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六章 魔王会議編
82話 甘味
しおりを挟む待ち望んでいた休憩時間の筈だった。
休憩とは休みだ。それまでの活動を中断し休憩や休息を取る時間のことを言う。
なのに、何故僕はこれ程の緊張を強いられているのだろう。
庭を一望出来る広いテラスに設置された椅子と、丸いテーブル。優しい日差しが暖かく、用意してもらった紅茶は最高級の茶葉だ。僕は現実逃避の為に優雅に紅茶を啜る。
右側にはニコニコした笑顔のイヴリースさん。
左側には険悪な空気を纏うジュノさん。
何の罰ゲームだ。僕が一体何をした。(苦行だ…)
ティンダロスの猟犬について話したい事があると持ち掛けられ、記憶に無い事を聞かれる心構えはしていた。休憩と言われ彼と席を立つ際、ジュノさんが自分も同席したいと申し出たのだ。
あの仔犬みたいな目で見詰められたら、無下にする事も出来ない。イヴリースさんは同席を拒まなかったし、僕も了承した。
思えばジュノさんと仲が宜しくないイヴリースさんが拒まなかったのが可笑しかったのだ。そこで気付くか、僕がジュノさんを勇気を持って断れば良かった。
イヴリースさんの行動を見るに、ジュノさんへの嫌がらせの延長だ。彼とは長い付き合いだからあの時僕を誘えば、ジュノさんも付いて来たがると分かっていたのかもしれない。
「ほらぁ、【鮮血】の旦那ぁ、あーん」
『…止めろ』
「ハハハ!つれないなぁ~」
「……」
こんな調子だ。イヴリースさんは態とらしく残念そうにして、チョコレートを自分で食べる。
僕に出来る事は波風立てず、2人が争わないように見守る事くらいだ。
「……【太陽】、アルバラードさんは忙しい。さっさと用件を言ったらどうだ?」
「はあぁ~?そのアルバラードさんの迷惑も省みず付いてきた奴に言われたくねーなぁ?」
「ッ、名前を…」
ただ僕の名前を呼ばれただけで、親が殺されたくらいの反応だ。ジュノさんが持っていたティーカップの取手に罅が入る。
「お前だって呼んでるじゃねーかぁ」
「……俺は許可を得ている」
許可した覚えもないけど、ジュノさんがそう言うならそう言う事にしておこう。
それにしても、話が進まない。
『…【月】の言う通りだ。さっさと用件を言え』
「ちぇ~。俺はただ旦那と仲良くしたいだけなのにぃ」
両手を頭の後ろに回したイヴリースさんは、子供っぽく拗ねて見せる。
「この前言ったブルブルがさぁ、昨日貰った報告だと少し妙な動きが目立つって」
『妙な動き?』
イヴリースさんによれば、アルバくんから譲り受けたブルブルに異変があったらしい。でも、僕は何も知らないからまともなアドバイスもしてあげられない。
妙な動きとは、今まで鳴き声1つ上げなかった彼(彼女?)が頻繁に声を上げるようになった。いつもは食事の時間になったら自ら姿を表すのに、昨日はなかなか出現しなかった。部屋の一方をずっと見詰める挙動を繰り返したそうだ。
鳴き声を頻繁に上げて、食欲不審、挙動不審…。そりゃぁ、猫で言えば…。
『発情期か…』
「「発情期?」」
ヤバイ。思った事がつい口に出てた。
「それが本当なら俺達に出来る事はないわぁ。番を見付けてやろうにも、ティンダロスの猟犬はそこらに居るような魔物じゃねぇしぃ」
「本来彼らは空間を自在に転移する。捕縛して躾まで行ったのは恐らくアルバラードさんが初めてなのではないでしょうか…」
2人して真剣な顔で考えてくれてる。(ごめんよ)適当に言ってしまったんだ。でも今更やっぱり違うかもしれない、は通用しそうにないなぁ。
「旦那ぁ、もう1匹見付けてくれねぇ?」
『断る』
僕には無理です。
「でもどうやって捕まえたんだぁ?それくらい教えてくれても良いだろぉ」
ダラダラと汗を掻く。これに関してはジュノさんも興味あるのか、イヴリースさんを止めてくれない。
どうすればこの場を切り抜けられるのか。ふと、オルハロネオとの飲み比べの時のワンシーンが脳裏を浮かぶ。
『……スキルに関わる事だ』
魔王同士、固有スキルや特殊魔法に関するような力の根源に関わる質疑はしないのが暗黙のルールだ。
思わぬ抜け道に導いてくれたオルハロネオに少しだけ感謝しておく。
僕はスキルなんて持ってないけどね。
「はぁ~~。固有スキルかよぉ」
「……」
ガックリと肩を落とすイヴリースさんと、ぺションと犬耳を垂らすジュノさん。遺憾の念が漂い、申し訳なくなってくる。
こうしていると2人とも似た者同士で仲良く出来そうなのだけどなぁ。
「まぁ原因は分かったから国の奴等に通信石で伝えて来るわぁ。ありがと、旦那」
それだけ言って、テーブルを後にする彼は少し離れた所で部下と合流した。
難を逃れた僕はふぅと息を吐き、紅茶を干す。
イヴリースさんと話してみた印象は意外にも普通。ジュノさんの話では魔導列車を脱線させたとか何とか…。
テーブルに残された魔王をチラ見すればバッチリ目が合った。僕と視線が交差した彼は動揺を隠すように瞳を彷徨わせる。
僕は後ろに控えていたランドルフさんを呼んだ。
『…【月】のカップを変えてくれないか?割ってしまった事は俺からイーダに言っておく』
「畏まりました。ラブカ様、気付く事が出来ず申し訳ありませんでした」
「……いや、俺が悪かった」
ランドルフさんは直ぐに新しいカップを用意して紅茶を注いでくれた。ショートケーキ、フォンダンショコラ、ベリーが沢山乗ったタルトも出て来て、口内を涎が溢れる。
僕はタルトを取り分けてもらい、口元が緩まないように必死だった。(美味しそう!)宝石みたいな3種類のベリーの内、1つに狙いを定めてフォークを刺し口に放り込む。予想通り絶品だ。クリームと一緒に食べると酸味と甘味が丁度良い。
『…、食べないのか?』
ジュノさんは僕が食べてるのを黙々と眺めていた。
「あ…いえ」
『取り分けてやろうか?』
「だ、大丈夫です…っ」
慌てて断られる。
『甘い物は苦手なのか?』
「…好き、ですけど…」
じゃぁ、問題ないじゃないか。僕だけ食べるのもバツが悪いし、一緒に食べてくれると嬉しいな。
「アルバラードさんが、甘味を召し上がるのを初めて見たもので…」
そう言えばアルバくんって甘い物苦手だったんだっけ。しっかし、よく見てるなぁ…。1番油断しちゃいけないのって、もしかしてジュノさんの前だったりして。
『……食べれないとは言ってない』
「そう、でしたか。…じゃぁ、俺も…」
ジュノさんが所望したのはフォンダンショコラだ。ランドルフさんが皿に移して彼の前に出す。トロリと流れたチョコレートが輝いて見える。
彼は無表情だけど甘い物を食べる時は幸せそうだ。(甘味好き…僕と一緒だね)
『…【月】の国はどんな所だ?』
「……ぇ」
『ただの興味だ』
侵略しようと企んでいる訳じゃないよ!ってちゃんと言えたらなぁ。
ジュノさんは固まったまま動かない。
「いえ、その…まさか興味を持って頂けるとは思ってなくて」
恥ずかしそうに俯いて、落ち着かない様子だ。如何やら僕の心配は杞憂だったみたい。
「キシリスクは此処から更に東へ行った所にあります。鬼族が中心になり建国した小国です」
ジュノさんは嬉しそうに国の事を教えてくれた。
当時の独裁者を鬼族で討ち取り、そのまま独立国を作ったみたいだ。中でも強いジュノさんが国を治める事になり、魔王として君臨した。
魔法の知識に長けた鬼族のお陰で国は発展し、今では家事は殆ど全自動らしい。
魔力を動力源にした列車が首都と街を結び盛んに行き交う。夜も首都は明るく、眠らない街だと称される程だそうだ。
想像力の無い僕は近未来的な国としか想像出来ない。
突然、話している途中でジュノさんが苦悶の表情になる。
『如何した?』
「ッ…いつもの、頭痛です」
暫く目を瞑っていた彼が、詰めていた息を再開した。それを見計らい、ユーリに頭痛薬を作って貰うか提案してみる。
「すみません…大丈夫です」
『持病か?』
「いえ…ある時を境に突然…。それからは定期的に。いつも同じ映像が流れ込んでくるんです」
素人の僕が問診で判断出来るものでもないけど、聞いた事ない症例だ。
『じゃぁ、ジュノさーー…、ッ!』
僕はしまった、と口を抑える。気が緩んだとしか言い訳出来ない。とちった。
イーダ以外の魔王を名前で呼んでしまった。(しかもさん付けで呼びそうになった)ジュノさんが甘い物好きで、キシリスク魔導王国の1代目魔王で、僕と共通点が多く有ったからか、やってしまった。
「ーーもう一度…!」
『あ?』
「あの、もう一度呼んで、頂けませんか…俺の名前を…」
誤魔化せないかなぁ。僕は観念して溜め息を吐いた。
『……悪い、口が滑った』
「いえ、俺は…貴方に名前で、呼んで頂けたら…嬉しい、です」
辿々しい公用語で、ジュノさんが頬を染めている。美青年の赤面ってそれだけで破壊力あるな。
「【琥珀】も、先程の執事も名前で…呼んでいらっしゃったので…、その、」
まさか会議中、所々イーダに突っ掛かってたのってそれが原因かい?
まぁ、本人が良いって言うなら僕も名前で呼べた方が楽だし良いかな。
『ジュノ、さっきの話だがーー…』
「……」
『ジュノ?』
彼の視界に無理矢理入って反応を促す。
「すみ、すみません。…アルバラードさんに名前を呼んで頂ける日が来るなんて、現実味が無くて…、」
(うーん)アルバくんは彼に一体何をしたんだ。何故こんなに慕われてるんだ。ジュノさん最大の謎が解き明かされる日はくるのだろうか。
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