ちゃん。コイツは俺に名指しの依頼をギルドを仲介して寄越してんだぜ?」

 レティと帰るとダブルブッキングになっちゃうのかな。

「私は個人でシロを王都に送るのよ。別に報酬なんて要らないわ」

「嬢ちゃんの方が常識外れな事を言ってるって分かってんだろーな?」

「ええ。でも貴方達を信用出来ないもの。さっきだってシロに荷物を…」

 また白熱しそうなので『まぁまぁ』と2人を宥めた。

『レティジール様は信用出来る人達だよ、レティ。なんたって剣せむぐむぐ』

 またレティジール様に口を塞がれた。
 フォローするつもりが余計な心労を掛けてる気がする。
 僕と彼の仲睦まじい様子を見て、レティも納得してくれたのか小さく息を吐いた。

「シロがそう言うなら…分かったわ。全て片付いたら改めて連絡するわね」

 美しい所作で珈琲を飲むレティは何処ぞの貴族令嬢のようだった。

◆◇◆◇◆◇

 レティシアと別れて宿屋に行くと、部屋の前でレティジール様が腕を組んで待っていた。

「此処は4人部屋らしい。俺達は英気を養う必要がある。悪いが小僧達は裏の厩で寝てくれないか?」

『僕は全然良いけど…』

「なぁに、冒険者にはよくある事だ」

 ローブを掴んで放さないニコに目をやると「シロと一緒が良い」と返事が来た。
 慣れない移動で疲れているだろうし、せめてニコは普通の部屋に泊まらせてあげたかったのだけどな。(4人部屋だし仕方ないね)

 宿屋の店主に厩で眠る事の許可を得た。

 馬舎は宿と隣接しており馬の嘶きが聞こえる。出入り口の横のふわふわの藁が積まれた場所で身を横たえた。
 
『ニコ、大丈夫かい?』

「ん」

 店主に貰った毛布をニコに掛ける。
 屋内とはいえ、隙間風が入る厩は肌寒かった。

『冒険者も大変なんだね』

 しかし良い経験だ。彼らの境遇を体感して、問題点があれば改善案を出せる。
 今までリリスから上がる報告書に目を通して頷いているだけだったが、少しは国のトップらしい事が言えるのだ。

 地面を蹄が叩く音が子守唄のようで、僕は少しずつ微睡に意識を沈めた。

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