冷酷無慈悲で有名な魔王になってしまったけど、優しい王様を目指すので平穏に過ごさせて下さい

柚木

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三章 モンブロワ公国編

28話 会議

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 ブルクハルト王都にある巨大な城の、あらゆる盗聴、傍受、覗見の外部からの魔法を全て断絶する効果を秘めた会議室の中で何時もとは違う一団が話し合いをしていた。

 難しい顔のイシュベルト、不機嫌そうなホーリー、仏頂面のヘンリク、それを窘めるバッハ、そして壁際に落ち着かない様子のマルコ。

 通信石を中心に、4人の男達が円卓を囲んでいる。先程、城に仕えるメイドが珈琲と紅茶の希望を聞き、要望の物を持って来て一礼し退出した。

 其々のカップの湯気が少し薄れた頃、通信石に呼び掛け直接大公と話す段取りをつけて貰った。事のあらましを聞いたモンブロワ公国のステファン・ビルク=モンブロワ大公は通信石の向こうで大きく息を吐いた。

 ステファン・ビルク=モンブロワ大公はモンブロワ公国の貴族を束ねる王だ。今年でめでたく喜寿を迎え、しかしその眼光は全盛期から衰えず尚も健在である。

「まさか、犯人が名乗り出るとは…」

「全くです大公閣下!」

 ステファンの疲れた声にホーリーが大きく頷き、大袈裟に反応した。

「しかもラピスは毒花だと…?間違いないであろうな?」

「……間違いありません。確かな証拠となるデータを、直に見せられましたから…」

 イシュベルトが重々しく答えると、通信石は暫く無言になり、次に聞こえた声は一気に老け込んでしまったのではないかと言うほどに弱々しかった。

「何と言う事だ…」

 ラピスという花を保護していたのは国で、それは考え方によればモンブロワ公国がブルクハルト王国に痛手を与えていたと言っても過言では無い。
 実際に死者まで出ている以上、本来であれば責任追及を受けても可笑しく無い状況だった。花を管理していた職人が全員甘い汁を啜っていたかは、事実関係を調べさせた調査員が先程青冷めた様子で戻って来たので言わずと知れた。

 花がもう無い事、その責任者が既に殺されている事は、モンブロワ公国にとって喜ばしい事ではない。

 ブルクハルト王国の王にもしも、自国の民を苦しめ殺めた事、どう償うつもりだと問われた時に、花を処分する方法、責任者の首を送ると言う方法がとれないのだ。

「どうしろと言うのだ…」

「大公閣下、ブルクハルトの王は大変穏和な人物です。誠意を持って話せば、争いにならずに済みます」

「はは…【鮮血】か…。冷酷なキュプロクスなのだろう?」

「とんでもありません、大公閣下!彼は、…そう、容姿端麗と言う言葉では表せもしません…。断じてキュプロクスなどでは」

「ほう、堅物のお前がそこまで言うのなら、誠にその通りなのだろうな」

 イシュベルトはその廉潔さと生真面目な性格からよく堅物と呼ばれる事がある。周りからは、だから出世出来ないのだと馬鹿にされる事もあったが、彼自身は謹直は事は悪い事ではないと思っていた。
 ステファンも彼の真っ直ぐで堅実な人柄を買っており、信頼している。

「……其方の、軍事力はどうだ?」

 話し合いで解決出来ぬ場合、下手をしたら戦争になる。勿論話し合いで解決出来るのが最善だが、万が一という事も。
 相手はあの、【鮮血の魔帝】なのだから。

「軍部までは…ヘンリク、どう思う?」

「…そうっすね」

 イシュベルトは冒険者の知識と経験を生かして、教授してほしいとヘンリクを見た。彼は言いにくそうに眉を歪めていたが、ステファンに聞かれたら答えない訳にはいかない。

「正直言って戦争にはならんと思います」

「それは…」

 意味を掴む事が出来ず、イシュベルトは首を捻った。

「おっと、回避出来るとかじゃなくて勝負にならんって意味ですよ」

「なんじゃと?」

「戦争なんて呼べもしない、一方的な虐殺を受ける事になる」

「……続けてくれ」

 ステファンが促す。

「まず、あの魔王に仕える側近達がヤバイ。見て驚いたが【粗暴羊ブルートゥル・シープ】に【狂犬マッド・ドッグ】【神速スイフト】【氷女王アイス・クイーン】魔族の中でも最悪が集まってる」

 その後にバッハも続いた。

「俺も驚きましたよ。【粗暴羊】って言やぁ、1人で魔族の精鋭揃いの軍隊を皆殺しにしたって噂もある。戦場での荒々しい様子は帝国の兵士がトラウマになる程だったとか」

 まさかあの、巻角の少年が?イシュベルトは黙ったまま生唾を飲んだ。

「【狂犬】はあの人の良さそうな眼鏡の男…魔大陸パロマ帝国の生まれらしいですが、あまりに酷い人体実験を繰り返して国に居れなくなった狂人。昔は【気狂医者マッド・ドクター】って名前だったがブルクハルトに仕える様になって大人しくなったって事で待てをされた犬って意味も含まれてるようです」

「【神速】はその名の通り神速。花畑の人間も、自分が殺されたって分からなかっただろうな…こんな化け物に殺られたんじゃ、よ。あの殺気には鳥肌が立ったゼ。【氷女王】は氷魔法を好んで使う魔導師だ。高位の魔法を使い熟し、その魔力は莫大だ。モンブロワ公国の魔導師なんて赤子同然だぜ」

 ステファンは不服そうに唸るが、経験豊富なヘンリクの言葉に言い返したりはしなかった。

「玉座に武器を持ち込んで良いって言われた時は、信用され過ぎてんのか?って思ったが、なんて事はねぇ。武器を持ってようが持ってまいが、奴らにとっちゃ関係無ぇのさ」

 ヘンリクが疲れた様に身体を仰け反らせ、背凭れに身を埋める。冷めた珈琲を飲み干し、「おいおい、冷めても美味ぇな」とカップの底を凝視していた。

「で、では、あの黒髪の女性は?」

 イシュベルトが、魔王陛下に1番近くまで登る事を許された美しい女性について、ヘンリクとバッハに前屈みで尋ねる。

「あの女は…」

「私達も知らないですね」

「そうか、なら彼女は裏方の仕事をしている秘書セクレタリーの様なものなのかもな…」

「もしあの女も桁外れに強いとしたら、ブルクハルトは難攻不落だな!はっはっは」

 ふざけた様に笑うヘンリクに、イシュベルトは「言ってる場合か」と注意する。すると今まで黙っていたホーリーが口を開いた。

「リリアス殿がその様な事あるまい。あの美しい指先…とても武を嗜んでるとは思えない!」

 ホーリーが口付けする際に触れた彼女の手は細く清らかであった。マメやタコは当然、ささくれの1つも無く、とても武器などを持つ手ではない。

「可憐な人だ、虫も殺さぬ様な笑顔だったではないか!」

 聞いていたヘンリクが「あのよぉ」と呆れた様に口を挟む。

「アラン伯爵、もう俺達の寿命を縮めるのは止めてくれ。大人しくして、あの魔王に突っ掛かるな」

「そうです。俺達はまだ生きていたい。もしも彼が噂通りの性格だったら俺達は今頃この世に居ない筈だ」

「……陛下が止めて下さらなければ、【神速】に殺されてましたよ」

 3人の猛攻にホーリーは少しばかり狼狽え、舌打ちをして煙草に火を灯した。

「つまり、戦いになれば国が滅びると言う事じゃな」

 通信石の向こう側でステファンが暗い溜め息を吐く。それが会議室の中に重々しくのし掛かり、改めて現実を知らしめた。

「今まで国交を行なっていない事が不思議な国でしたが、訪れてみてよく分かりました。国交をしなくても非常に豊かで、様々な部分が発展した最先端を走る国です」

 イシュベルトが街の様子を目の裏に思い浮かべて大公に報告する。

「国の財政面もゆとりがあります」

「つまり、此方から差し出せる物などには興味も唆られんかもしれぬ、と…。はは、…友好な関係どころでは無く手詰まりじゃな…」

「いや、お待ち下さい大公閣下!」

 いきなり立ち上がったホーリーが両手を机に叩き付け、ガチャンとカップが揺れた。咎める視線も目に入らないまま、大きな声を出す。

「友好関係を結ぶチャンスはあります!この俺、ホーリー・アランにお任せ下さい!」

「ほう?」

 現状を打破出来る可能性があるならば、とステファンは耳を傾けた。

「あの魔王を俺が主催するパーティーに招待したのです!きっとモンブロワ公国が素晴らしい国だと知り、争いにもならず、国交を申し込んで来るに違いありません!」

「な…っ」

 大公は言葉を失い、イシュベルトは額を抑えた。冒険者2人はなんとも言えない表情をしている。

「愚か者がッ!!」

 ステファンがホーリーに怒鳴った。しかし、本人は何故怒られたのか分からず通信石に言葉を続ける。

「な…何故ですか!?何故俺が…」

「はぁ…はぁ…、ホーリーよ、我が国にドラゴンを招いて無事で済む訳が無かろう」

「ドラゴン?とてもそうは…。ずっとへらへらした調子の、ただの魔族に見えましたが。仮に部下は強いとしても、魔王自身はそれ程とは思えません」

 ホーリーの率直な印象だった。白髪の青年は強者が持つ様な覇気や雰囲気は一切無かった。表情にも締まりがなく、情け無い困った様な笑顔を浮かべている。

 剣の練習をサボっていたホーリーだが、あの魔王なら倒せるのでは、と思ってしまう程に隙だらけだった。
 だからあんな者に媚び諂うのは彼の中で許し難かったし、耐えられない。何より、女神の様な美しい女性を侍らせて玉座に座る不遜な態度が気に食わない。

「はぁ…イシュベルト、魔王についての詳細が知りたい。どんな遣り取りをしたのかも教えてくれ」

「はい!」








 イシュベルトが白髪の青年との会話を事細かに説明すると、ステファンは暫く沈黙した。円卓を囲む者は静かに息を飲む。

「最初、魔王は此方にラピスラズリの知識があると認識して話しておったのだな?」

「は、はい。国でそう言う商売をしてる事に対しては自分は何も言うつもりはない、…と。途中話が噛み合わないと思ったのか困った顔をしていましたが」

「ふむ…」

「彼の部下に進言をされて、初めて此方に花の知識が無いと気付いた様子でした」

 見たありのままを伝えると、ステファンはまた間を開けた。彼の中で様々な憶測や推理が駆け巡っているのだろう。

「魔王は、かなり遣り手かもしれんな…」

「どう言う事です?」

「そもそも、我々が何の前連絡も無しに国境を訪ねたのはラピスを焼き払った魔族がその国に居ると確信してやって来たと強気に見せ掛ける為じゃ」

 イシュベルトは頷いたが、ホーリーは初耳だった。

「肝が冷えた魔王が、お前達を丁重にもてなしておったのかと思ったが、花の事を考えるとそれはあるまい」

 魔王は目的の為に、演技をする事にした。どんな理由があろうと、花を焼き払った此方が全て悪いと言ってのけ、罵声や恨み言を甘んじて受ける。
 どれだけ花が大切にされ国で保護されていたのか言質を取った後、ラピスラズリの存在を匂わす。

「では…」

「部下の的確なタイミングでの進言も、予めそう言ったフォローをするよう頼んでおったのであろうな」

 魔王は直ぐに謝罪をし、多額の賠償金の提示をし、先に誠意を見せた。ラピスラズリの存在を知った我々は先刻の、ラピスを大事に育てていた事で後ろめたさが残る。
 更に、殺害された職人が薬剤を製作するのに協力していた罪人だと知り、ブルクハルトで大量の死者が出ていた事も教えられ、明らかに此方の立場が悪くなった。
 彼の誠意を、モンブロワ側がそのまま返さなければならない状況に陥った。

 そんな中でホーリーが美女に現を抜かし、自身が主催するパーティーに招待する。それに魔王自ら行きたいと言えば美女を誘った手前、彼を断る事は出来ない。
 モンブロワ公国へ難無く侵入する事が出来て、招かれたと言えば面倒な入国の手続きも必要ない。

「ならば、その美しい女性とやらを案内に付けたのも全て計算か…?」

「まさか…、そんな!彼は、」

 全て演技であったと言うのか。あの、表情一つ一つが。イシュベルトは戦慄した。(恐るべき策略だ…)

「クソッ……では、大公閣下…。その狡猾な奴はモンブロワ公国で一体、何を…」

 利用されたと憤るホーリーは悪態を吐き、ステファンに問い掛ける。

「何じゃろうな、…まだ分からん…。国に入った途端に宣戦布告し侵略してくるやもしれん…」

「そんな…」

 (そんな事をするだろうか?)イシュベルトは戸惑っていた。実際に会った白髪の青年の印象と、ステファンが語った智謀を巡らす魔王は余りに違い過ぎていて。

「ひとまず、ホーリー。パーティーとやらは大公主催で行う。伯爵家が主催する物など、たかが知れておる。今回の件で万が一、国が滅ぶ様な事があれば…分かっておるな?」

「……っ」

「わしが生きていれば、自ら貴様の首を撥ねてくれようぞ」

 冷や汗を流したホーリーは身震いする。今までで聞いた事もない程に冷たく容赦の無い声だった。


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