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六章 魔王会議編
93話 魔王 対 魔王②
しおりを挟む大迷宮は地下400階層が存在する。そこは地下水が溜まった地底湖だった。
魔種族やフェラーリオの出入りも無く、松明も光源もない。しかし、澄んだ地下水が青緑色に輝き、下層全体を照らしていた。
闘技場で敗者の亡骸を棄てる場所には相応しくない程、水は清らかで透明だった。
積み重なった死体は山になり、頭蓋骨の眼窩が虚空を見ている。そこに種族は関係無かった。魔物、魔種族、魔族、人族、判別出来ない程の頭顱が積み上がっている。
そこへ上空から12発の弾丸が叩き込まれた。
粉々に吹き飛ぶ髑髏、古い鎧に穴が空き骨を砕く。
その上にフェラーリオが落下した。彼の周囲に大きな岩石が降り注ぎ、水飛沫を上げる。
「クソ…」
びしょ濡れになった頭を振り、現状を整理した。
下層に叩き付けられる寸前、12丁全ての銃口を真下に向けて発砲し、落下速度を落としていなければ彼らの仲間になっていたかもしれない。
下が水だった事も幸いして怪我もない。
落下中、固有スキルを使用したが奴を仕留められなかった。(奴ハ…)
咄嗟に捜索した人物を、少し離れた場所で見付けた。
【鮮血】は脛まで湖に浸かった状態で上を仰ぎ見ている。闘技の間まで100階層以上ある。針程にも上の様子が見える筈がない。(…待テ。如何ヤッテ助カッタノダ…?)
肝心な部分を見逃した。身を守る事で必死になり、視界から外してしまった。
「…此処ヲ貴様ノ墓場ニシテヤル」
フェラーリオが言うと、アルバは気付いたように彼に目をやる。
『嗚呼、…うん。やっと2人っきりだね』
聞いていたのか、いなかったのか。にっこりと微笑んだ彼は、フェラーリオに向き直った。
不気味なまでの静けさに血の気が引く。後退した蹄が硬骨を踏み、バキリと音を立てた。
『…我慢するのに苦労したよ。まさかあんなに人が居るとは思わなかった』
「ナンダト…?」
怪訝そうに顔を歪める。
『君とは2人で話したくてね。彼らを怖がらせるのも嫌だし』
急遽襲い来る寒気に、耳を回す。
『そう、君に……僕は初めて、こんな感情がある事を教えて貰ったんだ。怒り…そんな言葉では片付けられない』
骨山に佇むフェラーリオを、アルバは見上げている。
ブルクハルトの魔王は目を開き、両手を広げる。ルビーアイの光が尾を引いた。
『ーー憎悪…、これは憎悪だ』
リリアスを見つけた時、その感情がひたすら押し寄せた。絶え間なく襲い来るやり場の無い激情に今も苛まれている。
言葉と共に抑制していた殺意が漏れ出した。フェラーリオは何本ものナイフを体に突き立てられているのではないかと錯覚する。
底知れない脅威を感じた彼は、胴回りに火縄銃を6丁整列させた。残り6丁でアルバの四方を囲み、身動きを取れなくする。
「…フーッ、フーッ」
『…怖がらせてしまったかな?ごめんよ、…また抑えていられなかった』
「怖ガルダト!?フザ、フザケルナッ!!」
彼の周囲に配置した銃口が火を噴く。硝煙が晴れたそこに、アルバの姿は無かった。
『僕はずっと、この世界で何がしたいのか、何が出来るのか考えてた』
ーー隣。フェラーリオの真横から落ち着いた声が聞こえる。重なる骸の山で並んだ交わらない視線。
『前々から漠然と頭にはあったんだ。でも、こんな事になって初めて明確にする事が出来た。僕は、僕の願う未来を得る為には手段を選ばない』
「ソレハ、些カ強慾ガ過ギルンジャナイカッ!?」
振り向き様に、こめかみに向けて発砲。
『せめて僕の手が届く大切な人達には笑っていて欲しい。誰も傷付けたくないし、誰も傷付いて欲しくない。その為なら何にだって喰らい付けると思うんだ』
ーー後ろ。平然と言葉が紡がれる。
フェラーリオの呼吸が荒くなった。
『その為にも、強くなりたいなぁ』
「綺麗事ヲヌカスナッ!」
胴回りにあった全ての火縄銃が点火される。轟音が響き渡り水面を揺らした。
手応えは全く無い。フェラーリオが吠えた。
「貴様ハ残虐ノ限リヲ尽クシタ悪シキ存在ダ!今更善人ブッタ所デ貴様ノ根源ハ何一ツ変ワラン!」
『うん?僕の言ってる事が伝わらなかったのかな?まぁ、良いや。その事についても僕の自論を言わせてもらうと、』
前置きして語り始める。
『今回の事で身に染みて分かった事だけど、僕はアルバくんを少し理解してあげられたと思うんだ』
他人行儀な言い方だった。昔の自分を全く別人として扱っている。
『彼も同じだったのかなって。僕達みたいな立場って侮られたら揉め事が起こるじゃない?今回みたいに』
「…」
『彼も大事な物を守る為に、冷酷で無慈悲に成らざるおえなかったんじゃないかな?』
全てを守る為に。
「妄言トシカ思エンナ」
『はは、君に理解を得られるとは思ってないよ』
火縄銃が全て消えた。そして再び12丁、空中に配備される。
向けられる銃口を見詰めながら、アルバは穏やかに笑った。
『君の固有スキルって面白いね。銃を自在に出し入れ出来て、自分で引き金を引く必要も無い。使い方によっては無敵だし、チート能力だと思う』
「チー?…貴様ニ言ワレズトモ、俺ガ無敵デ強者デアル事ニ疑イハ無イ。強者ハ何ヲシテモ許サレル。ソレコソ、イケ好スカナイ貴様ノ部下ヲ痛ブリ殺シタトシテモナ」
『……子供を人質にしておきながら強者か…』
アルバの笑みが明らかな嘲笑に変わる。
「此処ハ大迷宮連邦国ダ!此処ニハ此処ノヤリ方ガアル。弱肉強食ノ世界ニ貴様ラノ常識ト価値観ヲ持チ込ムナ!」
『…うん、気が変わった。一思いに、と思っていたけど、仕方無いよね』
ピリッと静電気のような音が合図になり、フェラーリオは飛び退いて距離を取った。
6丁を周囲に残し6丁は至近距離でアルバに向ける布陣だ。
『…君の力は面白いけど、万能じゃない』
苛立ったミノタウロスは、白髪の青年に向けていた3丁の火縄銃に点火する。
その途端目にも追えない速さでアルバは動いた。1丁を蹴り上げ、1丁を指で弾き、1丁を踏み付け、全ての狙いを逸らせる。
遅弾と見紛う光景にフェラーリオは言葉を失った。
『火縄銃は銃槍が長いから銃口の向きで何処を狙っているか判断しやすい。少し工夫が必要だ。点火からちょっと時間が掛かるのもマイナスポイントだね』
点火から時間が掛かると言っても、ほんの刹那だ。
残りの3丁が発砲音と共に火を噴く。
最小限の動きで避けられた。軌道が見えると言う言葉の裏付けがされる。
『自在に何処でも出現させられる訳じゃなさそう。…35…、いや36,6mの範囲内って所かな』
「…ッ」
能力を暴きながら近付いて来る【鮮血】に背筋が寒くなった。
周囲にある4丁の火縄銃で狙いを付け一斉射撃をする。(後2丁…)命中していて欲しかった。
願いも虚しくブルクハルトの魔王は平然と歩いて来ている。
『硝煙が濃いから標的が少しの間見えなくなる。そして何より…12丁全て撃たないと次弾装填が出来ないって所』
フェラーリオの火縄銃は消せば次に出現させる際、弾が装填された状態で具現化される。しかし彼の言った通り12丁全て撃ち切り1度消さないと次装填されない短所があった。
『弾を外した銃を何時迄も出したままにしているから、直ぐに分かったよ』
アルバがフェラーリオを見上げる。それ程までに2人の距離は短い。
『回避される事が想定されてない。今の僕を相手にするなら、後5倍は作らないといけないね。そしたら避けるのに骨が折れる。後は1丁くらい手動で装填するとか、6丁ずつ消せるように訓練して二段撃ちのチーム編成をするとか…まぁ、これは次に機会があったらなんだけど』
互いの間合いに入った焦りから、フェラーリオは残り2丁の銃口を向ける。アルバは動じた様子も無く続けた。
『つまり何が言いたいかって言うと、僕はいつでも君を殺す事が出来たってこと』
その言葉を聞きたくなかった。
自らを奮い起こすように咆哮にも似た雄叫びを上げて、残り2丁の銃弾を放つ。(リセットダッ!直グニ次ヲ…早ク…!)早くコイツを殺さなくては。
フェラーリオの視界が反転した。(……ハ?)気付けば仰向けに倒されていた。アルバの脚が膝を圧迫している。次にとんでもない激痛が走った。
腹部に穴が空いていた。澄んだ水に血液が混じる。
見上げれば青年の手に自らが具現化した火縄銃が握られているではないか。
「何ガ…」
『…うん。撃たれる直前、君に銃口を向けてみた。反応出来なかったみたいだね』
穏やかに言う彼は、火縄銃を水の中に放る。
「ガハッ」
吐血するフェラーリオは、この光景に見覚えがあった。銃弾が貫通した位置、角度。これらは全て、
『少しはリリスの気持ちが分かったかい?』
再現だ。
傷口を押さえるが、全く意味を成さない。血を失い手足が冷えていく。脚が折れたのか力が入らなかった。フェラーリオは必死に尻を引き摺り、アルバから離れようとする。
キョトンとした後、微笑みを浮かべて死神が忍び寄ってきた。
目前で彼は立ち止まり、唐突に腕を突き出した。
『…捕まえた』
バチリと放電する。右腕が稲妻に包まれ、妖しく笑う彼の表情を照らした。
掴んでいた物体を放すと、水音と共に何かがべしゃべしゃと落ちる。
形を無くした油の塊が浮いていた。
『物理防御が高いと魔法防御は低い事が多い。これもゲームあるあるなんだけどね』
訳の分からない事を言いながら、ヒヒラドの亡骸を見下ろす。焦げた異形は次第に水面に溶けていった。
彼の転移能力は見事なものだが、鼻を突く酷い悪臭が彼の居所を教えてくれる。真っ新な地下奥深くでなら尚更目立つ。
『…後は、君だけかな?』
フェラーリオの肩がビクリと跳ねた。
青白い雷がヒヒラドの命を奪った。まさか、有り得ない。今までこれ程の力を隠していたと言う事か。
全て計算だったのか。一体何の為に?
『やっと落ち着いて質問が出来るね。さぁ、君は誰に唆されたんだい?』
言わずとも分かる、誰に記憶を無くした事を聞いたのか。迫り来る死の恐怖に耐え切れず、震える口を開いた。
「…何者カハ分カラナイ…ッ魔王会議デ探リヲ入レテル時、突然声ガ聞コエタ」
黄金虫を使って、宮殿内を嗅ぎ回っていた。その時に何者かが接触を計ったと。
『それは誰?どんな声?』
アルバの質問に、フェラーリオは首を振った。
くぐもっており声の判別が出来なかった為だ。
『……ブルクハルトの城へはどうやって転移したの?ヒヒラド、だっけ。本来なら結界に引っ掛かる筈だ』
「ソイツノ協力デ、一時的ニ何者ニモ機能シナイヨウニ細工ガサレテタ」
『…どうやって?』
「知ラナイ。特殊魔法ダト言ッテイタ」
『……』
「本当ダ!」
訝る視線に気付いた彼が、焦慮する。
この様子だと嘘を突く余裕も無さそうだ。
振り出しだ。結局何者かは分からない。
しかし情報は得られた。特殊魔法を使える実力者であり、当時魔王会議の会場に居た人物。そこに少なくとも息の掛かった何者かが居た。
あの会場に居たのは各国の魔王とその部下や従者の数人だ。
思考に没頭するアルバの前で、フェラーリオは生唾を飲んだ。(今ナラ…)油断をしている今なら屠れるかもしれない。
「死ネ【鮮血】ッ!!」
一瞬にして彼を包囲して一斉射撃をした。今度こそ避けられない完璧な不意打ちだった。
『…うん。それで?』
彼はまだそこに居た。周囲に放電する雷が彼を守るかのように包んでいる。弾丸が焼き切れて届いてもいなかった。
「馬鹿ナ…ッ」
『僕は怒ってるんだ、フェラーリオ。野心に溺れてリリスを傷付けた君は、間違いなく僕の敵だ。言ったかな?僕は僕が思う大切な人達を守る為なら一切容赦はしない。皆で笑って未来を過ごしたいんだ。その細やかな願いさえ邪魔する人は駆逐する』
凶悪な殺気がフェラーリオに向けられる。ルビーアイの双瞳があの時のように彼を捉えた。(コイツハ、化ケ物だッ!)本能が拒絶する。己の敗北を自覚させたあの時と同じ眼差しだ。
彼は何ら変わらない。外面だけ寧静を取り繕おうとも、内面の佞悪な本性は何一つ変わってない。
『…君の国の弱肉強食の強者至上主義によれば、僕は君に何をしても良いって話だったよね?』
赤い眼をした死神が囁いた。
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