冷酷無慈悲で有名な魔王になってしまったけど、優しい王様を目指すので平穏に過ごさせて下さい

柚木

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二章 見世物小屋編

18話 代償

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 ニコの所に戻る時にはすっかり夜になっていた。僕が目隠し用の幕布を捲ると、其処に居たニコがビクッと反応する。また膝を抱えて木箱の横で丸まって居た様だ。

『ただいま、ニコ。遅くなってごめんね、』

 僕は笑顔で帰宅を知らせる。ニコの紺色の目が動き、此方をジッと見た。

「……」

『何か、急に呼び出し食らっちゃってさ』

 へらへらそう言うと、彼女は弾かれる様に立ち上がる。ニコの過剰とも言える反応に僕は驚いて、彼女に顔を向けた。

 彼女の立ち姿を見て、僕は違和感に気付く。暗くても分かる、また新しい傷が増えていた。目の周りが青く片目が赤い、腕に真新しい青痣が出来ていて、膝には擦り傷があった。

『ニコ、それ…』

 僕が顔を顰めて傷を問い質そうとすると、ニコはそれに構いもせず食って掛かる。

「薬、飲んだ?」

『え?』

「飲んだ!?」

『飲んで、ないけど…』

 あの得体の知れない錠剤の事かな。思い当たるのはそれしかなくて、僕は正直に答えた。すると、ニコは先程の勢いを失いまた僕をジッと見据える。

『えと、吐き出しちゃったんだよね…』

「……」

『あれ、飲んだ方が良かった?飲まないと身体が爆発したりするの?』

 少し怖くなって、ニコに聞いてみるけど彼女は黙ったままだった。でも、先程のニコの焦り方は普段の彼女を知る者からすると尋常じゃない。

 暫くして沈黙していた彼女は「あれは飲まない方が良い」とだけ声を発して身体を丸めた。

『分かったよ』

 自分の選択が間違っていなかったと肯定され、ホッと息を撫で下ろす。僕はニコの前に座り、傷の様子を確かめた。

『また派手にやられたねぇ。大丈夫かい?』

「大丈夫」

 腕を手に取り、腫れや痣の程度を見るが骨に異常は無さそうだ。恐らく、彼女が拐かしに協力し恨みを買った連中だろう。1人や2人ではない事が傷の惨状から読み取れた。

『傷薬とか、包帯とか貰えないの?』

「ない」

『それは酷いな』

「大丈夫、慣れてる」

『こんな事に慣れなくて良いんだよ』

 僕は鬱血した眼球を覗いて視力に影響が無いか確かめながら、ニコに言葉を返す。それを聞いた彼女は、此方を黙って見ていた。

「もしシロの前で、アタシが殴られても反応しちゃダメ」

『何で?』

「見なかったフリする」

 女の子がリンチにあってる現場を目の当たりにして、知らないフリをするのってちょっとな…。確かに僕は弱いから何とか出来る自信はないけど、止めに入るくらいはする。

「シロも殴られる」

『まぁ、その時はその時って事で』

「2人で殴られる事、ない」

 紺色の目が、少し揺れていた。初めて見せた彼女の表情に、目を奪われる。

「むきゅ、」

 僕がニコの頬を人差し指と親指で挟むと、彼女が間抜けな可愛らしい声を発した。僕はへらへら笑って、彼女が威嚇する子猫みたいに睨み付けて来るのを適当に受け流す。

『ニコがそんな顔する必要ないよ』

「……」

 ローブをニコに渡して、僕は昨日と同じ場所で横になった。

『、くしゅっ!』

 僕はくしゃみをして身震いをした。流石にこの時期に夜水浴びするものじゃないなぁ。髪は濡れたままだし、毛布も薄くて暖かいとは言えない。

 するとニコが僕に近づいて来て、『どしたの?』と僕が聞く前に毛布に転がり込んできた。

「シロ、寒がりだから」

『あはは、有り難う』

 僕は腕で枕を作って横向きになり、その前にニコが丸まっている。毛布が行き届く様に彼女に掛けてやると、僕は大きな欠伸をした。

『おやすみ、ニコ』

「……」

 先程よりも暖かく感じる毛布に包まり、僕は目を閉じた。





















 次の日、目が覚めるとニコはもう居なかった。暫く座って寝ていた脳を活性化させ、目を擦りながら立ち上がる。
 (甘い物が食べたいなぁ)糖分は僕にとってガソリンみたいな物だ。食べないと思考力と集中力が極端に落ちる。

 エリザとリジーは如何してるだろう?城へ戻っているだろうか。僕が戻って来ないと大騒ぎしてないと良いけどなぁ。流石にもう城に伝わったかな。

 リリスやペトラさんが青筋立てて怒ってないと良いけど。僕がトラブルに巻き込まれたと察して、水面下で捜索してくれてれば助かる。何たって明日には、僕は見世物として初舞台を飾るのだ。それは何としても避けたい。

 僕が難しい顔をして考え事をしていると、ニコが外から帰って来た。

『お帰り、ニコ』

「……ぃま、」

『何処に行ってたの?』

 不思議そうに僕が聞くと、ニコが此方にパンを放り投げる。キャッチしたそれは昨日より大きなコッペパンの様で、「ご飯、過ぎた」と彼女は咎める様な顔をした。

『あ、ご飯の時間終わっちゃったんだ』

 そう言えば食事は1日1回で食いっぱぐれない様に最初に教えて貰ったっけ。

『これ、くれるの?』

 ニコは何も言わずに頷くと、そのまま外へ出て行こうとした。

『あ…待ってニコ!』

「何、」

『有り難う。でもこれはニコの分でしょ?』

「……」

 無言の肯定だと判断し、でもニコの気持ちが凄く嬉しい。

『じゃぁ、半分こしようか』

「……」

 僕は少し硬いパンを割って、小さな方を頂く事にした。残りはニコに渡し、彼女は其れを無言で見詰めポケットに入れる。

『有り難うニコ』

「……」

 何か言いたそうだったけど、ニコは静かに頷いてテントの外へ消えた。僕はそれを見送った後、貰ったパンを齧った。























 モレルの玩具箱の団員は1軍、2軍、3軍まである。それ以下は僕と同じく最下層の住民だ。最下層の人が集まって暮らす此処は、所々にスラムで見かけた様な人がテントの端に座り込んでいる。

 此処に生きる希望も見出せず、諦めて途方に暮れている目だ。ただ最低限の食事を摂り飢えを凌いで、寒空の下で身を寄せて眠る。

 彼らが逃げ出さないのが心底不思議だったけど、テント街を抜けた先に答えを見つけた。

「テメー!何やってやがるッ!」

 うわ、ヤバイ。武装した凶悪な顔のプロレスラーが、此方を見て唾を飛ばす。瞬時に駆け付けた増援も人相が悪い。

『ごめん、ちょっと…迷っちゃってね』

「迷った、だぁッ!?」

「逃げようとしたんじゃねーのか?」

 如何やら此処が外の世界との境界線な様だ。四方を高い柵に囲まれて、この開けた門、柵の向こうには見張りが何人も付いている。

 独断と偏見、雰囲気から彼らは人を殺す事を生業にして躊躇いが無さそうだ。鞘から引き抜かれた剣が、不気味に輝いて蛇に睨まれたカエル状態の僕を写した。

「待て、コイツ、例のルビーアイだ」

「はぁ?こんなガキが?」

「明日の夜部ショーのメインだ」

 ジロジロと好機の目に晒され、僕は居心地が悪く身を縮める。

『それなんだけど、僕は武芸も特殊な芸もないんだ。出演を取り消しにして貰えたりしない?』

「ハハッ!無理だろうなぁ!チケットは完売してるし、親父の馴染みの客もたくさん来るぜ」

『でも、僕は何も出来ないよ』

 僕が正直にそう言うと、男達は下品な笑いを浮かべて此方を見た。

「何も出来無いこたぁねーだろ!その顔で媚でも売りな」

「ストリップショーなんて良いんじゃねぇか?」

 男のストリップショーなんて、僕は観ても楽しくも嬉しくもない。ゲラゲラ笑う山賊の様な彼らの1人が「分かったら戻れ」と僕に刃物を突き付けた。

「おい、傷でも付けると親父が怒って、こっちが魔獣の餌だぜ」

「チッ!オラ、さっさと戻れ」

 面白く無さそうにトンと背中を押されて、テントが集まる方へ追いやられる。彼らが眼を光らせてるうちは、此処から出るのは難しいかもしれない。

 僕は頭をボリボリ掻いて、白い髪を撫で付けた。僕を此処に連れて来たニコが自由になるまでは脱走なんて企てないが、情報は集めておいた方が良いだろう。

「シロ」

 偶然ニコと遭遇した。僕はにっこり笑って『やぁ』と声を掛ける。すると、ニコは真面目な顔で「こっち」と僕の手を引いた。

 引き連れられたのは人気のない砂場。雑草が多く、大量の木材が丸裸で積み上げられている。

『ニコ、どうしたの?』

「……」

 ニコは何も言わず、砂を集め始めた。その砂をあろう事が僕の懐に突っ込む。

『!!?ニコ!?』

「……」

 腹筋辺りに砂を擦り付けられ、ざらざらした感触に眉を寄せる。少し擽ったい。

『ニコさん、これは…』

 テメーは砂に塗れてるのがお似合いだってメッセージ?だとしたら傷付くなぁ。

「さっき、シロの噂…聞いた」

『噂?』

 浴衣の様に合わせられた襟を緩めて、ニコの話に耳を傾けた。彼女は何処かしょんぼりしていて、肩を落としている。

「シロ、あまり身綺麗にしない方が良い」

『え、何で?』

 僕はズボラな方だけど不潔なんて嫌だよ。腰の紐は止めたまま上半身を脱ぐと、先程ニコに入れられた砂が大量に地面に落ちた。

「シロは目立つ」

『うん?』

「此処には、綺麗なら男でも良いって輩は沢山居る」

 ニコの言葉に衝撃を受けて、開いた口が塞がらない。(ニコ…どんな噂を聞いたの?)ゾッとして聞くのさえ躊躇われる。

 つまり、女入りが少ないこの困窮した住居では、弱ければ自分の貞操も守れないと言う事か。とんでもなく恐ろしい場所だ。

 ニコは僕を守ろうと、苦肉の策を考えてくれたに違いない。僕はにっこり笑って、ニコの頭を優しく撫でた。

『教えてくれて有り難う、ニコ』

「……」

 パッチリした大きな瞳は、何を考えているのかは悟らせない。しかし、嫌がる素振りも無かった。



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