15 / 146
二章 見世物小屋編
14話 王都ブルクハルト
しおりを挟む「うんまいのです~!」
「美味しいです…!」
『本当だねぇ』
先程屋台で買った串焼きを頬張り、口々に感想を言い合った。熱々で、タレと肉の相性が抜群だ。噛む程に旨味と肉汁が口内に溢れる。
僕はエリザが買って来てくれた黒のローブを羽織り、フードをすっぽりと被っていた。すると外から瞳が見えなくなり、その途端露店の人から声を掛けられる様になり感動した。
「ねぇ!其処の人!魔導師かい?この杖、手にフィットするのよ!持ってみないかい!?」
「おう、ポーション探してるならウチが1番安いぜー!!」
「へへへ…良い薬があるぜぇ、仕入れたばかりだ…少しの量でぶっ飛んで天国に行けるぜ…へへへ」
一部変な人も居るけど、商売熱心な人が多い様だ。行き交う人々の表情も明るくて活気がある。僕はローブのフードを少しだけ上げて、街の様子を盗み見ていた。
『おっと…』
ボケっとしていたら人とぶつかりそうになる。フードを深く被っているせいで視界が狭まった事もあり、交通量が多い道は歩き辛い。
「シロ様!」
よろよろしていたらエリザが戻って来てくれて、僕の左手を握ってくれた。
『いやぁ、助かったよエリザ』
手を引いて先導してくれるエリザにお礼を言って、へらへら笑う。多分、あのままだったら迷子になってたよ。
「………シロ様さえ、良ければですが」
エリザが恥ずかしそうに耳まで真っ赤にして、俯いてもごもご言う。
「フードをお被りの間、私がこのまま手を繋いでいても宜しいでしょうか?」
(何でそんなに照れてるの?)僕より一回り小さな華奢な女の子の手だ。
『良いの?こっちからお願いするよ』
それを聞いた彼女は幸せそうに微笑んだ。エリザは優秀なメイドさんである。僕が困ってるのに一早く気付いて介助してくれるこの子は、恐らく横断歩道で渡れないお年寄りに寄り添い一緒に渡るタイプの子だ。
そう、前方で猫と睨み合って毛を逆立て威嚇してる君とは違うんだリジー。
唸るリジーに追い付こうと歩いていると、露店に気になる店を見つけ立ち止まる。前を歩いていたエリザは僕が急に止まったので不思議そうにこっちを見た。
「シロ様、何か気になる物でも?」
『うん』
可愛らしいアクセサリーが並ぶ店だ。
「あらあら、可愛らしい彼女にプレゼントかしら?」
僕に気付いた女店主が冷やかす様な声を掛けてきた。エリザはそれに真っ赤になって反応し、露店台の横に蹲り顔を両手に埋めている。
「か、彼女!?…恐れ多い…っ!お、シロ様には…、アス様もいらっしゃいますし、…ル様だって…今の言葉が……、様の耳にでも入ったら…。私、殺されてしまいます!で、ですが、…シロ様が望まれるのであれば私は」
『はい』
やっと立ち上がったエリザに、彼女の瞳の色と同じエメラルド色の、四つ葉のクローバーがチェーンで繋がった綺麗な20cmくらいの黒い棒を渡す。
「こ、これを私に…!?」
『うん、あげるよ。今回のお忍びのお礼ね』
「あ、有り難う御座いますっ!!」
大切そうに両手で受け取って、揺れるクローバーを見詰めて口元を緩めていた。
『髪飾りみたいだけど、エリザは髪が長いから普段簪みたいに使ったらどうかなって思ったんだよね』
?マークを頭上に浮かべるエリザから棒を受け取って、帽子を取って貰った彼女の後ろに回り髪を纏める。
櫛が無いからあんまり綺麗には出来ないけど、纏めた髪を捻って黒い棒を挿す。毛束をひっくり返し地肌に添わせ再度棒を押し込むと、見事簪の役目を果たした。
『こんな感じ』
「あ、有り難う御座います…シロ様は手先が器用でいらっしゃるのですね」
チャリ、とチェーンが揺れる。エリザの顔は林檎の様に赤かった。(いや、僕は不器用だよ)それだって上手い人がやったらもっと綺麗になるんだ。
『リジー!』
「お…、シロ様どうしたのです?」
『オシロ様から、君にも今回のお礼ね』
リジーの瞳は茶色いけど少しピンク掛かってるから、里桜みたいなお花の髪飾りだ。簡単に付け外しが出来るタイプなので彼女が手こずる事も無いと思う。
「わぁ!有り難う御座います、なのです!」
『里桜の花言葉って確か…おしとやかにしてね、だったっけ』
「大事にするのです!」
『ゲホッ…!』
両手を広げて僕に激しいタックルをしてきたリジーは、にこにこと髪飾りの花の様な笑顔で喜んでる。僕は怒る気も起こらず、『言ってる側から…』と呆れた様に笑って髪を撫でた。
よし、お土産も買ったし明日は南の港の方に行ってみようかな。、と、その前に…。
『エリザ、申し訳ないんだけどこれ…持っていてくれないかな?』
「これは…」
僕はリリスから執務室で渡されたお小遣いが入った袋をエリザに渡した。
「白金貨じゃないですか…!こんな沢山…っ」
『リリスがくれたんだけど、さっき店の人に見せた時悲鳴を上げられちゃってさ』
「それは…道でホイと出されたら驚きますよ」
さっき貰ったお釣りの金貨も十分あるし、残りは無駄遣いしない様にしっかり者のエリザに預けておくに限る。
此処の通貨は、銅貨、銀貨、金貨、白金貨、大金貨だ。金貨が1万円くらいの価値で、白金貨が10万円くらい。
リリスから預かった袋には20枚以上の白金貨が入っている。僕はそんな大金をぶら下げて、街を楽しむなんて出来ないんだ。何せ、ノミの心臓だからね。
『港街に宿を取りたいのだけど、良い所ないかな?』
「でしたら貴族御用達の高級ホテルが幾つか…」
『豪華な所じゃなくて良いよ。そもそも、僕はあまり目立ちたくないし…』
「お…シロ様は何でそんなに目立ちたくないのです?いつもだったら気に入らない街の連中を派手に血祭りに上げてるのです」
『……』
聞いただけで胃が痛くなる、とんでもない暴露だ。僕は誤魔化す様に曖昧にへらへら笑っておいた。気を取り直し『あっちに海が見えるから、こっちから行った方が早いんじゃない?』と2人の前を歩き出す。
「ぁ…、シロ様其方は…」
「こっちは、あんまり通りたくないのですぅ」
『?』
僕は薄暗い路地を通り抜け、変貌した景色に愕然とした。(スラム、かな?)彼女達が躊躇った理由が、嫌でも分かるその有様は酷い。
廃墟の様な、傷んだ建物が建ち並ぶ其処には、寄れた服を着た物乞いが蔓延っている。缶詰か何かの空の入れ物を、力無く握って首を垂れていた。
『凄い、スラム街だね』
「…王都が瞬く間に発展していく裏では、その…貧富の差は大きくて…」
奥に進むにつれて、更に酷いものになる。しっかりした建物は少なくなり、トタンや木材を使った住居が多く目に付く様になった。
自らの手で作ったと思われるそれらは吹き曝しで、窓硝子は嵌め込まれてない。ただ辛うじて雨を凌げる程度の家だ。
道端のゴミも数え切れない。悪臭が鼻につくが、今は気にならなかった。
『ねぇ、大丈夫?』
「ッ!!お、…シロ様!?」
小屋に凭れて蹲っていた、目が虚ろな青年に声を掛ける。彼は、僕が膝を突いて話し掛けると、ニヤニヤと笑い出した。その濁った瞳には、まるで僕は映っていない。
リジーとエリザは危険は少ないと判断すると、少しだけ緊張を解いた。
「…恐らく、今王都を蝕んでいる薬物中毒の者でしょう。彼らは大体、スラムに行き着きますから…」
「へ…へ へへっ…ぁへ…」
青年は涎を垂らしながらただ笑っていた。そう言えば、前にリリスが珍しく難しい顔をしていたっけ。
確かラピスラズリなんてお洒落な名前の薬物が流行っていて、その売人や密売組織がなかなか捕まらないらしい。
ラピスラズリは決して宝石などではなく、摂取すれば中枢神経に作用し快感を得る事の出来る薬物だ。
「スラムに居る大半の者は、ラピスの中毒者って噂もあるのです」
『嗚呼、だからリリスもあんなに一生懸命だったんだね』
国の統治者(本当は僕がやらなきゃなんだろうけど)として、国に住む人々の生活水準の向上は必須項目。金を配ってスラムを取り壊しても、元を潰さない限り永遠に増え続ける。
僕みたいに気の弱い市民を食い物にしてる連中が蔓延してる間は、スラムは無くならない。
僕は平常を取り繕っていたが、華々しい王都の裏の顔を見てしまい少し気分が滅入った。何処にでもあるとは言え、現実を見るとなぁ…。お忍びを終えて帰ったら、1度詳しく調べてみよう。
僕らは足早にスラムを突っ切り、海の見える区画に脚を踏み入れた。夕焼けに照らされた海がキラキラ輝いていて、その景色に僕は息を呑んだ。
『…、』
「綺麗なのです…」
港街の横は、砂浜が広がる南国のリゾートみたいな雰囲気の場所。前方の海へ組み木で橋が架けられており、一際目立つ巨大な建物が海の上に浮かんでいる。
此方から見えるだけでもレストランやホテル、ボートなど、多分その他にも娯楽が沢山詰め込まれた施設が夕陽を背に輝いていた。
「彼方はユートピアと呼ばれる複合娯楽施設です」
『うわぁ、凄いね』
亀の甲羅の上に立派な洋館が建っている様な施設は、外灯が灯され何とも幻想的に見える。
「彼方で休まれて行きますか?」
『ううん、僕には敷居が高いよ』
「………シロ様のご冗談は分かりにくいです」
『どゆこと?』
だって見るからに豪華で高級そうじゃないか。僕は庶民が泊まるようなお宿でゆっくりしたいよ。
「お、シロ様ッ!砂浜に蟹が居るのですっ」
リジーが優れた視力で浜を横断する生物を見つけ、興奮気味に声を上げる。僕は彼女が走って獲物を追い掛け様とするので『走ると転ぶよ』と言いながら後ろ襟を摘んだ。
『良い宿が見つかると良いなぁ』
僕は港街の方へ足を向けて歩き出し、海の心地良い音に耳を傾ける。
「港近くのホテルは海の幸が新鮮でとても美味しいと聞きますよ」
『それは期待しないとね』
「こっちなのです!」
僕はリジーに手を引っ張って貰いながら、まだまだ人通りの激しい活気のある港街の雑踏に混じった。
0
お気に入りに追加
309
あなたにおすすめの小説

出戻り勇者は自重しない ~異世界に行ったら帰って来てからが本番だよね~
TB
ファンタジー
中2の夏休み、異世界召喚に巻き込まれた俺は14年の歳月を費やして魔王を倒した。討伐報酬で元の世界に戻った俺は、異世界召喚をされた瞬間に戻れた。28歳の意識と異世界能力で、失われた青春を取り戻すぜ!
東京五輪応援します!
色々な国やスポーツ、競技会など登場しますが、どんなに似てる感じがしても、あくまでも架空の設定でご都合主義の塊です!だってファンタジーですから!!

【本編完結】異世界再建に召喚されたはずなのにいつのまにか溺愛ルートに入りそうです⁉︎
sutera
恋愛
仕事に疲れたボロボロアラサーOLの悠里。
遠くへ行きたい…ふと、現実逃避を口にしてみたら
自分の世界を建て直す人間を探していたという女神に
スカウトされて異世界召喚に応じる。
その結果、なぜか10歳の少女姿にされた上に
第二王子や護衛騎士、魔導士団長など周囲の人達に
かまい倒されながら癒し子任務をする話。
時々ほんのり色っぽい要素が入るのを目指してます。
初投稿、ゆるふわファンタジー設定で気のむくまま更新。
2023年8月、本編完結しました!以降はゆるゆると番外編を更新していきますのでよろしくお願いします。
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
【完結】「聖女として召喚された女子高生、イケメン王子に散々利用されて捨てられる。傷心の彼女を拾ってくれたのは心優しい木こりでした」
まほりろ
恋愛
聖女として召喚された女子高生は、王子との結婚を餌に修行と瘴気の浄化作業に青春の全てを捧げる。
だが瘴気の浄化作業が終わると王子は彼女をあっさりと捨て、若い女に乗
り換えた。
「この世界じゃ十九歳を過ぎて独り身の女は行き遅れなんだよ!」
聖女は「青春返せーー!」と叫ぶがあとの祭り……。
そんな彼女を哀れんだ神が彼女を元の世界に戻したのだが……。
「神様登場遅すぎ! 余計なことしないでよ!」
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します。
※他サイトにも投稿しています。
※カクヨム版やpixiv版とは多少ラストが違います。
※小説家になろう版にラスト部分を加筆した物です。
※二章に王子と自称神様へのざまぁがあります。
※二章はアルファポリス先行投稿です!
※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」
※小説家になろうにて、2022/12/14、異世界転生/転移・恋愛・日間ランキング2位まで上がりました! ありがとうございます!
※感想で続編を望む声を頂いたので、続編の投稿を始めました!2022/12/17
※アルファポリス、12/15総合98位、12/15恋愛65位、12/13女性向けホット36位まで上がりました。ありがとうございました。
レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~
喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。
おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。
ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。
落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。
機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。
覚悟を決めてボスに挑む無二。
通販能力でからくも勝利する。
そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。
アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。
霧のモンスターには掃除機が大活躍。
異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。
カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。

引きこもりの僕がある日突然勇者にされた理由EXTORA
ジャンマル
ファンタジー
引き勇シリーズ最新作、今ここに!
http://www.alphapolis.co.jp/content/cover/2051236/
前作
http://www.alphapolis.co.jp/content/cover
858049583/ 3作目
http://www.alphapolis.co.jp/content/cover/705040163/ 2作目
http://www.alphapolis.co.jp/content/cover/350038002/ ←頂点にして原点

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる