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四章 アルバイト編
49話 妙案
しおりを挟む昨日リリスに告げた頼み事のお陰で、冒険者ギルドは非常に混み合っていた。こんな大事になるとは思っても見なかったアルバは引き攣った笑顔で、その様子を眺めている。
「おい、これ…」
「嗚呼!すげぇぜ…!」
クエストの掲示板に貼り出された巻物を前に冒険者達が騒いだ。其処にはブルクハルト王国、アルバラード・ベノン・ディルク・ジルクギール=ブルクハルト王からの直々の緊急クエストが金粉混じりの上質な巻物に書かれている。そこに人集りが出来て、人の出入りがし辛い状況を作り出していた。
リリアスに伝えたのは、彼本来の名前でクエストを依頼したい事。近日のアスタナ大森林の魔物増加を受け、2日後に大々的な討伐行事を開く事。
参加の最低条件は冒険者である事で、その他必要な資格やランクは彼女に一任した。高位魔物の討伐には褒賞金、討伐した素材に関しては一切国は関与しないので好きにして欲しい事。
範囲は大森林西部全域で、境界には竜騎士を配置する。複数のバーゲストも出る危険度なので、自己責任での参加を強く強調した。
アルバの思い付きは単純で、魔物討伐を竜騎士に頼むのでは無く、冒険者に頼めば万事解決!と言うものだった。
後の微調整はリリアスに任せて通信を切ったが、まさかこんな大々的に貼り出される事になるとは。彼としては冒険者5パーティーくらい集まれば良いなぁ、くらいの気持ちで褒賞金なども準備して貰ったが参加を希望する冒険者が後を絶たない。
先程用紙を提出した甲冑の男で20パーティー目だ。人数にすると112人の参加者が集っている。恐らくリリアスが褒賞金として桁の違う金額を用意してしまったからかもしれない。
貼り出された金粉巻物にはアルバが昨日言った事が、不遜な言葉に書き換えられ掲示されている。それを見ると僭越過ぎやしないかと胃がキリキリと痛んだ。
「な、何よこれ?」
「レティ、どうしたの?」
掲示板の方で怒気を含んだ聞き覚えのある声がする。アルバが受付の合間に其方を盗み見ると、鎧を身に付けたレティシアが仲間と思われる冒険者と一緒に居た。
「魔王の奴…こんな大会を催すなんて…」
「一体、何が狙いでしょう?」
聖職者の言葉に奥歯を噛み締める。何が狙いでも、きっと碌な事じゃない。
「…冒険者で、遊んでンのかもしれないっすね」
盗賊の予測にレティシアは納得の表情を浮かべた。
「おいおい、誰だよ。そんな事言う奴は」
側で話を聞いていた男が彼女達の前に歩み出る。彼は短髪で茶色い髪をした人間の冒険者だ。腰ベルトに太めの剣を差していて、立派な筋肉が隆起している。
「誰かしら?乙女の会話に割り込むなんて不躾ね」
レティシアがその男を睨む。張り詰めた空気に、周囲の者が距離を取ろうと離れた。
「…やる気はねぇよ。ただ、教えてやろうと思っただけさ」
眉を上げ、敵意は無いと掌を見せる。
「此処の国の魔王様は、人間を痛ぶる趣味はないぜ」
「な…どうしてそんな事が言えるのッ!?」
断言してみせた男に、レティシアは食って掛かった。彼女はさり気無く、再度彼の耳の形を確認する。
この国の者ではない、違う大陸から足を運んだ冒険者のようだった。
「俺は陛下と会った事があるからな」
「…ッ!!」
得意げにニィッと歯を見せる冒険者の男に、仲間の男達が呆れた様子で寄って来る。近づいて来た男は日に焼けた健康的な肌色の、空色の髪と目を持つ男だ。魔術師らしく、上等な30cm程の杖を腰に下げている。
「何してるんだヘンリク」
「バッハ…お前も言ってやれ。ブルクハルトの王様は良い奴だってな」
ヘンリクはブルクハルトに冒険者ギルドが出来たと聞き、早速仲間と共に訪れていた。
モンブロワ公国の大公から依頼され魔大陸に其々散っていた自身の仲間を引き連れて、やっと麗しのこの国に戻って来てギルドを訪れた矢先、レティシアの聞き捨てならない会話を聞いたのだった。
「でもリーダー、本当にこの国の魔王は良い奴なのか?文献で良い事なんて一つも書いて無かったぞ」
バッハと一緒にヘンリクの元へ歩いて来た同じパーティーの者が割って入ったが、それを聞いたリーダーは「おいおい、この目で見た俺の言葉を疑うってのか?」と冗談めかしく言う。
「まぁまぁ、俺も会ったけど穏やかで優しい人だったよ」
「…バッハが言うなら…」
如何してリーダーの自分より、魔術師のバッハの方が信頼されてるんだ、とヘンリクは「おいこら」と言いながら仲間の1人を小突いた。ケラケラ笑う仲間達を尻目に腕を組み、レティシア達を見下ろす。
「そう言う訳だ」
「ヘンリク…?貴方Aランク冒険者のヘンリク・アドバンね」
「そう言うお前は剣聖だな?ユニオール大陸で陛下の噂を聞いて、やっと開国したこの国に来たなら、お門違いだぜ」
「どう言う事?」
「そうだな、ルビーアイって事以外、嘘が多いからさ」
ユニオール大陸では様々な魔大陸の情報が流れているが、凡そ半分はデマが多い。
更に最近まで国交を行なっていなかったブルクハルトについては殆どが間違った情報だった。
「姿はどう聞いてる?何を食べて、どう過ごしてるって?国の様子はどうだ?」
押し黙るレティシアに、畳み掛ける。
国の様子など、聞いていた話と全く違った。草木も生えない瘴気が漂う国だと聞いていたし、街は荒れ果て贅の限りを尽くす魔王とは裏腹に国民は餓死寸前だとも本に載っていた。
王都ブルクハルトの他にも街を見て来たが、そんな様子一切無かった。寧ろ会う魔族が人間に好意的で、戸惑いが消えないまま魔王が住む居城のある王都に足を踏み入れたのだ。
「……ブルクハルトの魔王の見た目はスフォンクに似ていて、夜な夜な子供を食べると聞いてるわ」
スフォンクとはユニオール大陸の深い森に棲まう異形の魔物だ。全身にイボと吹き出物に覆われていて、自らの醜い姿を理解して苦しんでいる。普段は住処に引き篭もって、己の醜さに泣き明かしている虚弱な魔物だと聞く。
姿を隠しやすい黄昏時になると行動的になる、痩せて大きな体が特徴的なモンスターだ。
それを聞いたヘンリクは目に涙を浮かべ、お腹を抱えて笑い出す。
「だははは!ひーー…、腹痛ぇ…。よりにもよってスフォンクかよ!はははッ!あー、全く違うぜ剣聖。スフォンクとは寧ろ真逆なんだよ」
「そんな話、聞いた事ないわ!」
「そりゃ、お嬢ちゃん。ブルクハルトに誰も来れなかったからさ」
バッハが笑い転げそうなヘンリクを睨んで穏やかに言った。
「俺らはキュプロクスだと聞いてたからな。最初見た時は驚いたもんさ」
「キュプロクスもそうだけど、スフォンクだと人間の国で広まってる事を知ったら、陛下はさぞ落ち込むだろうな」
「そうか?意外に笑ってくれるかもだぜ」
「……」
常識が崩れていくような、そんな感覚。レティシアは冒険者の話を信じるか、躊躇っているそんな様子だ。しかし高ランク冒険者の持っている情報程確かなものはない。
「で、でもモンブロワ公国が属国にされてしまったのは事実よね!?」
レティシアが言うと、苦い顔をしたバッハが「彼処は…ちょっと特殊だな」と言葉を漏らした。ユニオール大陸のモンブロワ公国が、魔大陸のブルクハルト王国の属国になったニュースは瞬く間に世界中に広がっていた。
「彼処は俺らでさえ、平民の扱いがひでぇと思った国だからな」
ヘンリクが苦笑いで後に続く。レティシアは何が何だか分からず、この国で更に情報を集めるしか無いと思った。
『さっきから何か揉めてるの?レティ』
受付作業を終わらせたアルバが、掲示板前の騒ぎを諫めるよう言われたのかトボトボ歩いて来た。彼はヘンリクとバッハに気付き『あ』と口に出すが、今の立場を思い出して声を掛けるのを思い留まる。
認識阻害の眼鏡の効果は遺憾無く発揮されている様で、2人には何だコイツ、と眉を潜められただけだった。
「し、し、シロ…っ」
『また会えたね。クエスト探しかい?』
レティシアが真っ赤になり彼の名前を呼ぶ。周りの彼女の仲間がアルバを値踏みする様に見て、レティシアの頬を突いたり背中を押したり、肘で小突いたりしていた。
『どうしたの?』
「な、何でもないのよ」
悪ふざけをする仲間を払って、彼女はにっこり笑う。
『君達も良いかい?』
ヘンリクはギルド職員に注意される程騒がせてしまったかと周囲を見回し、遠巻きに見られていた事を知り小さく頷いた。
代わりにバッハが丁寧に謝罪をして頭を下げて来たので、アルバは『ごめんね、ただ人が集まってたから、揉め事かと思っただけだよ』と困った様に笑う。ヘンリクとバッハが約束通りブルクハルトに訪れてくれた事に感激して、ハグをしたいくらいだった。
しかし、そうもいかず肩を落として踵を返す彼にレティシアが続いた。
「ねぇ、シロ。私達もあの掲示板にある、2日後の大会に出たいのだけど、用紙を貰えるかしら?」
『え?良いけど…』
アルバは彼女のタグを確認する。ヘンリクと同じ、プラチナ製のタグを首から掛けていた。アルバに任されたリリアスが現状を鑑みて追加で設けた条件の中に、Cランク以上の冒険者とある。よって、プラチナ製のドッグタグをしている彼女は十分な参加資格を持っていた。
『はい、これ』
参加用紙を渡し、胸ポケットに挿していたペンをレティシアに差し出す。それを受け取った彼女は用紙を見ながら、「ねぇ、シロ。これ、此処の王様は見に来るかしら?」と難しい顔をしていた。
『え?…な、何で?』
背中に冷や汗を掻く彼が、無理矢理笑顔を張り付ける。
「さっき気になる事を教えてもらったのよ」
『気になる事?』
「……シロは見た事ある?この国の魔王」
レティシアの質問にアルバの動きが停止した。何と言えば良いものか悩み、自らが魔王だと言えない事に良心がチクチク痛む。
更なる嘘を吐きにくく、彼は断腸の思いで『あ、あるよ…』と絞り出した。それを聞いたレティシアは目の色を変えて「あるの!?」と彼の肩を掴む。
『ぁ…でも、その。遠目に見ただけだから…』
彼女の勢いに負けて、身を縮めるアルバは誤魔化す様に言葉を濁す。
「そうよね…」
レティシアの瞳に帯びた闘志が鎮火していき、彼は訳が分からず顔色を窺う。すると突然、アルバの後ろから小さな少女が顔を出し、彼の腕を引いた。
「シロさん!ちょっと忙しいので、手伝って貰えませんか?」
クレアがむくれた様な表情でアルバの手を握る。彼女のこんな顔は珍しい、よっぽど急ぎの仕事があるのだと理解した彼は『あ、嗚呼…ごめんね、直ぐ行くよ』と返事をした。
「あ!待ってシロ!話はまだ終わってないわ!」
反対の手を掴んだレティシアは負けん気の強い瞳でアルバを見上げる。
「シロさんは仕事があるんです!」
「さ、参加用紙の説明も立派な仕事でしょう?」
クレアが腕に密着しているのが、どうしても許し難いレティシアは彼女を引き離したい一心で尤もらしく嘯いた。
左右の腕を掴まれたアルバはどうして良いのか分からず、困った顔でオロオロしている。
ギルド職員達はクレアを応援し、冒険者の仲間達はレティシアを応援している様だ。火花を散らす2人に、争う要因が分からないアルバは『クレアがレティシアに参加用紙の説明をしても良いんじゃない?』と呑気な事を言って忙しそうな職員の手伝いをしに行ってしまった。
「も、もぉ…シロさん…っ」
「彼っていつもあんな感じなの?」
地団駄を踏んだクレアと、呆気に取られていたレティシアが用紙記入が出来るカウンターに並ぶ。クレアは職員に声を掛けるアルバの姿を遠目に見つめて、はぁと溜め息を吐いた。
「シロさんはいつもあんな感じですよ。いつも落ち着いてて、あたしの事なんていつも子供扱いして…」
「そう、…」
レティシアはクレアに改めて目をやり、この間バーゲストに襲われ気を失って倒れていた子だと気付いた。前より顔色も良さそうで、元気そうな事に些か安堵する。
「でも、森で貴女を抱えている時はちょっと取り乱していたわよ」
「あはは、そんなまさか」
冗談だと笑っていたクレアは固まった。
「って事は、あの時助けてくれた冒険者の方って…!そ、そうとは知らず、生意気にすみませんでしたッ!」
勢い良く頭を下げるクレアに、レティシアは素直な子だな、とクスクス笑う。
「良いのよ、私も大人気なかったわ」
ただ、気になる異性の腕を可愛らしい女の子が握ったからと言って淑女らしからぬ振る舞いだった。
参加用紙に名前を書きながら、年上の余裕を取り戻すレティシアは髪を耳に掛ける。
クレアは彼女を綺麗な人だなぁ、と思いつつ先程アルバの肩を掴んで迫る彼女を見て我を忘れて飛び込んで行った自分を反省した。
更に申し込み用紙に整った文字で書かれた名前に気付き「レティシア・アルメティア・ノベル・ランフォードってまさか…」と口元を抑える。
「魔大陸でも、ちょっとは有名なのね」
「ちょっとじゃないですよ!剣聖の家系は物語の本にもなってる程じゃないですか!」
中でもレティシアは一族随一の才能があるらしく、物心付いた時から剣の稽古を強要され同世代の友人の様な、女の子らしい生き方は許されなかった。
ドレスやダンス、レースに刺繍、編み物、読書…それよりもトレーニング、剣、素振り、身体作り、魔物討伐。小さい頃はそれに憤りを覚えたが、今では宿命なのだと自らに言い聞かせ剣の道を極め、剣聖の名に相応しくある様に心掛けている。
剣に愛される彼女の一撃は、一太刀で巨大なオーガを一刀両断する程だと言われていた。
「吟遊詩人の唄にもなってるし、英雄譚にも…。先代の剣聖はドラゴンを倒したって聞いた事があります!でも、レティシアさんはそれ以上の才能があるって…凄いです!」
「そ、そんな事ないわよ…」
表裏の無い素直な賛辞を並べるクレアに、レティシアは気恥ずかしくなって俯く。剣聖の名を背負う彼女は、時々その肩書きが重荷になる事もあるが、輝く瞳を向けられる今ばかりは誇らしくなった。
「あたしクレア・プリムローズです!レティシアさん、この間は危ない所を助けて頂いて有り難う御座います!」
「宜しくね、クレア。でも、危ない所って…」
頭を下げるクレアに、レティシアが小首を傾げる。彼女の様子を不思議に思ったクレアは「?バーゲストに襲われた時、魔法で助けてくれたと聞いてます!」と満面の笑みだ。
「私がやった事なんて、傷を負ったシロにポーションを渡した事くらいよ」
少し遠い所で受付業務をしているアルバを見ながら、彼女の誤解を解こうとそう言った。
「え…じゃぁ、」
クレアの表情が百面相するかの様に変わっていく。
「シロさんに聞いても冒険者の人が助けてくれたんだって…魔法の事は誤魔化されるだけでしたので…だからてっきり…。やっぱりシロさんがバーゲストを…」
「あれ程の力があるのに、どうして隠すのかしら?」
「うーん…」
2人で考えあぐねて居ると、眺めていた先の白髪の眼鏡の青年と目が合った。2人の会話の内容がまさか自身の事であるとは少しも考えていない彼は能天気に手を振って笑っていた。
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