冷酷無慈悲で有名な魔王になってしまったけど、優しい王様を目指すので平穏に過ごさせて下さい

柚木

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四章 アルバイト編

48話 喫茶店

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 次の日、アルバはバイトを終わらせると商業地区でも有名なパンケーキが人気の喫茶店に居た。
 窓辺の席に案内され、女性客が多い店内に少し落ち着かない。水を運んで来たウェトレスの女性にお礼を言うと、恥ずかしそうに頬を染めて裏側に引っ込んでしまった。

 窓の外を眺め目を楽しませながら気長に、待ち合わせの人物を待つ。

 玄関の鈴が鳴り、駆け込む様に入って来たのはクレア・プリムローズ。冒険者ギルドで働いている時とは違い、髪を下ろして大人っぽい服に身を包んでいる。

 息を切らせてアルバの居る席に歩いて来て、第一声に「すみません、お待たせしましたシロさん!あたしが誘っていながら…」と頭を下げた。

『大丈夫だよ、僕も今来た所だから』

 言った後で、あ、これデートっぽい、と人生でこんな台詞を言えた事に感動したが、アルバはそんなつもりは無い。

 あの後目を覚ましたクレアはアルバが心配した程の魔物に対する心のダメージは無かった。ただアルバが怪我をしたのは自分のせいだと気に病んで、憂苦を抱き会うまで取り乱して居たが、先輩職員に呼ばれた彼が姿を見せると程なくして落ち着いた。
 その際に怪我をさせてしまったお詫びと、助けてくれたお礼をしたいとクレアが申し出て本日のお出掛けに至ったのだ。

『寧ろ僕がバイト終わる時間に合わせて貰ったし』

「あたしはお休みだったので、合わせるのは当然ですよ!」

 向かいの席に着いたクレアは困った様に笑う。

『髪を降ろすと大人っぽく見えるね』

 真っ赤になって水を吹きそうになった彼女は、髪型と服装に悩んで約束の時間に遅れてしまった事を思い出した。平然と『似合ってるよ』とニコニコしているシロに、これは女として意識されてないから言える台詞なのかなぁ、と寂しい事を思う。

 しかし褒められて嬉しくない訳が無く、照れ臭そうに唇を尖らせて「有り難う御座います…」とお礼を言った。

『クレア先輩は何にする?』

「それより、シロさん甘い物平気でした?あたしそれ知らないままこの店を選んじゃって…」

『甘い物好きだよ。僕は定期的に糖分を摂らないと、頭が回らなくなるんだ』

 アルバが甘い物も食べれる事に「良かったー」と息を吐く彼女は、メニューを開き吟味する。宝石の様なデザートの数々に目を輝かせながらページを捲るクレアに、シャルと気が合いそうだけどなぁ、と心の中で思った。
 其々デザートと飲み物を頼んで、料理の到着を待つ間話をする。

『あの時の報告書は今日出しておいたよ』

「有り難う御座います!…腕は、本当に大丈夫ですか?」

『大丈夫。すぐ冒険者の人が通り掛かって、ポーション貰ったんだ』

 左腕を元気に動かして見せるアルバに、些か安心したのかクレアは少し笑った。

『巻き込んじゃってごめんね』

 あの時、森に行くと言ったアルバが彼女の親切な申し出を断っていれば今回の様な災難には遭わなくて済んだと彼は考えている。
 先輩のギルド職員であるが、グレンの言う事を鵜呑みにして行動するのは軽率過ぎたかもしれない。

「そんな、あたしが好きで巻き込まれたので!」

 沈んだ表情のアルバに、クレアは胸の辺りで両手を振った。

 丁度その時、クレアの前に苺とベリーがふんだんに使われたパンケーキと、アルバの前にミントが乗ったバニラアイスが運ばれてくる。『頂きます』と手を合わせるアルバの動作に目を丸くしたクレアが、それは何か尋ねた。

『習慣みたいなものかな?食べ物に感謝します、みたいな意味さ。気にしないで』

 困った様に眉尻を下げるアルバに、クレアも手を合わせて彼の真似をする。それを見たアルバは破顔して、アイスを美味しそうに食べていた。

 彼の所作は一挙手一投足が優雅で目を奪われる。貴族じゃ無いとは言っていたが、ならばこの完璧なマナーは何なのだろう。姿勢は崩れないし、パンケーキを食する自分にペースを合わせてくれている気がする。紅茶を飲む時に彼の眼鏡の奥の黄金の目が伏せられて、睫毛が長くドキリとした。

『クレア先輩?』

「……あのッ!」

『はい?』

 いきなり勢い良く立ち上がったクレアに気圧され、アルバは仰反る。店内だと言う事を意識したクレアがストンと着席し、俯き耳まで真っ赤にしながら声を絞り出した。

「シロさんは…彼女とか、居るんですか?」

『へっ?彼女?』

 思わぬ質問に、間の抜けた顔でアルバが固まる。

『彼女、居ないね…』

「前に受付に来た、女性とか…」

 前に受付に?と思い当たるのはリリアスとシャルルだ。あの姿でよく性別が分かったものだと感心していると、クレアが「リリスさんと、シャルさんでしたっけ」と名前までバレている。

 そう言えば、彼女達が来た時に自分が思い切り呼んでしまったっけ、と過去の自分を叱咤したくなった。

 これは、彼女達が王を守護する城の関係者だと、まさか勘繰られているのではあるまいか、と冷や汗を流す。彼女の前で愛称ではあるが名前を呼んでしまったのは浅はかだった。

『えっと…?』

「あの人達はシロさんの何ですか?」

『友達、だけど…』

 嘘は言っていない。(……ん?)如何やら彼女は、もっと別の事が気になっているようだ。桃色の瞳は潤んだ様に濡れて此方を直視している。

「リリスさんって……、許嫁の仲とか…」

『いや、友達…』

 何故リリアスが許嫁の仲になるのだろう、と首を傾げる。何度か往復する会話に、ポカンとするアルバは嘘を吐いたり隠し事をしたりしている様子もない。
 しかし、魔大陸では“リリス”は愛しい人へ向けて贈られる言葉だ。

『クレア先輩、どしたの?』

 この様子だとリリスの意味を理解してないのかもしれない。ならば、敵に塩を贈る事もないだろうと、クレアは本来の意味を伝えない事にした。(あたし卑怯かな?だよね?うぅー…)

「何でもないです!」

 罪悪感を忘れる為にふわふわのパンケーキをまた一口、投げやりに口の中に放り込む。
 前に居る白髪の眼鏡の青年はアイスの最後の一口を名残惜しそうに食べていた。

「あれ?シロさん眼鏡、…歪んじゃってませんか?」

『ん…?』

「ほら、」

 甘味に夢中でクレアの小さな指が眼鏡に伸びていた事に気付くのが遅れる。彼女の手が眼鏡のツルを取り、そのまま自らに引き寄せアルバから取り去ってしまった。

 耳に掛けていた髪が、パラリと頬に掛かる。

『ッ!!』

 彼の素顔が公然に晒される。アルバは目を大きく見開いたまま、固まって何も出来ずにいた。クレアが赤縁眼鏡を丁寧に扱い、歪みを直してくれている。
 今慌てるのも不審がられるだろうし、だらだらと汗を掻いたアルバはそのまま下を向いて待つ事にした。

「はい、直りました!」

『あ、有り難う。多分昨日の騒ぎで…』

「あれ?シロさん…」

 眼鏡を受け取り、困った様に微笑むアルバは素顔を隠す為に急いでそれを掛けた。

 クレアの次の言葉を聞くのが怖くなる。

「眼鏡外すと雰囲気変わりますね!」

『あ…、はは。そうかい?』

 如何やらバレてないようだ。多くの国民が知る彼は黒髪のルビーアイで、冷酷無慈悲で女子供にも容赦がない。本に描かれている姿を見た事があるが、今のアルバとは似ても似つかなかった。
 髪色以外同じ容姿だが、表情が決定的に違う。以前メイド達と王都の街を散策した時も、街の人は誰も気付けなかった程だ。

 今回バイト中は念の為に認識阻害の魔法が掛かった眼鏡をして瞳の色を変え身元を隠しているが、そもそもアルバは此方の世界に来てあまり外出していない。出歩くにしても極力目立たないようにしていたし、今の彼を知るのは城の者と、イシュベルト、モンブロワ公国から移住した一部の人間だけだ。
 静かに安堵の息を吐いて、アルバは緩くなった紅茶を飲み干した。

『そ…そう言えば、アスタナ大森林近くの魔物討伐のクエストが今日も結構来てたなぁ』

 気を逸らそうとして口走った話題に、言ってから後悔する。少なからず怖い思いをした筈の森の事はこれ以上、言わない方が良かったかもしれない。

「城の人も調査に来てたみたいですし、何かあったんでしょうか?」

 一方クレアは気にした素振りも無く、アルバの心配を他所に普段と変わらず返事をした。(逞しい子だなぁ)

『森で魔物の出現が増えてるとは言ってたけど…』

「国で調査が行われるって相当だと思います。何か対策が打たれると思いますが…その場合冒険者にとっては面白くないかもしれませんね」

『如何言う事?』

 クレアがストローで氷の入ったグラスを弄る。

「ブルクハルトの竜騎士の方は精鋭揃いですから、魔物討伐なんて王陛下が命令されれば直ぐに片付けて下さると思います。でも魔物討伐を本業にしてる冒険者にとっては…」

『それ、僕も思った』

 確実に仕事が減ってしまう。更に魔物討伐をした際の、ギルドに証拠として提出する部位以外の素材は冒険者の拾得物となる為、彼らは高収入が見込める魔物討伐を生業にする者が多い。
 アルバの立場上、国として大変な事も分かっているし、大事になる前に手を打つべきなのも理解しているが、冒険者ギルドに精通して彼らの仕事を知った今判断が難しかった。

『ん?待てよ…』

 先程のクレアの言葉が引っ掛かる。口元を指で隠して考え込むアルバに、クレアはどうしてしまったのかと顔色を伺った。
 そして彼は眼鏡の奥の目を輝かせ急に立ち上がり、彼女を驚かせる。

『ごめんね、クレア先輩!やらなきゃいけない事が出来たんだ』

「は、はい…?」

『でも、先輩のお陰で良い事を思い付いたよ!』

 アルバを見上げていたクレアの頭を撫でて、にっこり笑った彼は『今日は有り難う、今度埋め合わせするね』と言って店を出てしまう。

 クレアは暫く呆気にとられていたが、先程の頭を撫でられた感触と真っ直ぐに彼女を見詰めて笑う彼の笑顔を思い出し赤面した。(ひ、)更に会計をしようとしたらもう済んでいる事を聞かされ、怪我をさせたお詫びも助けて貰ったお礼も出来なかった自分に呆れる。(ひ、卑怯ですよシロさん!?)

 こんな事をされては、堕ちるしかない。













『リリス?僕だけど…また頼まれてくれないかい?』

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