5 / 146
一章 王城動乱編
4話 玉座の居心地
しおりを挟む僕は次の日から城の図書室に通い、この地の知識を貪る様に追い求めた。メイドさんが淹れてくれた紅茶を飲みながら、用意してくれた洋菓子に手を伸ばす。
『紅茶、すっごく美味しいよ』
メイドさんにお礼を言って飲み終えると、彼女は驚いた様に真っ赤な顔で口をパクパクさせていた。
僕は此処に来てから、こう言う反応をされやすい。記憶が無くなったと言う情報は五天王にしか教えてないから、何人いるのか分からないけどメイドの皆も、多分こっちの僕に慣れてくれたら硬直されたり皿を割ったり転んだりしなくなると思いたいなぁ。
極端に言うと、今までの僕が爆発物の様に恐れられているのだ。
メイドさんの挙動は間違いなく恐怖に支配されていて、此方としては頗る居心地が悪い。僕はいきなり噛み付いたりしないし、勿論爆発だってしないよ。
だから事あるごとに話しかけて緊張や恐怖を和らげようと躍起になっているが、話かけた途端硬直されたり持っていた皿を割ったりすっ転んだりするのだ。
僕と同じ魂の彼は、どうやら亭主関白気味だったのかもしれない。それかどうしようもない癇癪待ちかな。
だって掃除しているメイドに話し掛けたら、水の入ってるバケツをひっくり返してしまい只管土下座で謝られた。食事が美味しくて持ってきたメイドにお礼を言ったらお皿を落として服が汚れ、怪我も無いのにこれまた只管土下座をされた。
腫れ物扱いにも程があるよ。気にしないで、とへらへらしていたが、そろそろ寂しくなってきた。
「おーい!アルバ様ぁ~」
『ガルム!』
良い所に来てくれた!図書室の入り口あたりに見知った顔が現れ、僕は椅子から立ち上がって手を振る。本を読むより身体を鍛えるのが好きそうなガルムだけど、僕の居る方に歩いて来てくれた。
『どうしたの?図書室で会うなんて初めてじゃないか』
「アルバ様を探しに来たんだよ。俺が本なんか読む様に見えるか?」
『見えないねぇ』
僕が視線を送っただけで、メイドさんが意を汲んでガルムの紅茶も用意してくれる。(本当、皆優秀だよね)
「何だぁ?菓子なんて。アルバ様は甘い物が嫌いだったじゃねぇか」
『そうなの?今は大好きだよ』
「お前、本当にアルバ様かぁ?別人って言われた方がしっくりくるぜ」
ガルムが訝しむ様に此方に目を向けるが、僕は気にした様子も無くクッキーを齧った。
『さぁ?別人って思ってもらった方が良いかもねぇ』
密かにメイドに目をやり、溜め息を吐く。
紅茶で口を湿らせているとガルムが「でも瞳のルビーアイは本物っぽいしな…。髪は白髪だが」と僕をまじまじと観察していた。
そう、僕の瞳の色は特別らしくルビーアイと呼ばれる唯一無二の瞳らしい。深いワインレッドの宝石の様な輝きを秘めた瞳。本で調べた所によると、魔力が高い高位魔族に出現するらしく、魔族の長い歴史の中で3人しか居た事がない希少な物だ。
ルビーアイか何だか知らないけど、僕は魔力なんてこれっぽっちも無いのだけれどね。皮肉な話だ。
でもこれのお陰で、僕の正体に疑問を持っても、でもルビーアイだしアルバ様なんだよなって事で多くの事が解決している。
「ってか、アルバ様、昼間っからそんな格好で良いのかよ?」
『え?』
今の僕の格好は、またも古代ギリシャの民族衣装みたいな布が多い服だ。襟の辺りに細かい刺繍がされた、着心地の良い上等な物。
僕も最初ははだけててみっともないかなぁ、なんて思ったけど着慣れた今では全然気にならない。
「リリアスとシャルルのやつが違う意味で煩そうだ。ララルカが帰って来たらもっと煩くなるだろうな。今のアルバ様を見ると余計に」
『そう言えば、ララルカってどんな子なの?』
「あー…、忘れてるなら忘れたままの方が幸せだぜ」
あ、成る程、把握。
ガルムの困った様な表情が全てを物語っていた。
『ガルム、僕に会いに来たんだっけ?どったの?』
「ああ、記憶は戻ったかと思ってな」
『残念ながらピンと来ないね』
僕は本を捲り、ガルムを見る。(ごめんね。本当は記憶喪失とかじゃなくて、元から記憶がないんだよねぇ)ガルムは紅茶が入ったカップを摘んで一息で呷った。
「無理するな、ゆっくりでも良いだろ」
『……そうだね』
ガルムのお心遣い、痛み入る。僕がクッキーに手を伸ばしかけると、遠めから此方を見守っていたメイドさんがビクッと身体を強張らせたのを見てしまった。地味にショックだな…。
『僕って、城の人に嫌われてる?』
「…正直に言って良いのか?」
『分かった、もう分かった』
「気にするな、…少なくとも、ある程度強い奴らからは憧れられてる」
五天王の皆の顔が浮かぶ。憧れ…、憧れ?られていたかな、あれは。疑問だ。僕は読み掛けだった本の頁をやる気無く捲り、飛び込んできた気になる文章を声に出して読んだ。
『ブルクハルトの歴史…!』
「あー?何だ、そんな小難しい本を読んでたのかよ」
食い入る様に読み始めた僕は、読み進めるうちにみるみる青白くなる。
『ガルム、今って何年だい?』
「今は魔歴20102年だったか?人間の暦だと…5050年だ」
僕はブツブツ念仏の様に言葉を呟いた。成る程、道理で僕はメイドさんに避けられている訳だ。
『なんて事だ…』
「どうしたんだ、よ?」
ただならぬ様子に、ガルムが引きつる。僕はガックリと肩を落として、本の文章に指を添えてガルムに突き付けた。
『見て。〔20100年~ブルクハルト国王、アルバラード・ベノン・ディルク・ジルクギール=ブルクハルト。最年少にして魔王になった稀有な存在。〕』
「ああ、それがー…?」
『続きがある。〔ルビーアイに選ばれた彼は余りに強過ぎた。彼は魔王になる為に残虐の限りを尽くし、逆らう者の殺戮に明け暮れた。戦争に出れば全身返り血に濡れ、その時に付いた渾名は【鮮血の魔帝】。国の統治は基本的には恐怖統治である。逆らう者は見せしめにして殺される。〕』
僕は小さな処刑シーンが描かれた強烈な挿絵の人物に心当たりがあった。こんな美人間違える訳がないんだ。
リリス、これは君だ。
笑顔で血塗れの誰かの頭を持って民衆に見せ付けている。言い逃れは出来ない。
「それがどうしたんだ?」
『僕は、僕になる前はとんだ極悪人じゃないか…。魔王だ…、討伐するべきだ』
机に突っ伏し、えぐえぐと泣き付いた。ガルムは何が悪いのか分からないと言った様子でグズグズ啜り泣く僕を見ている。あんまりだ。
『どうせなら渾名は【甘味好きの妖精】とか【桜桃の瞳】とか誰も怖がらない感じのが良かったんだ』
「ぶは!【甘味好きの妖精】って…」
ガルムが吹き出す。そして膝を叩いて爆笑した。
「ぜってー舐められる!ぎゃははっ」
兎も角僕は、一刻も早く一般常識を覚えてこの国の恐怖統治を辞めさせねば。リリスも何とか説得して、もっと穏やかに統治をして皆がハッピーになれるようにしなくては。
そもそもリリスは、ブルクハルトの国民は皆幸せだーとか言ってなかったかな?命の危険に怯えて生活する事が幸せとは思えないけどなぁ。
僕は挿絵の、生首を掲げる恍惚とした表情の部下に一抹の不安を覚えたのだった。
0
お気に入りに追加
309
あなたにおすすめの小説

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。
アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。
両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。
両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。
テッドには、妹が3人いる。
両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。
このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。
そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。
その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。
両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。
両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…
両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが…
母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。
今日も依頼をこなして、家に帰るんだ!
この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。
お楽しみくださいね!
HOTランキング20位になりました。
皆さん、有り難う御座います。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~
一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。
しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。
流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。
その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。
右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。
この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。
数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。
元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。
根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね?
そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。
色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。
……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!
異世界に召喚されたら職業がストレンジャー(異邦”神”)だった件【改訂版】
ぽて
ファンタジー
異世界にクラスごと召喚された龍司だったが、職業はただの『旅人』?
案の定、異世界の王族貴族たちに疎まれて冷遇されていたのだが、本当の職業は神様!? でも一般人より弱いぞ、どゆこと?
そんな折に暗殺されかけた挙句、どさくさに紛れてダンジョンマスターのシータにプロポーズされる。彼女とともに国を出奔した龍司は、元の世界に戻る方法を探すための旅をはじめた。……草刈りに精を出しながら。
「小説家になろう」と「ノベルバ」にも改定前版を掲載中です。

スキルが【アイテムボックス】だけってどうなのよ?
山ノ内虎之助
ファンタジー
高校生宮原幸也は転生者である。
2度目の人生を目立たぬよう生きてきた幸也だが、ある日クラスメイト15人と一緒に異世界に転移されてしまう。
異世界で与えられたスキルは【アイテムボックス】のみ。
唯一のスキルを創意工夫しながら異世界を生き抜いていく。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる