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五章 魔道具編
60話 借金
しおりを挟む翌日は雨が降った。王都の街を濡らして、人々の足取りは自然と忙しくなる。真っ黒い雲に覆われた低い空の切れ間に、雷光が走った。
魔道具屋の店主、ジェニーロはその様子をカウンターで頬杖を突きながらぼんやりと眺めている。(今日は流石に来ないか…)
チリン、と扉の鈴が鳴る。其方に顔を向けたジェニーロは露骨に嫌な顔をした。
「おーおー、今日も閑古鳥が鳴いてるなぁ」
「本当ですねドラコさん!」
「まぁ、混血が作った得体の知れない魔道具なんて誰も買わないか」
「全くですねドラコさん!」
靴の泥も落とさずに、店内に入って来た2人の男達。1人は長身の男で長髪を後ろに結えた、名をドラコと言う。もう1人は背の低い小太りな男、フレーバー。
彼らの外套から雨水が落ちる。ドラコがフレーバーに外套を預けたかと思うと、小太りな男は商品があるのもお構い無しにバサバサと水滴を飛ばした。
顔を顰めたジェニーロは、不機嫌そうに「何しに来た」と告げる。
「随分なご挨拶じゃないか、ジェニーロ。まぁ、店の物は売れてる様には見えないし、当たり前か?」
カウンターに身を預けた長身の男は、侮蔑を込めた瞳で彼女を見下した。
「……まだ次の支払いまで時間があった筈だが?」
ドラコは所謂金貸しだ。しかも利子が高く、取り立ても厳しく闇金融に違い。
ジェニーロの母が彼のカンパニーからお金を借りた友人の連帯保証人になってしまったのが間違いだった。友人は夜逃げして姿を晦まし、残ったのは後悔と高額な借金だけ。割高な利子を支払う為に、払っても払っても終わらない。厳しい取り立てに、彼女の両親は心を病み、過労でこの世を去っていた。
親の仇とも同義のこの男との腐れ縁は、借金を全額支払い終わるまで続くと言う事に、ジェニーロは唾を吐きたい気持ちだった。
「それがな?親父が急に金を集めろって言い出して、売れない店は畳ませて女娘は娼館に売るとよ」
下卑た笑いを隠しもせず「君も、その方が今より稼げるだろ」と彼女を値踏みする。礼儀正しさが欠如した視線に彼女は嫌悪した。
「次の納期までに全額返済出来なかったら、店は差し押さえで君は身売りだ」
「全額だと?」
「本当は俺もこんな事したくないんだ。ジェニーロ、君は混血だが容姿は申し分無い。もし、君が俺の物になると言うなら、親父に口を聞いてやるし娼館になんて」
「……何度も言っている、それは絶対に無い」
「フン、勝手にしろ」
ドラコはフレーバーから外套を引ったくり、店から出て行く。残されたフレーバーはジェニーロを振り返り、嘲笑を浮かべた。
「穢れた血の身で、ドラコさんの申し出を断るなんて、身の程を弁えろ。また来るぜ」
手近にあった商品を窓へ向けて放る。派手な音を立てて窓ガラスが割れ、店内に散らばった。
商品に駆け寄ったジェニーロが文句を言おうと顔を上げた時には、男達の姿は無くなっている。静寂に包まれる店内に泥の匂いが漂い、雨の音が激しく聞こえた。
「……魔族が」
『お邪魔しまーす』
「あぁ〝あああ〝ッ!!」
前日の土砂降りとは正反対の明るい晴天の日差しの下、僕が魔道具屋を訪れるとカウンターの奥からジェニーのけたたましい叫び声がした。あの、冷静な彼女からは想像出来ない声に、何事かとカウンターを飛び越えて奥へ走る。
『ジェニー!?どうしたんだい!?』
強盗か、泥棒か。兎に角彼女の身に何かあったに違いない。
「な、シロか!?」
『何処に居るの!?』
奥の扉からジェニーの焦った様な声がする。事態は一刻を争うようだ。声がした扉を勢い良く開け放つ。
「ば、馬鹿…!勝手に入って来る奴があるか!」
『あれ?』
暑かったのか、いつものツナギを腰までしか上げていない彼女は上半身下着姿だった。(フリル付きのピンクかぁ…)焦る彼女は可愛らしい下着を隠すのではなく、机の上に散乱した用紙を必死に隠そうとしている。
夢中で駆け付けた部屋は彼女の自室らしく、机とベッド、分厚い書物が並ぶ本棚が置かれていた。机の周りは本や積み上げられた紙に埋もれていて、ジェニーは整理整頓が出来るタイプじゃなさそうだ。
机に黒い液体が広がっていて、子供っぽいマグカップがカーペットに転がっている。コーヒーの香りが鼻を擽った。(うん、無事で良かった)
更に彼女の趣味なのか、小物が一々可愛いらしい。ベッドに縫いぐるみも多く飾られていて微笑ましく感じる。
『えっと…可愛い部屋だね』
「出て行けッ!!」
凄い剣幕で怒鳴られたけど、引っ叩かれたりしなかった。僕はカウンターのお客さん用の椅子に座り、大人しくジェニーを待っていた。
何故か窓に厚紙が貼られている。此間来た時はこんな物無かったけどな。誤って割ってしまったのだろうか。
暫くするとツナギ姿にマフラーをしたいつもの格好の彼女が仏頂面で店頭に出て来る。
『ご、ごめんね?わざとじゃなくて、凄い声がしたから強盗かなと思ってさ』
「……見たか?」
『え?見えたけど』
(ど、どれの事?)可愛い下着か、散らかった机か、少女趣味の部屋か。
「良いか?忘れるんだシロ」
有無言わさない雰囲気に慄き、全力で首を上下に振った。
「まぁ…不測の事態に声を荒げてしまったワタシにも非はある。今回の不法侵入は無かった事にしてやろう」
『あはは、有り難う』
下着姿を見てしまった事はお咎め無しだと言う事に安堵する。
「それで、今日は魔道具を見に来たのか?」
『うん、出来ればジェニーに色々教えて欲しい』
何たって僕はど素人だ。魔道具の知識や発動条件もよく分かってない。
ジェニーは頷いて、ガラスケースの前に移動した。
「此処で扱ってるのはワタシが作った物が多い。それでも良いのか?」
『うん、勿論だよ』
彼女は僕の答えを聞くと「そ、そうか…」とドキマギしてる。
僕はガラスケースの端から魔道具の説明を受けた。
【火球】を打つ事が出来るブレスレットや、魔力枯渇に陥らないピアス、【水弾】を放つ指輪。毒の侵攻を緩やかにする髪飾り、麻痺を無効化するネックレスなど、種類は様々だ。
ここで僕に素朴な疑問が生まれる。
『…ジェニー、とても言い難いのだけど、魔道具と魔法アイテムの違いって何だい?』
「シロ、君は何処か田舎から出て来たのか?」
少し呆れながら、彼女は詳しく解説してくれた。
簡単に纏めると、魔法アイテムは生活を便利にするアイテムで、魔導師や錬金術師が作る。
魔道具は魔力を使わずに魔法を使役出来る、古代から伝わる道具だそうだ。主に鍛治職人や手先の器用なドワーフが作るらしい。
『なるほど、』
「…!、シロ、これを何処で手に入れたんだ!?」
僕の3本の指に嵌った指輪に、彼女の桃色の瞳が向けられていた。そのまま食い入る様に見詰め、僕の指に嵌ったままグイ、と引かれる。光に翳したり、ルーペみたいな拡大鏡を覗いて真剣な顔のジェニーを静かに見守った。
「凄いな…これは素晴らしい…正規の古代の魔道具だ。記述を読むに、恐らく強大な魔法が込められていた筈」
『古代の魔道具?』
興味深そうに唸る彼女は、今までに無く目をキラキラ輝かせている。
古代の魔道具は今は失われた魔法が秘められている事が多く、その威力は計り知れないらしい。(確かに、凄かったなぁ)そんな魔道具は入手も困難で、巷に出回る事はほぼ無い。
「…どうやって手に入れたんだ?」
城の物置にあったなんて、少し言い辛い。あれ、ちょっと待って。それなら僕は、そんな大切な魔道具を勝手に使ってしまったと言う事?
『…この魔道具って、とっても希少な物だったりする?』
「愚問だ。希少どころか、国宝級の価値があるかもしれない」
彼女の鋭利な言葉に、僕はトドメを刺された気分だった。胃がキリキリ痛む。アクロバティックな土下座でもすれば、リリス達は許してくれるだろうか。
『ジェニー、これを元通りに使える状態にする事って出来るかい?』
「魔道具の多くは使い捨てなんだ。しかし、古代の魔道具となると…もしかしたら。…少しの間預かって、詳しく調べても良いか?」
僕は頷いて指から指輪を外して、彼女の方に置いた。
「ワタシが盗るとは思わないのか?借金の形に売り払う気かも知れない。魔道具として機能しなくてもこの指輪の価値は計り知れないぞ?」
『僕はジェニーを信じてるし、盗るつもりならそんな事聞かないでしょう?』
それを聞いた彼女は口角を上げて見せる。マフラーの手が指輪を攫っていった。
「まったく、チョコレートの様に甘い男だな君は」
『あ、食べてくれた?』
僕の王都でオススメのチョコレート。気に入ってくれたなら嬉しいな。僕は彼女へニコニコと微笑んだ。
「忠告するが、あまり他人を信用するな」
『それよりジェニー、借金があるの?』
「人の話を聞け」
やれやれ、と頭を振るジェニーは何故だか疲れた様子だ。
「ワタシの母は騙されやすいお人好しでね。多額の借金を背負わされて死んでしまったよ」
『…そうなんだね』
「窓を見ただろう?昨日取り立て屋が来てな。……シロの買い物と指輪の調査が終わったら、店を畳もうと思う」
『え!?』
憂を含んだ表情で遠くを見ていた彼女は、僕と目が合うと明るく笑って見せる。
「ブルクハルトはまだ人族が少ない。彼らを客層に商売を始めるには些か早かった様だ」
『で、でもこれからもっと増えると思うし!』
「分かってはいるが…ワタシには時間が無い。次の納期で全額返済出来なければ身売りを強要されるんだ。はは、そんなのゴメンだからな。ユニオール大陸にでも逃げ出して…」
『ジェニー!』
僕は真剣な顔で彼女を真っ直ぐ見詰めた。桃色の瞳が僕を映す。
『頼むよ、僕の為に何処にも行かないで欲しい』
「し、シロ!?それは…」
『僕も出来る事は協力するし、僕には君が必要なんだ。勝手は承知の上だけど、ずっと側に居て欲しい…』
「は、…うぅ…そんな事を真面目な顔して言うな…っ此方にも心の準備と言うものがだな…」
『どうか、店を閉めないで下さい』
「……」
顔を真っ赤にしてモジモジしていたジェニーが、ピタリと動きを止めた。僕は何か悪い事を言ってしまっただろうか?凄い睨まれてる。
「…この、… ッ、魔族め」
『ご、ごめん…?』
辛うじて聞こえた悪態に、つい謝ってしまった。
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