冷酷無慈悲で有名な魔王になってしまったけど、優しい王様を目指すので平穏に過ごさせて下さい

柚木

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七章 パロマ帝国編

103話 自室

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 パロマ帝国から帰って来て数日が経ったある日、僕は大迷宮ラビュリントスの後処理をしつつ怠惰な日常を貪っていた。

 最近気付いたのだけど、ブルクハルトは手軽に遊べる娯楽が少なかったりする。有るとしたらトランプと、駒が動くチェス、将棋と似たようなルールのヴァイスってボードゲームくらい。
 暇を持て余す僕としては手軽なゲームがもっとあっても良い気がする。

 そこで考えたのが、僕が知るボードゲームを手作りする事だ。手が空いたメイドさんとか、リリスとか五天王の皆で遊べたらそれで良いし。

 テーブル一杯に広げた大きな紙にペタペタと色を塗っていると、幹部の皆と繋がる通信石が点滅しているのに気付いた。

『誰だい?』

「私私ぃ!」

 (新手の私私詐欺かな?)しかし声で誰か分かった。

『どしたのルカ』

「よく分かったねアルバちゃん!やっぱり愛の力ぁ?」

『うん?声で分かるよ』

「えへへ~」

 ニヤニヤと笑うルカの顔が浮かぶ。

「さっき竜騎士から連絡があって、今ブルクハルトの北の国境検問所にパロマ帝国の魔王が来てるってさぁ」

『は!?』

 僕は動揺して素っ頓狂な声を出す。

「どうするアルバちゃん?私が行ってはっ倒して来る?」

『いやいや…えっと、彼1人?何て言ってるの?』

「1人らしいよぉ。シャルルに会いたいって言ってるみたいだけど」

『シャル?』

 恐らく、魔導師として名高い彼女の知識と魔法が必要な案件だ。

「争いに来た訳じゃないって言ってはいるけどぉ、腹の底では何を考えてるか分からないじゃん?」

 確かに。でも攻め込んで来るなら、彼なら迷わず強行突破をすると思う。態々検問所にも寄らないし、僕を直接叩いて来るよね。
 僕は少し間を置いてルカに指示を出した。

『シャルは確か図書室に居る。彼と会うなら僕も一緒に立ち合うよ』

「会うの?」

『うん。パロマではお世話になったしね。シャルも話を聞くくらいなら拒まないと思う。【転移門】で玄関ホールに送ってくれて良いって伝えてくれる?リリスに言って出迎えてもらうね』

「分かったぁ」

 ルカとの通信を切ると、続けてリリスとシャルに繋げた。
 彼女達に事情を話し、僕も準備に取り掛かる。10分と経たぬ内に、オルハを出迎えたリリスから連絡が入った。

『リリス?』

「アルバ様、オルハロネオ様に話を聞きましたが、シャルルに用事では無いとの事です」

『え?だって竜騎士が…』

「はい。それが…ジルと言う女性に会いたいと」

『な…ッゲホ、ゲホ…!』

 僕は驚きのあまり飲んでいたアイスティーを気管に入れて盛大に咽せる。心配するリリスを他所に、現状に青褪めた。
 もしかしたら竜騎士は、僕の妹と聞いてシャルだと判断したのかもしれない。シャルは僕の妹分だし、僕の事を「お兄様」と呼ぶ。
 オルハの中で【鮮血】の妹はジルで、その認識の違いが生んだ事故だ。

『………非常に言い難いのだけど…それは、僕だ』

「如何しましょう?追い返しますか?」

『うーん、もう城に居るんだよね』

 もう少し詳しく話を聞いてから招けば良かった。そしたらジルは留守って事にして、僕のままで応対出来たのに。

『…うう、ユーリに薬貰って来る。後10分くらいしたら僕の部屋に通してくれる?』

「畏まりました、アルバ様」

◆◇◆◇◆◇

 オルハが僕の部屋に入って来た。僕はベッドの陰に隠れて様子を窺う。(うん、体はちゃんと女の子になったかな)
 2度と飲まないと思っていた薬を、まさかまたこんな形で飲む事になろうとは。

「よォ。久し振りだなジル」

『オルハ…突然で吃驚したよ』

 待たせた事に苛立った様子も無い。安堵の息を零しつつ、そろりとベッドの傍から出る。
 するとオルハは顔を真っ赤にして後ずさった。

「おい、その格好…っ」

『ん?』

 時間が無くて、着替えはしてない。
 今の僕は普段と同じ服を着ている。少し大きくてブカブカだけど、裾を引き摺る程ではない。

「自分の城での格好に文句は言いたくねェがよォ…」

『うん?』

「せめて何か羽織っとけ。俺が居る間で良いから」

 直視出来ない、とばかりに顔を逸らされる。取り敢えず彼が困っているのでクローゼットから上着になるような布を取り出した。

『それで、オルハ。僕に用事ってどうしたの?』

「嗚呼、その、よォ…」

 オルハをソファに通して、メイドさんにお茶の準備をしてもらう。
 ルトワの紅茶が入ったグラスに結露が現れた頃、彼は言いづらそうにやっと本題を切り出した。

「…頼みが、…」

『うん、僕の出来る範囲で良ければ。言ってみて』

「……お前の兄貴との仲介を頼みてェんだ」

 なんですと。

「色々あって、お前の兄貴とはあまり友好的な関係とは言えねェ。ジルが間に入ってくれりゃ、俺も少しは冷静に話せると思うし」

『そ、それは…、僕が伝言を伝える形じゃダメかい?』

「いや、…【鮮血】と直接話してェんだ」

 オルハが毛嫌いしている僕に直接話したいって、余程重大な内容なのだろう。

「やっぱ難しいか?」

『いや、…その…』

 僕に仲介を頼む事で君は回り道をしてるんだ。オルハが僕と直接話がしたいって言えば、僕は直ぐに応じた。
 でも、ジルを僕の妹だと思ってるオルハの判断は妥当だ。魔王会議レユニオンでも感じたけど、彼と僕はあまり仲良しとは言えない。
 僕もジルとしてオルハと会って話すまで、おっかない脳筋だと誤解していたし。

『…会わせるから、後4時間くらい待っててくれない?』

 彼は二つ返事で了承してくれた。

◆◇◆◇◆◇

「…待つとは言ったが…こんな事させられるとは聞いてねェぞッ!」

 僕の体が戻るまで暇なので、彼にはボードゲームの制作を手伝って貰っている。几帳面な性格なので色塗りははみ出しが無くて助かる。字も印刷したみたいに綺麗だし、頼んで良かった。

『だって気軽に出来るゲームって少ないんだもん。僕はヴァイスは弱いし、チェスも弱いし…トランプのゲームでも勝てる事なんて稀にあるかないか…』

 ニコにさえ不憫に思われて手加減されるこの僕が、こないだやっとリジーにババ抜きで勝ったくらいだ。
 チェスも手加減無しと言ったせいで、ユーリとリリスにこてんぱんにされるし。でも2人から「失態ばかりの我々を激励する為に態と…」とウルウルされる、謎のフォローをされてしまった。

 1つくらい僕がマウントを取れるゲームがあっても良いと思う。今こそゲーム下手の汚名を晴らす時。

『いた』

「何度目よ」

 話していると集中力並びに注意力が低下する。僕はもう何度目か分からないがハサミで手を切る。
 部屋にあったルネサンス調の刃の長いゴテゴテしたハサミなのが悪い。
 何度目、と言いながら僕の傷を確認してくれるオルハは世話焼きだ。

 すると、黒い石を嵌め込んだブレスレットが点滅する。
 僕はオルハを残して部屋を出て、扉の前で応答に応じた。

「アルバ?来週の確認をしたいんだが、今部屋に居るか?」

 イーダだ。返事をしようとして、口を開けたまま固まる。(今、女の子じゃん…)声を出せない。応えたら誰?って空気になる。

「?一先ず、部屋に行くからな」

 何時迄も黙ったままの僕を不審に思ったのか、イーダはそう言うと通信を切ってしまった。
 僕は大迷宮のいざこざの後、地下の魔力結晶を弄って貰いイーダとジュノに結界が働かないように調整して貰った。
 いつでも来て良いと言っており、ジュノは遠慮してるのか来た事はないが、イーダは何回か遊びに来ている。

 つまり、イーダは気軽に此処に来れる。

 僕は弾けたように扉を開け、驚くオルハの手を掴み力の限り引いた。開いていたクローゼットへ飛び込み、息を潜める。強引に彼を詰めたせいで雪崩れ込むみたいになった。

「ちょ、おい…」

『しっ…黙って』

 下に居るオルハの口を押さえて、扉の隙間から部屋の様子を窺った。暫くすると何者かが部屋へ入ってくる。
 僕の部屋へノックをせずに入ってくる人物はイーダ以外に居ない。

「アルバ?」

 テーブルの上の散らかった様を見ているのだろうか。窮屈そうにもぞもぞ動いていたオルハが、【琥珀アンバー】の侵入に気付いて動くのを止めた。
 僕は絶対に今の姿をイーダに見られたくない。彼に見つかったら何を言われるか…。1、2週間はこのネタでからかわれる。

「居ないのか?」

 イーダの心無しか残念そうな声に、少しだけ罪悪感が湧いた。

 全神経をクローゼットの外へ締め出してたお陰で今気付いたけど、僕とオルハの距離が近い。物置きにしていた此処は2人が入るには少し狭い。
 僕がオルハに覆い被さるような跨がるような格好で口を押さえていた。(彼が女の子なら僕は犯罪者かもしれない)オルハが男で良かったよ。
 
 多分隠れた意味は分かっただろうし、声を出さないように念を押してから手を放す。

 隙間からイーダの姿がチラついた。

『…っ…』

 今この瞬間にクローゼットを開けられるのではないかと恐怖心が跨げる。【探知】を使われたら終わりだ。

「…」

 外の人の気配が無くなる。イーダは部屋を出て行った。(よ、良かった…!)ホッと息を吐き、『手荒な真似してごめんよオルハ』と言いながら退く。
 クローゼットから這い出て、兄貴分の姿がない事を確認していると後ろから2本の腕が絡み付いてきた。

『う?』

「クソお前、ホント…」

 オルハに背後から抱き締められてる?

「ンな格好で……、ハァ…っ」

 溜め息と言うより、何処か切ない感じのこれは。
 僕が小首を傾げてオルハを見上げた時、彼の手が僕の顎を支えた。
 息が触れる程近づく距離に、なんだか居た堪れなくて腕の中で踠くと薬の効果が切れて本来の僕の体に戻った。

『あ、…』

「な…ッ!?」

 硬直したのは一瞬で、驚愕したオルハは僕を絨毯に打ち捨てる。

『酷いなぁ、もぉ』

「テ、テメー誰だッ!?ジルは…」

 服を整えながら状況が飲み込めない彼に簡単に説明した。

『ジルは僕が薬で女の子になった姿で、本来のこっちが僕だよ』

「何モンだテメー…」

『、え。君で言う【鮮血】…アルバラードだけど…』

「………はァァああ!?」

 オルハの声が城内に木霊した。

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