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七章 パロマ帝国編
110話 友人
しおりを挟むオルハロネオが気付くと、そこは見慣れない豪勢な部屋だった。負った傷が無くなっており、治癒師に治療されたのだと悟る。
起きる気にもなれず横へ寝返りを打った。
「ッ!!」
そこにはアルバラードがスヤスヤと眠っており、驚きのあまり彼を蹴飛ばす。
ベッドから落下したアルバは『ふぎゃ』と間抜け声を発して、頭を摩りながら立ち上がった。
『酷いよオルハ…』
「テメーが寝てンのが悪ィんだろーが!」
『ベッド広いんだしちょっとくらい良いじゃないか…』
むくれる青年はオルハの体を一瞥し『うん、元気そうだね』と息を吐く。
『痛い所はない?シャルに診て貰ったのだけど』
「あ?嗚呼…。つー事は此処はブルクハルトか」
『そうだよ』
アルバはオルハが気を失ったその後の説明をした。
オルハを抱えて困憊していると雷神龍が背に乗せてブルクハルトまで運んでくれた事。
シャルルに治癒魔法を掛けてもらい、彼の持っていた通信石を拝借してパロマには連絡している事。
「…あのチビ…雷神龍は…」
『それが…』
言いにくそうに目が彷徨う。アルバはバルコニーまで歩いて、大窓を開け放った。
オルハも続いて覗き込むと、下の階に設けられた広いルーフバルコニーがある。その大きなプールが雷神龍によって占拠されていた。
周囲ではララルカとノヴァが大はしゃぎしており、楽しそうな声が聞こえてくる。
オルハに気付いた子ドラゴンが猛スピードで此方へ飛んで来た。バルコニーの柵に足を掛けて身を屈める。
雷神龍はオルハが目覚めた事が余程嬉しいのか興奮しており、彼に身を擦っていた。
「分かった分かった、濡れるっつーの」
満更でもなさそうだ。
『えー…と、雷神龍のククルくんです』
「名前付けんならもっとカッケーのにしとけよ」
『だってクルクル鳴くし…それ以外に考え付かなかったんだもん』
ククルはオルハが寝ている間側を離れようとしなかった。オルハの左手を舐めたり舌で遊んだりしていたと告げると「あー…通りでぐっしょりしてやがった訳だぜ…」と左手を見てげんなりしている。
「コイツがまだ此処に居るっつー事は…」
『うん。ノヴァによればやっぱり彼はまだ親離れも出来ない子供らしい。親と逸れた所をダチュラに狙われて、随分心細かったみたいだよ』
「……」
『ククルさえ良ければ好きなだけブルクハルトに居て良いよって言ったら大喜びでね。勿論無害な人を襲わないって条件付きだけど』
アルバがクルルの頬を撫でる。子ドラゴンは嬉しそうに目を細めた。
『…で、……ククルは僕を親だと勘違いしてるらしい』
「ぶっ!?」
オルハが吹き出す。プルプル震え笑いを押し殺しており、暫くアルバの方を見なかった。
湿った目で睨みつつ、オルハが落ち着くのを待つ。
しかしドラゴンからすると雷を自在に操るアルバの存在がそう映ってもおかしくない。
納得して気を取り直したオルハが「飼うのか?」と尋ねた。
『ううん、飼うなんてまさか。…そうだな、共存?ノヴァはククルの言葉も分かるし親代わりに色々教えられると思う。お世話に関してはルカも協力してくれるって言ってた。此処を新しい寄り枝にして本人が一人立ちを決めるまで気長に待つよ』
「……雷神龍の親離れはおっせェぞ。それこそ50年とか100年掛かるらしいが…。超長命種だからな、俺達と同じように考えてっと痛い目見るぜ」
『……気長に…待つよ…』
決心が揺らぎかける。もしかしたら少し早まったかもしれない。
『パロマにも行きたがると思うけど、大丈夫だよね?』
「はァ?」
『オルハに凄く懐いてるし…。君が寝てる間、ククル寂しそうだったよ』
「んな…事、言われてもよォ…」
照れているのかいつもの覇気がない。
ウルウルしたククルの瞳を見ていたオルハが「あーー」と言いながら頭を掻いた。
「不用意に人を襲わねェ躾が出来たなら、別に来ても構わねェ」
『おー!やったねククル!』
ニコニコと子ドラゴンと戯れるアルバを、オルハは複雑な表情で見る。
「………テメーよォ、…ガキの頃何かあったのか?トラウマになるような…すげェ嫌な事があったんじゃねェのか?」
『え?嗚呼、オカッパ頭の彼の能力?実は何も覚えてないんだよね。あの時何か見た気はするけど、どんな夢だったのか迄は思い出せない』
あっけらかんと言ってのける白髪の青年はへらへらと笑った。
『遊んでおいで』とククルを促し、ドラゴンは一鳴きしてプールへ戻る。
ルカが「アルバちゃーん」と此方に手を振っているので笑顔で返していた。
『どうせ大した事ないよ。多分大きな野良犬に追い掛けられたり、烏に突かれたり、揶揄われたりしたのさ』
思い当たる子供の頃のトラウマを並べる。
オルハは釈然としないらしく沈黙し、腕を組んだ。
『さっきまでエニシャが居たんだけどーー』
重苦しい空気を変えようと、態と明るい声を出した。
「エニシャだと!?」
『うん。パロマに連絡したら、心配だから一緒に居たいって…』
兄を心配して見舞いに来た尊い妹の優しさに感動すると共に、ブルクハルトなどの遠方に来て彼女の体力面の心配や、道中怖い思いをしたのではないか、余計な虫が寄り付かなかったかなどと様々な思いが馳せる。
『あ、僕とシャルで一度パロマにエニシャを迎えに行ったから変な心配はしないでね』
「なんだ良かっーーくねェよ。何断りも無くテメーが会いに行ってんだクソが」
『それで新しい発見があってさ!』
「話聞けよ」
相変わらずマイペースな彼に渋々飲まれた。浮き浮きと案内されたのはその部屋の出入り口らしき扉の前だ。
ドアノブに奇妙な細工がされており、小さなレバーが取り付けられていた。
アルバがレバーに指を引っ掛け動かすと、ドアノブの本来鍵穴がある位置に嵌め込んだ鉱石の色が変わる。
ノックすると、オルハにとって世界一可憐な少女の声が聞こえた。一瞬耳を疑い、会いたくて気が触れた幻聴ではないかと真剣に考える。
扉の向こうからエニシャが現れた。
「オルハお兄様!」
「エニシャ!」
駆けてきた少女を抱き締める。幻覚などではない、最愛の妹だ。
『吃驚した?』
悪戯が成功した子供みたいに微笑むアルバは、種明かしをする。
『オルハを看病してる時試してみたんだよ。パロマ城の扉だけしかエニシャの自室に繋げられないのか、此処も例外じゃないのか』
「私の扉と繋がっている間は鉱石が光るのですって!私が開けないと此方のお方を向こうにお運びする事は出来ませんが…」
『此処はエニシャとオルハ専用の客間にするからいつでも遊びにおいで。結界は調節しといたし』
そのつもりで扉の仕掛けも職人に作ってもらった。
「はァ!?エニシャ…外出はあんま…」
『外に出てないから良いんじゃない?』
「テメーは黙ってろ」
ピシャリと言い、オルハは妹の説得を試みる。
他国の城と自室が繋がるなど危険ではないか、アルバラードに強制的に迫られたのではないか。
過保護な兄に対し、エニシャはその扱いに慣れていた。
「他国と繋がると言いましても、私が実際に力を使わないと繋がりませんわ。ブルクハルト側から人が来る際は私の許可が必要になりますの。パロマ帝国にとって不利益はないと思います」
凛として国の実状を鑑みる聡明な妹に、オルハは目頭が熱くなった。(国の事をちゃんと考えてやがる…!立派になったなエニシャ…ッ!ついこの間まで俺の後ろをちょこちょこ付いて来る世界一可愛い妹で、俺が居ねェとダメだと思ってたが…。いや、勿論今でも世界一の美人はエニシャだが、お袋に似てスゲー優しく育ってやがっ)モノローグは続く。次の言葉を聞くまでは。
「何よりアルバラード様といつでも会えますの!未来の旦那様の為にブルクハルトへ花嫁修行に通いますわ」
「だ、誰が許すんだそんな事ッ!」
ムキになるオルハの横で、アルバは居心地が悪そうに頬を掻いた。
「まぁ!何かいけませんの?何も夜這いに行こうと言ってる訳ではないですのに…」
「エニシャ…夜這いだなんて言葉いつ覚えやがったんだ…」
「ふふ、オルハお兄様、ご存知ありませんの?女は知らない間に大人になるものですのよ?」
可愛らしさの中に艶麗さを含んだ笑み。
エニシャにその話を吹き込んだと思わしき人物に心当たりがあったアルバは後程、パロマの姫君をもてなした五天王統括を呼び出そうと心に決める。
そしてエニシャが抱えている人形の髪が白髪に変わっている事に気付き、オルハにどやされやしないかと肝を冷やした。
『まぁまぁ、2人とも。それでエニシャ?見つかったのかい?』
「はい!料理長に言ってお借りして来ましたわ!」
「なんだァ?」
エニシャは人形と一緒に林檎を抱えている。見た目は普通の林檎だが蔕に近い部分が橙色をしていた。
『オルハが好きな品種らしいね』
「あ?嗚呼…」
「剥いて差し上げますね!オルハお兄様」
満面の笑みを向ける妹に、兄は胸を押さえる。
首を傾げるエニシャの横で、アルバは相変わらずのシスコン振りに溜め息をした。
「エニシャ、無理はすんなよ?ナイフなんて危ねェぞ」
「大丈夫ですわ!少し練習しましたし、アルバラード様が初心者向けの物を用意して下さいましたの」
既に刃物を使わせた事をオルハは責める。視線だけで大体の心中を察したアルバは目を泳がせ口笛を吹いた。
『~♪』
「誤魔化しやがって。全然誤魔化せてねェし」
テーブルの上で突如始まったエニシャの林檎の切り分けを、オルハはハラハラと見守る。ぎこちない作業を前に手が出そうになっていた。
そんな彼の鳩尾を肘で小突いたアルバは、サイドテーブルに置かれた皿を見るよう示唆する。
「ありゃァ…」
『僕が林檎をラハヴィ型に切るのを見て、エニシャが自分からやってみたいって言ったんだよ』
平皿には兎型の林檎が10匹は乗っていた。中には稚拙な物も含まれている。
『少し特訓して上手くなってきたから、君が目覚めた時に好きな種類の林檎で作るって張り切ってたんだ。気持ちを汲んで見守っててあげてよ』
兄は掌に顔を埋める。
『……泣いてるのオルハ…?』
「グズ…泣いてねェ…」
鼻を啜って震える声を聞いて、アルバはくすくす笑った。
◆◇◆◇◆◇
エニシャが切ったラハヴィ型の林檎を、パロマ帝国の国宝にすると聞かないオルハ。
きっかけを作ったのはアルバだ。このままではパロマ国民並びに国の重鎮に申し訳が立たない。パロマ帝国側へ足を向けて寝られなくなる。
彼を説得するのに苦労した。エニシャは冗談だと思っていたようだが、オルハなら何の躊躇いも疑問も持たずに行う。
オルハが好きな林檎の品種はブルクハルトにはなかった為、興味があったがエニシャが切った林檎は全て兄が平らげてしまった。
『あ~…』
肩を落とすアルバをパロマの王様は鼻で笑う。
「オルハお兄様ったら…!帰りましたら好きなだけ切って差し上げますのに。それにアルバラード様はオルハお兄様を助けて下さったお方ですのよ?」
「はァあッ!?俺の方が助けてやったんだっつーの!」
『そうそう、僕は殆ど寝てたからね』
弾けたように抗議するオルハに同調した。
「ダチュラの野郎の能力でトラウマ見せられて、コイツはただピーピー泣いてただけだったかンな!」
『あれ?オルハは大丈夫だったの?』
「あ?俺も一度放り込まれたけどなァ?あんなん大した事なかったぜ。俺に掛かりゃァ、直ぐ突破よ」
自らの勇敢さをエニシャに伝えたいのか、鼻高々に語る。アルバは仕方無く自分で剥いた、平皿の林檎を齧った。
「オルハお兄様はどうやって思い出を克服なされたのです?」
『僕もそれ教えて欲しい』
今後の参考に、と耳を寄せる。
「どうやって…て、な……、」
高らかに弾んだ声が急に萎んだ。
口元を押さえて顔を赤らめるオルハの様子を、2人で顔を見合わせ不思議そうに覗き込む。
『どしたの?』
「なん、でもねェ…」
果たして助けられたのはアルバか、オルハか。
『ま、いっか。僕がオルハに助けられたのは事実だしね』
違う。本当は、(本当は俺がーー…)
『兎も角、パロマの魔物退治はお終い!僕達良いコンビだったんじゃない?』
魔物討伐とは名ばかりで予想外の閉幕にはなったが。
アルバはオルハの方へ手を掲げる。意図を察したオルハは「餓鬼かよ」と呆れたが、彼の手と手を打ち鳴らした。
『…』
「?どしたよ」
『まさか乗ってくれるとは』
「テメーがやりたがったんだろォが」
『はは、そうなんだけどね』
2人のやり取りを見てエニシャが小さく微笑む。
「そう言やァ、アルバ。こん前も思ったンだがーー」
『…』
「?今度は何だよ間抜け面しやがって」
『ううん!何でもないよ!それで?どしたの?』
アルバは知らない振りをする。指摘してしまうと、オルハが照れて言い直してしまう気がした。
しかし嬉しさのあまり口元が緩むのを我慢出来ない。食い気味に話を聞いたが、オルハの言葉がちっとも頭に入って来なかった。
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