冷酷無慈悲で有名な魔王になってしまったけど、優しい王様を目指すので平穏に過ごさせて下さい

柚木

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四章 アルバイト編

58話 記憶

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 夜明け前、城に戻ったアルバの姿にリリアス達は絶句した。(、無理も無い)服は血塗れで、目から頬に流れた血の跡は痛々しいものだった。更に左手の親指が無い。

 直ぐ様シャルルが呼ばれて治癒魔法を掛けられた。メルディンの呪印は専門家を国外から呼ぶ事になり、一先ずそのままだ。
 巻角の少年は特に気にした様子も無く了承した。

 倒れてしまったクレアの治療を終えたシャルルが、客室用の部屋から出てくる。扉の前で待っていたアルバは酷く心配そうだ。

『シャル、どう?』

「…熱も下がりましたし、擦り傷などの傷は全て癒えてますが、その…」

『うん?』

「1度気が付いたのですが、取り乱してて。よっぽど怖い思いをしたのか、幻覚まで…」

『…そう、か』

 アルバは部屋に入れるかシャルルに問い掛ける。

「眠らせてしまいましたが、それでも宜しければ…」

 扉を開けて部屋に入り、寝室のベッドを見るとクレアが眠っていた。どうやら夢の中まで悪夢を見ている様だ。
 アルバは大きなベッドの端に腰掛け、魘されているクレアの額に張り付いた前髪を梳いた。

「精神強化などは一時的なものですし、こればっかりは私には…」

 アルバに追従したシャルルは自らの非力さに沈んだ顔をしている。主人に彼女を頼むと言われたのに、傷の治癒しか出来なかった彼女は力不足を感じている様だった。

『…有り難うシャル、』

 クレアの様子を見ているアルバの表情は、シャルルには見えない。

「ぅ…はぁ、はぁ…」

 何かが追い掛けてくるのか、襲い掛かって来るのか、クレアは眉を歪めて荒い息を吐いていた。時々譫言の様に誰かを呼んでいる。

『……』

「お兄様?」

 黙り込んでいるアルバに、シャルルが首を傾げた。

『……、シャル、記憶操作は可能かい?』

「は、はい…。凡そは、大丈夫ですが…」

『彼女の昨夜の記憶と、僕に関する記憶を消して欲しい』

 再び此方を見たアルバは穏やかに微笑んでいる。少し寂しそうで、哀愁が漂っていた。

「そ、それは…」

『こんな事で、今後のクレア先輩の人生を狂わす訳にはいかないし、悪夢はきっと僕の痛々しい姿を見たからだ。苦しむより、全部忘れてしまった方が良い』

 森でのバーゲストの騒動にも動じなかったクレアが、心を病むとはよっぽどの事だ。

『1度魔法を掛けたら、記憶が戻る危険はある?』

「…人によりますが、私の魔法との相性や、抵抗レジストされる事も偶にありますが…しかし、一般人ではまず無いかと」

 抵抗されるのは魔法防御が高い者や、精神力が強い者。魔術団筆頭のシャルルの魔法に抗うなど簡単な事ではない。

「お兄様は、それで宜しいのですか?」

『…ギルドの仕事を教えて貰って凄く助かったし、クレア先輩のお陰で毎日楽しかったけど、それは僕が覚えていれば充分さ』

 困った顔で笑う主人に、シャルルは胸が締め付けられた。

「……、お兄様の、望まれるがままに」

 胸に手を当て深く頭を下げた彼女に、アルバは覇気のない声で返事をする。魘されているクレアの頬に手をやり、優しい声で語り掛けた。

『…全部悪い夢だよ。ただの夢だ。…次に目覚めた時、君は大丈夫。きっとね』

 涙の跡が残る頬を指でなぞり、頭を撫でていると魘されていたクレアの表情が次第に和らぐ。

「…、 ロさ ん…」

 安心した様に寝息を立て始めた彼女を、名残惜しむ様に髪を撫でた。






 クレアは夢を見た。温かく眩しい日差しに包まれて、故郷の町アンジェリカで皆に祝福を受ける。

 白い花弁が舞っていて、クレアは憧れの純白のドレスを着ていた。

「ーーさん!」

 満面の笑みで彼を呼ぶ。

 此方を振り向いた彼の顔は確かにそこにあるのにハッキリと見えなかった。

 彼女と同じく白色のタキシードを着ていて、その姿に胸が高鳴る。

 これから彼とずっと一緒にいるのだから、徐々に慣れていかなくては。

「ーーさん、あたし凄く幸せです!」

 腕を取って、頬を染めながら嘘偽りない素直な言葉を贈る。

 顔の見えない彼は、それでもニッコリと微笑んでいるのは分かった。

『今まで本当に有り難う、クレア先輩』






































 冒険者ギルドはその日も沢山の人で賑わっていた。

 対応に追われるギルド職員は忙しく動き回り、目が回る様な忙しさだ。

 白髪の眼鏡の青年は魔術師の様なローブを着て、深くフードを被っていた。彼が受付に並んで視界を拡げようとフードを少し上げた時、ギルドマスターのハイジが彼に気付き声を掛ける。

「よぉ、シロ!また働きたくなったかぁ?」

『あはは、ハイジさん、今日も忙しそうですね』

 ハイジが手招きするので、アルバは真横のカウンターに抜け出た。彼の短期アルバイトは既に終了しており、その際多くの職員が泣いてしまい大変だったと言う。

『お酒が入ってないのは珍しいです』

「おうよ、ちゃんと作業手伝ってんのも珍しいんだぜ」

 それはどうかと思った。

「ちょっとハイジさん!?何サボってるんですか?」

 ハイジの背後で咎める様な声がする。振り向くと其処には眼鏡を掛けた女性が彼を睨んでいた。

「サボってねぇよ…知り合いが居たから話してただけだぜ」

「もう、程々にして下さいね!」

 彼女も忙しいのか書類を持って足早に立ち去る。彼女はギルドマスターの新しい秘書らしい。元秘書のカレンがダチュラの一員だった事は、憤慨したリリアスが直ぐ様公言した事により瞬く間に知れた。
 冒険者組合にも何やら文句を言ったらしく、後日責任者から長々とした謝罪文が窘められた手紙が城に届いた。

 新しい秘書を見るに、テキパキした芯の強い女性の様だ。カレンが何も言わず仕事を熟し好き放題させて貰っていたハイジは、一転してギルドマスターとして本来在るべき姿へ改心させられている最中なのかもしれない。

「こっちは何とかやってるぜ。まさか身内にダチュラの構成員が居たなんてな…。目を付けられるとは不運だったな」

『はは…まぁ』

 アルバは、グレンとラークと共にダチュラに拉致された事にしていた。
 街では王陛下がダチュラの思惑に気付き五天王を派遣し掃討したと専らの噂で、ゴブリンの洞窟は現在、立ち入り禁止になって騎士が調査している。

 拉致の経緯はラークに辻褄を合わせて貰ったが、謹慎中に人事異動がありあまり気にする必要も無くなった。

「見抜けなくて悪かった」

『いえ、そんな』

 険しい顔で謝られ、アルバはいつもの調子で笑う。

 その時、ファイルを抱えたギルド職員の女の子がアルバの後ろを通り過ぎようとした。アルバは彼女を目で追ってしまい不意に視線が交差する。
 それは彼女も同じだったのか、気を取られた彼女は抱えていた山積みのファイルを落としてしまった。

『ぁ……』

「うわ、やっちゃった!」

 バサバサと嵩張る書類が一部はみ出て散らばってしまい、アルバはしゃがんで拾うのを手伝う。ギルド職員の女の子も慌てて拾い始めた。

「あはは、すみません…」

 申し訳無さそうに謝罪を言って、ファイルを手元に重ねる。

「何やってんだちびっ子」

「う、…じゃぁハイジさん手伝って下さいよぉ!」

「俺は忙しいんだ」

「そんな事言って!さっきまでこの方と世間話してた癖に!」

 カウンター越しの上司に野次を飛ばす彼女は、集められたファイルをアルバから受け取った。

「有り難う御座います!」

『うん、此方こそ』

 アルバの言葉に少女は不思議そうに首を傾げたが、彼は曖昧に微笑む。頭を下げた彼女は忙しそうに2階へ駆けて行った。

 アルバはそれを見送り、ハイジへ挨拶をする。

『短い間でしたが、お世話になりました』

「なんだ、もう帰るのか?」

『はい。知りたい事は、概ね確認出来たので』

「いつでも戻って来いよ、短期でもまた雇ってやるぜ。今度は永久就職でも良いがな」

 歯を見せて笑ったハイジはひらひらと手を振った。













 冒険者ギルドを出たアルバは、認識阻害の魔法が掛かった眼鏡を掛けたシャルルと合流する。

「お兄様、如何でしたか?」

『うん、元気そうだった。すっかり忘れてるね』

 彼女の魔法の効果を称賛しつつも、アルバの笑顔には何処か陰があった。

 大通りの雑踏に混じって、司書の様な格好のシャルルと言葉を交わす。

「良かったのですか?」

『え?何で?』

「お兄様が酷く寂しそうに見えるので…」

『はは、そうだね。忘れられるって寂しいよ』

 フードを脱いだ彼が、穏やかに言った。

『…まぁ、でも僕が望んだ事だしね。彼女には、幸せになって欲しい』

 複雑な表情で話を聞くシャルルは、此処まで彼に大事にされるギルド職員の彼女に少なからず嫉妬し、同時に同情する。(きっと、彼女はーー…)

『また僕と知り合って、記憶が戻ったら如何して良いのか分からないし』

「……そうですね…」

 曖昧に笑ったシャルルが返事をして主人を見ると、彼は足を止めてある店を見詰めていた。

 外観がお洒落で、出窓には観葉植物が置かれた綺麗な店だ。主人のその目は何処か遠くを見ている様で、彼女は「お兄様?」と顔を覗き込む。

『……シャル、時間あるかい?パンケーキが人気の、デザートが美味しい店を知ってるんだ』

「…ふふっ、勿論お供しますよ、お兄様」

 2人はその喫茶店に向けて歩き出した。

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