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六章 魔王会議編
77話 兄貴分
しおりを挟むオルハロネオさんの周囲に魔力が立ち込める。螺旋を描くオレンジ色の光が彼の掌に集結して、高位魔法【炎龍之息吹】を放つ。
すると僕に焔が届く寸前、壁に当たったように左右に裂けた紅蓮の烈火はそのまま弾かれ消え失せた。
勿論僕は何もしてない。出来る訳がない。反応さえ出来なかった。
消滅した衝撃の余波が熱風になり会議室へ広がる。
「ハァッ!?完全に捉えていた筈だッ!クソ、クソッ!どんな手品使いやがったァ!?」
「…魔法ヲ使ウ素振リスラ無イトハ…」
「……アルバラードさん?あ、貴方は…」
「ヒュ~♪【鮮血】の旦那もやるねぇ。何も見えなかったぜぇ」
口々に驚き騒めく。
思い当たるのが1つだけある。僕の右手の中指に嵌められたウロボロスの指輪。ジェニーが作ってくれた、弱い僕が身を守る為の唯一の切り札だ。
白状するとこのメンテナンスに手間取って、メビウスに来るのが予定より遅れた。
ノヴァと特訓して分かった事がある。この指輪は無効の障壁を意図して発動させる事も出来るし、対象者に危害が及ぶとオートで発動する機能がある。
流石ジェニーが作ってくれた魔道具だ。魔王の攻撃を跳ね除けるなんて、この魔道具も規格外だと思う。ただ、回数限定の品なので後2回しか使えない。
それはそうと。
『…リリアス』
僕は吹き飛ばされたリリスの方へ行き、助け起こした。
「申し訳ありませんアルバ様。…油断を」
『…大丈夫か?』
「はい。…腹立たしいですが、手加減されておりました」
悔しそうに唇を噛む彼女は、余憤が収まらずオルハロネオさんを睨む。(…もう、さんって付けるの辞めようかな)
リリスは見たところ外傷は無く、立ち上がり僕と彼の間に入って勇んだ。
「アルバ様の前で、もう不様は晒しません」
『…』
「アルバ様…?」
リリスの肩に手を置き、戸惑う彼女の前に出た。
『…【不滅】』
「ッ!?なんだよ…ッ!」
うん。さっきの渾身の高位魔法を打ち消したのが効いて、タジタジになってる。これを利用しない手はない。
『これは此方に対する宣戦布告だと受け取って構わないな…?』
「…は、はぁッ!?」
僕の言葉が意外だったのか、オルハロネオは目を見張って驚いている。
『珍しく大人しくしていたら可愛い部下に危害を加えられた。これは明らかな敵対行為だ。俺が正当防衛を唱えて報復に帝国を攻め落としても文句は無いな?』
「ハァ~~!?俺が本気でその女をぶっ飛ばせば今頃壁のシミなんだよクソがッ!俺の手心で部下を失わずに済んだ事に感謝しとけボケェッ!!」
僕の目の前にヅカヅカと歩いて来たオルハロネオは至近距離でガンを飛ばしてくる。悪人面の彼に負けじと凝望すると、「あァッ!?」と胸倉を掴まれた。
カツアゲされてる気分だ。彼は王様と言うよりチンピラとかギャングだと言われた方がしっくり来る。
「テメーが大人しくしてたのはそー言う事かよッ!?」
『フン…今、謝罪するなら水に流してやるぞ?』
「~~~ッ」
正当防衛の証人は此処に居る全員だ。下手な真似は出来ない。アルバくんはやり返す度胸があって曖昧になっていたのだろうが、僕にはそんな力は無い。
僕を庇う必要のあるリリスやユーリに危険が及ばない為に、この際、正当防衛を盾にこれ以上絡んで来ないように釘を刺しておこう。
「オルハロネオ様」
「げ…【狂犬】」
笑みを携えたユーリが、僕の後ろに付く。オルハロネオの顔は明らかに歪んだ。
「アルバ様をお放し下さい。これ以上の主人への無礼は見過ごせません」
静かな凛とした声だが、近しい者には分かる。ユーリも珍しく腹が煮立っている。表情には縊りにも出さないのが彼らしい。
「もしも放して頂けないのであれば、仕方ありません。今後、帝国民の方々が次々にーー行方不明になるかもしれませんね」
それを聞いたオルハロネオは鋭い視線でユーリを見上げた。
「テメーは俺の国には一歩も踏み入らせねェよクソが…!」
「ほう?その自信がおありですか?」
そう言えばユーリの追放の原因になった研究ってどんな研究なのだろう。国民が行方不明になるかもしれないってどんな隠語?
それを聞いた途端、オルハロネオも憤怒していた。
頭上でバチバチする2人を止める為、大きな溜め息を吐く。
『ユリウス、相手にするな』
「しかし…至高の御身に」
『2度は言わない』
「畏まりました」
ユーリまで吹き飛ばされたら、僕も冷静でいられなくなるからね。
『それに、研究ならブルクハルトでも事足りてるだろう?お前には多くの“素材”を提供している』
「はい。アルバ様からは多大なご支援を頂いております。私の研究にも理解を示して下さる、智謀に長けた慈悲深いお方です」
深くお辞儀をするユーリを横目で見て、相変わらず僕を掴み上げるオルハロネオに注視する。彼は何故か僕を人間性を疑うような引き攣った表情で青褪めていた。
「テメーは正しく【鮮血】だわクソッタレ」
オルハロネオはそれだけ言うと僕を乱暴に突き飛ばし、手を放す。(どしたの急に)変わり身の早さに驚きつつ乱された服を整えながら、イーダに首を傾げてみる。
すると、兄貴分も似たような顔で僕を見ていた。(何故だ)
======
会議2日目。
今日は1日目と違い、会食がメインの日だ。
頭上に大きなシャンデリアが輝く大広間の会場に、豪勢で煌びやかな料理が並び目を楽しませる。食事は立食で、其々好きな物を取って良いようだ。
「楽しんでるか、アルバ」
イーダが僕を見付け声を掛けて来た。僕は会場を見回し近くに人が居ないのを確認して声量を落とす。
『人数に対して、料理の量が尋常じゃないんだけど』
聖王含めて7人と、その部下達しかいないのにテーブルには豪華な料理が所狭しと並べてある。
しかも一部の面子は料理に手を付ける気もなさそうな人がちらほらいる。
見てる限りリリィお婆さんは持参した携帯食料しか食べてない。隅っこにある丸いテーブルに腰掛け、小難しそうな魔術書を読んでいる。
オルハロネオはお酒だけ飲んでいるみたいだ。
フェラーリオさんは気にせず食べているみたいだけど、彼が今食べてるのは牛フィレ肉。共食いなのでは?
ジュノさんは異国の料理が珍しいのか興味津々な様子。
イヴリースさんの食いっぷりは見ていて気持ちが良い程豪快だった。部下と共に談笑しながら、掻き込む勢いで食事を楽しんでる。
「ふむ、料理人が腕を奮ってくれてな。【太陽】の胃袋は底知れないし、これぐらいで良いのさ」
『リリィお婆さんは食べてないみたいだけど…』
伝統だから仕方無く会場には出向いているのかもしれない。
「お、お前…本人の前でお婆さんなんて言うなよ?アルバがそんな呼び方したら、驚きのあまりショック死するぞ。もう若くないんだから」
『はは、気を付けるよ』
軽快に笑いながら、水が入ったグラスを傾ける。聖王国のマークが描かれたゴブレットは、巧みな細工が施されていた。
「【不死鳥】はいつも嗚呼なのさ。魔王会議中、此方が用意した食事は一切手を付けない。気にするな」
シャンパンか何かが入った細いグラスを呷るイーダは、「それで?」と微笑む。しかし、目が笑っていない。
「俺にくらいそろそろ昨日の種明かしをしてくれても良いんじゃないか?」
『えー…』
昨晩その件で部屋にも来た。疲れてたから違う話をしている内に眠っちゃったんだよね。
「大体の見当はついてる。だが、そうする理由が分からないから不思議でな」
『……』
僕はリリスとユーリの居場所を確かめる。食事を食べないのか聞かれて、適当に選んでくれるかいって言ったから嬉々として僕への料理を選んでくれていた。
『…これは五天王の皆にも言ってないんだけど』
困った顔で前置きした後、僕はイーダに耳打ちする。記憶が無くなったと同時に魔力が使えなくなった事を教えると、彼は喫驚し目を見開いた。
「…本当なのか…?」
『うん。皆に言うと心配するかもしれないし、……ガルムリウスの一件もあるし、なかなか言えなくてね』
いつもの癖で、困った顔で笑う。
「ガルムリウスか。確か五天王に居た奴だな?」
『記憶が無くなって僕に魔力が無いって分かったら反旗を翻されてね。あの時は何とかなったけど…』
「…」
『皆を信用して無い訳じゃないんだ。ただ、そうだな…強い僕を信じて慕ってくれてる皆には申し訳なくてね。完全なエゴさ。言って、見放されるのが怖いんだ』
努めて明るく言う僕の頭を、イーダがポンポン撫でた。予想外の反応に、彼を見上げる。(子供扱いしてる?)
イーダは今までで1番優しくて、悲しい顔をしていた。
『…どうして、イーダがそんな顔するの?』
「…いや。お前の立場で魔力が使えなくなったとなると、今まで相当苦労しただろう。しかも記憶が無い状況下でだ。そう思うと、な」
表情を誤魔化すように、犬みたいにわしゃわしゃ撫でられる。
「…分かった。記憶が無い間、何か困った事があれば俺を頼って良い。出来る限り協力しよう」
『…記憶が無い間だけかい?』
「ぷ…はは!確かに強欲だな!訂正しよう。今後、だ」
機嫌良さそうに一笑した後、イーダは僕をジッと見る。頭の先から爪先へ視線が這うのが分かった。
「ふむ。見たところ魔力が無くなった訳ではなさそうだ」
『本当?』
てっきり僕に魔力は無いと思っていたのに。
「呪術…いや、誓約?契約か?興味深いな…」
『イーダ?』
ぶつぶつと独り言ちる彼は、僕の呼び掛けにやっと気付いた。
「魔力が元通り使えるようになるよう、俺も色々調べておく。呉々も他の奴にバレるなよ。特に【不滅】と【暴虐】にはな」
『オルハロネオは分かるけど、フェラーリオさんも?』
「はぁ…能天気な奴だ。【暴虐】は黄金虫を使って宮殿を嗅ぎ回っていた張本人だぞ?」
え。昨日の黄金虫の犯人はフェラーリオさん?
「隠してるつもりだろうが、あの後から俺達へ対する警戒度が増してる。更に奴は強者至上主義を唱える大迷宮の住人だ」
なるほど。僕が弱いと分かると真っ先に襲って来そうだ。
それに、オルハロネオは言わずもがな。僕に恨みを持つ彼なら、機を逃さないだろう。
「兎も角、【暴虐】にはこのまま勘違いしといて貰う必要がある。お前が魔力が使えずとも、後ろには俺が居るとな」
『つまり?』
するとイーダは僕の前で跪き、手を攫って指先にキスをする。(あ、理解)仲良しアピールだね。
彼は弱い僕の盾役を買って出てくれた。他の魔王に攻撃されないように、牽制してくれている。
「ま、強ち勘違いって訳でもなくなったがな」
『…僕は君に何をしてあげられる?』
「…この借りはいつか返してくれれば良い。弟分なんだ。これくらい当然だろ?」
立ち上がったイーダの三つ編みが揺れる。指をパチンと鳴らすと、霞掛かっていた背景が急にクリアになった。【遮断】と【防音】。全然気付かなかった。
『いつの間に…』
「お前に耳打ちされる時さ。会場は広いが、油断は出来ない。会議の間【探知】は常にしてる。さっきは【遮断】は適当に、【防音】は厳重にしたから俺達の簡単な動きは看破しようと目を凝らせば出来た筈だ」
見せる為にキスしたんだもんね。
「因みに、【遮断】を破ろうとしたのは3人。【暴虐】【不滅】【月】だ。先の2人は分かるが、【月】は…」
『ジュノさんも…?』
意外な人物の介入に、不安が募る。
「【太陽】の言っていた通り、お前に対する奴の執着が気になる。2年前の魔王会議が初の顔合わせだと思っていたが…」
『僕にその時の記憶は無いしね。その時何か話したのかな?』
「いや、2年前は【月】は公用語が全く喋れなかった。言っただろう?喋れるようになったのは最近だと」
答えが出ずに悶々としていると、リリスとユーリが帰って来た。2人の手には大皿があり、食べれるか分からない程の料理が積まれている。
「まぁ、お前を撫でた時に俺へ向いた殺気を見る限り、お前に敵意がある訳じゃない。後で話しに行ってやれ」
背中を向いて手をヒラヒラ振る。イーダはそのままイヴリースさんの方に行ってしまった。
満面の笑みのリリスから皿を受け取る。ボイルされたアスパラガスにフォークを突き刺し、口に入れて咀嚼した。
メビウスに来た時より気持ちは晴れている。初めて人にちゃんと秘密を打ち明けて、心の内をぶち撒けた。
それを丸ごと飲み込んで僕の心労に寄り添おうとしてくれた。(正直言うと泣きそうになった)
頼り甲斐のあるイーダの大きな掌の感触を思い出す。
弟分だからと、甘えていてはいけない。僕も彼の力にならないと。今は無理でもいつか必ず。
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