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三章 モンブロワ公国編
24話 姉妹
しおりを挟む『ねぇ、ルカ』
「どしたのぉ?アルバちゃん」
体調も快癒した僕は居城に戻り、何時もの様に怠惰な日々を貪っていた。
名ばかりの執務室で資料と睨めっこしているとララルカ(呼び難いのでルカと呼ぶ事にした)が肘掛に枝垂れてくる。
『ちょっと動き辛いのだけど』
「えぇ~?良いじゃん」
王都の最新の情報紙を広げて思案していた僕の右腕を攫って、ルカは恋人繋ぎをしてニヤニヤしたり僕の指を1本ずつなぞって奇声を上げたりしていた。
「だってぇ、ずっと任務で会えなかったんだよぉ?私もアルバちゃんの為に凄い頑張って来た訳だからご褒美が欲しいなぁ」
『ご褒美?』
「えへへ~、うんうん!」
『分かったよ、リリスにお給料弾む様に言っておくね!』
大陸を渡って出張なんて特別手当が出ても良いよね。何でも彼女はリリスの命令で人間が多く住むって言うユニオール大陸へ行ってラピスラズリの原料の花、ラピスの原産地を調べていたらしい。
「ちっがぁう!もぉ~アルバちゃん…」
『ん?なんか、ごめんね?ホラ、言ったじゃない。僕は君が出張中に今までの記憶無くしちゃったって』
「…聞いたぁ。私の事も本当に覚えて無いのぉ?」
覚えて無いと言うか、知らない。ルカは唇を尖らせて、拗ねている。特別給金がご褒美にならないって、一体何が彼女のご褒美になるの?
「見付けた時、今までのアルバちゃんとは全然違ったから戸惑ったけど…記憶喪失って聞いたら納得だったかもぉ」
『ごめんね?』
「ううん!アルバちゃんはアルバちゃんだし、良いよ!記憶無くてもちょー強いし頭良いし、前よりすっごく優しいし!」
ルカはにっこり笑って、座ってる僕と目線を合わせた。
『何も覚えて無いから、ルカが喜ぶご褒美も分からないんだよね』
「それなら!」
思い付いた様に、ルカは僕の膝の上へ飛び乗り跨って首の後ろに腕を回してくる。僕は至近距離の彼女に戸惑ってのけ反って、背凭れへ背中を付けた。
「私が教えてあげるね?私が滅茶苦茶喜ぶ、ご、褒、美!」
淫靡な甘さを含んだ声でそう言われ、顔を近付けてくる。(え?このままじゃ僕とキスしちゃわない?)
現状を理解していない脳味噌が警鐘をやっと鳴らした時、執務室の扉が開いた。
「失礼致します、アルバ様…」
天女の様な微笑みを浮かべたリリスが入室し、僕とルカの痴態を目にして刹那固まる。
「らららら、ララルカ!?貴女…っアルバ様に…っ」
「あぁ~良い所だったのになぁ」
「不敬よッ!」
「ノックしないリリア姉様もどうかと思うよぉ?」
「したわ…!貴女が、っ夢中で気付かなかっただけでしょう?」
明るい調子でルカが僕から降りて、椅子の後ろに回った。其処からひょこ、と顔を出してリリスと砕けた遣り取りをするのを見て僕は思ったままの感想を口にする。
『ひょっとして、君達、姉妹?』
口喧嘩をピタリと止めたリリスが、少し言い辛そうに答えた。
「仰る通りです、アルバ様…」
『ファミリーネーム違うけど、雰囲気見てたら何となくね。ルカもリリスの事お姉様って呼んでたし、』
「腹違いだけどね!ファミリーネームはお互い父方と母方の姓を名乗ってるんだぁ」
言われて見れば、目鼻立ちがちょっとだけ似てる気もする。
リリスが月ならルカは太陽の様に纏う空気も極端だが、それでいて何処か似通っていた。
『そうなんだね』
「幼少の頃は殆ど会った事は無かったのですが…まさかこんな風に育っていようとは」
「リリア姉様、それどぉ言う意味ぃ?」
ムッとした声を発するルカは本気で怒っていない事が分かる。彼女のガチ切れはこんなもんじゃない。
小さな時は会ってなかったけど、大きくなって再会したって事かな?事情がありそうなので、僕は黙っておいた。
『リリスもルカに対しては、何だろう。素が出ると言うか』
「御見苦しい所をお見せして、申し訳ありません。更に愚妹の御無礼お許し下さいアルバ様…、この子は少し…いえ、とっても、分を弁えない所がありまして」
深々と頭を下げるリリスに『全然大丈夫だよ』と笑顔で言うと、彼女は恐縮していた。
「ララルカ、アルバ様がお優しいからって調子に乗らないで」
「なぁに、それぇ?リリア姉様もリリスって呼んで貰ってズルいじゃん!」
「わ、私は五天王統括、最高幹部だから良いの!」
「あー!役職は関係無いもんね!」
子供っぽく舌を出すルカと、唇を噛むリリス。
「そもそもアルバちゃんが記憶を無くしちゃったって、どーして教えてくれなかったの!?」
「貴女が任務を放っぽり出して戻って来ちゃうと分かっていたからよ!」
「違うでしょぉー?リリア姉様は今のアルバちゃんを独り占めしたかったんでしょ?」
「ち、違います…っ」
「目が泳いでるよぉ?」
うん、分かったから君達。僕を挟んで喧嘩をするのは止めようか。
僕が座った椅子を挟んで口喧嘩をする姉妹を穏やかに見守っていると、「そもそも、ララルカ貴女…私に報告し忘れてる事はない?」とリリスが真面目な顔をする。
「ない、…と思う」
「貴女に与えた仕事は?」
「ラピスの原産地調査」
「突き止めたの?」
「しっつれーな!ちゃんと行って調べて突き止めて、ぜーんぶ、燃やしてきたよ!」
リリスはやれやれと額を抑えて「私は調査だけお願いしたのよ」と呆れ声を発した。
「なぁーんでぇ?あの花があるからリリア姉様ずっと苦労してたじゃんっ」
「良い?あの花の生産地はユニオール大陸の、他国なのよ。そこを焼き払ったのがブルクハルトの国の者だと知れたらアルバ様にご迷惑が掛かるわ」
ユニオール大陸は確か人間の大陸。ラピスがあった生地は如何やら他国の私有地の様だ。(そう言えば燃やしたって言ってたなぁ)
「誰にも見られてないよぉ?」
「あの花の養殖は土地を突き止めて近々辞めさせるつもりだった。でも、あくまで事故に見せ掛ける予定だったの」
『まぁまぁリリス。ルカも国と姉の君を想って行動したみたいだし、許してあげようよ』
「しかし…」
『ラピスなんて危ない花、燃やして正解だと思うよ』
「アルバちゃん…っ」
僕の机に広げていた王都で発行している情報紙面が何社か。写真のない新聞みたいな物だけど、〔国内に蔓延る薬物、国王陛下の手によって組織、売人諸共殲滅〕との大きな見出しで始まる記事。
違う、違うんだ。殲滅だなんてとんでもない。
僕は何もしてないし、売人は憲兵に捕まって然るべき罰を受ける筈なんだ。しかし〔薬物の脅威去り、民衆は歓喜〕との言葉も。
〔国民の為国王陛下自ら奔走〕〔スラムが無くなる日も近い〕など書かれてる新聞もある。
僕が見世物として出演した事実は一切書かれてないが、真実は別にしてポジティブな記事が多い。強力な薬物が出回り国としてどれ程、困憊していたのか分かる。
それに、調べた所によると、あの花はモレルしか密輸に成功してなかったみたいだけど、根源を絶たないと同じ様に欲に溺れ何らかの形で持ち込む輩が出たかもしれない。
もう薬の元になる花が無いと分かっていれば、僕としては凄く心が軽い。スラムの中毒者もシャルが率いる魔導師達が治癒して回って回復に向かってると聞くし、これ以上不幸な人を生まない為にも必要な処置だったと言える。
(ただ、そうだな)希望としては花が燃やされた国は迷宮入り事件として泣き寝入りしてくれたら、凄く助かるのだけど。
『リリス、花があった国って?』
「ユニオール大陸の西部に位置する、モンブロワ公国です」
『公国…』
確か貴族が治める国だったかな。僕が考える様に頬杖を突いたその時「たたた大変なのですー!」とリジーの騒がしい声が執務室へ突き抜けた。
些か乱暴に扉を開け放ったリジーは転んで、しかし何事も無かった様に「報告するのですッ!」と緊張した面持ちで言葉を続ける。(大丈夫かい?鼻血出てるよ)
「海の竜騎士から先程城へ連絡が入り、モンブロワ公国の使者を名乗る人間が3日後王陛下への御目通りを希望してるそうなのですッ!」
竜騎士と言うのは国境警備隊みたいなもので、空、海、陸地の国境付近を交代で警備してくれてる集団だ。
確か海は、古代魚のモササウルスに似た大きな魚竜を乗りこなして警備する人の挿絵が入った本を読んだ事がある。(因みに、竜騎士の親分はメルだ)その人の連絡って事は、間違いでは無さそうだ。
「…脆弱な人間風情が、アルバ様へ御目通り?」
眉を寄せたリリスが明らかに不機嫌そうな声を出す。
『うーん、正直気は進まないけど、もう来ちゃってるなら仕方無いよね…』
僕は礼儀作法やマナーを知らないから、何か失礼をしたら大変申し訳ないのだ。でも国境まで既に来てしまってると言うなら、無下に追い返す訳にも行かないし会わないと失敬だよね。
「…ん~、皆殺しにしたから見られてないと思ったんだけどなぁ。迷惑掛けてごめんね?アルバちゃん…」
『大丈夫大丈夫。ルカを探しに来たとは限らないし、何とかなるよ』
僕は掌にじっとりと嫌な汗を掻きながら笑って見せる。僕の土下座と賠償金とかで済めば良いんだけどなぁ。
『よし、リジー。先方に会うと伝えてくれる?竜騎士の皆には僕の初めてのお客さんだから、丁重に、と』
「わ、分かったのです!」
『リリス、3日後に間に合う様、準備を頼めるかい?』
「ハッ!アルバ様の御心のままに」
『後はそうだな…』
僕は頼り無い笑顔で『僕は礼儀作法に疎いから、何か失礼をしたらフォローもお願いしたいかな』と心内を吐露する。
「私は私はッ!?」
ルカが浮き浮きした様子で僕の裾を引っ張った。
『ルカは当日、僕が粗相をしないように見張っといて』
大事な場面で失敗るのが僕だ。
失敗出来ないプレゼンで資料を忘れたり、取引先に失言したり、出張に出ればスマホと思って持って来たのがテレビのリモコンだったり。
力む程にドジをやらかす。いつでも自然体のルカが近くに控えてくれてたらきっと心強いだろう。
『でもそうだなぁ、3日後まで時間もあるからまずは此処にいる皆でティータイムにしない?』
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