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六章 魔王会議編
83話 ダチュラ
しおりを挟む「ーー奴等は放っておくと癌になる」
「んなこたァ分かってんだよッ!どうやって見付けるのか聞いてるんだクソがッ!」
オルハロネオがテーブルを叩く。イヴリースさんのカップが転んでチャイが零れ服を汚し「ちょっと【不滅】の旦那ぁ~」と不満げな声が上がった。
今日も議論が白熱して誰かが怪我をしそうだ。(僕がね!)
会議5日目。
現在議題はダチュラの件に関して。僕は知らなかったけど、ダチュラは全大陸に巣食う悪どい秘密結社らしい。
ルク=カルタ首相国では惨たらしい人体実験を行い、パロマ帝国では国の上層部の人間が何人も殺された。メビウス聖王国では大量の魔物を召喚し首都ハンコックに差し向けるなど、各国に被害が及んでいる。
かく言うブルクハルト王国でもゴブリンの巣穴で悪巧みをしていたみたいだけど。
「近年、奴等の動きは活発化している。1番新しい情報は…ブルクハルトだな」
「末端の幹部を殺ったんだろォ?勿論有益な情報を聞き出してンだろォなァ!?」
ダチュラの幹部、サイモン・アンダレーシアを抹殺した。勿論メルから報告は聞いている。
『尋問はしていない』
「手緩いこったなァ!」
僕もカレンさんに拷問されて大変だったんだ。裂かれた腹を服の上から撫でる。
今でも時々あの時の事を夢に見る。危険を省みず助けに来てくれたメルには感謝してもし切れない。
「しかし今まで誰もなし得なかった事だ。ダチュラ中枢の4人の幹部の内1人を仕留めたとなれば、奴等は暫く大人しいんじゃないか?」
ジュノが言葉を挟む。
これに対しオルハロネオは声を荒げた。
「アホかァ!?んな奴等見付けて引き摺り出せば誰でも仕留められるっちゅーねんッ!それになぁ…大人しくされたらそれだけ見つけ難くなンだよクソッタレ!」
一理ある。ダチュラは陰で暗躍するばかりで公には姿を表さない。冒険者組合の関係者や高ランク冒険者、国の上層以外の一般市民は彼らの名前さえ知らないだろう。
世界を牛耳ろうとしている犯罪結社、ダチュラ。
その組織のボスも謎に包まれている。若い女とも醜い大男だとも、恐ろしい怪物だとも噂され情報が錯綜しているのだ。圧倒的な力を持ち、それは魔王に匹敵する強さだとか。
彼の下には4人の幹部が控え、勅命を遂行する。
幹部の下に部下、その下に構成員が何人も存在し、それらを束ねる頭領のカリスマ性が窺える。
「後なァッ!1番弱ェ奴殺ったくらいで調子こくなよ【鮮血】ッ!」
僕が倒した訳じゃないけど、酷いな。メルだって呪詛まで受けて、助けてくれたって言うのに。
不服が顔に出てしまったのか、オルハロネオは「あァ!?何か言いたげじゃねェか」と手の関節をバキバキ鳴らし席を立つ。
僕はさり気無くウロボロスの指輪を見る。もしも殺すつもりの攻撃が放たれても、後1回は防いでくれる筈だ。
『…』
見間違いかと思い再度見ても変わらない。指輪の効力が切れている。嵌め込まれた鉱石が色を失っていた。(嘘!?一体いつ…っ)全く気付かなかった。知らない間に命が狙われてた?
乾いた笑みが零れるが、実際には笑えない。
「座れオルハロネオ。時間は有効に使うべきじゃ」
リリィお婆さんの冷ややかな声。今日は魔王会議の最終日だ。有意義な話し合いを望んでいるのだろう。(彼女に大いに賛成だ)
短慮なオルハロネオのせいで何度話を中断した事か。
「それで?収穫はあったのか、アルバ」
『カレ…いや、構成員の女が連邦で腕を磨いたと言っていたくらいしか』
少し考えて僕が何気無く言った言葉に、フェラーリオさんへ注目が集まる。
「【鮮血】…貴様ハ俺ガダチュラト繋ガリガ有ルト言イタイノカ?」
『そうは言ってない』
僕はカレンさんが言ってた事をそのまま伝えただけだ。何でそう早まるの。オルハロネオだけじゃなくて、フェラーリオさんも短気かい?
邪悪さが増したミノタウロスは、僕への殺気を漲らせる。
「【暴虐】、これ以上は規約に反したとみなし俺がお前の首を落としてやる」
涼しい表情のイーダだが、物騒な事を言ってるって自覚あるかな。
この場合、自らの序列より上位者に殺意を向ける事だ。下位の者なら良いと言う訳でもないが、上位の者には最低限の礼儀を尽くさなければならない。
フェラーリオさんは鼻息を荒くして腕を組み、背凭れへ身体を埋めた。
「大迷宮はダチュラの被害は出ていないな?しかし、関係者が出入りしているのなら警戒をした方が良い。……奴等と繋がっていないのなら、な」
挑発的な笑みを浮かべるイーダに、影が忍び寄る。目にも止まらぬ早さで背後に回り込み、鋭い鉤爪が彼を襲う。
僕は名前を呼び注意を促す事しか出来なかった。
フェラーリオさんの巨体に隠れていた部下がイーダに攻撃を仕掛けた。頭では理解出来たが、体が動かない。
「図ニ乗るナッ!ばるトろメイッ!」
彼の部下は顔面を縦に裂く口があり、腕は肘を起点に2本に分岐している。全身をワニのような硬い鱗が覆い、大きな口を囲む露出した牙が光っていた。飛び出た眼球は真っ赤で、それぞれ別方向へ向いている。ガグと呼ばれる魔種族だ。
「ーーで、話の途中だったな」
ニコニコするイーダの真横のテーブルには、ピクピクと痙攣するガグの姿がある。彼の頭部は弾け飛び、テーブルクロスにピンク色の脳漿がこびり付いていた。
僕の頬に飛んだ血を、リリスがハンカチで拭ってくれる。
リリィお婆さんの方はローブに赤黒いシミが出来て顔を顰めていた。
「きったねェなこの野郎ッ!!派手に殺しやがってクソ!」
腕で顔の血を拭うオルハロネオが吠える。
「俺は悪くない。そもそも襲って来たのは【暴虐】の部下の方だからな」
悪くないと両手を上げるイーダの右手はガグの肉片と血に塗れていた。
「……挑発シタノハ貴様ダ【琥珀】」
「ははは!すまん、驚いて力を入れ過ぎたようだ」
僕の見間違いじゃなければ、襲われる瞬間彼は魔種族の後頭部を引っ掴みテーブルに叩き付けた。
驚いて、とか言ってるけど絶対に嘘だ。確実に仕留めるつもりで殴打したに違いない。
そしてこの惨状だ。首が無くなったグロテスクな死体と、クロスを彩る血溜まり。
「馬鹿な奴じゃ…よりによって奴に向かって行くとはのぉ」
リリィお婆さんは血溜まりを見て首を横に振る。その後魔法でローブを綺麗にしていた。
「おぇ~、瞬殺じゃん」
「……」
舌を出すイヴリースさんと、無表情で死体を見下ろすジュノ。
突如始まって、刹那に終わった出来事に頭が追い付かず、平然として見える僕。内心はビビリ倒してるけど。
取り敢えず、イーダが無事なら良かった。
「…【琥珀】部下ノ非礼ヲ詫ビヨウ。アクマデ部下ガ勝手ニシタ事ダガ。手ノ掛カル配下ヲ持ツト苦労スル」
「……ふむ…良いだろう。謝罪を受け入れよう」
フェラーリオさんとイーダはジッと見つめ合い互いの腹を探り合う。兄貴分の彼の事だから、緻密な計算をして利益と落とし所を天秤に掛け思案しているのだろう。
「よし、少し早いが休憩にしよう。部屋を隣に変えるが、問題ないな」
死体を片付けても、流石にこの強烈な血の匂いまでは取れない。そんな中で会議なんて誰もしたくないと思う。
面々は立ち上がり、血塗られた会議室を退出する。
休憩の間に僕は湯浴みをし、張り付く血生臭い匂いを洗い流した。
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