76 / 146
六章 魔王会議編
75話 悪戯
しおりを挟むオルハロネオさんには殺されない内に謝れたら良いのだけど…。ただ、彼はアルバくん殺害の容疑者第一候補だ。僕としては極力関わりたく無い。
『後は…キシリスク魔導王国って、もしかして公用語が使われてる国じゃないの?』
「嗚呼、【月】か。彼の国ではキシリスク語が主流だ。【月】は最初公用語が上手く喋れなくてな。近年の上達ぶりは努力の結果だろう」
ジュノさんは公国の件でフォローしてくれたし、怪しんでる訳じゃない。ただ、横目でチラッと見た彼の表情が頭にこびり付いて離れない。
「【月】が気になるのか?」
『…気になるって言うか…そうだな』
あの時のジュノさんは此方を、輝く目で見詰めていた。まるで憧れのヒーローに出会った子供みたいに澄んだ瞳が忘れられない。
「まぁ、咄嗟の言葉はまだキシリスク語が混ざるが、会議には支障ない範囲だ」
『…僕は…彼にも何かしちゃってたりする?』
「さぁ?俺には分からないな。【月】に何か言われたのか?」
そう言う訳じゃないんだけど。
「…、」
するとイーダが人差し指を立て笑みを含んだ唇に当てる。黙った方が良いって事かな?
「そうかそうか、アルバは兄貴分の俺より【月】の方が気になるのか~。寂しいもんだ」
ソファから立ち上がり、廊下の隅に寄る。僕は不思議そうに彼を見ながら、肘掛けに頬杖を突いた。イーダは何かを探す素振りで床を見回したりしている。
「俺の方が序列は上だし?お前の我儘も聞いてやれるぞ」
ニィと意地悪く笑って戻って来たイーダの手には小さな黄金虫が摘まれていた。僕は首を傾げる。
兄貴分は自身の耳を指差し、次に指先の虫をしゃくった。
此処までされたら鈍い僕でも分かる。この虫を通して誰かが聞き耳を立てている。
僕はオーケーサインをして脚をバタつかせる黄金虫を吟味した。
「そう思わないか、なぁ?アルバ…」
『あ?…どういう意味だ?』
イーダが会話を続けているし、内容は頭に入って来ないけど取り敢えずアルバくんモードで口を動かしておこう。
「俺のモノにならないか?」
『……お前のモノになったとして、俺の利益は?』
イーダの悪ふざけは留まる事を知らないなぁ。虫を摘んだまま楽しそうにしている。
「お前の為に全ての力を使っても構わない」
『ほぉ…それは』
現実になれば魅力的な話だ。怒れるオルハロネオさんから守ってほしい、切実に。
『俺に断る理由はないな』
「…」
イーダが身を乗り出して来る。不意に口を塞がれ、『んン…』と、くぐもった声が出た。大きな掌が僕の口元を覆っている。彼が身に付けている中指の指輪が唇に触れ体温を奪っていった。
その上から兄貴分は自らの手の甲に口を付け、遠くから見たら僕と彼が如何わしい関係なのではと疑われる格好に目眩がする。
バタバタと何者かが走り去る音がした。
イーダは僕から離れると、黄金虫を小さな金色の針で貫く。貫通した針は瞬きをする間に空気中に溶けて消えた。絶命した虫をパチンと指を鳴らして焼却する。
兄貴分はいつものニッコリとした笑顔を此方に向けた。
『…誰?』
「誰かまでは分からんが、少なくとも観客は2組だ」
すると、ランドルフさんが此方に歩いて来る。
「申し訳ありません、イーダ坊ちゃん」
「いや、誰かが近付いて来るのは【探知】で分かったからな。何処の奴だった?」
「帝国の従者のようです。丁重にお断りをしたのですが、此方に来られない事に憤られておりました。坊ちゃんの悪ふざけを目の当たりにし、慌てて主人へ報告に行ったようです」
「アルバを監視していたのか…?偶然?【不滅】の命令…ふむ、だとしたら……」
長い脚を組んで考え込むイーダは絵になる。
『黄金虫の方は…?』
「会議が始まれば分かるだろうさ。何たって【鮮血】に【琥珀】が尽くすんだぞ?魔大陸の未来は絶望的だ。聞いていたら絶対無視出来ない。何かしら行動を起こすだろう」
(ん?またもやディスられてる?)イーダの遠慮の無い物言いにも慣れてきた。
つまり、暴君の僕が核爆弾を抱える感じかな。確かに隣国からしたら大事件だし、放っておけないね。
「くく、楽しいなアルバ」
悪知恵が働き、からかい好きな性格のイーダ。遊ばれるのは御免だし、絶対敵に回したく無い。
======
会議室に戻ると中は騒がしかった。誰が騒ぎの中心に居るのかなんて、見なくても分かる。
「戻って来やがったなこのホモ野郎ッ!!」
従者はやっぱり帝国の人だったみたいだ。オルハロネオさんの後ろに控える燕尾服の青年は僕と目が合うと顔色が悪くなった。
「なんだ【不滅】妬きもちか?俺達の仲間になりたいならそう言え」
イーダはオルハロネオさんの剣幕にも動じずに実に良い笑顔だ。イキイキしてる。
「ふざっけんな【琥珀】ッ!!俺の従者が見たんだよ!態々人払いさせてやがってよォ!…テメーらが廊下でイチャついて!……あ、挙句には…っ、…ス、してんのをなァッ!!」
改めて言葉にするのは恥ずかしい単語なのか大事な部分が聞こえない。口籠るオルハロネオさんは怒りでワナワナ震えている。(笑っちゃ悪いよな…)
「魔王会議の神聖な場所で何してやがるんだクソッタレがァッ!」
「おいおい、確かに会場に選ばれてはいるが、元々此処は俺の宮だ。それにパートナーは異性じゃなきゃいけないなんて古い考えだしな。それとも?お前は自分の価値観を俺に、押し付ける権利があると思ってるのか?」
イーダがこれ見よがしに反論する。序列優勢の絶対的自信が滲み出てる。良い性格してるよ。
「…ッ、この機に乗じて隠れてそう言う事してんのが問題なんだッ!!公平さも損なわれる…会議にも支障が出るだろうがッ!!」
オルハロネオさんって真面目なのか馬鹿なのか、馬鹿なのか分からない。(意外に純粋?)
周囲に居た魔王が拍子抜けしてゾロゾロと席に着く。時間が来たみたいだな。
「さっさと座れオルハロネオ」
リリィお婆さんは溜め息混じりに彼を促した。
「いや、コイツか【鮮血】が序列から降りるまではぜってェ座らねェぞッ!!」
「【不滅】の旦那ぁ、遊ばれてんだよ【琥珀】の旦那にぃ」
端から聞いていたイヴリースさんが呆れた様子で声を掛ける。
「な、…!?おい…ッ?お前ら…」
「何カト思エバイツモノ戯レ。イイ加減気付ケ【不滅】。時間ガ惜シイ、会議ヲ再開スルゾ」
フェラーリオさんにまで急かされ、オルハロネオさんは現状を理解するや否や僕達へ向けて罵詈雑言を垂れ流した。
「この金髪野郎がッ!!クソッタレ!腹黒!」
「お前の反応がイチイチ大袈裟で面白いのが悪いんだ。悪戯にも直ぐ引っ掛かるしな。良い加減賢くなったらどうだ【不滅】」
「んなッ!?この野郎…覚えてやがれ…!」
「お前で遊んだ事なんて、態々覚えていられるか」
ピクピクと血管が痙攣するオルハロネオさんを、心底小馬鹿にした様子で軽く遇らう。
クツクツ笑うイーダにいきなり引き寄せられ肩を組まれた。
「俺達の仲の良さに嫉妬するのは良い。だが次はちゃんと腕の立つ者に偵察させるんだな」
仲良しアピールをして、黄金虫の方を炙り出す作戦かな。
虫を通して声を聞いていたなら、帝国の従者と違って僕とイーダの会話が聞こえていた筈だ。
オルハロネオさんへの悪戯とは違い、イーダが僕に全面協力する宣言は悪ふざけと一蹴出来るものじゃない。黄金虫の相手へ向けた隠れたメッセージ。先の言葉は冗談ではないとプレッシャーを与えている。
此処で仲良しアピールしておけば、廊下でのやり取りに信憑性が増す。
『…イーダ、さっさと会議を始めるぞ』
「はは、アルバが言うなら仕方ない」
取り敢えず彼を愛称で呼んでおく。ごく限られた者にしか呼ばせていないって言ってたし、僕と彼が親密な仲だと思わせるには充分だと思う。
フと、沈黙を貫くジュノさんが視界に入る。彼は僕、と言うより横のイーダを瞋恚の目で見ていた。(なんか怒ってる?)
「……Cazzo(くそ)、【琥珀】さっさと進行しろ」
何が何やら分からない。もしかして黄金虫の主人は彼で、僕達を警戒してる…?
暴れるオルハロネオさんをフェラーリオさんが羽交い締めにして椅子へ縛り付け、無理矢理着席させる。全員が席に座ったところで会議が再開された。
0
お気に入りに追加
309
あなたにおすすめの小説
異世界に召喚されたら職業がストレンジャー(異邦”神”)だった件【改訂版】
ぽて
ファンタジー
異世界にクラスごと召喚された龍司だったが、職業はただの『旅人』?
案の定、異世界の王族貴族たちに疎まれて冷遇されていたのだが、本当の職業は神様!? でも一般人より弱いぞ、どゆこと?
そんな折に暗殺されかけた挙句、どさくさに紛れてダンジョンマスターのシータにプロポーズされる。彼女とともに国を出奔した龍司は、元の世界に戻る方法を探すための旅をはじめた。……草刈りに精を出しながら。
「小説家になろう」と「ノベルバ」にも改定前版を掲載中です。
異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~
モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎
飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。
保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。
そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。
召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。
強制的に放り込まれた異世界。
知らない土地、知らない人、知らない世界。
不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。
そんなほのぼのとした物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~
k33
ファンタジー
初めての小説です..!
ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。
あなたは異世界に行ったら何をします?~良いことしてポイント稼いで気ままに生きていこう~
深楽朱夜
ファンタジー
13人の神がいる異世界《アタラクシア》にこの世界を治癒する為の魔術、異界人召喚によって呼ばれた主人公
じゃ、この世界を治せばいいの?そうじゃない、この魔法そのものが治療なので後は好きに生きていって下さい
…この世界でも生きていける術は用意している
責任はとります、《アタラクシア》に来てくれてありがとう
という訳で異世界暮らし始めちゃいます?
※誤字 脱字 矛盾 作者承知の上です 寛容な心で読んで頂けると幸いです
※表紙イラストはAIイラスト自動作成で作っています
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

転生してしまったので服チートを駆使してこの世界で得た家族と一緒に旅をしようと思います
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
俺はクギミヤ タツミ。
今年で33歳の社畜でございます
俺はとても運がない人間だったがこの日をもって異世界に転生しました
しかし、そこは牢屋で見事にくそまみれになってしまう
汚れた囚人服に嫌気がさして、母さんの服を思い出していたのだが、現実を受け止めて抗ってみた。
すると、ステータスウィンドウが開けることに気づく。
そして、チートに気付いて無事にこの世界を気ままに旅することとなる。楽しい旅にしなくちゃな
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる