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三章 モンブロワ公国編
35話 舞踏会
しおりを挟む今夜の舞踏会へ向けて忙しなく準備がされる。魔王と金髪の少女、垂れ目の魔導師はパーティー用に準備していた衣服も船で救助した者達に渡したらしく、モンブロワ公国側が喜んで準備した。
ただ、魔王と言う事を隠して欲しいとステファンが頼み込んだ為、青年はルビーアイを隠す為に色付きの眼鏡をする事になった。
魔王がユニオール大陸に来たなど事実を触れ回れば、彼の二つ名も絶大な効力を発揮し戦争でも始まるのかと誤解されて怖がられても困る。
青年は二つ返事で了承し、ブルクハルト王国の魔王である事を隠して舞踏会へ参加する事となった。
ルビーアイはその名の通り、ルビーの様な色彩を放つ美しい瞳だ。精密にカットされた宝石の様に、様々な角度から光沢が見えるワインレッドの瞳。
宝石眼と言われる所以である。ただの赤い瞳と、ルビーアイとでは天と地との差があった。
現在の眼鏡をした青年の薄く色の付いたレンズから覗く瞳はグレー。余程近付かれる事がない限りはルビーアイだと目立つ事もない。
念の為前髪は下ろしたまま目元を隠した。城から借りた黒いタキシードに身を包み、白い手袋をする。
胸ポケットに招待客に配られたというカサブランカを差して部屋を出ると、金髪の少女と垂れ目の魔導師が待っていた。
「お兄様、とてもお似合いです!」
「アルバちゃん脚長いからタキシード似合うね!普段の格好もカッコイイけど!」
そう言う彼女達もドレスを身に纏いおめかしをしている。普段は下ろしている長い金髪を結い上げ高い位置に纏めて黄色の花と黒いリボンが髪を飾っていた。ドレスは黄色を基調とした肩が出た大胆な物だ。
垂れ目の少女は湖色の大輪の花を耳に掛け、そこから黒いレースのリボンが動きに合わせて靡く。衣装は胸元が開いていて、水色の生地に黒のレースが付いた大人っぽいドレスだ。
2人ともほんのり化粧をしていて、見た者が振り向く程の美人である。
『2人とも綺麗だね』
「どっちの方が綺麗ですか?お兄様!」
「ねぇ、どっちぃ?」
『2人とも同じくらい。僕には決められないかな』
眉をハの字にして頬を掻いた青年の両腕に美女が絡み付いた。
「アルバちゃんにぃ、エスコートしてもらえるなんてサイコー!」
「ちょっと、ララルカ!くっ付き過ぎ!」
押し問答が繰り広げられていたが、魔王は困った様に微笑んで歩き出した。
ステファンと目見えた広間でパーティーが行われている。締め切っていたテラスの窓は開け放たれていて、そこから見事な庭園や噴水が見えた。
煌びやかなシャンデリアの下、立食用の料理が並び、ボーイがシャンパンやワインを運ぶ。沢山の貴族が招待されており、自らの領地や家柄、如何に優れた跡取りが居るかなど自慢話に花を咲かせていた。
「よく集まってくれた、親愛なる諸君。今宵は楽しんでいってくれ」
主催のステファンがグラスを掲げると、他の貴族も其々グラスを掲げ乾杯をする。そんな中で魔王は2人の側近と共に壁際に寄り冷茶を飲んでいた。
「え~?此処のシャンパンって水で薄めてるぅ?あんまり美味しくないなぁ」
「仕方ないわよララルカ。此処は人間の国なのだから。普段飲んでる物と比べるのは可哀想だわ」
『こらこら2人とも。誤解を受ける発言は、止めておこうね』
金髪の少女はシャンパングラスに口を付け、舌を出して見せる。ワインを飲んでいた垂れ目の魔導師は冷静に返すが、そこには明らかな侮蔑が含まれていた。青年がイシュベルトの存在に気付き、小さく手を振る。
「陛下、何ともよくお似合いです」
『君もねマイン男爵』
イシュベルトが正しい所作のお辞儀をし、普段とは違った魔王の姿に息を飲む。そして付き従う女性2人に向き直って挨拶をした。
「五天王のお2人も、今宵は一段とお美しい」
「ねぇ、イシュベルちゃん!シャルルちんと私ぃ、どっちが一段と美しい?」
「勿論私よね?マイン男爵?」
「そ、それは…」
『2人とも、マイン男爵を困らせないの』
押し迫る彼女達の肩を抱いて、狼狽るイシュベルトから剥がす。魔王は困った顔で『ごめんね?』と謝った。
「陛下、その色眼鏡は…」
『嗚呼、これかい?今日、僕は1人の貴族として招待された事になってるんだ』
「……成る程、大公閣下から」
『そう、頼まれてね。僕としても大騒ぎになって欲しくないし、恐がられるのも傷付くし、瞳さえ隠せば僕は有名じゃないし』
魔王は前髪を摘んで瞳を隠す様に下ろす。イシュベルトは此方の国の事情で、窮屈な思いをしているのではと唇を噛んだ。
「…申し訳ありません、陛下」
『何で謝るの?こっちの方が僕としても気楽で良いよ。魔王が招待されてる、だなんて皆知ったら楽しめないし、誰も来なかったと思うよ』
気にした素振りも見せず白髪の青年は、『ってな訳で、マイン男爵も僕の事はシロって呼んでね』と笑う。
「シロ様、ですか?」
『様も要らないんだけどなぁ』
「何を仰いますか…!」
青冷めてイシュベルトは恐れ多い、と首を振った。
「ではシロ様、大公閣下にご挨拶して参りますね。また後程」
『うん。行ってらっしゃい』
イシュベルトの背中に手を振って見送った青年は小さな声で『…あれ?それって舞踏会においてのマナー?』と零す。そして玉座に座るステファンを見て、その前にズラリと行列を作る貴族を前に理解した。
『…行列が終わった頃に、僕も並んでお話しに行こうかな』
軽く息を吐いて、冷たいお茶を飲む。すると、ステファンへの挨拶を終えた貴族が魔王の前に群がった。
「初めまして、貴方は何方のお生まれですの?」
「良ければお近付きになりたいわ」
「私はパラミア公爵家の者だが、君は?初めて見る顔だ」
詰め寄られた勢いで口籠る白髪の青年はズレた眼鏡の位置を正す。
『え、えーっと…』
「お兄様とお話しするなら私達を通して下さいな」
「そぉだよ!シロちゃん驚いてるじゃん!」
たじたじの主人の前に出た少女達に、周りの目が向いた。
「なんと美しい!」
「是非、ダンスを一緒に踊ってくれまいか」
今度は彼女達まで巻き込まれる。「ちょ、ちょっとぉ」と困憊した金髪の少女の視線に、何を勘違いしたのか魔王が『ダンス?行っといで』と和かな笑顔で見送った。
ホーリー・アランは苛々とその様子を見て、爪先で床を叩いている。まさか、船の持ち込んだ積み荷を殆ど棄てているとは思わなかった。
あの中には大金貨数万枚に数々の美術品、宝物、珍しい鉱石、価値ある物が沢山有った筈だ。それなのに、救助した平民の為に海へ投棄するなど、馬鹿のやる事だ。価値を全く分かっていない。
ステファンは受け取らないなどと言っていたが、あの素晴らしい宝の山を見て受け取らない筈が無い。
あれが有れば今頃は、ホーリーの爵位も伯爵から侯爵…いや、公爵の地位を賜っていたかもしれないのに。憤った彼は親指の爪を噛んだ。
そもそも何故、魔王を連れて来た自分を誰も褒めない?国が滅亡する様な心配は何も要らない。今日ではっきりしたではないか。
彼はただ謝罪に来たのだ、自らの愚行を。モンブロワ公国に彼は何も出来ない。ちょっと戦場で武勲を納め、それが大層な二つ名となりユニオール大陸まで尾鰭背鰭、胸鰭までくっ付けて大袈裟に流れてきただけの事。
まるで恐るべき魔王の様に語られていたが、実際は冴えないただの魔族だ。自らが振るうサボりがちだった剣でも首を取る自信がある。(それ程に弱小…!)何を弱腰になる必要がある。国交させるのであれば、強気に、門を此方に開いて有益な物を差し出せと言ってしまえば良い。今の様に接待する必要も無いではないか、時間の無駄だ。
鬱憤を溜めたホーリーがシャンパンを呷り、グラスを空にする。そしてニィと口角を上げた。家が伯爵と言う事もあって、古くからの馴染みの元へ歩いて行く。
「ご無沙汰してます、ダーニー伯爵!」
「おお!アラン伯爵!久々だなぁ!」
仲睦まじく挨拶をして再会を祝って肩を叩き合った。そしてホーリーは声を潜め「実はダーニー伯爵!気になる事を聞きまして」と彼に耳打ちする。
「何と!この会場に平民が混ざっていると!」
「しぃー」
驚いた顔をしたダーニーは、ホーリーの仕草に合わせて声の大きさを落とした。
「それは、非常に不快ですな…平民などと、同じ空気を吸っていると思いたくもない。して、誰かな?」
「あの男の様ですよ、」
ホーリーは身体の内側で周囲に分からない様に指を差して見せる。
「あの、白髪の男か…?服は…見事なモノだが…」
国随一のブランドを誇る貴族としての正装を身に纏っていた。
「あの服ですが、実は正装を持っていなかったあの男に見兼ねた大公閣下がお貸ししてる様です」
「なんと!下賤の民は着る服もないと…」
「大公閣下はお優しいですからな。あの平民も今宵1度だけの甘美な夢を見せて貰っているのでは?」
「許せんな…。おい、プランクト子爵聞いてくれ」
直ぐ隣で話していた、腹が出た男にダーニーが声を掛ける。話し掛けられた彼は随分酒を飲んだらしく、真っ赤な顔をして話を聞いた。
コソコソと耳打ちされる様な会話の合間に「何だって?平民だと?」と厭忌を滲ませた声が聞こえる。
上手く転がり始めた石に、ホーリーがニヤリと嫌な笑みを浮かべた。
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