冷酷無慈悲で有名な魔王になってしまったけど、優しい王様を目指すので平穏に過ごさせて下さい

柚木

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八章 冒険者編

113話 遺跡

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 調査団は竜騎士を中心とした小隊規模の部隊。王が調査に同行すると言うが五天王は其々の職務に就いて出払っていた。
 突拍子もないアルバの発言を予想出来なかったリリアスは自らを叱咤する。彼女はお供にニコを連れて行くよう強く申し出た。
 それを首を傾げながらアルバは快諾し、王とメイドが同行した珍妙な調査団が出来上がる。

 正午を回ったところで王都の外れにあるメイダール遺跡の入り口へ到着した。

 見た目は苔が生えた大きなルービックキューブだ。森に侵食され蔓が蛇のように巻き付いている。

『へぇ~凄いね』

「王陛下、本日はどのような理由から同行をして下さったのですか?我々はどう動けば宜しいでしょうか…」

 竜騎士達が思いの外気を遣っている事に気付き、アルバは両手を振った。

『あ…調査を邪魔する気はないよ!ちょっと見てみたかっただけ。僕達の事は空気だと思ってくれて構わないから!』

 無表情のメイドの肩をポンと叩いた王はニッコリ笑う。
 ニコはメイド服の上から外套を羽織り、風呂敷に包んだ荷物を抱えていた。

「では、崩れている所も御座いますので、お足元にお気を付け下さい」

 中には地下へ通じる石畳の階段がぽっかりと口を開けている。
 調査団の隊長を務める竜騎士が先頭を歩いた。

「王陛下。魔物もおりますが、この掃討は我々にお任せ下さいませ」

『それは大いに賛成だ。宜しくね』

 竜騎士の誰かが【ライト】を使用した。
 眩しく浮遊する光が地下へ続く階段を照らしてくれる。
 中は迷路のようになっていた。四方が石造で囲まれ圧迫感がある。
 リリアスの言った通り真新しく崩落した場所もあり、調査は難航していた。

 アルバはニコの荷物を片手に、もう片方で彼女と手を繋いでいる。

『随分古い遺跡に見えるね』

「リリアス様が建物自体を地に埋め、シャルル様が早く朽ちるよう魔法を掛けていると言われております」

 (うん?)何故2人がそのような事をする必要があるのだろうか。国にある遺跡であれば文化遺産として保存するものだが。
 ふとした拍子に、執務室でリリアスから滲み出た遺跡への嫌悪感を思い出す。

『立ち入り禁止の立て札とか無かったけど、他に人が入って来たりしないの?』

「この国の者はこの場所は嫌忌の対象ですからね。小さな子供や…流れの冒険者なら分かりませんが、ブルクハルトに住む多くの者は近寄りもしませんよ」

 アルバは壁に描かれた落書きに足を止めた。
 歴史に残る壁画などではなく、一般人が描いた落書きだ。

 そこには巨大な塔が膨張した腐肉の塊りに飲まれているような酷く不恰好な建物が描かれている。塔は六角柱で、腐肉は人の悲痛な顔が幾つも浮かんでいた。更に地面の近くにはムカデのような足が幾つもあった。

「凡そ15年前の姿、メイダール城ですね」

 竜騎士の言葉に再び落書きに目を向ける。
 城と言われればそのような気もしてくるが、アルバには悍ましい建造物にしか見えなかった。

「昔は〈荒地のメイダール城、通ればそこには何も残らない〉なんて吟遊詩人が歌ってましたが…もう随分前の事になるのですね」

 絵を黙って眺めていたが、ムカデの足元に多くの人が轢き潰されているのを見て顔を逸らす。
 妙な事に心臓が早く脈打っていた。

「………」

 繋いだ手にうっすら汗が滲んでいるのを、気付いたニコは王の顔をジッと見上げる。
 
 その時、石壁が崩落した先に新しい通路が出現していたと報告が入った。

 行ってみると、圧砕された石の奥に不気味に光る部屋が見える。赤紫に輝く異様な場所に、竜騎士が慌ただしく出入りしていた。

『とんだ遺跡観光になっちゃったなぁ』

「…?」

 遺跡と聞いて彼が想像したのは数百年以上前の文明や建造物だ。
 まさか15年程しか月日の経っていない、しかも殺戮城と名高い【動く塔】の事だとは思わず浮かれた気持ちでついて来てしまった。

 【動く塔】は本にも載る程の奸悪な場所だ。
 アメリア・メイダールの城であり、絶え間なく動いていた事で有名だ。主に荒地を踏み荒らしていたが、アメリアの意志で街を通過する事も少なくなかった。
 当時を知る魔族の話では、まるで地獄だったと語られる。
 建物に当たった腐肉は剥がれ落ち、魔物と化して人々を襲った。生まれ育った家を壊されるばかりか、街を地均しされ魔物が跋扈する死の街に変えられてしまう。正に地獄だ。
 【動く塔】の進路先の街の人々は逃げ出すしかなかった。

『メイダールって人名だと思ってたからなぁ。ピンと来なかった』

「…この場所、嫌?」

『うーん、』

 昔の事で彼自身には縁の無い話だ。その筈なのにニコの問いに直ぐ答えられなかった。

 (何だろう)アルバが感じたのは身に覚えの無いデジャヴだ。微に懐かしい気さえする。

 黙考に耽るアルバの背がスイッチを押した。妙な感触がして気付いたが、彼は何かの装置の上に立っていた。

『あ、ヤバ』

 近くに居た竜騎士が驚きの声を上げる。眩い光に包まれる最中、ニコがアルバに抱き付いた。

◆◇◆◇◆◇

『いてて…。ニコ、大丈夫かい?』

 アルバは腹の上に居るニコに声を掛ける。頭を摩りながら起き上がり、現状把握に努めた。
 地下の遺跡に居た筈が、今は森の中に居る。途方に暮れるアルバの遥か頭上を大きな鳥が飛んで行く。

「…」

 ニコが指差す先に魔物避けの結界石があった。

『お手柄だニコ。どうやら近くに街があるみたいだ』

 2人は森の中を歩き始めた。

◆◇◆◇◆◇

 ブルクハルト最果ての街、ファーゼストは近頃活気に満ちていた。何故ならアルバラード・ベノン・ディルク・ジルクギール=ブルクハルトの命により街に冒険者ギルドが創設されたからに他ならない。

 商業や流通が活発化しており、長閑な街並みだが人の出入りが激しい街だ。次々と施設や店や住宅が建設され、発展し続けている。

 建って間もないギルドを受け付ける建物は壮大で、入り口にギルドの旗とブルクハルトの国旗が揺れていた。大きな柱に支えられた神殿の様な造りだ。

 冒険者なら誰でも利用出来る飲食スペースの料理や飲み物は此処も無料である。
 そこには多くの冒険者が屯しており、無料で提供される美味な料理の数々に舌鼓を打っていた。

 この街を拠点に活動している【白百合ホワイト・リリー】は冒険者ギルドの中でも一目置かれるパーティーだ。

 そのリーダー、レティジールは冒険者ギルドの受付嬢を侍らせて果実水を一気飲みした。

「で、俺は言ってやった訳よ!この剣聖に楯突くなら、お前ら…どうなっても知らねぇぜってな!」

「流石レティジール様!」

「S級への昇格おめでとう御座います!」

 盛り上がる中心に居る男は、一級の白い鎧を身に付ける剣士だ。短い赤茶色の髪に同色の瞳で、無精髭を生やしている。
 右眼から縦に古い傷が残る人間の男だった。

「ほぅら、俺が誰か分かった山賊は逆に金貨を差し出して逃げちまったって訳だ!ハハハッ!今日は奢ってやるぜー」

 机に置いた布袋がジャラジャラ音を立てる。

「ふふ、もうレティジール様ったら。此処は無料の物しかありませんのに」

「そうだったなぁ!全く、ブルクハルトの魔王様々だぜ」

 他国から派遣されたギルド職員がレティジールに身を寄せた。

「でも怖いわ私。ブルクハルトの魔王は残虐な王として有名だもの」

「なぁに、俺の剣が届く範囲でおかしな真似しやがったらスクォンクみてぇなイボ野郎、この俺が退治してやるよ」

 女の肩を抱いて豪快に笑う。
 上機嫌なリーダーがこれ以上調子に乗るのを嗜めるのはアンドリュー・ヒリリクの役目だ。

「まぁまぁ、リーダーその辺で。ブルクハルトの魔王なんて僕らじゃ……いや、最近大人しいって聞きますし、放っといて良いんじゃないですか?」

 アンドリューは幸の薄い笑顔を浮かべた茶髪の優男だ。回復役を担う癒し手であり、神官服を着ている。

 反対に焚き付けるのは魔導師のゼレス・ビクタスだ。ローブ姿で高価そうな杖を持っていた。つり目で眼鏡を掛けており、青い長髪を後ろで結んでいる。

「アンドリュー何言ってるんだ?放っておける訳がないだろ!オレ達は邪悪な魔王に苦しめられる人々を救いに遥々ユニオール大陸から来たんじゃないか!」

「そうそう、レティジールは勇者だもの。魔王なんてすぐに倒してくれるわ」

 同調するのは伏野レンジャーのニナ・ジョセルマ。谷間が大きく開いた服を着て肌の露出が激しい。眩しい程の金髪を一本の三つ編みにして、胸元へ垂らしている。

 【白百合】一行は他の冒険者も交えて極上の果実水で乾杯する。人々はS級冒険者の誕生と、彼らの偉業を讃え語り合っていた。

 盛り上がる飲食スペースの後方の入り口から、白髪の青年が恐る恐る顔を出して冒険者ギルドに入って来た。
 青年はローブのフードを深く被り、誰とも視線を合わせないようにしている。
 彼が連れた小さな少女は青年にぴったりとくっついていた。

 彼らは真っ直ぐ受付に行き、クエストを依頼したい旨を話す。

『ブルクハルトまで護衛をお願いしたいんだ』

「畏まりました。このファーゼストの街からだと少し距離があるので…費用が高額になると思われます」

『う、…王都に着いた時に後払いじゃ駄目かな?』

 青年は街外れにちょっと観光の予定だった為、軽装だった。いつもの服装にローブしかなく、言わば文無し。

「受けて頂く冒険者によると思います。…ご予算はどれ程ですか?」

『出来るだけ安く済むなら、僕もリリスに怒られなくて済むんだけど…。でもニコが居るからちゃんと護衛してくれる人が良いなぁ』

「長距離の護衛なので最低でもこれくらいは…」

 受付嬢が指で示した金貨の枚数に『げ』と冷や汗を流す。
 するとカウンターの下からにゅっと手が出てきた。小さな手には大金貨が握られており、受付員はぎょっとする。

「此処で1番の冒険者!」

 懸命に背伸びをする猫耳のような髪形の少女を、青年が抱き上げた。
 カウンターに背を向けてコソコソ話す。

『ニコ、それどうしたの?』

「リリアスが持たせた。いざとなったら使う」

『彼女がニコを連れて行くように言ったのは、僕の不運を読んでだったのかな』

 優秀な部下に感謝の祈りを捧げた。

「非常事態にお金、糸目は付けない」

『……リリスが言ってたのかい?凄い言葉を教えて貰ったね。とても心強いよ』

 暫し考えた彼は、安全性を第一に考え最終的に少女の言葉に従った。

「お客様、運が良いですよ!そう言う事でしたら今なら我がギルドが誇る1番の冒険者をご紹介出来ます!」

 受付係の言葉に期待が膨らむ。
 青年は目を輝かせて一体どんな冒険者なのかとワクワクしている。
 余程自慢の冒険者が居るのか、受付嬢は勿体ぶった。彼らの武勇伝を聞かされ焦らされるだけ焦らされた為、青年の期待と興奮は最高潮だ。

 それを横目にニヤリと笑った受付員は、身を乗り出して紹介した。

「なんとあの剣聖の家系に生まれし勇者!レティジール・トマ・ランフォード様がリーダーを務める【白百合ホワイト・リリー】です!」

『ぇーー勇者…?』

 白髪の青年の動きが止まった。

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