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五章 魔道具編
68話 打ち上げ
しおりを挟む西街にある酒場で、僕は待ち合わせの人物を待っていた。ガヤガヤした店内は見る限り魔族より人族が多く、活気に溢れている。入り乱れる客の間を縫う様にして、店員さんが料理を運んでいた。
出入り口付近に、待っていた人物を見付けて此方が分かる様に手を振る。
「お待たせしましたシロさん」
「ごめんなさいシロ、」
『時間はまだだから謝らなくても良いのに』
僕が再度入り口の方を見た時丁度、ジェニーが入って来た。
『ジェニー、こっちだよ!』
彼女に分かる様に立ち上がって声を掛ける。
「待たせてしまったか?」
『皆今来た所さ。ジェニー、魔道具が出来たって本当かい!?』
「勿論だ、今日渡そうと持って来ている」
僕は心が弾む思いでそわそわした。円型のテーブルで、向かい合う様に腰を下ろす。右がレティ、左がジェニー、向かい側にアナの位置だ。
「レティが迷子になっても大丈夫な様に、早くホテルを出て正解でした」
困った様に微笑むアナの様子だと、レティはまた何処かで逸れてしまった様だ。2人で同じ場所を目指しているのに、逸れて迷うとは彼女の方向音痴は重症らしい。
「アナの方が居なくなってしまったのよ。私は真っ直ぐ西街を目指していたもの」
「レティが目指していたのは城がある方ですよ。私が見付けて止めなければ、どうなっていたか」
『ははは…再会できた様で良かったよ』
メニューを眺めながら言い合う彼女達を前に頬を掻いた。
『ジェニーは何を飲むんだい?』
「エールだな」
「エール4つで良いかしら?」
レティは慣れた様子で注文する品を確認するが、ちょっと待ってね。
『ご、ごめん!僕はお酒は飲めないんだ。果実水か…お茶にするよ』
「シロさんお酒ダメなんですか?」
『ダメ、と言うか…酒癖が相当悪いみたいで、同伴者に迷惑を掛けるから人前では飲まない様にしてるんだ』
そのお陰で国を一つ属国にしてしまったなど、口が裂けても言えないなぁ。冒険者のパーティーでよく飲みに行く事が多い為か、習慣の様に代表したレティが店員さんに注文を伝えてくれる。
「それにしても、シロ?貴方いつもその格好なの?」
『え?』
言われて確認すると、ローブの隙間から僕の普段着が見えていた。ギリシャ風の鎖骨から鳩尾辺りまでV字に露わになった服だ。細かい刺繍が袖にあるけど、そこまでは見えない。
「イリババ山でも似た様な服を着ていたと思うけど、破廉恥よ…」
ローブを着ていたから目立たないと思っていたけど、途中ジェニーにローブを被せたりした為か、レティの記憶にはバッチリ残っているらしい。眉間に皺を寄せてジト目で睨まれている。
『あはは、ごめんね?この服、だらしなく見えるけど凄く楽でさ』
「見た所、高価な生地が使われていますね」
『え?そう、かな?』
アナの何気ない一言にヒヤリとした。何となくローブで服を隠してしまう。
今、彼女達に僕が魔王だと伝えても怖がられる事はないと思うけど、冒険者ギルドでアルバイトしてた事とか、僕が魔力が使えない事とか、この国大丈夫なの?って事になり兼ねない。
不安を抱かせるのも如何かと思うし、魔王と言う肩書き無しで親切にしてくれる彼女達に真実を伝える事を臆病な心が怖がっていた。
飲み物が先に運ばれて来て、皆でジョッキ(僕はお茶)を持つ。
「鉱石も無事手に入れたし、名指しクエスト完遂、冒険者4人の救出、それらを祝って!乾杯!」
「「『乾杯!』」」
ジョッキ同士をぶつけ合った。こう言うの良いなぁ。
いつか、僕も冒険者をしてパーティーで狩りに行って、スライムとかを倒して皆で酒場に繰り出したりしたい。命を預け合うパーティーの絆を深める、もしくは労う為の飲み会で気兼ね無くお酒を飲みたいなぁ。
僕はジョッキに入れられたお茶をちびりと飲んだだけだったが、レティとアナ、ジェニーはジョッキを空にして追加を注文していた。
「えへへ…シロの服カッコイイよぉ」
『さっき破廉恥って言われたような…』
「レティ、シロさんが居て嬉しいからって飲み過ぎですよ」
「嬉しい…シロと一緒で嬉しい」
そう思うアナはレティの2倍くらい飲んでる。顔色は全く変わっていない。彼女が今、ジュースの様に干しているのはエールより度数の高いエイムと言うお酒。匂いは完全にウォッカだ。
レティは真っ赤で机に突っ伏しニヤニヤと上機嫌で此方を見ている。ジェニーは黙々とエールを舐めていたが、目はトロンとしている。
お酒が入ったレティは可愛らしい。でもそう言う事はあまり言わない方が良いと思うなぁ。勘違いする男もきっと居ると思うから。
「はいはいレティ。お酒は止めて、お水を飲んで下さいね」
「やらよぉ、まだ飲む」
とうとう呂律も回らなくなってきている。アナに拐われたエール入りのジョッキを頼り無く追い掛けていた。
「ジェニーロさんは、お水にしますか?」
唐揚げを食べていたジェニーは、ふるふると首を振る。
「ワタシは大丈夫だ。酔ってなんかない。そもそもワタシは酒豪ドワーフの血が半分は流れている訳だし、エールなどで酔ったりしない。胃が焼けると言われるエイムを水の様に飲むアナスタシア嬢程じゃないが、アルコールに耐性は付いている。ブルクハルトで作られた酒は格別に美味いしな。残すなど勿体無い。寧ろ追加を頼みたい。レティシア嬢は大丈夫か?」
いつもより饒舌だ。ほろ酔い…いや、多分酔ってるね。
「ジェニー、私はらいじょうぶよ!エールをもっと貰えたらもっとらいじょうぶな気がするわ…一緒にアナをセットクしましょう」
「了解した。アナスタシア嬢、本人がこう言ってる事だ。ここは好きなだけ飲ませてやろう。なに、他の客に絡もうが、泣こうが笑おうが、吐こうが、例え脱いだって構わない。此処は自由の国ブルクハルトだ。飲みの席での無礼は全て許して貰えるぞ」
絡むのも脱ぐのもダメだ。僕はそんな自由過ぎる国にした覚えは無い。
「いいえ、ダメです。連れて帰るのは私なのですよ?」
「此処からワタシの家は近い。なんだったら泊めてやるが」
「…良いのですか、ジェニーロさん?それは此方としてはとても助かります!」
「少し狭いかもしれないが、川の字で寝るぞ。子供の頃からしてみたかったんだ」
楽しそうにジェニーが言って、女性陣は彼女の家へのお泊まりが決まった。
「シロはぁ?」
猫の様に僕の腕に頬を寄せるレティにドキリとする。その角度からの上目遣いはズルいと思うんだ。
『僕は歩いて帰るよ。ちょっと遠いけど、夜風に当たりながら散歩するの好きだし』
「シロも泊まって行けば良いのにぃ…」
『それは流石にね。僕はお酒飲んで無いし、大丈夫だよ。可愛い女の子が3人も居る家に泊まるなんて、僕は一睡も出来ない気がする』
僕だって男だからね。
「アナ聞いた?聞いてた!?可愛いって言われたわ!」
「はいはい、聞いてましたよ。良かったですねレティ」
興奮した様子でテーブルを叩くレティを、アナは軽くあしらった。上品に料理を食べながら、酒は豪快に呷っている。
「お水お願いしたのになかなか来ませんね…忙しい時に申し訳無かったです」
それは多分、アナが追加で頼んだエイムの量が半端ないからだと思うよ。
『レティ、僕が口を付けてても良ければお茶飲むかい?まだ冷えてるよ』
「飲む!」
ピンと背筋を伸ばしたレティに僕のジョッキを寄せる。彼女は何処か緊張した面持ちで、恐る恐るお茶を飲んでいた。
すると、ジェニーが工具が入ったポシェットから手帳を出して何かを書く。
『ジェニー?それ、何だい?』
「ワタシは本業の合間に本を書いていてな。最近出した本の売れ行きが好調で、出版している業者から続刊を出したいと頼まれたのだ。日常生活で転がっている些細な事も、執筆に繋がりそうな物はメモをする様にしている」
彼女は直ぐに手帳をしまった。
『へぇ!凄いね!ジェニーが書くものって…どんなの?本は僕も結構読むんだ』
「…ワタシが書くものはとても複雑だ。シロには難しいと思う」
『う、確かに物作りに関する専門書とかは読めないかもなぁ…』
魔道具に関してなら読むと思うけど、魔石や鉱石の仕組みや回路、記述式呪文の専門的な知識を要する本は自信がない。
以前コーヒーを溢して彼女が叫び声を上げたのはそう言う事かな?大事な原稿を汚してしまって、つい絶叫マシーンに乗った時みたいな声が出たのかも。あの時は慌てて隠していたけど、酔ったジェニーは何でも赤裸々に語ってくれる。
『じゃぁ、今後の為にペンネームだけでも』
「知りたいか?」
『ジェニーが書く本には興味があるからね。勿論だよ』
「そうだな…全て手帳の中に書かれている」
僕を挑発する様に、彼女は口角を持ち上げた。しまっていた手帳を僕の目前に突き出したかと思うと、それをツナギのチャックを胸まで下ろして谷間に挟む。
「どうだ?君に取れるかな?」
『取って良いと言われれば喜んで』
僕も男だからね。(2回目)
ジェニーは「ほぉ」と呟いて、手帳を更に奥に埋めてしまう。あんまり見てるのも不躾な気がしてきた。(目の毒だね)
「そら、今ワタシの腹の辺りにあるぞ。チャックを下ろして取るか?」
『…はぁ、憲兵を呼ばれたくないから諦めるよ』
「憲兵など呼ぶ気は無かったが…。意気地の無い奴だ。剥いてさっさと取ってしまえば良いものを」
冗談なのか本気なのか分からない声色で、ジェニーは他人事の様に言う。ジェニー、よく考えてくれ。
飲み物の追加が来て、アナは目を輝かせる。酒豪ってこう言う人を差すんだね。
「ほらレティ?お水が来ましたよ」
「おちゃがあるからいい」
「これはシロさんのお茶でしょう?彼が飲む物が…」
「じゃぁ、わらしのおみずをあげるわね」
ニコニコとグラスを渡されて、僕はお礼を言う。グラスに汗を掻いた冷えた水を飲んで、ポテトを摘んだ。指に付いた塩を舐めているとジェニーと目が合う。
『えっと、ごめんね行儀が』
「……ワタシも少し酔ってしまった気がスルナー。シロの水を貰ってもイイダロウカ?」
何故片言なんだ。目が泳ぐ彼女に違和感があったが、断る理由も無い。
『良いよ。溢さない様にね』
「スマナイナ」
酔ってるなぁ。生まれたての子猫みたいに動きがぎこちない。暫くグラスを持って固まっていたジェニーは、赤い顔で水をちびちび舐めていた。
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