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七章 パロマ帝国編
98話 散策
しおりを挟む何とか帝都滞在は許してもらったけど、王城への滞在では無い為僕とユーリは帝都の宿屋に泊まる事になった。
また作戦を立ててから後日改めてエニシャと話す事になり、僕達は夕暮れの街を歩く。
『帝都って凄く賑やかだね』
「ええ。パロマ最大の都市ですし、此処に来れば何でも揃うので」
帝都の街並みは緑が多い印象だ。石畳の道路沿いに赤茶の屋根の白い外壁で統一された家々が並ぶ様子は情緒がある。家の多くは3階建てで、2階の窓辺には植物が飾ってあった。
『何処に泊まろうか?』
「申し訳ありません、勝手な真似をして」
『ううん、パロマを観光できて嬉しいよ』
「滞在場所ですが、薬を作り足す必要があるので昔の馴染みに材料を届けて貰うように手配しました。受け取りに指定された宿屋でも宜しいでしょうか?」
僕が迷わず了承すると「本来でしたら最高級のホテルをご用意するのですが…」とユーリが困った顔をした。
何でも向こう側の指定で極力目立たないようにする為、一般の人が多く出入りする宿屋らしい。
ユーリと共に例の宿泊先を訪れた。街に溶け込む造りの、酒屋と宿が合体した所だ。
1階では冒険者が、今日終えたクエストを肴にお酒を飲んでいる。豪快な笑い声とお酒の香り。
「…」
眼鏡の家臣はあからさまに顔を歪めた。
「…こんな場所に、至高の御身を」
『大丈夫大丈夫、僕は地面と屋根があれば何処でも寝れるから』
ユーリがバーカウンターに居る宿屋の店主に話をつける。僕はその間彼の後ろでソワソワしながら待っていた。
何だか視線を感じる。こっそり周囲の様子を窺うと、冒険者の人達が此方に注目しているのに気付く。
『…』
居心地が悪くて身を縮めた。
すると顔の赤い冒険者の1人が近付いて来て、突然僕のお尻を撫でた。
『ひ、にゅ…っ』
吃驚して変な声出た。悪寒が駆け抜ける。
部屋を取って、更にこれから来る馴染みの人へ向けて伝言を残していたユーリが僕に気付く。
「どうかされましたか?、…ジル様」
『…なん、でもない……』
引き攣った笑みを張り付けて返事をした。
酔っ払いの男の人は近くの椅子に座ってニヤニヤしている。
居酒屋のお姉さんがお客の前では笑顔だけど、裏に行ったら疲弊して笑顔も作れないの分かる気がした。
男の僕が変な痴漢に遭ったなんて恥ずかし過ぎる。ユーリには知られたくない。せめて酔っ払いの彼を咎めるように、僕はキッと睨んでおいた。
部屋の鍵を貰って2階への階段を登る。
宿屋の部屋はツインタイプで質素な造りだ。部屋に着いたら一気に気が抜けた。窓を開けて大きく伸びをする。
「アルバ様、ご観光されるなら此方を」
『ん?』
差し出されたのは予備の薬だ。そんな時間か。
ピンク色の液体を呷る。もう慣れたものだ。
ユーリは後2本、僕へ薬をくれた。
「私は材料を貰って、薬の調合を開始します。随伴出来ない事が遺憾で仕方ありません…」
『薬が無いと僕は街を歩けないから…寧ろごめんよ』
「とんでもない。何かありましたら通信石でお知らせ下さい」
『うん!じゃぁ、行ってこようかな』
さっきの気分転換をしたいし。
僕は薬をポケットに入れて、街へ繰り出した。
つい浮かれていて、1階の冒険者達の下卑た笑いに気付かなかった。
◆◇◆◇◆◇
帝都の街中に来た僕は、久々の国外にワクワクしていた。この新鮮な感じは良い。
部屋で頑張ってるユーリにお土産も見たいし、大通りを練り歩く。
馬車が行き交い、活気がある街の雰囲気に心躍らせる。
『ふわぁあ…』
長旅の疲れが出たのか欠伸を零した。
「ちょっと、お嬢ちゃん」
『……ん、?僕?』
呼ばれて振り向けば、冒険者らしき男の人が困った顔で僕を見ている。
『どしたの?』
「ちょっと手を貸してくれねぇか?」
『うん、良いよ』
急いでる訳でもないしね。
僕は男の人に案内されて脇道に入った。
『力仕事とかは、ちょっと自信がないんだけど…』
「大丈夫大丈夫、簡単な事だよ」
人の良い笑顔を浮かべて僕を先導してくれる。
次第に人気のない裏路地へ入り、少し不安になった。
案内された先に3人の冒険者が屯している。
「ほら、此処だ」
『僕は何を手伝えば良いのかな?』
「ははは、そりゃ…なぁ?」
「嗚呼、君に手伝って欲しい事なんて一つさ」
凶悪な笑いに身の危険を感じた。(これ、多分カツアゲだ)ユーリからお小遣いは貰ってるけど、これで彼にお土産を買いたいんだよね…。
元の大通りまで戻ろうと思ったが、退路が塞がれていた。
堅いの良い男の人でもなく、何故僕に声を掛けてきたのか考えるべきだったのかな。
「一緒に遊ぼうぜお嬢ちゃん」
「俺たち結構溜まっちまっててよぉ、それヌくお手伝いして欲しいんよ」
「おい、1人は見張りに行け」
四方を取り囲まれ、なす術もない。彼らは下品な笑顔でにじり寄って来る。
カツアゲどころじゃない。僕の操の危機らしい。
「逃げんなよ」
『…ちょ、放して』
手首を掴まれ、家の壁際へ追い込まれる。
『君達の名誉の為に言うけど、僕男だから』
僕の静止の声に男達は嗤笑した。
「へぇ?そうか」
「こんな男の子が居るとはねぇ!?」
信じてないな。さっき薬を飲んだから約4時間はこの姿のままだ。(弱ったなぁ)
背中に冷たい壁の感触が当たる。それと同時に服の上から胸を揉まれた。
『、ぅ…ッ』
僕にとってこれは偽物だ。偽物なのに感覚はしっかりあるのが困ったものだ。
「ビクっとしちゃって、堪んねーな」
「これは男には無い筈だがなぁー?ははは」
「見張りに行くが、後で絶対代われよ?」
これは、本当に冗談じゃない。精一杯の力で押し退けようとするが全く歯が立たない。僕の必死の抵抗も、虫を払う程度の手間しか掛けてない気がする。
『やだってば!』
吐かれる吐息に鳥肌が立ち、思わず放電した。
「…?何だ、静電気か?」
全然効いてないんだけども。情け無くなりつつ男達を睨む。
手を頭の横で固定され、続け様に太腿に手が這う。
別の人が僕の鎖骨辺りを舐めた。悲鳴と言うか絶叫しそう。
『ぁ…う、ヤだ…』
「声やば。押し殺してる感じが」
「酒屋で君を見た時は…もう、」
「ハァ、ハァ…」
ベルトの金具を外す音に総毛立つような嫌悪感を感じる。
耳に舌を這わせていた男が歯を立てた。
『いッ…もう、本当に…僕』
「ボクだってぇ、可愛い」
「早く脱がせてやれよ」
(この、ケダモノ共め!)僕は絶対こんな大人にはならない。そして国に帰ったら相手の同意なく如何わしい行為を強要した輩への法律を厳しくする。絶対する。
「テメーら盛ってんじゃねェよ」
通りの方を見れば見張りの人が倒れていた。此方に声の主が歩いて来て、暴漢の頭を足で壁にめり込ませる。
「な、何だテメーは!?」
「あァ?お前らどっから流れた冒険者よ?パロマ出禁にすっぞコラ」
オルハロネオだ。見慣れた顔に酷く安心する。
「帝国民の民度が疑われるだろォがよォ?テメーらみてェに下半身でしかモノ考えらンねェ奴が居ると!」
足を退けると、男は地に伏してピクピクしていた。横で呆気に取られていた別の男を脚で薙ぎ払い吹き飛ばす。
残りの1人をオルハロネオが睨むと、彼は「ひぃ」と悲鳴を上げて逃げて行った。
「……立てるか?」
『う、うん…』
座り込んだ僕に手を貸してくれる。殆ど彼の力で立たせて貰った。
『有り難うオルハロネオ。お陰で助かったよ』
「…ッ、お、おう…」
『吃驚したぁ。まさかそっちの意味で襲われるとは思っていなかったからさ』
困った様に笑って、乱された身なりを整える。
オルハロネオはその間律儀に僕に背を向けていた。
「…、…」
『…?どうしたの?』
落ち着き無い彼の背中を叩くと、彼は猫みたいに飛び上がった。先程暴漢から守ってくれた英雄と同一人物とはとても思えない。
「いや、…お前…」
『うん?』
「それが素…か?」
(あ。ヤバ)咄嗟の事で何も考えてなかった。
『まぁ…そうだね』
女の子である事も忘れた、本来の僕だ。
オルハロネオは手で顔を覆って、表情を隠している。
『いたた…』
膝に血が滲んでいた。
「怪我したのか?」
『大した事ないよ。ちょっと擦りむいただけ』
「……」
彼はまた黙って何事か考える。
「侍女に連絡して迎えに来て貰え」
『…っ、お願い、ユリには…この事黙っててくれない?』
「はァ?お前頭大丈夫かよ、こんなん…」
『お願いだよ…』
僕の黒歴史パート2だ。一連の事件は墓場まで持って行く。
懇願とも言える僕の言葉に、オルハロネオはぐぅ、と喉を絞める。一応今の僕の立場は国王の妹、と言う肩書きになるので、パロマ帝国で起こった不祥事を口外しない約束は彼にとっても都合が良い筈だ。
まぁ、僕が居もしない兄に今の出来事を言ったとしても、流れの冒険者が起こした事でオルハロネオに落ち度は無いから関係ないかもしれないが。
「かァ~~、クソ、分かった」
『良かった』
ホッとしながら息を吐く。
兎も角、シャルに借りた服なのに汚してしまった。靴下も破れて血が付いた。(これは…シャルには新しいのを買って返すしか無さそう)
「お、おい!?そのまま帰るのか?」
歩き出した僕をオルハロネオが引き止めた。
『うーん、ユリには転んだって説明する事にするよ』
「…は…」
空気が抜けるような声を零した彼は「侍女に連絡して遅くなるって言っとけ」と指示する。
「俺のアジトが此処から近いからな。茶は出ねェが、傷くらい見てやるよ」
擦りむいただけなのに…。それにしてもパロマ帝国の王様が街にアジトって…。王城の暮らしに飽きた時に利用するお忍び用の別荘か何かだろうか。
こんな格好で戻る訳にもいかず、オルハロネオの言葉に甘える事にした。
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