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一章 王城動乱編
12話 幸運な男
しおりを挟む結果を言うと、僕は生き残った。
僕目掛けて落ちて来た筈の雷は、ガルムの持っていた輝くナイフが伝導体となって彼に狙いが逸れたらしい。
雷が直撃した彼は、丸コゲになって気を失って倒れてしまった。(本当、僕の悪い予感って当たる)僕は暫く近くの木の下で雨宿りをしながら考え事をしていた。
辺りが薄ぼんやり明るくなってきた時、遠くの方から近衛兵をゾロゾロ従えたユーリが此方に来るのが見えた。
僕は遠くのユーリに手を振って、居場所を教える。その頃にはもう雨も上がり、薄い雲の隙間から朝日が見えた。
「アルバ様っ…お怪我はありませんかッ!?」
『大丈夫だよ』
「ガルムリウスは…」
僕は丘の上でまだ寝ている彼をユーリに見せる。
「な…っこれは…、」
「こんな事が…ッ」
「なんと…、」
ユーリも驚いていたが、近衛兵も密かにざわつく。
『うん、偶然雷が落ちてね。彼が、直撃しちゃって僕は助かったんだ』
「……、なる程…」
意味深に呟いた彼は、ズレた眼鏡を中指で元の位置に戻した。手で隠れて、どんな顔をしているのか分からない。
「コイツは国の、アルバ様の大反逆者だ!魔力封じの枷をして、厳重に連行しろ」
「「「ハッ!」」」
爪先から頭の先まで黒く焼け焦げたガルムに、容赦無く枷が取り付けられる。僕は横目でその様子を見て、『彼如何なるの?』と聞いてみた。
「形だけの裁判を行いますが、死罪は間逃れないでしょう。リリアス辺りは見せしめを望むでしょうし、私も心中穏やかではありません」
『そう、』
「………」
『何かな?』
ユーリが何か言いたそうにしていたから、僕から問い掛ける。
「いえ、…その、止められるかと」
『ううん。仕方ないと思うよ』
僕は意外にあっさりと、彼に言った。
「お許し下さい。今のアルバ様は慈悲深く、ガルムリウスと仲が良かった様にお見受け出来ましたので…てっきり…」
『そうだね、』
戸惑いを浮かべるユーリに、僕はへらへら笑って見せる。地面に転がっていた瀕死のガルムが、些か乱暴に数人に担がれて連れて行かれた。
僕はそれを目で追いながら『そう、だね…』と繰り返す。
『僕は極力、命は奪いたく無いんだ。だけど、僕は僕の大切だと思える物を守る為なら、幾らでも残酷になるよ』
(そう、決めた)僕は力も魔力も、富も名声も嘘っぱちの塊だ。何一つ、本当の事なんてないんだ。皆の羨望の眼差しも、本当の僕を知ったら失望の色に変わる。
ただ、そう。この居場所を失うと分かったあの瞬間…やっと、気付いたんだ。僕はこの世界で、皆とずっと笑っていたい。その為なら僕はーー…。
『リリスに1度、理想論を言ったけどそれは飽く迄理想であって現実的じゃない。でも僕は、本当に皆幸せになって欲しいと思ってるし、そうなる様に頑張るけど、其れ等を奪って行く人に対しては容赦しない。…単なるエゴだね』
つまり、皆の中にガルムは含まれない。
「いえ、仰る通りですアルバ様」
ユーリはニコニコしながら僕の隣に並んだ。そして、「お足元が泥濘んでおりますので、」と此方に手を差し出す。
僕は疲れた様な情け無い笑顔で、その手を取った。
「すっかりお身体が冷えていらっしゃいます。早く城に戻って、温かい紅茶でも頂きましょう」
僕は1度だけ、丘の上のガルムを撃った雷の跡地を振り返った。もうそこには何の形跡もなく、爽やかな風が吹き抜けるだけ。
僕はあの時、恐ろしい轟音が鼓膜を突き破ったあの時、…蒼白い雷を見た気がした。
ガルムを襲ったその青色の稲妻は近距離に居た筈の僕に感電する事なく、彼だけを飲み込んだ。
雨が降っていた。大地も濡れていたし、僕はナイフを突き付けられていた。(…まぁ、いっか。助かったんだし)
そこまで考えて、僕は思考を放棄した。
城に戻り仮眠をとった僕は初めて大浴場に無理矢理入れられて、大丈夫だと言っているのに何人かのメイドさんに補翼された。
彼女達に身体や髪を丹念に洗われて、花弁が浮かぶ湯に浸かり、湯冷めする前に丁寧に水分を拭かれる。身体に保湿か何かのクリームを塗られた。
ガルムと城を飛び出す際に付いた擦り傷には傷薬を塗ってくれる。その間に爪の手入れや、髪を整えたりされながら、僕は眠たくてついうとうとしていた。
(殆ど寝てないしね…)もう途中から全部面倒になって、メイドさんのされるがままの人形になっている。
様々な装飾品が付いた、黒色の服に身を包んだ。後からファーの付いた上着を肩から掛けられ、一気に身体が重くなる。金色の紐が行ったり来たりしてる、よく分からない服だ。
騎士の人もこんな服を着ているけど、こんなに豪勢じゃない。(いつものギリシャ風の服じゃないし、きっとこれが正装なんだろうなぁ)
初めての正装をした僕が連れて来られたのは玉座の間だった。……何で?誰かに問う前に目前の大きな扉が左右に開き、僕は間抜けな顔でその場に立ち尽くす。
「アルバラード・ベノン・ディルク・ジルクギール=ブルクハルト国王陛下、御入来なされます」
その瞬間、玉座の間に居た全ての者が揃って膝を突き、顔を伏せた。
そこには、見渡す限りの人、人、人、モンスター、人、モンスター。
全ての者が頭を垂れ、玉座の方へ向いている。僕は少々呆気にとられ…いや、圧倒されながら誰も居ない玉座へ歩を進めた。
踏み締めるレッドカーペットはふわふわしていて、ブーツの音を吸収する。僕がこの空間に入ってから、誰も話さないので静寂に包まれていた。
こんなに人が居るのに、衣擦れの音さえしないなんて、怖い。僕の歩く音がやたら大きく聞こえてしまう。
僕は何とか転ばずに玉座まで歩いてこれた。座って良いの?って思いながら恐る恐る椅子へ腰掛ける。
誰も動かない。(何だろう、これ)僕が何か言わなくちゃいけない感じかな?
『……、』
こう改まった場は苦手だ。作法とか知らないし、粗相をしないか冷や冷やする。
結局僕はこんな大勢の前で声を発する度胸は無く、1番手前で跪いていたリリスに声を掛けた。
『リリス、任せるよ』
「畏まりました」
リリスの声は至極真面目なそれだったが、僕を見上げ目が合うと穏やかに微笑んで見せた。
リリスは静かに立ち上がり、僕と皆の間に挟まれた場所でくるりと向きを変える。僕にお尻を向けない辺り、彼女も几帳面だ。
「皆の者、面を上げなさい」
綺麗で艶があって、それでいて凛とした声。有無を言わさない、支配する側の言葉だった。五天王、纏め役の地位の高さは恐らく、王様の次に尊ぶ存在だ。
リリスの指示に合わせて、皆が顔を上げ僕の方を見る。(あ…お腹痛い)皆に注目される緊張で、胃の辺りがキリキリ痛み出した。
僕はそのまま座って居られず、体勢を仰け反らせ背凭れに体重を預ける。
行儀が悪いけど頬杖を付いて、身体を傾け皆の死角を作り服の上から隠れて胃を撫でた。その不遜にも見える姿が嘗ての【鮮血】を彷彿とさせるとは全く知らずに。(痛いの痛いの飛んで行け~)
「アルバ様からこの国の今後の方針について、お話があります」
え?その為にこんなに人を呼んだのかい。しかも僕が話すの?リリスは微笑んだまま此方を見て、僕が声を発するのを待っている様子だ。
『…うん、そうだね。方針と言うか僕なりの考え、なんだけど』
おずおずと話し始めた僕に、全ての視線が刺さる。前列に並ぶ五天王の皆のキラキラ輝く瞳が眩しい。やめてくれー。
『今まで築き上げたこの国の基盤は盤石なものになったって判断したんだ。だから今度は基礎を作ったそこに国を育てたいと思ってるんだよね』
僕はにこにこしながら出来るだけ噛み砕いて話した。
『ブルクハルトは大きな国だ。経済は発達してるし、珍しい鉱石の出る鉱山も幾つも所有してる。魔法学の知識、騎士の質、薬学、建築力、どれをとっても一流だ』
僕は最近本で知ったブルクハルトの特色を上げる。何人かが満足そうに頷いているのが見えた。
『それは此処に住む国の人達が頑張ってくれてるからであって、一つも僕の功績じゃない。どちらかと言うと此処に居る皆の力の方が大きいんじゃないかな?』
ザワッと一部が沸き立つ。
『でも僕はこの国を納める王様、なんだよね…』
(困った事にね)へらへらと笑って、頬を掻く。
『僕はこれから国民に対して誠意を尽くす。この国に産まれた事を後悔する様な事が無いよう、向き合おうと思うんだ』
強さや魔力は皆無だからそれらに頼らない、僕なりのやり方でね。
『力で抑え付けるんじゃなく、次の段階に進む頃合いかと思う』
次の段階って何だろう、なんて冷静な僕が心の中で突っ込む。
『皆にも協力して欲しい。この国がより良くなる様、職務を果たしたい』
「皆の者、アルバ様のお考えは聞きましたね?」
「勿論です!」
「全てはアルバ様の望まれるがままに、です」
「流石はアルバ様…国の将来を見据え、そこまでお考えとは…」
五天王の皆が賛同を示す。ほ、本当に大丈夫?殺戮とか見せしめとか、もう無しだからね。
「異議がある者は居ますか?」
リリスは五天王より後方の列を見据え、微笑んでるが明らかに異議が唱えれる様な空気を醸し出していない。
言葉の裏に暴力の気配がプンプンする。
『僕も許すよ。意見があったら教えて欲しい』
仕方ないから、リリスの上官の立場の僕が許しておく。見回してみるけど、如何やら異議は無いようだ。
代わりにポツリポツリと拍手が鳴り始め、それは称揚、喝采へとなった。
「満場一致ですね。流石アルバ様です」
『リリスが脅したんだよ』
「とんでもありません」
リリスは腰を折って僕に向かってお辞儀して、再び膝を突いた。
「次にアルバ様、ガルムリウスの処遇…どの様にお考えでしょうか?」
『彼か…』
僕は困った様に笑う。
「直ぐに兵を動かし、奴の親、兄弟を皆殺しにするべきでは?」
こらこら、約束したばかりだよ。
『調査はするべきだと思うよ。でも無関係だったら特に何かするつもりはないかな』
「畏まりました。至高なる御方に従います」
何人か皆殺しに賛成の人がいるみたいだ。血生臭いなぁ。平和への道のりは遠い。
『ガルムは如何してる?』
「地下牢へ幽閉しておりますが…その、」
『如何したの?』
「アルバ様から受けた傷が酷く痛むと暴れています」
僕じゃなくて、雷ね。
『治癒を掛けてあげたら?』
「それが、あまりに喚くので試みたのですがシャルルの治癒でも治せませんでした」
『そうなんだ。まぁ、…いっか』
雷ってそんな怖いものなんだね。僕に直撃しなくて本当に良かった。
ユーリも死罪は間逃れないって言っていたし、治癒したところで…だよね。
リリスが唇を噛み「…アルバ様の御身が危険な時にお側に居られず、申し訳ありませんでした」と悔しそうに震えている。
『仕事なんだから仕方ないよ。それに事情を聞いてすぐ戻って来てくれたんでしょ?それで充分だよ。気にしないで』
うっとりと瞳を潤ませているリリスの顔に、押し倒された時の彼女の顔が被る。美女に押し倒されたなんて男としての沽券に関わるかもしれないから墓場まで持って行くつもりだ。
『ガルムはーー…』
僕はガルムの処遇を皆に告げた。皆の顔は1人を除き明らかに引き吊った。
アルバが退場した玉座の間は鎮まっていた。この場で地位の高いリリスがゆっくり立ち上がり、此方に向き直る。
「嗚呼…アルバ様…少しお疲れのご様子ね。心配だわ。…ユリウス、」
五天王の1人の名前を呼ぶと、長身の眼鏡を掛けた男が立ち上がった。そして徐にその他の幹部も動き出す。
「アルバ様にまた例の薬を。図書室に通い詰めていらっしゃった時より顔色が良くないわ」
「畏まりました。疲労回復の効果のある薬草も混ぜてみましょう」
「宜しくね」
ユリウスは眼鏡を中指で押し上げ、小さく頷いた。するとローブを着た少女が「お兄様…久し振りの正装も美しかった」と頬を染めて口にする。
「シャルル、アルバ様が美しいのは当然としていい加減にその呼び方…」
「呼び方についてリリアスに言われたくないわ!図々しくもお兄様に、愛しい人リリスと呼ばせている貴女に!」
魔大陸においてリリスと言う言葉には意味があり、最愛の人と言う意味が含まれている。リリアスの名はそれに因んで名付けられており、彼女は主人にその名を呼んで貰う事で悦に浸り、同時に牽制をしているのだ。
(『何でリリアじゃダメなの?そっちも可愛らしいと思うけど…』『わ、分かったよリリス!そんな泣きそうな顔しないで、ね?』)
「ふふ、何とでも言って頂戴!ただの妹分のシャルルちゃん」
「お、お兄様は言葉の意味だってお忘れになられてるみたいだし、虚しくはない!?」
「そんな事ないわ。そう呼ばれる度に胸が高鳴るもの!」
「なっ…!?わ、私だってお兄様にケーキをあーんして貰ったもの!」
「何ですって!?」
言い合いが始まった傍で、ユリウスはメルディンへ近付いた。
「どうしました?」
「まだ…震えてる、です」
メルディンは両手で拳を作っていたが、その手は小刻みに震えていた。メルディンは今日、アルバを見たその瞬間から身体が打ち震えていた。
普段の彼を見慣れていたメルディンにとって、今日のアルバは衝撃的だったとしか言い様がない。
正に、王者の風格だった。
汗が勝手に流れ、異常に喉が渇いた。身体が震え、彼の顔を見上げる事さえ恐れ多いと感じてしまった。様々な症状に悩まされたのはメルディンだけでは無かった。
彼より後方に居た者の殆どが全く同じ現象に息を呑んだ。
「…あれが本来のアルバ様です。きっと直ぐに慣れますよ」
困った様に笑ったユリウスはメルディンの肩を優しく叩く。
「それにしても、アルバ様のお考えは私でさえ読めません」
「ユリウス、お兄様のお考えを読むなんて…」
シャルルが咎めようとするが「主人の心を読み、指示されずとも彼の望むままに我々が行動しなくては」とリリアスが静かに諫める。
アルバに役に立たないと呆れられてしまう事こそ、彼らの恐れるべき事なのだ。愛想を尽かされない為にも正しく行動しなければならない。
「アルバ様はガルムリウスが、裏切ると初めから分かっていたのかもしれません」
「どう言う事、です?」
「ガルムリウスと初めて話している時のアルバ様を思い出して見て下さい…」
メルディンは首を傾げる。確かあの時はーー…。
「恐らくアルバ様はあの時、ガルムリウスを観察していたのでしょう。だからリリアスにファーストコンタクトを邪魔されるのを嫌がっておられた。記憶が無くなった主君を前に、どう接するのか……我々も試されていた?いや、しかし…」
「ユリウス、はっきり言うです」
「私の見間違いで無ければ、ガルムリウスとお話をされてるアルバ様は酷く喜んでいるように見えました」
シャルルが眉を寄せる。
「反乱分子を見付け、薄ら笑いを浮かべていました」
「な…、まさか、です!」
メルディンが声を荒げ、何かの間違いだと食い下がった。ユリウスは自らの主人の知謀に冷や汗を流す。
「で、なければアルバ様が昨夜、城に侵入したガルムリウスの部下を避け、彼本人に自ら会いに行った辻褄が合いません。そして御自分の手で粛清なされた」
シャルルはペタンとその場に尻餅をつき、「凄い…」と絞り出すのが精一杯であった。何と言う判断力、英知、権謀、策略、そして行動力なのだろう。
「全て、アルバ様の掌の上だったのでしょう」
「嗚呼、流石はアルバ様だわ!」
リリアスは嬉しそうに玉座に視線を向けた。まるで其処に、まだ主人が座っている様に愛おしそうに眺める。
「ユリウス、雷については…調べはついたのかしら?」
「苦労しました。何せアルバ様が東側のメイド達の邸宅に雨戸を閉める様に指示されましたので」
「やはり、…」
「はい。アルバ様は雷を操り、ガルムリウスを粛清。ご本人は否定されてますが…」
「お兄様が雷をッ!?」
雷とは、滅多に操れるものではない。それこそ雷神龍の様な強大なドラゴンでも無い限り、前例がない。
魔導師は低級魔法の雷を習得するのさえ苦労するが、その魔法は低級であっても他の属性の上位魔法ほどの威力を誇る。
雷属性の魔法は極めるのが難しく、生涯を捧げても低級魔法止まりである事が多い。
「何てお方、です…」
「ガルムリウスの火傷に治癒が効かない訳だわ…お兄様が操る雷なんて、私が治癒出来る訳がない…」
あの火傷は恐らく骨にまで達している。
「ガルムリウスに関しては当然の報いだと思うわ。アルバ様のお手を煩わせたのだもの」
「しかし、こうなると我々五天王の立場が危うくなります。幹部から裏切り者が出たので、当然ですが…。アルバ様の信頼を取り戻さなくては」
「本当に、その通りだわ」
リリアスは厳しい表情で思考に耽った。ユリウスも難しい顔で腕組みをし、何事か考えている。
「皆の者、聞いての通りです」
女神の様に微笑んで、リリアスは声を上げる。此処に居るのは彼らが信頼出来る自らの直属の部下だけだ。メルディンは騎士団、シャルルは魔導師団、ユリウスは研究者数名と異形の生物を其々率いている。
「我々にもう、失敗は許されない。アルバ様の信頼を取り戻す為に尽力し、身を粉にして働くのです。まずは…国の情勢を予測しデータを出しなさい。アルバ様が仰った様に、大きくシフトするには準備が必要です」
「「「ハッ!!」」」
其々の団員は散り散りに、玉座の間を出た。
「っ、てぇ……!」
ガルムリウスが目を覚ますと、そこは真っ白な一室だった。こんな所は見た事がない。
腕と脚、腰がベルトでキツく固定されて身を起こす事が出来なかった。ベッドの様な、祭壇の様な、部屋と同じく真っ白な冷たいソレに括り付けられている。
「く、っそがぁ…!!」
ガルムリウスは気を失って、起きてをずっと繰り返している。骨まで達する全身の火傷が、仮眠さえ許さず猛烈に痛んだ。
いくら喚いても、叫んでも、この火傷は誰も治癒出来なかった。あの、魔導師筆頭のシャルルでさえもだ。
隣国の聖王ならば治せるかもしれないが、謀反を起こしたガルムリウスに態々そんな高待遇は考えられない。
「あンの、やろぉ…!」
忌々しい、アルバラードの顔を思い出す。憎悪が膨張し、頭が熱に晒されて身体の傷が些か気休め程度だが気にならなくなった。
ガチャ、
脚を向ける方から何者か入って来た。
「嗚呼、ガルムリウス…起きてましたか」
ユリウス・アーデンハイド。ニコニコとした人の良さそうな顔で、此方に近付いてくる。その手には大きな袋をぶら下げていた。
「此処何処だ?見た事ねー…」
「私の研究室には更に地下があるんですよ」
「そうかよ。…ユリウス、これ外しやがれ」
ベルトの金具をガチガチ鳴らし、低い声で命令する。
「後痛みをどうにかしてくれ。そう言う薬も作れるんだろ?」
「作れますよ」
作業台に袋を置いて、そこから注射器を取り出したユリウスは淡々と答えた。
「君が起きててくれて良かった。まぁ、気絶していても起こすんですが」
ユリウスがガルムリウスの腕に注射器を刺す。血液を採取している様で、ガルムリウスは焦れて声を荒げた。
「さっさと痛み止めを寄越せ!全身が…、灼けそうだ…ッ!」
「ほぅ、灼けそう、とは?」
「熱ぃんだよ糞ッ!あの、死に損ないがぁ…ッ!」
スゥッとユリウスの目が鋭く開かれる。ガルムリウスは異様な彼の様子にゴクリと喉を鳴らした。
彼の顔から笑みが消える様を、今まで見た事があっただろうか?
「死に損ない?」
「ッ…アルバラードだ!お前らの王様だよ!俺が殺す筈だった…ッ!」
「おやおや、敬称を忘れていますよ」
「ぐ、ぎゃあぁああッ!!」
ガルムリウスの脚の親指が、無くなった。否、ユリウスの手によって切り落とされた。白い部屋に、赤い血が迸る。
「はぁ…はぁッ…ああ!糞ッ!」
無くなった指を確認して悪態を吐いた彼に、ユリウスは囁いた。
「アルバ様は、最高のお方です。貴方みたいな貴重なサンプルを私に回して下さるのですから!」
「サンプルだと?」
「この火傷の状態を知れるじゃないですか!滅多にない、雷に撃たれた貴重なサンプルです。さぁ、火傷は何処まで皮膚を侵食しているのですか?1枚1枚剥がして、確認してみないと」
開眼したユリウスは珍しく興奮した様子で、サンプルを吟味する。
「ご心配には及びません。私は優しいですから、リリアスの様に直ぐ命を摘み取ったりはしません。脳を掻き回されている時の、感想も知りたいですし」
ガルムリウスの身体から汗が噴き出した。(やっぱり、コイツはイカれてやがる…ッ!)
「大丈夫ですよ。結果的に貴方は死んでしまいますが、大事な研究の資料として保管しておきます。勿論、多少細かくはなりますが」
ユリウス・アーデンハイドは研究者だ。疑問に思った事は調べられずにはいられない性質の、天才の異常者だ。
人体や心理についての可能性を追い求め、人体実験の禁忌に触れ国を追われたマッドサイエンティスト。アルバの元に来てからは大人しくなった方だが、たまにご褒美を貰うと箍が外れる。
「嗚呼、我が主人…素晴らしい!本当に骨まで灼いている!」
ガルムリウスが命を落としたのは、次の日の太陽が昇ってからだった。
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