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四章 アルバイト編
41話 冒険者ギルド
しおりを挟む冒険者ギルドの仕事は、冒険者のサポート、仕事の斡旋・仲介、異変を素早く察知して緊急クエストを掲示したり、魔物の動向を調べ亜種の発生や街に被害が及ばないか現地調査も行うらしい。
依頼されたクエストに難易度を付けるのも冒険者ギルドが行い、責任重大な仕事だ。
と言っても僕は裏方の雑用で、主に書類整理を行うのが仕事だとハイジさんに教えてもらった。
「此処のギルドは創設されたばかりでな。丁度猫の手も借りたいと思っていた所だ。何でも王様が急に国交やらギルドやらに興味を持ったみたいでな」
『ははは、』
「組合側からしたら未知の土地にギルドを作れるなんて嬉しいんだがよ」
ハイジさんの言葉にヒヤリとしながら、乾いた笑いを返す。僕は先程の受付に案内され、ギルド職員皆の注目を浴びながら紹介された。
「俺の馴染みの紹介で、短期バイト予定のシロだ。お前ら、色々教えてやってくれ」
『宜しくお願いします』
「じゃぁ~…、ちびっ子!念願の後輩くんだ。しっかり面倒見るんだぞ。じゃぁな」
「え!?あたしですか!?」
指名された女の子は先程受付をしてくれた、二つ結びの彼女。始めはオロオロしていたけど僕と残されて腹を括ったのか姿勢を正した。
「あたしはクレア・プリムローズです!分からない事があったら遠慮無く言って下さいね、シロさん」
『クレア先輩?宜しくお願いします』
「年上の人に敬語使われるのは慣れないなぁ…。あたしには気軽な口調で話して大丈夫ですよ」
一応教わる後輩の立場なので敬語を使っていたが、彼女は恥ずかしそうに照れてニッコリ笑う。
クレア先輩は僕を引き連れ、更衣室や休憩室の使い方を教えてくれた。僕の背丈に合わせた制服を出して来てくれて、男性用のロッカーで着替える。
細身の黒いズボンに白いワイシャツ、灰色のベスト。ジャケットもあるみたいだが、着衣自由だそうだ。
ネームプレートと、冒険者組合のバッチを胸に付けて、ブルクハルトに所属するギルド職員の証になる証明書を首から下げる。
『着れたよ、クレア先輩』
更衣室の前で待っていてくれた彼女にそう告げて出て行くと、現れた僕を見て何故か赤面していた。(可笑しな所があるなら、言って欲しいなぁ)
暫く放心状態だったクレア先輩の名前を何度か呼んで、やっと気付いた彼女が目を覚ませと自分を叱咤する様にぷるぷる首を振る。
「よくお似合いです!キツい所とか無いですか?」
『ウェストが緩いけど、どうかな』
僕はスーツみたいなズボンのウェストを摘んで、ずり落ちないか確認をした。
「ははは、シロさんは痩せてますから」
彼女は笑って、備品棚からベルトを探して渡してくれる。(いや、ちょっと待って)僕が痩せてるのではない。
彼女がいつも見ている冒険者の皆の体格が良過ぎるのだ。彫刻の様に見事な筋肉を持つ彼らと、城で平和に生きてきた僕では比べられない運動量の違い。
これでもアルバくんの身体になって、だいぶ筋肉が付いてる方でお腹だって割れてるし、決してハイジさんの言う様なヒョロヒョロとかではない。
ベルトをした僕は気を取り直して眼鏡を押し上げ、案内された2階の部屋の机に向かう。此処は冒険者達は入れない、数名のギルド職員しか居ない部屋だ。
以前の会社のデスクに似ていて、職員皆の机が並べられ所々に間仕切りが置いてある。棚には書類が詰められて、巻物やファイルも置いてあった。
「此処で書類の整理をお願いします!受領済みの判子が押されたのはこっちで、押されてないのはこっちです!押印前の物はランク毎に分けててくれれば助かります!」
『うん、分かった』
良かった、簡単そうなお仕事だ。僕でも手伝えると思う。書類の山は3つほどあるが、単純作業なので問題ない。
彼女は僕の向かいの席に座って、山の1つを自らの机に寄せて黙々と書類と睨めっこを始めていた。
「シロさんの家は此処から近いんですか?」
手を止めずに、新人の緊張を和げる為に話し掛ける彼女は気遣い上手だ。僕も彼女に倣い手を止めない様にしながら答えを返す。
『近くはないかなぁ、馬車で来ないと結構…』
「ば、馬車ぁ!?そんな遠い所から…」
『…、…えっと、でも歩くには遠いって程度なんだ』
「そんな距離を馬車で?シロさん実は貴族の生まれですか?」
怪しむ様なジト目に晒され、僕は少し落ち着かなくなる。張り付けた笑顔で『僕が貴族だったらアルバイトなんてしないなぁ』なんて正論を言って誤魔化した。
この分だと馬車で城から通勤してるのを見られるのは非常に宜しくない。城からの移動は結構掛かるから当然の様に馬車を使っていたから感覚が麻痺していた。
『それにしても、冒険者の人達はいっぱい居るんだね』
嫌な汗を掻いた僕は、へらへらしながら話題を変える。
「冒険者を見るのは初めてですか?」
『そうだなぁ、2人は友達が居るけど…こんなに多いとは思わなかったんだ』
ヘンリクとバッハが脳裏に浮かぶが、それ以外に僕は冒険者を知らない。冒険者ギルドは世界中にあるとは聞いていたけど、王都に1つギルドを設置しただけでこんなに人が来るとは思っていなかった。
魔族の冒険者、人間の冒険者、エルフ、ドワーフ、精霊族、亜人族、魔種族、様々な種族の冒険者がいる。彼らはやっと国交を始めたこの国の全貌を知りたい者や、興味本位や観光目的の者も多い。
「ふふっ、何せブルクハルトは最近国開きしましたもんね!冒険者だって来れなかった数少ない国ですし、シロさんがその数に驚くのも仕方ありません」
『クレア先輩は王都の生まれなの?』
「いえ、あたしはもっと東の…アンジェリカの町から出て来た田舎者です。王都にギルドが出来るって聞いて、猛勉強して雇って貰いました!」
椅子から勢い良く立ち上がり、クレア先輩のボリュームある淡いピンク色の髪が揺れる。
アンジェリカ…確か書類上見た事のある、僕が名前だけは知ってる町って事はブルクハルト王国の国内だ。
「絵本で読んで、小さい頃から夢だったんです!冒険者のお手伝いが出来る、ギルド職員!」
『そっかぁ、クレア先輩は夢を叶えたって事か。凄いね』
「ふふっ有り難う御座います!こうしてお仕事させて貰えるのもギルドマスターのハイジさんと、国の王陛下のお陰です!」
(ぶッ!!?)思いもよらぬ素早いカウンターが、ガラ空きだった僕の胴に直撃する。僕は努めて冷静に、そう、冷静に手を動かした。
『…そうだね。そう言えばハイジさんってギルドマスターだったっけ』
「魔大陸では名の知れた英雄なんですよ!元冒険者で、世界でも一握りしか認定されていないSランクだったんです!そんな人の近くで働けるなんて…」
『だいぶお酒飲んでたけどね』
Sランク冒険者って世界でも希少なんだ。そこに名を連ねるって事は、ハイジさんはああ見えて実は凄い人なのか。
「本人は飲んでる時は絶好調だって言ってます…」
『それ酔ってる人が言うやつだね』
僕は横目でチラリと先輩の書類を見て、『少し貰うねー』と言って半分の量の紙を攫った。
「えっ?ええっ!?」
驚いた様に瞬きを繰り返すクレア先輩は僕の机の上を見て大声を上げる。僕は会話中に2つの山になっていた書類の整理を終えて、彼女が自らの机に寄せた書類に手を付けていた。
「そっちもう終わったんですか!?」
『え?うん…印鑑が無いかと、ランク別だよね?』
「は、早過ぎます!」
自慢じゃ無いが、僕は単純作業だけは得意だったりする。PCのタイピングとか操作とか結構早い方だった。
これは僕にそう言った才能があるから、とかではなく不幸体質のお陰で身に付いた防衛本能だったりする。早くPC操作を終わらせないとフリーズしたり、停電したり、上書き保存を押し忘れていたり。
身の周りは整理整頓しておかないと、重要書類に飲み物を零したりと悲惨な事になり兼ねない。
「全部合ってる…。シロさん経験者ですか?」
僕が仕分けした書類を確かめたクレア先輩が、感心した様子で尋ねてきた。
『ううん、初めてだよ。ただ、単純作業は好きなんだ』
「凄いです!午後までに終わらせようと思ってた仕事が、あっと言う間に終わっちゃいました!」
此方に来て初めて、僕自身の事を褒めて貰った様な感覚に少し擽ったくなる。クレア先輩は嬉しそうに「少し休憩しましょう!」と言ってお茶とお菓子の準備を始めた。
『僕も何か手伝える事があれば…』
「じゃぁ、給湯室からお湯を持って来て貰えますか?」
渡されたポットを片手に教えて貰った給湯室へ向かうと先客がいた。煙草を吸いながら談笑していた2人の男は僕に気付いて会話を止め、不審者を見る目を此方に向ける。
「お前誰だぁ?」
「見ない顔だな…」
『どうも』
金髪のイケメンと、赤毛のイケメン。ジロジロと無遠慮な視線に晒されるが、僕は会釈をして笑顔をキープした。
社内での人間関係は良好でないと、後々面倒な事になるのは何処も同じだ。
「新人か?」
「随分時期外れだな…」
「あーーッ!」
僕の背後からクレア先輩の些か責める様な声が飛んで来る。それが聞こえた2人の男は焦った様に煙草を揉み消した。
給湯室にツカツカと入って来たクレア先輩は腰に手を当てて2人に詰め寄る。
「ラークさん、グレンさん!此処は禁煙ですよ!」
「悪かったよ」
「ハイジさんには言わないでくれ!」
勇敢にも彼女は勇ましく注意し、小柄な少女は2人を睨み上げた。彼らは顔の前で手を合わせ、ハイジさんへの報告を恐れている。それを側で見ていた僕を横目に、「それより彼、新人くん?」と金髪の人が聞いた。
「短期バイトのシロさんです!」
『先輩方、宜しくお願いします』
金髪さんと赤毛さんに笑顔でそう言うと、「嗚呼」と気の無い返事をされる。(傷付くなぁ)
「まぁ、足引っ張らないでくれよ」
「そうだな。ただでさえ忙しいんだからな」
「お2人とも!」
彼女の怒気を含んだ気迫から逃れる様にその場を後にした2人は、「じゃぁ、俺達もう戻るから」と手をヒラヒラさせた。
「もう!すみませんシロさん…悪い人達じゃないんですけど、業務が多くて余裕が無くて」
『大丈夫大丈夫、気にしてないよ』
ブラック企業あるあるパターンだ。過酷な業務で酷使された先輩は、後から入って来た後輩へ厳しい目を向ける事がある。
ハイジさんも言ってたけど、本当に忙しいんだなぁ。
「よしっ!シロさん!頑張って仕事覚えて、あの人達をギャフンと言わせちゃいましょう!」
『ぎゃふん…まぁ…僕なりに頑張るよ』
意気込むクレア先輩の横で、僕は情け無い笑みを浮かべた。
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