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六章 魔王会議編
71話 解呪
しおりを挟む待ちに待った日が訪れた。
僕が訓練場でノヴァと魔道具の発動訓練をしていた時、その知らせが届いた。
解呪師が城に到着した、と。
僕は駆け出しそうになる気持ちを堪えて、平静を装いつつ脚を動かす。ノヴァもテクテクと後に付いて来た。
「主人殿、そんなに急いでどうしたのじゃ?午後は妾と一緒に居ると約束したじゃろ?」
ウロボロスの指輪をちゃんと扱えるようになるまで訓練に付き合って貰う予定だったのだ。
『ごめんよノヴァ。でも、ずっと待ってた人が来てくれたんだ。先方も忙しい中、国外から来てくれたんだし、直接お礼を言いたくてね』
通信石でリリスに客人を何処に通すか聞かれて、咄嗟に応接室にと言ってしまった。僕も真っ直ぐそこに向かっている。
早くメルの呪いを解いて貰いたい。この3週間、彼は不自由な生活をしている筈だ。
数日前、メルが居る訓練場に差し入れを持って行った時、騎士達を素手でコテンパンにしてたけど、不自由な生活をしている筈なんだ、多分。
気が急くが、まずは客人のおもてなしが先だ。その辺リリスは心得てるだろうし、大丈夫だという事にしておこう。
「せっかく主人殿を独り占め出来ると思っておったのに」
『ははは、特訓はまた別の日にお願いするよ』
「致し方無いのぉ」
応接室に到着し、左右に控えていた騎士が扉を開けてくれた。
無駄に豪華な部屋のソファに客人の姿を見付ける。
その人物は僕を見ると、にっこり微笑み立ち上がった。
「久し振りだなアルバ」
『…え?』
解呪師の人って僕と知り合いだったの?
「その髪…どうした?まぁ、似合ってないとは言わないが」
眩しい程の長い金髪を1つに束ねた、温和そうな男性。見た感じは年上で、エメラルド色の瞳が僕を観察している。正統派爽やかイケメンって感じかな。
服はキンキラで装飾も凝った物が多かった。
「何だ?呆けた顔をして」
『うん、…いや。何でもないよ』
部屋の隅で控えていたリリスと目が合う。
「バルトロメイ様、再会を喜ばれるのは良いですが今回は仕事である事をお忘れなきよう、お願いします」
「あはは、アルバの部下は手厳しいな」
僕の記憶が無いフォローをしてくれるリリスには頭が上がらない。バルトロメイさんはソファに座って、僕も正面に尻を埋める。
彼の背後に控える付き人らしき人に目を向けると、凄まじい形相で睨まれた。(おっかないなぁ…)短めの黒髪に、特徴的な黄色い眼をしている。山羊の様に瞳孔が横向きで、何を考えているのか全く分からない。
僕の後方に立っているリリスが「フフフ」とご機嫌そうに笑い声を漏らした。
「バルトロメイ様、従者の教育くらいちゃんとして下さいますか?我が尊き主にこれ以上無礼な視線を送るようなら、私がその双眼を抉り出して差し上げます」
(……ごめん)全然ご機嫌じゃなかった。優しい微笑みを浮かべているが、心中穏やかじゃないらしい。僕はリリスに『いや違うんだ、僕が先にジロジロ見ちゃったんだよ』と事実を伝えておく。
「しかしアルバ様…」
リリスは何か言いたげに眉を下げた。
するとバルトロメイさんは出されたティーカップに指を掛けながら「ジューク」と彼の名前を呼ぶ。その途端、敵意が露わになっていた従者の身体がピクリと跳ねた。
「…申し訳ありません。アルバラード様」
『え!?いや…、此方こそ』
深々と丁寧に頭を下げられて戸惑う。
ノヴァは紅茶を飲むバルトロメイさんを至近距離でガン見していた。どっちかって言うとこっちの方が無礼だ。
「ふぅーむ、こやつが主人殿がずっと待っておった奴か」
『こらこらノヴァ、』
テーブルに手を突いて身を乗り出すミニマムな姿の神獣を後ろから抱き上げる。そのまま膝に乗せる形で座り、無礼を謝罪した。
「新顔だな」
『うん、最近友達になったんだ』
膝に乗せた幼女の頭をポンポン撫でる。僕の背後からギリリ…と歯を噛み締める音が聞こえた。振り向くと艶麗な微笑みを浮かべたリリスしか居ない。(気のせいかな?)
「主人殿がずっと待っておったと言うからどんな奴が来たのかと思えば…なんて事は無い、小童ではないか。主人殿と妾の団欒のひと時に水を差しおってもがもが」
焦った僕は思った事をそのまま言葉にしてしまうノヴァの口を掌で覆い『お行儀良くね』と念を押す。膝の上で「むぅ…」と拗ねて唇を尖らす彼女の柔らかな髪を梳いた。
『ご、ごめんね。バルトロメイ、さん?遠方から遥々来てくれて有り難う』
「……いつもの様にイーダで構わない、アルバ。時間が掛かってしまって悪かった。お前の頼みだし早く来たかったんだが、この時期少しゴタゴタしていてね」
『いや、本当に助かるよ』
多忙な中駆け付けてくれたみたいで申し訳ない。
「……ふむ。詳しい事は解呪してから聞くとしようか。ーーさぁ、始めよう」
ゆっくり立ち上がったイーダは僕に掌を向けた。(ん?)何これ。どうすれば良いの?
「こほん。…バルトロメイ様、呪いを受けたのはアルバ様ではありません。五天王のメルディン・オバーグラストです」
「え?」
リリスの言葉に本気で吃驚したような声。そして僕の全身にゆっくり視線を巡らす。
「俺の記憶が正しければアルバは人の話を穏やかに聞ける奴じゃなかったと思うんだが」
『へ?』
今度は僕が間抜けな声を出す。
「それにお礼や謝罪なんて今まで一度だって言った事なかったじゃないか。それが、今日は穏やかな笑顔まで浮かべて…。お前が笑う時って危険な高位魔法ぶっ放してる時と嬲る時と殺す時だっただろ」
表情でイーダが僕を本気で心配しているのが分かる。分かるのだけれど、僕にとってこの心配のされ方はちょっと恥ずかしい。
「呪いじゃなければ…少し見ない間に大人になったって事か?それにしても、あまりに変わり過ぎな気も…。【鮮血】の問題児がこんな…」
(はは、問題児って…)以前のアルバくんを知ってるとそんな反応になっちゃうのか。僕は頬を掻いて苦笑いする。
城の人達はもう慣れてくれたけど、最初は凄かったからな。怖がられて話も出来なかったし、一挙一動に細心の注意を払われてた。
イーダは良い人そうだし言っても大丈夫かな。
『いやぁ、実は少し前に事故で記憶が無くなっちゃってさ。あはは』
「ははは!アルバも冗談が言えるようになったのか!」
2人の朗笑が応接室に響く。楽しそうに笑っていたイーダは、他に何も言えず笑ってるだけの僕を見て「え、本当なのか」と蒼白になった。
『まぁね…』
困った顔で笑うとイーダは黙り込んでしまった。暫く思案に耽った後、神妙な面持ちで話し始める。
「これは、国の機密になるのか?」
『そんな大事に考えなくて良いと思うけど、出来れば黙ってて欲しいな』
「……なるほど、良いだろう。解呪の報酬にしては此方に有益な条件が多かったからな。この件の口止め料って訳か」
(リリスって有能だよねー)後ろに控えている敏腕が実に誇らしい。取り敢えず、グッジョブを伝えたくて彼女へ向けてウィンクしておく。
意味は伝わったか怪しいけど、嬉しそうにしてくれて僕も嬉しい。だから、お願いだよリリス。お客様の前で鼻息荒く迫って来ないでくれ。
指を組んだイーダはそこに顎を乗せて、じっと僕を見ていた。
「呑気なもんだな…。いや、それともいつもの豪胆が故にか…?」
豪胆?僕はノミの心臓だけど。
彼は疲れた様な長い溜め息を吐いた。疲労が溜まってるなら城に泊まるか提案しようとしたが、先にイーダに質問される。
「事故ってのは…まさか階段から落ちたとかじゃないんだろう?」
『はは、まさか違うよ。多分雷に撃たれたか何かで』
そういう事にしとこう。僕がこの世界に来たのはあのタイミングである筈だから。
「雷神龍か?近年は形を潜めていたが…」
『え?普通の落雷だよ』
呆気からんと言う僕に、イーダは顔を顰めた。イケメンはどんな顔してもイケメンだった。
『そのせいで髪も白くなっちゃったし』
前髪を摘み、光に透かす。雷のせいで体質変化でも起こしたのか伸びてくる髪も白い。若いうちから白髪なのが小さなコンプレックスになりつつある。
「……お前がそう言うなら、そう言う事にしておこう」
変な含みがある言い方だった。
「だが記憶は厄介だな。微力な魔力を流して治療してみるのも可能だが、失敗したら廃人になる。もしそんな事になったらブルクハルトが崩壊するだろうし、俺もお前の部下に命を狙われ続けるのは御免だ」
そんな物騒な事にはならないよ。よね?
『いや、僕の事はどうでも良いんだ。今回はメルに掛けられた呪いを解いて欲しいだけだよ』
「ふむ。その件だが、初めに言っておくが実は俺が解ける呪術は六式までが限界だ」
ろ、六式って何の事だろう。呪術にも色んな種類や形式があるって感じかな。
「ははは、心配するなアルバ。その為にジュークを連れて来た」
イーダの後ろの付き人が会釈する。
「彼は八式まで解呪出来る凄腕なんだ。大船に乗った気で居ろ」
燦然と輝く笑顔で説明してくれるけど、全然分からない。兎も角、メルの呪咀を解呪して貰えるなら僕は何でもする。
「…メルディンを呼んで参ります。近くの部屋へ待機させておりますので」
リリスが応接室を出た。
======
メルディンが合流してジュークに頬を見てもらう。禍々しい魔法陣を暫く吟味し、従者は「なるほど…」とポツリと零した。
「死に際に呪いを発動した事により、通常より何倍も強力な呪咀になって御座います」
ジュークの淡々とした説明を黙って聞く。僕の横で見守っていたイーダが真面目な顔で「見た所、第三式魔力封印だな。…他の術式も幾つか重ね掛けしてある。ジュークを連れて来て正解だったな」と呟く。
専門的な事は全く分からないけど、重要なのは解呪出来るか出来ないかだ。
「呪いと言うものは術者の生前より死後の方が力が強まります故、メルディン殿も抵抗出来なかったのでしょう」
『解けそうかい?』
「ええ、造作もなく」
即答し、彼の指先に光が灯る。
「呪咀術式は言わば絡み合った荊棘の先に開けたい扉がある様なもの。不用意に触れば怪我をしますが、自分のような者であれば解呪は容易い」
指先の光で呪印を照らした。魔法陣が浮き出てふわりと風が吹く。
「…簡単だと言っただろう?」
イーダが目を細めて僕に声を掛けた。ジュークの集中を乱したくないのか、少し声を抑えている。
「普通は荊棘を掻い潜りながら罠を避けて魔力封印と破邪封呪、その他の術式を解くなんて不可能だ。この俺でも多少てこずる」
何だか理解は出来ないけど、凄く大変な事をしてくれてるって事だけは伝わった。
「彼は天才なのさ」
『…』
ジュークに賛辞を贈る彼は、機嫌良さそうに笑う。自分の部下を誇らしく思う気持ちは痛い程分かった。
気付けば光は消えていて、メルディンの頬に描かれた呪印も無くなっていた。
「終わりました」
「嗚呼、ご苦労だった」
解呪が終わったと知った僕はメルに駆け寄り、不調がないか確認する。腰を落として頬や身体を触っていると、メルが恥ずかしそうに「アルバ様…もう、だ、大丈夫、です!…魔力も使えるです」と慌てた。
『そっか。良かった…』
胸を撫で下ろす。安心して力が抜け、ヨロヨロとソファに座った。リリスが心配そうにして気遣ってくれる。
「と、所で…アルバ様、僕の…罰は…いつ頂け…ます?」
罰って何のこっちゃ。横目でメルを見ると、裾を握って思い詰めた表情をしている。
「僕の…手落ちで、…こいつらを国へ…招く事になった、ので…。僕のせいで…支払う報酬も、多大に…。せめて何か罰を…与えて、頂ければ」
メルはあまりイーダ達を好ましく思っていないのか。居た堪れない様子の彼へ向けてニコリと笑う。
『メルは気にしなくて良いんだよ』
「しかし…」
うーん、ダメか。
『メル、あの夜僕が言った事を覚えているかい?』
「は、はい!勿論です!」
ダチュラの洞窟の帰り道僕は彼に、これは僕の掌の上なんだぜ、的な事を言った筈だ。
メルがこの言葉を覚えているなら『そう言う事さ』と曖昧にしておけばオッケー。
凄く卑怯なやり方だと思うけど、他に手段が浮かばない。罰を与えないとずっと気にし続けてしまうだろうし、そもそも助けに来てくれたメルを罰するなんて僕には出来ない。
「……それにしても、アルバ。お前の変化には本当に驚かされる」
ソファに腰を下ろしたイーダが染み染みと語り出した。ルトワの紅茶の香りが応接室に充満する。
「部下を励ます方法なんて、いつ覚えたんだ?失敗を精算させる方法なんて極刑か自害させるくらいしか知らないと思っていたが」
『あはは、酷い言われようだなぁ』
メルのふわふわの頭をポンポンしながら、密かに冷や汗を流す。
イーダの話を聞いているとアルバくんの暴君ぶりが半端無い。しかしそれは今や僕の過去みたいな感覚なので、凄まじい黒歴史を暴露されているこの羞恥心に耐えられない。(アルバくんってやっぱりおっかないなぁ)
『ともあれ、本当に有り難う』
「いいさ。此方も報酬に納得して来た訳だしな」
『そうだ、泊まって行くかい?』
すっかり言いそびれていた。
「いや、遠慮しておこう。すぐ戻らねばならない。また次の機会に誘ってくれるなら、その時はお邪魔するよ」
笑みを浮かべたイーダは立ち上がって、ジュークから外套を受け取る。お暇の流れかな。本当に忙しい人なんだ。
「じゃぁ、また7日後にな」
『うん?』
意外と早く再会しそうだ。なんで?
はっきりとしない返事にイーダが眉を歪め「魔王会議だろ?また忘れてたなんて言わないよな」と聞き慣れない単語を口にする。
『魔王会議?』
忘れるも何も、初耳だ。
「今年はちゃんと来いよ?今度すっぽかしたら【不滅】が殴り込んで来るぞ」
【不滅】?確かユーリが言っていた他の魔王の通り名だっけ。いや、ちょっと待ってくれ。
『…イーダ……君、まさか』
「どうした?」
不思議そうに僕を覗き込む。そのエメラルド色の瞳に僕が入り込んでいた。とても引き攣った表情で。
『君って…』
「……?何を今更。イグダシュナイゼル・メディオ・L・バルトロメイだが」
つまりバルトロメイを言い換えるとメビウス。
その名前は正しく本で読んだ記憶があるメビウス聖王国の魔王の名前じゃないかああぁあ!!
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