冷酷無慈悲で有名な魔王になってしまったけど、優しい王様を目指すので平穏に過ごさせて下さい

柚木

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六章 魔王会議編

85話 盃

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 ジュノは言葉を失い、ただ僕を凝視していた。

 想定外の行動だったのか、イーダが「…おいアルバ」と肩越しに注意する。次に、佇むジュノの様子を窺い彼の動きを警戒した。

『良いよイーダ。これ以上、彼に演技をしたくないんだ』

 へにゃと困った顔で笑う。

『…先にお礼を言っておくね。僕の事にそこまで怒ってくれて有り難うジュノ。お陰で僕はスッキリしてるんだ、本当さ』

 僕の目的は2つだ。
 1つは、冷静さを欠いている今のジュノを会議室に戻さない事。これは概ね成功と言える。今彼は僕の変化に釘付けだ。
 2つ目は、本来の僕を晒して幻滅させる事だ。(ごめんね)

 ジュノの執着は、冷酷なアルバくんに対してだ。
 鎮静するなら彼の崇拝心を薄れさせるのが近道。
 情け無い本来の僕を見て、アルバくんとの違いに驚愕し罵声の一つでも浴びせれば良いと思う。

 騙されたと怒られる覚悟はしてる。
 彼とは良い友達になれそうだったから、少し寂しい気もする。
 おっかない魔王会議で好意的に接してくれて嬉しかった。
 
 そんな君を、僕のせいで粛清対象にする訳にはいかない。

『…驚かせたかな。大丈夫かい?』

「…」

 声が届いてないのか、惚けたままジッと見詰めるばかりだ。焦点が定まってない。
 彼にとってそれ程に衝撃的で受け入れ難い事なのだろう。
 序列上位に居座ってる尊敬してた相手が、本当は臆病で気弱だと知ったらそりゃぁショックだよね。

「まったく…」

 反応の無いジュノの横でイーダが溜め息を零す。

「隠しておけと言ったのに」

『ははは、僕ジュノの前だと気が緩むのか結構失敗してたし、今更だよ』

 明るい声を作るが、気分は沈んでいく。でも後悔はしていない。彼を留まらせる事に成功して、毒気も抜いた。
 これでジュノも命を賭して僕の屈辱を晴らす、なんて言い出さないだろう。
 結果的にフェラーリオさんも助かった訳だし、これに免じて変な企てを止めてくれたら良いのに。

「…ーーLo sapevo…(そうか、やっぱり…)」

『ん?』

 ヴァッファンクーロ、カッツォ、くらいの罵倒が来ると思っていたけど、僕の予想に反してジュノの声は小さい。
 聞き返した僕の前で、ジュノは膝を折った。(そんな絶望するほどに!?)

『ご、ごめんねジュノ。これには色々と訳があってさ!上手く言えないけど身を守る決死の手段と言うか』

 ここまで落胆されるとは…。どうして良いか分からない。
 困憊してイーダに助けを求めると、彼は静かにジュノを観察していた。

「Adesso capisco il perché.(あの時のままだ)」

 顔を伏せたまま、ジュノはキシリスク語でブツブツ呟いている。祈りの言葉を捧げているようにも聞こえるし、呪いの言葉を吐いてるようにも聞こえてしまう。
 イーダには彼が言ってる事理解出来てるのかな?

 堪らず僕も腰を落とすと、ジュノが顔を上げた。
 その顔には絶望や落胆は微塵も無かった。
 代わりに欣幸と歓喜に染まった表情で恍惚としている。(???)

「Mi ricordo la prima volta che ti ho conosciuto.(初めてお会いした時を思い出します)」

『ジュノ?』

 改めて彼を見ると、片膝を突いて僕に跪いていた。

「アルバラードさん、俺は初めてお会いしたあの日から、貴方の忠実な僕です」

『へ?』

 何故そんな事に。
 間抜け顔を晒す僕の手を取り、彼は甲に口付けをした。イーダにされた仲良しアピールと全く同じ動作だ。

 どう言う事だ。幻滅どころかこれは逆に…。

「【ルナー】はアルバに随分懐いているんだな。驚いたぞ」

『驚いたのは、僕もだけど…。まさか演技しなくてもこんな風に接してくれるとは思ってなかったから…。ジュノはそれで良いのかい?本当の僕はこんなだし』

「俺はアルバラードさん以外どうでも良いです」

『うん?そっかそっか…?』
 
 困ったぞ、また謎が深まっていく。

『そうだ、これも言っておかなくちゃね。僕ここ数カ月より前の記憶が綺麗サッパリ無くなってるんだ。だから前の会議で君と会った事も、君と何があったのかも全く覚えてない。あの時言えなくてごめんよ』

「謝らないで、下さい。そんな事…俺は全然…」

 ジュノにとって、僕が彼を覚えているかよりも自分が僕を覚えている事の方が重要なようだ。
 後ろめたい事は全部言ったから、もう隠し事はない。

「ーー記憶が、無い?それは…どう、して」

 ジュノは眉を顰めて此方を見る。僕は誤魔化すようにへらへら笑って、彼の手を引き無理矢理立たせた。

『ははは、ちょっとした事故でね。魔大陸の常識とか分からなくて変な事言うかも』

「ちょっとしたって…殺され掛けたんだろ」

『イーダ!』

 ベッドに座り脚を組む兄貴分が余計な事を言う。
 ジュノの纏う空気が一気に冷えた。青く光る粒子が漂い、彼の魔力の形の美しさに息を飲む。

「落ち着け【月】。実際にアルバはこうやって生きてるだろ?」

「…」

『そうそう、元気だよ僕は』

「…」

 取り敢えずここは努めて笑顔を見せるべきだ。ジュノは反対に泣きそうな顔で「良かった…」と声を絞り出した。

「俺達はこの5日間、魔王会議レユニオンの面子の中にアルバの命を奪ろうとした奴が居ないか探ってた」

「…」

「この件に関して【ルナー】も協力してくれると助かるんだが」

「協力する」

「即答か。流石だな」

 ジュノは間髪入れず答えを出す。
 協力して貰えるのは非常に有り難いけど、そんな簡単に良いのかな。
 一呼吸間を空けて「……だが、条件がある」と言われ、ゴクリと生唾を飲む。
 イリババ山の収益の15%ずつなら提供してもブルクハルトに影響はない。それ以上はリリスに相談してからの話になる。

「その罰当たりなクソッタレを見付けたら俺がこの手で始末する」

 全然違った。
 それに対してイーダは「…良いだろう」と承諾し、口角を持ち上げる。

「じゃ、この問題に置いて俺達は一蓮托生だ。情報交換と交流は密にしたい。ホレ」

 兄貴分が卓に置いたのは同じ色の石が付いたアクセサリーだ。

「通信石だ。デザインが一緒だと勘繰られるから別々の物が良いだろう」

 ピアスと、指輪と、ブレスレット。黒曜石のような漆黒をした石が嵌め込まれている。

『貰って良いの?』

 僕は腕輪を手に取った。これで国に戻っても、2人と話す事が出来る。

「…アルバラードさんに繋がる、通信石……」

 声を震わせたジュノに「俺も居るから忘れるなよ」とイーダが突っ込んだ。
 犯人を突き止めるのに2人が協力してくれるなんて、非常に心強い。崖っぷちな状況下で希望が見えて来た。

「宜しくなジュノ」

「…嗚呼」

 聞き慣れないイーダの名前呼びに、ジュノは少し戸惑った様子だ。

「さて、じゃぁ友好条約でも結ぶか?それとも盃でも交わすか?」

 悪巧みを心から楽しむ兄貴分は冗談めかしく問い掛ける。(盃って何?)
 僕の心の声が聞こえたのか、ジュノが説明してくれた。

「初代魔王が行ったとされる古風な儀式です。盃を酌み交わす事で絆を魂に刻むとか」

「長い魔歴の中で実際に行ったのは初代の一部の者だけだったらしいけどな」

『へぇ、何だか格好良いね』

 お酒は無理だけど、少し憧れる。
 恐らく酒を飲めば酔う、酔えば無防備になる。その結果を知った上で共に酒を飲める気心が知れた仲を象徴する行為なのだろう。

「ランドルフ、酒を」

「…しかし坊ちゃん」

「良いだろう?」

 お酒を頼んだイーダに、ランドルフさんは何か言いたげだった。まだ会議が残ってる中で飲酒なんて、不味いに決まってる。
 それに僕はお酒は飲めない。

『イーダ、僕お酒は…』

 水を差すのは悪いと思ったけど、僕が酔ったら大変な思いをするのは彼らだ。
 断ろうとした途端、僕の視界に尻尾と犬耳をぺションと垂らしたジュノを見付ける。
 今僕が飲まないと言うとシラけてしまうアレだ。

『うぐ…少しにして』

 ジュノも何だか飲みたそうにソワソワしているし、この際腹を括ろう。

「何だアルバ、いつもは注がれた分飲む癖に」

 渡された酒杯は僕の掌を広げたくらいの広さのお猪口だ。朱天金の物でお屠蘇とかに相応しい。

「細かい形式や作法は省くが、互いに注いで、それを飲み干す決まりは厳守だ」

 つまり最低でも2杯飲む事になる。酒器から漂う匂いは日本酒のソレだ。
 僕はイーダが差し出すお猪口に、酒を並々注いだ。すると彼も仕返しとばかりに一杯注ぐ。

『さっきの僕の言葉聞いてた!?』

「アレだ、そう言うフリだろ。拾ってやったぞ。喜べ」

 ぐぬぬ…と睨むが、イーダに効果はないと知っている。
 決まりで厳守と言われれば、干さない訳にはいかない。

「お前と酒を飲むのは初めてじゃないが、儀式として飲むのは初めてだな。この場合簡略し過ぎて儀式と呼べるのかも分からんが」

『うぅ…乾杯』

 僕は目を瞑って一気に胃に流し込む。
 勢いでなんとか飲み切って息を吐く。

 横ではイーダとジュノがお酌し合っていた。

「ジュノはよく飲むのか?」

「付き合い程度だ」
 
 心臓が暴れる。体が熱い。
 今度は僕とジュノの番だ。
 酒器を傾けてジュノのお猪口に酒を注ぐ。付き合い程度って言ってたから半分くらいに留めておいた。
 ジュノも僕に注いでくれる。金箔入りのお酒を眺めて、これも一気に呷った。

「2人とも飲んだな。これで、俺達は友誼で同志という事になる」

「アルバラードさん…!宜しくお願いします!」

 喜び全開の鬼人は、千切れんばかりに尻尾を振る。

『ーーよし、』

 不意にアルバが普段とは違う笑みを見せた。不敵な笑顔に対してイーダは「おい?」と肩を掴む。

『さっさと会議室に戻るぞ。俺を侮った事、【暴虐】の野郎には死ぬ程後悔させてやる』

「アルバ!?」「アルバラードさん?」

『何だ?』

 演技を再開したにしても、まるで記憶を失う前のアルバを彷彿とさせる姿、顔、声、言動。
 先程までとは違った雰囲気を醸し出すアルバに、イーダが歩み寄る。

「……アルバ、これは何本だ?」

 真面目な顔で、3本指を掲げた。アルバはうんざりした様子で溜め息をし『今お前の悪ふざけに付き合うつもりはない』と一蹴する。

「良いから答えろ」

『7本だ』

 兄貴分の目の下が痙攣した。(コイツ…酔ってる、のか?)彼は至って真面目にそれがどうした、とでも言いたげに不機嫌そうに顔を歪める。

『何をしてる?小休憩と言っていただろ。何時迄此処に籠ってるつもりだ?』

 会議室へ促す彼は素面に見える。演技をしていた時より自然で、忠実に再現されていた。

『ジュノも行くぞ』

「は、はいーー…!」

「おいおいおい…」

 後に続いた聖王は3本を7本と間違う酔っ払いをこのまま会議へ連れて行って平気だろうか、と不安に見舞われる。
 念の為リリアスとユリウスへ酒を飲んだ事を伝え、会議室へ戻った。

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