冷酷無慈悲で有名な魔王になってしまったけど、優しい王様を目指すので平穏に過ごさせて下さい

柚木

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四章 アルバイト編

50話 居酒屋

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ブルクハルト王国、王都商業地区冒険者ギルドの向かいにある酒場は真夜中にも関わらず今日も多くの賑わいを見せていた。
 顔が赤い幾人の冒険者達が、互いの冒険譚、武勇伝に花を咲かせ気持ち良く酒に酔っている。鼻を劈くアルコールの匂い、陽気な店内は酒を飲んでいなくても楽しくなってしまう様な賑やかな雰囲気だ。

 そんな中で呷ったエールのジョッキを乱暴にテーブルに叩き付ける2人組の男が居た。

「ったくよぉ、」

「ふざけてるよな全く」

 追加のエールを注文して、顔を真っ赤にした2人の男は先程から口々に文句を言い合っている。

 1人は金髪の男で以前よりも些かやつれており、もう1人は赤毛の男で、骨折した鼻を整復し内固定する為、穴にガーゼを詰めてテープが貼られ痛々しいものだった。頬は酷く腫れて薬草を煎じたガーゼが当てられているが、腹が煮えているからかちっとも痛みが収まらない。

「なんで俺たちがこんな目に遭わなきゃなんねーんだ!」

「本当だぜ…ったく、あのイケすかない眼鏡野郎のせいで…いてて、」

「大丈夫かよ?」

「嗚呼、口の中切れちまっててな」

 互いの苦労を慰る様に肩を叩き合う。ラークとグレンは謹慎中に連絡を取り合い、慰労会を兼ねた愚痴会を開催していた。

「あの女冒険者覚えてろよ…、お陰でこっちはエールも味わって飲めねぇんだ」

 頬を抑えて優しく摩るグレンは、忌々しい変わった髪色の冒険者を思い出す。

「ハイジさんも奴にちょっと甘いんじゃねーか?」

「ちょっとじゃねーよ。だって馴染みの紹介だろ?」

「あんの、眼鏡野郎…」

 思い出すと沸沸と怒りが湧いて来る。仕事が出来るからとチヤホヤされて、更には花形のギルド受付だと?2人にとっては全く面白くない話だ。

「クレアちゃんにシルビアさん、他の子だって明らかに奴を気にしてるんだぜ?俺シルビアさんの事好きだったのによぉ…」

「最近はカレンさんだってアイツを見る目がトロンとしてやがったぜ」

「まじかよ、あの眼鏡、【魅了チャーム】でも使ってるんじゃねーか?」

 注文していたエールが来て、ひったくる様にグラスを掴む。明日の仕事も無いのだ。飲まないとやってられない。

「こないだ先輩が、ふざけてアイツの尻触ってやがったからな」

「何で俺達より可愛がられてやがんだ!納得いかねぇ」

「ただのバイトなのによぉ」

 何杯目のエールか忘れる程に、彼らの飲むペースは変わらなかった。目が据わって顔が赤いが、意識ははっきりしている。

「多少出来る新人に興味があるだけだと思いたいがな…。お陰でこっちは懲罰だぜ」

「ここ以外の冒険者ギルドに異動になるかもしれねーな…」

「クッソ、超エリートコースだったってのによぉ!」

 つまみの唐揚げを齧って、重々しく懲罰について議論する。ラークとグレンは非の打ち所の無かった己の経歴に傷を付けられ、大層腹に据えかねていた。

「この国のこんな美味いメシ食ったら、他の国のギルドなんて行きたくなくなっちまうぜ…!」

「エールだって、今までのがクソだったのがよく分かる!」

 ブルクハルトの料理は食材から何から卓越したものだった。エールの製法も違うのか、今まで飲んでいた物が全く受け付けなくなる程に美味い。
 こんな味を知ってしまっては、他国に左遷させられたとしてその国の食事に満足出来るかが疑問だった。

「クソ…ッあのギルド職員の野郎…ッ!」

 今のは彼らじゃない。2人は顔を見合わせ、真後ろのカウンターの方を肩越しに見た。
 其処には冒険者と思わしき屈強な体付きの男の背中。カウンターに腰を下ろして1人で自棄酒を干してる様だ。彼は背中に大剣を背負っていて、悪態を吐き歯をギリギリ鳴らしている。

 興味を持った彼らはカウンターの男の左右に移動し、囲む様に肩を抱いた。

「よぉ、旦那!」

「おい、ねーちゃん、エールをこの旦那に」

 気前の良い感じで現れた2人に、冒険者も些か警戒を解く。「気が利くじゃねーか!」と真っ赤な顔で笑った彼は、握っていたジョッキのエールを一気に呷った。

「あれ、旦那…もしかしてBランク冒険者のケリー・ローデンバックじゃぁ…」

「はは、俺の事知ってやがるのかッ!」

 名が広まる事に満更でもない彼はご機嫌になり、ラークとグレンは互いに頷き合い口元を上げる。

「ケリーさんは有名っすからね」

 良い意味でも悪い意味でもだ。

「そんで、さっきチラッと聞こえたんすけど、ギルド職員に何かされたんすか?」

 ラークがテーブルにあった自分たちのジョッキをカウンターに移動させ、ケリーを挟む様にして椅子に腰を下ろす。

「あ?嗚呼、赤い眼鏡の職員に生意気な口を利かれちまってなぁ」

 赤い眼鏡と言えば1人しか居ない。運ばれて来た冷えたジョッキを傾けて、その上質なエールで腹を満たしていく。

「騒いだ奴のせいで、見ろこの腕」

 顎でしゃくったケリーの腕には包帯が真新しい巻かれ、彼が言うには骨に罅が入ってしまったらしい。
 治癒を掛けて貰うにも、ポーションを買うにも金が無く、こんな腕じゃ魔物討伐の依頼も受けられないので八方塞がりだと言う事。プレートの再発行も出来ず、飲まないとむしゃくしゃして例のギルド職員をタコ殴りにしそうだと言う話だ。

「そりゃぁ、災難だったっすね」

「って言う俺達もそいつが原因で痛い目に遭わされましてね」

 グレンが自らの鼻を指差して、肩を竦めた。

「あの野郎を路地裏に連れ込んで、道を歩けねぇ面にしてやるってのはどうだ?」

 凶悪な笑を浮かべるケリーの言葉にラークが首を振って見せた。冒険者の方に身を寄せて「なんでも、噂じゃ奴は大層な魔法が使えるらしいんすよ」と小声になる。
 バーゲストから逃げのびたと言う冒険者ギルド発祥の噂は、職員内じゃ白髪の青年は魔導師に匹敵する魔力持ちで落ち着いていた。

「バーゲストを撃退だと?」

 事の顛末を聞いたケリーが信じられないと目を見開く。あのナヨナヨしい青年にそれ程の力があるなんてとても信じられなかった。

 あの黒犬は俊敏で、その上魔法抵抗も高い魔獣でありAランク冒険者でもある程度苦戦を強いられる。それを単騎で魔法で倒したとなると、魔法抵抗をものともしない上位の魔法を彼が使ったと言う事だ。

「……ただの噂じゃ」

「その話、我々にも詳しく教えてくれませんか?」

 突然後方から声が掛かり、3人は身が跳ねた。

 いつの間に背後に居たのか、全く分からなかった。見れば薄汚い灰色のローブを着てフードを深く被った怪しい人物が2人、彼らの後ろに立っていたのだ。

 ギルド職員のラークとグレンは仕方が無いが、ケリーにとってはとんでも無い事だ。Aランク間近と言われる自身が、まったく気配を感じず背後を取られるなど。

「…ッ何だ?お前達は…」

 冷や汗を流しながら、ケリーは太々しくカウンターに腕を投げ出し虚勢を張った。

「くふふ、なに、その青年に興味があるのですよ。是非、話を聞きたいのですが…勿論ただでとは言いません」

 深くフードを被っている為顔は見えないが、声からして1人は男だ。もう1人は先程からジッと此方に視線を向けるだけで、沈黙を守っていた。

 ローブの男は妖しく笑って3人を順番にゆっくりと見ていく。

「金でも、女でも、酒でも、傷の治癒でも、プレートの再発行だってして差し上げますよ」

 いつから話を聞いていたのかと、ゴクリと喉を鳴らした。半信半疑の眼差しで、目の前の怪し過ぎる男の申し出を如何するべきか迷う。

 3人で顔を見合わせ、彼らは首を傾げたり顎をしゃくったりしながら、互いの欲念を掴み取ると言うより恐る恐る手を伸ばした。

「くふふ、有り難う御座います。さて、その青年の名前は?」

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