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八章 冒険者編
114話 偽物
しおりを挟む「此方の皆様がファーゼスト1番を誇るS級冒険者【白百合】の皆様です!そして此方が王都までの護衛を希望されているシロ様、ニコ様でーす」
元気な受付に笑顔で紹介されたのは、顔の見えないローブ姿の男と小さな幼女。
少女の方は顔を隠すつもりは毛頭無く、大きな紺色の眼と視線が合う。瞬きをしない独特な雰囲気を纏う少女だった。開いた外套から覗くのはメイド服でレティジールは面食らう。
男の方は顔が隠れる程フードを深く被り、S級冒険者を前に緊張しているのかオドオドしている。身長や体格で辛うじて性別が判断出来るが、それ以外の情報がない。
「ブルクハルトまでたぁ、随分な長旅だな」
レティジールは男の方を頭のてっぺんから爪先まで見た後で椅子に踏ん反り返る。
「それにしちゃ、荷物が少ないこって」
『…はは は』
(野郎の声だな…。しかも若い)眉をピクリと動かし、声から男の大まかな年齢を考える。
怪しい若男と小さなメイド。ちぐはぐな組み合わせだが、どうやら訳ありらしい。
だがS級を指名出来る財力を持っている。見れば男も少女も上等な服を着ていた。
彼女のメイド服で防具が買い揃えられ男のローブ一着で武器を新調出来る程だ。
恐らく貴族の息子と、その見習い侍女。
“剣聖”レティジールはニヤリと口角を上げた。
「別室を用意してくれ。話を聞いてやる」
◆◇◆◇◆◇
ギルド職員に案内されたのは、建物の2階にある会議室だ。
楕円形の机に椅子が揃っており、面々が着席する。
『えーっと、話を聞いてくれて有り難う。僕はシロで、この子はニコ。宜しくね』
「俺の事はレティジール様って呼べ」
軽く手を挙げた彼は更に続ける。
「それで?護衛だったな小僧」
『うん。ブルクハルトまで僕らを無事に送り届けてほしい。報酬は前金で白金貨5枚、後払いで更に5枚は約束する。後はリリスと相談して欲しいのだけど』
(リリス…)魔大陸では婚約者や妻を、愛の女神リリス・ラヴァ・イースに擬えてリリス、リリィ、などの愛称で呼ぶ事がある。愛の深さを示す行為らしい。
青年と少女をブルクハルトへ送るだけで白金貨10枚の報酬。アンドリューは息を飲んだ。
しかも彼が言う女性への交渉次第ではもっと金額が跳ね上がるかもしれない。
『…あの、皆は勇者…なんだよね。聞きたいのだけど、どうしてブルクハルトに来たの?』
「どうしてって、稼ぎに来たに決まってるじゃないか」
ゼレスが間髪入れずに答えた。
「あのブルクハルトにギルドが出来たと聞いてな。魔大陸の魔物は手強いが、その分報酬も良い」
「…、も…勿論、人々が魔王の悪政によって苦しめられているなら討伐するつもりだったのよ。でも今のところ魔王アルバラードの被害って過去の事しか聞かないし…もしかしたら私たちが来たと知って心を入れ替えたのかもね」
ニナはゼレスの発言に付け加える。
彼の方へギロリと鋭い視線を向けた後、笑顔を貼り付けていた。
『そっか…、困ってる人を助けるために来てくれたんだね。僕が……この国の魔王が良い奴だったら、特に何もしないって事かい?』
「そりゃぁそうだ。無害な奴にこっちから仕掛けるつもりはねぇ。俺達も平和が1番だしな」
レティジールの言葉を聞いて、青年は酷く安心したようだった。
「……そろそろ顔を見せて貰おうか」
『……』
魔導師ゼレスは腕を組んだ状態で硬い表情をしてる。
青年はフードに触れて、迷っていた。
「顔を見るくらい良いだろう?」
更なる追求に、青年の肩が揺れる。
その長い葛藤に焦れたレティジールは「小僧、まさかお尋ね者か?顔を隠さねーといけねぇ理由があんのか?」と訝った。
『…そんな事は…ないんだけど…』
歯切れが悪い返事だ。よっぽど顔の知れた大貴族なのか躊躇いが残っている。
そこへメイドの少女が青年に両手を伸ばした。
男は慣れた様子で彼女を抱えて腕に乗せる。
少女は彼の頬に手を当てた後、むんずとフードを後ろへ引いた。
『ニコ…!』
慌てる青年に対し少女は「シロ、大丈夫」と強い瞳で落ち着いている。そして窓へ映る姿を見るように促した。
そこへ映し出されたのは眩しい程の白髪に、黄金色の瞳の青年だった。
黄色い色彩は宝石のような輝きを帯びている。
(ニコの水魔法…!)以前オルハにルビーアイは沢山居ると言ったら鳩が豆鉄砲を食らったような顔をされた。
大迷宮で出会った魔種族を力説すると「ンなの偽モンに決まってンだろォが!ルビーアイっつったらテメーしかいねェよボケ」と一刀両断された。
それ以来、彼は再び希少な瞳を持つ魔王として胃を痛めている。
リリアスが彼女を一緒に同行させたのは、あらゆる不測の事態にも対応出来るようにする為だ。
深い考えの元で動いている主人を気遣って、せめてものサポート役にニコを随伴させた。
「へぇ、なかなか可愛い顔をしてるじゃない」
ニナが値踏みするかの如く目を細める。
『あ、はは…あまり外に出た事はなくて、ついね…』
世間知らずな大貴族の息子。
最高の依頼人だと判断したレティジールは手を叩いた。
「良いぜ小僧!お前の依頼、俺達【白百合】が受けてやるよ!」
『本当!?』
「勿論だ!困った時はお互い様だしなぁ!小僧は箱入りっぽくて何も知らねーだろうから、俺達が色々教えてやるぜ」
青年の肩に腕を回して豪快に笑う。
一緒になってへらへら笑う青年を横目に、レティジールは無精髭を撫でた。その眼差しは獲物を見つけた鷹のようにギラついている。
クエストが承諾された事を青年は素直に喜んで、腕に抱いていた少女を高く掲げた。
『やったねニコ!ブルクハルトに帰れるよ!』
「……」
その後小さく耳打ちをする。
『水魔法、有り難うね』
「…ん」
少女は些か照れて唇を結んでいた。
『でも勇者が気さくな良い人で助かったよ。この旅で僕に害意はないって思ってもらえれば、ブルクハルトに着いて正体がバレても、今後心強い味方になってくれるかもしれない』
「………」
ウィンクする青年に対し彼女は感情の読めない顔をする。いつもの様に大きな目で彼をジッと見上げたが、眉間には微かに皺が寄っていた。
◆◇◆◇◆◇
レティジールの話ではブルクハルトに到着するまで、転移を駆使して3日掛かると言われた。
1日目に装備や物資を整えてファーゼストの街を出発。転移でアンジェリカの街まで移動。
2日目は街道沿いにひたすら歩き、野宿。
3日目に王都ブルクハルトへ到着。
このようなスケジュールを伝えられた。
最初の転移で大きなショートカットが出来る。最果ての街から3日で王都に着くなど、他の冒険者パーティーには真似出来ないらしい。
アンジェリカの街が転移先なのは、魔法を使うゼレスがそれ以上西へ行った経験が無い為だ。
アルバはアンジェリカの街の名前を聞いて友人が居る筈なので会えたら話をしたいと申し出た。レティジールはどうでも良さそうに承諾し、旅の準備を始めていた。
待ち合わせ場所で壁に寄りかかる。
ニコはその横にちょこんと座った。『苦労を掛けてごめんよ』と髪を撫でると、指の上で点滅するアクセサリーを見付ける。
身に付けていた通信石の存在にやっと気付いた。
『誰?』
「アルバ様ッ!ご無事でいらっしゃいますか!?」
リリアスの血相変えた顔が脳裏に浮かぶ。
この様子だと何度も通信石に呼び掛けていたようだ。
『ごめんね心配掛けたかな?』
「…いえ……はい。アルバ様が何かお考えあって調査に同行されたのは分かっておりましたが、まさか突然お姿を消してしまうとは」
『うん?』
首を傾げていると「今どちらにいらっしゃるのですか?直ぐにお迎えに上がります」と、今にも仕事を投げ出しそうな気配がする。
『僕は大丈夫だよ、ニコも居るしね。3日で戻ると思うし、きっと有意義な旅になる』
「旅、ですか?」
『そうそう。王都以外の国の様子を見る機会も少なかったから、凄く楽しみだよ』
うっとりと話す王の声に、リリアスは何も言えなくなってしまった。
「しかし…危険です。せめて竜騎士を何名か…」
『それも大丈夫だよ!ある冒険者に依頼して守ってもらえる事になったんだ。城へ着いたらお礼に盛大に迎えてあげてほしいな』
「…その冒険者とは何者ですか?」
『リリスも吃驚すると思うよ!楽しみにしてて』
主人は無邪気に燥いでいる。それに水を差すのは彼女にとっても憚られた。
本当は直ぐにでも迎えに行きたい。何処の誰とも分からぬ冒険者との旅路など危険極まりない。
熾烈な齟齬を制したのは彼への忠誠心だった。
「…アルバ様の御心のままに」
その時、日を背にしたレティジールがアルバを見下ろした。
『どうしたの?』
「悪いがこれ持ってくれねーか?俺達はいつ戦いが起きても素早く動けるように身軽にしておきたいんでな」
『うん、良いよ』
肩掛けの鞄と大きく膨らんだリュックを渡されるも、気分を害した様子もない。
レティジールは密かに鼻で笑った。
「……アルバ様?」
『ごめんねリリス。皆来たみたいだから行かないと』
鞄を持ちながら返答しているのか、主人の声が遠くなる。
「早く来い小僧」
『あ、待って…。ニコ行くよ』
そこで通信が切れた。
執務室の机に手を突いて身を乗り出していたリリアスは、そのまま拳を握り締める。卓上の書類を巻き込み、ぐしゃりと乾いた音がした。
「…小僧……?」
リリアスの開き切った瞳孔が通信石が嵌った指輪へ向く。
後方へ控えていたペトラが身を震わす程の不穏なオーラが彼女を包んでいた。
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