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六章 魔王会議編
94話 終わりとこれから
しおりを挟む明け方僕がブルクハルトの城に戻ると、皆が血相変えて出迎えてくれた。何でも侵入者が大迷宮の者だと調べがつき、軍を動かしてフェラーリオの首を討ち取る計画がされている。メルを筆頭にユーリも参謀として参加しシャルとルカまで派遣されるらしい。ノヴァは留守を預けるとの事だ。
これでは大迷宮連邦国は跡形も無く滅亡する。僕が散々似たような事をして来たけど、残りの階層を消滅させる前に収穫祭で捕縛されてる人達を助けてあげなくちゃ。
「アルバ様、今までどちらに…?、顔色が優れませんが大丈夫ですか?」
心配してくれるユーリを気遣う余裕も無く、僕は脚を動かす。
『僕は大丈夫…少し疲れただけだよ。それよりリリスは?』
僕の言葉に彼は「リリアスは…その、」と口籠る。
「あ、ぁ、アルバちゃん…私、もうどうしたらっ」
『ーー…ッ』
皆の曇った表情を見て僕の脳裏に最悪が過ぎった。
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辿り着いた扉を勢い良く開け放つ。肩で息をしながら部屋へ飛び込んだ。
中では暴れる五天王統括を苦労しながら羽交い締めにする聖王国の王の姿があった。
「放して下さいバルトロメイ様ッ!何と言われようとアルバ様を追い掛けます…ッこれ以上部下として失望させる訳にはいきません!」
「だから、絶対安静だと何度言ったら分かるんだ!おいッ!ちょ、力つよ…!シャルル・ソナ、見てないで手伝え」
「私の細腕でリリアスを止められるとお思いですか?」
「あぁら、何が言いたいのかしらシャルル」
「そのままの意味よリリアス。ヘカトンケイル並みの怪力を持つ貴女を止められるのはお兄様の一声だけだもの。それとも、またユーリに弛緩剤を打ってもらう?」
「ヘカトンケイルって…まじかよ」
物騒な大魔物の名前が出た。確か沢山の腕を持つ巨人だ。
目の前の美女は怪物並みの腕力だと聞いたイーダは青褪めている。
僕を追って来たルカが「目を覚ましたリリア姉様が暴れて、もーどーして良いか分かんないのぉー!」と板挟みになったストレスを吐き出した。
イーダ達が、中の様子に呆気に取られる僕に気付く。
「アルバ!」「お兄様!」
「アルバ様!」
『…』
駆け寄って来たリリスを食い入るように見詰める。血行も良く、頬に赤みがある。(生きてる…)細かな傷も癒えていてお腹に空いた大きな穴も塞がっていた。
僕は気付いたら震える手で彼女を抱き寄せていた。目頭が熱い。いつも通りの彼女の姿に酷く安心する。
「ア、アルバ様…ッ!?」
突然の行動に驚いたのか、リリスが顔を真っ赤にして声を上げた。
『…じで……、かった』
僕の情け無く小さな声は、多分彼女にしか聞こえて無かったと思う。背中まである艶やかな黒髪を撫でた。フリージアのような良い香りが鼻を掠める。
(怖かった)彼女を失うと思った時、怖かったんだ。
『そうだ…これ』
僕はリリスの頭飾りのチェーンを差し出す。
「取り戻して下さったのですか!?、有り難う御座います…っ」
受け取ったリリスは眩しい程の笑顔で胸に抱いた。
遅れてしまったが、多忙にも関わらず駆け付けてくれたイーダに向き直る。
『イーダも来てくれたんだね。有り難う』
「ユリウス・アーデンハイドから連絡を貰ってな。一時は命が危うかったが…俺が来るまでシャルル・ソナが治癒魔法を掛け続けてくれてたお陰で取り留めたのさ」
『そっか…』
皆がリリスを助けようと必死だったもんね。
「アルバ様?これを持っていらっしゃると言う事は…」
『うん、大迷宮連邦国に行って、フェラーリオと話をしてきたよ。それで…地下に一杯人が捕まってたんだ。…急いで…彼らを、助けてあげな…いと』
安堵したせいか、気が抜けたのか、僕は急に眠くなってしまった。重くなる瞼を必死に開いていようとするけど、体が言う事を聞かない。
フラついた身体をリリスが抱き止めてくれた。(最近、倒れてばっかりだなぁ)皆の呼び声を聞きながら、僕は意識を手放した。
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見慣れた天蓋が目に映る。
目覚めれば僕の自室のベッドの上だった。
気怠い身を起こす。窓辺の椅子で本を読んでいたイーダが僕に気付いた。
「アルバ…全く、俺の寿命を縮めてくれるな」
『眠っちゃったみたいだね。それにしても大袈裟だなぁ』
心配性な兄貴分に笑って見せると、彼はふぅと息を吐いた。
「あれから1週間は経ってるんだ。そりゃ、心配もするだろう?」
『1週間…!?』
それは、寝坊し過ぎだ。思わず顔が引き攣る。
「それより、アルバ。大迷宮連邦国を消滅させてフェラーリオを殺したな?」
『……うん。つい、頭に血が昇っちゃってね』
規約違反だろうか。
「何故待てなかった?お前から連絡を貰えば俺やジュノだって動いただろう。向こうの戦力が不透明な状態で正面から突っ込むなんて無謀だぞ。今回はお前個人の力が上回ったから良かったものの…なんだ?」
お説教っぽく言う彼を意外そうに見ていると、顔を顰められた。聞いてるのか、と言いたげにジト目で此方を睨まれる。
『いや、規約違反になったのかと思ったから』
「国民の誘拐と、部下への強襲、城への侵入などを思えば報復されるのも仕方ない。今回は正当防衛が適応されて然るべきだ」
『なぁんだ、良かった』
「なぁんだじゃない」
『あた』
軽く頭を叩かれる。
「何の為の盃だと思っている?」
『え?』
盃とは。困った様に首を傾げる僕に、兄貴分は溜め息を吐く。
「俺達は盃を交わした仲だと忘れるな。お前が困った事があったら、俺やジュノを頼って良いんだ。今回の事のように、正当性のある魔王同士のいざこざなら尚更な」
思ってもみなかった。
あの時交わした盃にそれ程の意味があったなんて。
『はは、それは…良いのかな、』
「元々お前を狙った奴を見付けて亡き者にするって過程に作られた同盟みたいなもんさ。甘えとけ」
『……有り難うイーダ』
そこまでしてくれる2人の気持ちが擽ったくてはにかむ。そんな僕を茶化すみたいに、大きな掌が頭をくしゃくしゃっと撫でた。
『あれからずっと居てくれたの?メビウスは大丈夫?』
「いや、……お前のとこの部下がえらく心配するもんで、気休めに俺がちょくちょく見舞いに来てたんだよ。身体には何ら異常は無くただ眠ってるだけだったからな」
皆にも心配掛けちゃったみたいだな。
「俺も寝てるお前が起きないか、色々と悪さしてみたが全然目を覚さないしな」
『うん?』
何やら怖い言葉が聞こえたんだけど。
「大迷宮が消失する程の力を使ったんだ。無理もないだろ。魔力が使えるようになって良かったじゃないか」
『…うん、それなんだけどさ。僕、相変わらず魔力は使えないみたい』
あの時の感覚で魔力を練ろうとしても駄目だ。これは僕に才能が無いだけ?
「魔力じゃない?……聖王国から攫われた市民が見たんだが、お前の固有スキルは雷に関わる力か?魔力とは完全に独立したスキルって事になるが」
『…分からない。ただ、あの時は無我夢中だったから』
闘技場のリングを壊した時、目を凝らせば稲妻が見えただろう。
固有スキル…アルバくんは使えたのだろうか。彼の話を聞く限りでは雷魔法を好んで使用していた実績は無い。それともこれは、雷に撃たれて死んだ僕への皮肉とも取れる力かな?
それに…。
『イーダ』
僕は彼へ向けて手を差し出す。握手を求める感じだ。何の躊躇いも無くソレに応じるイーダは手に触れる瞬間「いて」と呟いた。
『これが今の僕が頑張った限界の最大出力。まるで静電気並みだ』
これでは身を守る事も出来ないのだけど。
「おいおい静電気で【暴虐】を下したとは言わないよな?」
『あはは、まさか!あの時は…不思議と何でも出来る気がしたよ。まるで雷の一部になったみたいに感じた』
それを聞いたイーダは思考に耽る。
「…ふむ?恐らく今回アルバが昏睡状態に陥ったのは力を使い過ぎた事による反動じゃないか?大迷宮がほぼ吹き飛ぶ威力だ。本来であればリスク無しに使える力じゃない。身体の防衛処置として気絶したのかもしれないな」
『…』
「雷を自在に操るなど雷神龍以外に前代未聞だ。複数の国の者が見てる。人の口に戸は立てられないし、箝口令をしいたとしても恐らく何れ魔大陸中に広がるだろう」
『肝心の僕が魔力も使えず静電気並みの力しか使えないと知れたら、リンチされそうだね』
(リンチで済めば良いけど)力に関しては黙っておくのが1番良さそうだ。誇大噂が静まった頃に宴会芸として静電気を披露して笑いを取ろう。
『あの力を自在に引き出せたら、皆を守れるのにな』
肩を落としてポツリと言うと「…鍛錬するなら付き合ってやるぞ」と提案を受ける。
『本当?』
「空いた時間で良かったらな」
彼は決して暇な訳ではない。聖王国の王であり、聖騎士を束ねる長だ。
「早いとこ習得して、此方も楽をさせて貰わないとな」
僕の心中を察して気にしなくても良いような言回しをしてくれる。『頑張るよ』と笑った僕に、イーダも口角を持ち上げた。
「…ただ、その力は危険でもある。安定しない内に不用意に使えば理性を失った怪物になるかもしれん。注意するんだぞ」
それ程未知な力と言うことだろうか。
雷神龍以外に…待ってくれ。ノヴァがいるじゃないか。落ち着いたら彼女や物知りなユーリに、雷について聞いてみるのも良いかもしれない。
『そうだ、大迷宮の人達は…』
コンコン
『開いてるよ』
僕が答えると扉の向こう側でガシャンと派手な音がした。直ぐに扉が開いてリリスとルカが入って来る。
「アルバ様ッ!」「アルバちゃん!」
ベッドで座る僕の手を掴みわんわん泣かれてしまった。
「アルバ様…もしもこのまま目を覚まして頂けなかったらと気が気じゃありませんでした…っ」
「もぅ本っ当に心配したんだからね!?」
『ははは…、ごめんよ』
困った顔で笑うのと、イーダがホラな?と肩を竦めるのは同時だった。
「シュナちゃんもアルバちゃんが目が覚めたなら教えてよぉ!」
泣きながら腹を立てるルカは頬を膨らませる。シュナちゃんってまさかイーダの事?確かに彼はイグダシュナイゼルって長い名前だけども。
これに対してイーダはもう慣れてしまったのか、気を悪くした様子も無い。それどころか「お前達に知らせるとアルバと話が出来なくなるだろうが」と呆れてる。
「お兄様!」
僕に気付いて既に目を赤くしたシャルが歩み寄って来た。
『やぁ、シャル。おはよ』
「お目覚めになられたのですね!よ、良かったです…っ」
彼女は涙を指で掬って、リリスをキッと睨み付ける。
「リリアス!後で廊下のお湯を片付けておいてよね」
「ペトラにでもお願いするわ。今はアルバ様から片時も離れたくないもの」
「お兄様の清拭は当番制って決めた筈よ!貴女は昨日やったじゃない、今日は私だったのに…!」
「あははー、バレちゃったねぇ?リリア姉様」
シャルがリリスに怒ってるけど、彼女を必死に救護するシャルの姿を目にしてる僕としては非常に微笑ましい。
『ユーリ達は?』
「ユリウスとメル、ノヴァの3人は竜騎士と共に大迷宮の後処理に回っています。何でも、生き残ったヴァンパイアやゴーレムがお兄様の従属になりたいと志願しているのだとか…偉大なお兄様の庇護下に入りたいようです」
それは丁重にお断りしようか。
僕の弱さが明るみに出たら真っ先に殺される。
「流石アルバ様です!フェラーリオ・イブラとその取り巻きに引導を渡すばかりか、他の魔種族にさえ畏怖を植え付けるとは」
『いや、僕は彼らには何もしてないのだけど…。と、そうだ。捕まってた人達はどうなったの?』
闘技場には数え切れない程人が居た。大分頽廃していたし、助かったのかな。
「お前が寝た後、彼らは直ぐ救助した。それで、アルバ。聖王国から3人、城へ転移で飛ばして良いか?」
『うん?良いよ。誰だい?』
悪戯っぽく笑ったイーダは、通信石でランドルフさんと連絡を取る。
魔力結晶の結界を調整してもらって、暫くしたら扉がノックされた。
目で促されたので返事をすると、ゆっくりドアが開く。
「失礼致します」「し、失礼します…」
ランドルフさんに連れられて、女性と少年が入って来た。
8歳くらいの男の子は、僕の部屋を見回して大口を開けている。子供らしい素直な反応だ。
勿論、僕とは面識が無い。
「リリアス・カルラデルガルド。君にだ」
イーダが言うと、リリスは僕から離れ難そうにしている。手を握ったままな彼女に、ルカが「アルバちゃんは私が見てるからっ」と胸を張った。(いや、…うん?)
リリスは渋々立ち上がり、女性と少年に向き直る。
「何の御用でしょう?」
美しい笑顔で問い掛ける。聖王国から来たから客人と言う位置付けで対応する事にしたようだ。
「お姉さん、あの時は…有り難う御座いました!」
「あの時…?」
「この子から聞きました。貴女が自分を守ってくれたと。恐ろしいハーピーに人質として扱われた際、迷わず剣を捨ててくれたと。本当に有り難う御座います」
少年の母親らしき女性はリリスに説明をする。それを聞いた彼女は思い出したのか「嗚呼…」と短く返事をした。
「私はブルクハルトの国民…アルバ様の所有物である可能性が捨て切れなかったので、彼らに従ったのです。感謝する必要はありませんよ」
気持ち良いくらいハッキリと、秀麗な表情で言い切る。
「まぁそう言うな、リリアス・カルラデルガルド。この2人は君の行いに感謝してる。勿論、俺もな。その気持ちを受け取るくらい良いだろう?」
『僕もそう思うよ、リリス。なかなか出来る事じゃないし、そんな君が僕に仕えてくれてるなんて凄く誇らしい』
「ア、アルバ様…っ」
花が咲いたみたいな笑顔だ。頬を赤く染めて吐息を溢しもじもじしている。
「命の恩人に直接礼を言いたいと、彼らが申し込んできたのさ」
少年の肩を叩きながら、イーダは上機嫌に言った。
次に女性は僕を見て、両膝を突く。
「ブルクハルト王国のアルバラード王陛下。私達を【暴虐】の魔王の魔の手から救い出して下さって有り難う御座います」
頭を下げられ『ううん、僕の方は成り行きと言うか…』と言い掛けると、イーダが僕の名前を呼んだ。
「さっきのを繰り返させるつもりか?」
『…、う』
「この件に関しては俺からも礼を言う。本来俺が調査を進めて【暴虐】を告発する筈だった。しかし、生存者の様子を見るとそれでは手遅れになる者も居ただろうからな。全員を生きて救出出来たのは、お前のお陰さ」
イーダの溢美にリリス達が続く。
「お兄様、流石です…!」
「やっぱりアルバちゃんは最強だしねぇ?」
「アルバ様が我々の王であらせられる事を何より感謝致します。ブルクハルトの民もアルバ様の御活躍を耳にし今まで以上に支持が高まっております」
『はは…』
何だか取り返しのつかない事になってる気がする。見に余る肩書きが更に巨大になっているような…。
「アルバ様が救った命の中に冒険者も多く居たようで、彼らが主に語り手になっているようです」
お腹痛くなってきたなぁ。
「そう言やぁ、アルバ。ジュノに連絡してやれ?見舞いに来たがってたが、城の結界もあるしアルバの許可を得ないと難しいと断ったからな。戦場で発散してると思うぞ」
『戦場で発散って…ジムじゃないんだから…』
聞けばジュノは僕が目覚めないと知らされて凄く心配してたみたい。フェラーリオが生きていたら、大迷宮に殴り込みに行く勢いだったらしい。
ベッドサイドチェストの上に、2人と繋がる通信石を見付ける。僕はそれを身に付けて、賑やかな光景を改めて眺めた。
僕が居て、皆が居る。
笑壷が絶えないこの場所を守りたいと思った。
あの時フェラーリオに言ったのは、紛れも無く僕の本心だ。
皆を守れるくらい、強くなりたい。
あの時、リリスを玉座で見付けた時の皆の顔を思い出す。
『…』
やっぱり皆には笑っていて欲しい。
この理不尽で優しくて残酷で美しい間違いだらけの世界で僕が見付けた細やかな願いだった。(強くなる)僕が僕でいられるように。
それにしても、あの時…皆が彼女を懸命に救護する中で頭にフラッシュバックした映像…。
(あれは…)恐らく、幼い頃のリリスだ。
僕は当然、当時の彼女を知らない。アルバくんの記憶に間違い無い。それが、急に流れ込んできた。
『…』
「アルバ様…?」
『…うん。何でもないよ』
不思議そうに此方を窺うリリスに、僕はいつもの情け無い笑顔で返すのだった。
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