冷酷無慈悲で有名な魔王になってしまったけど、優しい王様を目指すので平穏に過ごさせて下さい

柚木

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四章 アルバイト編

46話 バーゲスト

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 範囲内の大まかな調査を終わらせ、そろそろ王都に帰ろうとした時だった。
 突然狼の様な遠吠えが辺りから聞こえ、クレアは身を硬くする。

「ま、まさか…だって此処はまだ森の浅い所で…魔物なんて出ない筈…」

『…急いで此処を離れた方が良さそうだね』

 森の異常によって、魔物の縄張りが変わった可能性も考えられた。アルバとクレアは森の外界へ向けて踵を返す。

 落ち葉を踏み締めるガサリとした音が2人から離れた所で鳴り響き、遅れて確認するが何の姿もない。不気味で異様な雰囲気に、クレアは流れる汗を袖で拭った。
 今は遠吠えどころか鳥の囀りさえしない、静かな森で周囲を警戒する。

「シロさん…これって」

『うん、囲まれちゃったかな』

 アルバも首筋から嫌な汗が伝った。4足獣の足音が複数ゆっくりと近付いて来る。

『一先ず、あっちに走ろうか』

 指し示したのは、馬を繋いである辺りの方角だ。しかし此処から一直線に走っても、森を抜ける前に魔物に追い付かれてしまう。
 森の地形に慣れていないアルバ達より、モンスターの方が動きは俊敏だ。しかし黙って食われてやる訳にはいかない。

『良いかい?』

「は、はい!」

 互いの顔を見合わせ、息を合わせて走り出す。すると逃げた獲物目掛けて5匹の黒く大きな魔獣が姿を現し追い掛けて来た。

「バーゲスト!?」

 浅い森に出て来る様な魔物ではない。中腹から深部に生息していた筈の黒犬が如何してこんな所に。

 5匹のバーゲストは仔牛程の大きさで、燃える様な黄金の眼を持ち、もじゃもじゃの漆黒の毛並みをしている。彼らは群れで行動し、鋭い牙、爪、角で2人を引き裂こうとしていた。バーゲストは見た者の死を告げる犬だとされ、つまり遭遇が死に直結している。

 クレアは真っ青になりながら、必死に脚を動かした。

「はぁ、はぁッ!」

 犬よりも野太い、凶悪な鳴き声が追い掛けてくる。唸り声に耳を塞ぎたくなり、恐怖に涙を浮かべながら森の出口を目指した。

 突然、木々の間を擦り抜けて来たバーゲストの1匹が横からクレアに噛み付こうと飛び掛かってくる。もう駄目だと目を瞑った時、アルバに手を素早く引かれて胸で受け止められた。(え…?)クレアに差し迫る牙にアルバは自らの腕を噛ませ、そのまま黒い巨大を樹木に叩き付ける。

 あまりの早技に、クレアは守られる様に腕に抱かれてるしか出来なかった。

『ぐ…ッ』

 堪らず開いたバーゲストの口からアルバの腕が解放される。彼は直ぐ様クレアの手を引いて走り出し、残りの魔獣の追撃を逃れようとした。

 クレアは引っ張られながら、彼の腕があるか確認する。鋭い牙が食い込み痛々しく血が滴っているが、欠損は見られなかった。

「シロさん!?痛い、ですよね!?すみません、あたしが…ッ!」

『大丈夫だよ。見た目程痛くない』

 真っ赤に染まった腕から血が溢れていて止まらない。アルバは珍しく脂汗を流しているし、相当痛い筈だった。

 木々が比較的開けた広い空間に差し掛かり、森の出口は後少しだと知る。しかし先程アルバに叩きのめされたバーゲストも合流して、5匹の黒犬が2人を追い掛けた。

「きゃ…!」

『クレア先輩!?』

 浮いた木の根に脚を取られ、クレアが転倒する。アクシデントに脚を止めたアルバに向かって「あたしに構わず行ってください!」とクレアが叫んだ。
 無理矢理笑った少女に迫る死を見て、勝手に身体が動く。座り込んだままの彼女に覆い被さる様に自身の身体を盾にして、彼女を抱き締め固く目を瞑った。

 (…、?)暫くしてまだ生きてる事に疑問を持ったアルバが恐る恐る目を開け振り返ると、そこには牙を剥き出しにしたまま苦痛に呻くバーゲストの姿があった。

『うわぁ…』

 5匹のバーゲストの足元から、鉤爪の様な形状の刺が生えている。それは全て水で、ぽこぽこと波打って見えたが黒犬に突き刺さった鉤爪は血を光らせ鋭利に見えた。
 甲高い悲鳴の様な鳴き声でもがく1匹。それ以外は即死した様子で、動かなくなっていた。

「シロさ…ん」

 助かった事に安堵したのか、衝撃的な光景に意識を保てなくなったのか、クレアはそのまま気を失ってしまう。彼女を抱き止めていた手の指輪が1つ、光を失った。

『あ…』

 (指輪の存在忘れてたなぁ)もしもの為に、ずっと指に填めていたのをやっと思い出す。

 指輪の効力が無くなると同時に、水の鉤爪はバシャッと音を立てて消え去り、バーゲスト達はその場に崩れ落ちた。鳴いていた1匹も身体をビクビクと痙攣させ、もう少しで命が潰えるまでに弱っている。

「い、今のは…」

 アルバは声がしてやっと気付いた。森の入り口の方角に、人が立っているのを。

 見た所、冒険者の前衛職らしき鎧を着て、腰には剣を携えた人物が此方を凝視している。髪は赤色を帯びた茶色で、高い位置に纏められ尾の様に風に靡いた。同色の瞳は血塗れのアルバと気を失うクレアを捉えており、貧血による幻覚などでは無さそうだ。

「怪我をしているの?」

『嗚呼、これ?大丈夫だよ』

「大丈夫じゃないわ。ほら、これ飲んで」

 手渡されたのは中級ポーションで、アルバは『良いの?』と女性を見上げる。中級ポーションは金貨1枚もする高級品だ。その上の上級ポーションに至っては金貨3枚~5枚はする。ポーションは回復手段の無い冒険者にとっては命綱でもあるので、多少高額でも取り引きされるのだ。

 「良いのよ」と伝えたのに、アルバは躊躇うように迷って、痛みに負けたのか飲む決意を固めて小瓶を開けようとするが血塗れの腕が上がらず開けるのに苦労していると、焦れた女性冒険者が小瓶の蓋を開けて渡してくれた。

『有り難う、えっと…』

「私はレティシア・アルメ…いえ、ただのレティシアよ。皆からレティって呼ばれているの」

『僕はシロ。有り難うレティ。頂くよ』

 アルバがポーションを飲むと、腕の傷が嘘のように消える。青臭い味に子供っぽく舌を出すアルバに、レティシアは可笑しそうに笑った。

「貴方ブルクハルトのギルド職員でしょ?一体何があったの?バーゲストと遭遇するなんて…、それにあの魔法は…」

『うーん、王都に帰りながらで良ければ説明するけど…』

 気を失ってしまったクレアを抱え、アルバは立ち上がる。外傷は無いが、あれ程怖い思いをしたのだ、精神面のダメージは彼には見当も付かない為、一刻も早く王都に戻り治療を受けさせたかった。

「あら、奇遇ね。私も王都に向かってるのよ」

『1人でかい?』

「仲間と逸れてしまったの。皆、方向音痴なのよ。でも、王都ブルクハルトに向かう事は決まっていたから皆向かっている筈だわ」

 皆が方向音痴だと言う彼女は、やれやれ、と首を左右に振るが、アルバは彼女以外が方向音痴の可能性が高いのか、はたまた逆かを考える。

 枝を潜って森を出て、馬を繋いである街道沿いに出た。森の中は明かりが届き難かったので意識していなかったが、もう日が傾き沈もうとしている。刻々と色を濃くする夕焼けが照らす、街道沿いの柵には鎧に身を包んだ白い立派な馬も新たに繋がれており、彼女の移動手段が知れた。

「こんな所に馬が2頭も繋がれていて、もう日が暮れるから危険だと思って森に様子を見に行ったのよ。まさかあんな事になっているなんて」

『そっかぁ、有り難うレティ』

 アルバは馬に跨り、レティシアの協力を得て気絶しているクレアを前に乗せる。元々小柄な少女なので、あまり手間は掛からなかった。

 甲冑を着込んだ白い馬に慣れた様子で跨ったレティシアが王都とは逆方向に走り出そうとしたので、慌ててアルバが止める。

『こっちだよ』

「あら?そうだったかしら」

 (彼女の方が方向音痴の可能性、大だな)王都の方へ馬を動かし、舌を噛まないようにしながらギルドの仕事で森の調査へ来ていた事を説明した。

 彼女は難しい顔で話を聞き、バーゲストは本来縄張りを変えたりしない魔物であると説明する。

「それにしても、シロの魔法は凄いのね。マグナカルタ出身の仲間が居るけど、あんな魔法を見たのは初めてよ」

『あー…あれは、僕の力じゃ』

 魔法国マグナカルタ。そこは凡ゆる魔法が優れた、ユニオール大陸にある国の1つだ。本で読んだ事があったが、魔法の国と聞いても想像が出来ない。
 ただ、魔法に関して特出している人間の国だとするならば、色々な魔道具もあるかもしれない。

「分かっているわ。手の内を明かす事は出来ないのでしょう?」

 手の内と言うか、そもそも魔力が無い。魔族としてどうかと思うので、曖昧に笑って誤魔化した。

『レティは人間だよね?』

 魔族と人族で大きく違うのは耳の形。彼女の丸い形をした耳を見ながら、アルバが問い掛けた。

「そうよ」

『冒険者をしているのかい?』

「…そうよ。副業だけど似た様なものね」

 今度はレティシアに曖昧に笑って誤魔化される。

「シロ、国の暮らしはどう?」

『え?楽しいよ』

「そう…、」

 可笑しな事を聞く。風に靡く彼女の赤みを含んだ茶褐色の髪が夕陽に透けて、一瞬目を奪われた。

「どうしたの?」

『あ、いや…髪が…』

 するとレティシアは自嘲する様に笑って、前髪を摘む。

「変な色でしょ?錆色の髪なんて」

『ううん』

「気を遣わなくて良いのよ。子供の頃散々揶揄われたから」

 もう気にしてないけどね、と寂しそうに笑う彼女に胸が締め付けられた。

『不躾に見てて悪かったよ。髪が夕陽に透けて、茜色に金を混ぜた強烈な色で凄く綺麗だったんだ』

 レティシアは茜色した細長い雲が色付いた空を見上げて「……そ、そう、」と呟く。体中に真っ赤な夕焼けを感じるので、今此方を見られても顔が赤い事は誤魔化せる筈だ。

「し、シロは変わってるわね」

『どう言う意味だい?』

「そのままの意味よ。こんな色が綺麗だなんて。……、そんな事初めて言われたわ」

 近づいて来る王都の街を前に、レティシアは幸せそうに微笑む。馬が街に着く頃には、朱を含んだ紫陽花色の色彩が街の上に広がっていた。


























 冒険者ギルドに戻ると、何やら騒がしかった。しかし、アルバがクレアを連れて帰還した途端、一瞬の静寂に包まれ皆が此方を見て固まっている。

『ただいま、戻りました…?』

 何事かと小首を傾げて森の調査から帰って来た事を告げると、皆がワッと此方に集まって来た。これには最後まで付き合うと言って、付き添ったレティシアも驚いて若干引き気味だ。

「大丈夫だったか!?」

「怪我は無い!?」

「心配したんですよ?」

 そして血塗れの左手と服を見て、何処からか悲鳴が上がる。

「それ、血ぃ…!?」

 多量の血の量に先輩職員が卒倒して、数人がかりで3階のベッドへ運ばれていく。

『あ…これは、もう治ってます。レティ…、いえ彼女が中級ポーションをくれて』

 紹介したレティシアが軽く会釈した。

『クレア先輩を3階に運んで良いですか?出来れば、森司祭ドルイドか聖職者の方が話を聞いてあげてくれると助かるのですが』

 彼らは【強靭な心ライオンハート】を使えた筈だ。もしも恐怖が残って取り乱していたとしても、それで多少は落ち着く筈…。

「クレアちゃんは俺達で運ぶ。任せろ」

「シロ、ハイジさんが部屋で待ってるぞ」

 軽く肩を叩かれ、アルバは不安そうにレティシアを見た。腹を括れ、と促された彼は死刑台で斬首される囚人の如く悲壮な顔で、のろのろギルドマスターの部屋へ向かった。


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