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二章 見世物小屋編
16話 見世物小屋
しおりを挟む女の子に連れられて来たのはテントとテントの間に布を張った様な場所で、2畳くらいの空間だ。下はビニールシート、雨風は凌げる。
「寝る」
指差された地面を見て、少女を見る。
「早く、寝る。明日は早い」
早く寝なさいって意味か。
『ねぇ、此処は何なの?』
ずっと聞きたかった質問をすると、紺色の瞳の彼女は僕を見定める様にジッと見た。
「此処は“モレルの玩具箱”。…サーカス、と言うより見世物小屋が正しい」
『見世物、小屋…?』
それって、フリークショーって事かい?珍奇さや禍々しさ、猥雑さを売りにして日常では見られない品や芸を見せる興行。
『僕、帰りたいんだけどな』
エリザとリジーが心配するし、リリスにバレたらもうお出掛けさせて貰えなくなるかもしれない。出掛ける前でさえ、あんなに渋られたのに護衛を付けずに出歩いて変な人達に拉致されたなんて知ったら…。
幾ら女神の様な彼女でも、怒るに違いない。不穏な未来に鳥肌が立つ。
「帰れない。アタシが釣った、アタシの獲物」
人差し指を目の前に差されて、僕の事を言ってるのだと悟った。
『帰れないのは困ったなぁ』
「外、見張りがいる。モレル、気に入ったモノ逃がさない」
気に入ったってゾッとしないなぁ。確かに、僕の瞳を覗き込んで嫌な笑みを浮かべていたけどさ。
『僕はこれから如何なるの?確か3日後になんとかって言ってたけど』
「見世物として、働く」
つまり、芸をしろって事?
「何、出来る?」
『自慢じゃ無いけど、何も出来ない。剣術も、魔法もからっきしだ』
「………、偽物?」
女の子は目を指差し、小首を傾げて見せる。彼女の言いたい事は痛い程伝わった。(テメーのルビーアイは偽物なのかコラ、だな)
よく分かる。僕もそう思う。
この瞳のせいで、魔力が桁外れにあると思われてて誤解を受ける。何度も言うが、僕に魔力はない。
『…偽物だったら、逃してくれる?』
へらへら笑って聞いてみるが、即答で返って来た言葉は「ダメ。アタシが釣った」と辛辣だった。
『釣ったって如何言う意味なの?』
「アタシが、罠に嵌めた」
そうね、見事に僕も嵌った。
「外の人を20人、釣ったらアタシは自由」
『なるほどね、だからあんなに必死だったのかぁ』
「…怒らない?」
『何が?』
「アタシが釣った。捕まった。…逃げられない」
うーん、罪悪感があるのかな?女の子は隅の方に寄って膝を抱えて座った。僕と目が合うと、直ぐに逸らして下を向いてしまう。
『怒ると言うか…僕って昔から運が悪くてさ。多分、君が僕を釣らなくても何かの形で捕まってたのかなぁって…』
癖付いた情け無い笑みで、ビニールシートの上に身体を横たえて肘を突いて頭を支える。地面が固くて、それを直に感じた。
大男に貰った毛布を掛けるとまだ冷えるが眠れない事も無さそうだ。
「変。…11人は、アタシに怒った」
そりゃぁ、人攫いに協力しちゃったらね。女の子はゴソゴソと裾を捲り上げ、肋が浮き出たお腹を見せる。其処には鮮やかな痣の跡と、擦り傷、打撲痕があった。
「今でも怒られる」
『……』
「でも、止めない。アタシ、自由になる。…、お陰で後3人なった」
そう言えば、そんな約束をしていたな。(うーん、)僕が思うにこんな小さな子が責められ、暴行を受けるのは解せない。
子供にそんな事をさせて、人攫いをしているモレルや他の大人は外道だと思う。きっと彼らは、彼女がこんな目に遭っていると知ってる。
自由にする、と甘いケーキをぶら下げてこの子が必死にそれに手を伸ばす様子を見て、ほくそ笑んでる。
『君の名前は何て言うの?』
「名前?」
『名前…えーっと、いつも何て呼ばれてるの?』
「お前」
『へっ?』
「お前」
質問の仕方が悪かったかな。
『それは名前じゃないねぇ…。例えば僕はアル、ッ……シロって言うんだ』
「シロ」
『そそ』
「……、」
取り敢えず、本名は名乗らない方が良いと判断してお忍び中の偽名を使う。言い易いし僕の見た目とピッタリなので、気に入っていたりする。
『名前って、親から初めて貰う贈り物らしいんだけどなぁ』
「親、居ない。死んだ」
『ごめんね』
見た所7~10歳くらいの少女だ。痩せてて小さいからそれ位に見えるけど、もしかしたらもう少し歳上かもしれない。
『じゃぁ僕が名付けて良い?呼ぶ時ちょっと困るからさ』
「……」
紺色の瞳で此方を見下ろし、少女は何も言わなかったけどポジティブに了承と受け取ろう。
『ニコでどう?』
「ニコ」
『そそ』
僕はへらへら笑って答えた。可愛いし、言い易いと思うんだ。
『ニコが自由になるまでそう呼ぶね。宜しくニコ』
ニコは此方をジッと見る。前から気付いていたけど、彼女は極端に瞬きが少ない。無表情で此方を見詰められると、何かしたかなぁ、と僕の臆病な心が騒つくんだよね。
すると、ニコが足を擦り合わせているのに気付いた。小さく丸まっていたのも寒さのせいか。確かにまだ夜は冷える。気付くのが遅くなってごめんね。
『ニコ、おいで』
「……?」
『寒いんでしょ?毛布あるよ』
また僕をジッと見て観察している。彼女は動こうとしなかった。
『えー?じゃぁ僕が寒いからこっちに来て』
「……行かない。殺されるかもしれない」
僕がそんな酷い奴に見えるって言うの。さっきまで君と一緒に居た4人の強面の方がよっぽど怖い顔していたよ。
『分かった分かった』
「……」
小さいとは言え女の子だし、初対面の相手と仲良く毛布を使うくらいなら寒さにくらい耐えるって事なのだろう。僕は着ていた黒のローブを外して、ニコの肩に掛けた。
『これでどう?』
「……」
『友達がくれたヤツだから、後で返してね』
ニコがローブに包まる様子を見て、僕も安心して眠りにつく事が出来る。
「……シロ」
『ん?』
「何処に居た?」
それは、此処に来る前って意味かな?それとも何処に住んでたの?って意味かい?
『うーん、…何で?』
「普通、此処に来た初日…リラックスしない」
え?緊張感が無いってディスられた。でも確かに、横になってるから油断したら今にも寝そうだ。
『はは、運が悪いって言ったでしょ。昔、アパートが火事になった事があってね…』
「アパート?」
『ふわぁあ、…集合住宅だよ。その1室が燃えて、僕の部屋はその上でさ。参ったよ…、全部燃えるか、水浸しになって』
「……」
『頼りの友達も偶然留守で、実家も旅行中でね。…数日、野宿と言うかホームレスになってさ』
「……」
『あの時と比べると…今の方がまだ良い。…極寒の寒さじゃないし、屋根はあるし、…雨も降ってないし、ニコも居るし…』
「…シロ、」
『……』
「シロ?」
『……Z Z Z…』
「アルバ様を見失ったとはどう言う事なのッ!?」
リリアスは自らの仕事部屋で執務の最中、とんでもない報告が入り耳を疑った。
机の向かいに並ぶのはメイド長ペトラ、エリザ、リジー。2人の若いメイドは居心地が悪そうに汗を流し、表情は強張っていた。
「アルバ様と街へ降りた信頼出来る人物って、貴女達だったの……」
リリアスは主人が五天王と同様の信頼を寄せるのがメイドだと言う事実を悔しく思い、更に比較的仲の良い彼女達に嫉妬する。
目を掛けて貰うばかりか、その温情で一緒に城下へ行くなんて。寧ろ自分が行きたかったのだ。
今抱えている様々な仕事を放り投げてでも、敬愛する主人の護衛と称して城以外の場所での彼の色々な姿を見て心のフォルダに色褪せる事なく保存しておきたかった。
そんな誘惑に耐え、主人を断腸の思いで送り出したらその日の内に報告が。
「申し訳ありません!」
「申し訳ないのです…、リリアス様」
深々と頭を下げて謝罪する、2人のメイドは目に涙を溜めていた。事の重大さは本人達が1番分かっているのだろう。
「…、1から説明して頂戴」
今彼女達を殺しても、リリアスの嫉妬心が少しばかり和らぐだけだ。それに、至高の彼は慈悲深い。近しい者の命を奪うのは、許可を得てからの方が確実に良い筈だ。
「…王陛下がいきなり走り出し、我々には宿に戻るよう指示をなされました」
「あっと言う間に居なくなってしまったのです…」
それを聞いたリリアスは自分に出来る範囲最大限頭を働かせ、彼が何を見てその行為に至ったのか答えを導き出そうとする。
「…情報が少な過ぎるわ」
「王陛下がいらっしゃらなくなる前、此方を預かる様頼まれました」
エリザは彼から渡された袋をペトラに渡し、それをリリアスが受け取った。
「白金貨…私がアルバ様にお渡しした物ね。…あら?」
袋の中に、金貨とは別の形状の物が入っている。リリアスはそれを取り出し、掌で注視した。紫色のプリムラの花のイヤリングだ。
「これは…」
「それ、…王陛下がご購入された物です」
「私も貰ったのです!」
リリアスは2人のメイドが珍しく髪飾りをしているのに気付いた。
「恐らく、瞳の色に合わせてご購入なされてるみたいでした。私が緑で、リジーの瞳はピンクがかった茶色ですので」
「では、これは…」
リリアスの胸が熱くなる。紫色のプリムラ。愛しい主人に近しい者でヴァイオレットの瞳を持つのは彼女だけだ。
「嗚呼…、アルバ様…」
リリアスは人目も憚らず感情がダダ漏れた声を出す。天にも登る気持ちだった。初めて、そう、初めて主人から何かプレゼントを貰ってしまった。
リリアスはニヤニヤしながら、イヤリングを灯りに翳す。キラキラ輝くそれを、宝物の様に大切にハンカチの上に置いた。
「花…そう言えばリジー、」
「確か王陛下…私の髪飾りの花言葉はおしとやかにしなさいって意味を教えてくれたのです!」
今まで黙っていたペトラが「確かプリムラの花言葉は…」と記憶を探す。
残念ながらリリアスは花言葉は代表的な物しか知識になかった。彼女は花より、人体急所の方が言えるのだ。
「紫のプリムラは、確か…信頼、です」
「それは…っ」
リリアスはハッとした。これは自らの忠誠心を試されているのだろうか、と。彼は暗に“自分を信頼して、待て”と言っているのではないか。ユリウスと話し合う必要性が生まれた。
彼は彼女と同等の頭脳を持ち、何より主人を信仰している。彼は何時も主人の考えを察そうと懸命で、憶測を聞くだけでも何か解決の糸口になるかもしれない。
「…アルバ様の仰っていた期間は今日を含め4日…、3日後までにお帰りになられなければ、全軍を動かして捜索します」
「畏まりました!」
「ユリウスと繋がる通信石を」
「直ぐお持ちするのです!」
エリザとリジーが弾ける様に動き出す。それを見送った後、リリアスは「…公に捜索するのとは別に、秘密裏に調査するチームを選抜します。くっ…こんな時にララルカが居れば…」とぼやいた。
「彼女は、今、別大陸です…」
ペトラが言いにくそうに返事をするとリリアスはフッと力を抜いて笑う。
「そうね。私があの子に任務を与えた。分かってるわ」
崇高な御身に危険があるかもしれない、と呼び戻しても10日以上掛かる。遅過ぎる。
「嗚呼、アルバ様…今何処におられるのですか?」
リリアスは部屋の窓から夜空を見上げ、敬愛する主人の無事を祈った。
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