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六章
41話【ククリナイフ】
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フーガの街の東側、開閉扉がある門の外側に荷馬車が4台止まっていた。馬の嘶きが快晴の大地に響く。
冒険者15人と御者4人から成る分隊規模の調査隊。話し合いの末、クエストを持ち出したゼンが全体の指揮を執る事になった。
スレインたちは1番後ろの荷馬車を当てがわれる。荷馬車に向かう途中、ノエルが青年の腰のエモノに目を止めた。
「スレインさん、ソレ!」
『あ?嗚呼』
スレインの腰には黒刀が2本交差していた。
刃渡り40㎝のククリナイフ。細い形状の刀身は鞘に隠れているが漆黒で艶がある。
闇属性と露見すれば面倒になるとノエルが口を酸っぱくして言うものだから渋々拵えた逸品だ。鞘と固定ベルトは武器屋で購入した安物で、双剣は彼の血液と魔力で創り出した。
「物体をイチから創ったんですか?」
スレインの財布は限りなく軽く、非常に逼迫している。それを承知していたノエルは、見事な黒刀が購入したものではないと確信していた。
この3日間で武器屋を巡回して手に馴染むエモノを探していたが、やはりジャミルの首を刎ねたグリップの感触に勝るモノなど無かった。
『何度か失敗したけどなー』
刀の生成を2度失敗した時、苛ついたスレインは開き直って寧ろ魔術を行使する気満々になっていた。
傍で見ていたクルルが魔物を蹂躙する青年を想像して「剣でたたかうスレイン、カッコイイ」と恍惚の表情を浮かべる。
あの時クルルが煽ててくれなければ、彼は間違い無く3度目に挑戦せず手ぶらで来ていた。溜まったストレスの発散に最大火力の魔術をブッ放すところだった。
「凄い!スレインさんって意外に器用ですよねー」
『意外って何よ』
一度ジャミルの屋敷で純銀のナイフに魔力を纏わせた事があったが、膨大な集中力を要し気を抜くと一瞬で霧散してしまった。
スレインから言わせれば物体に魔力を込めて、それを発射出来るノエルの方が器用だと思わざるを得ない。勿論、本人には言わないが。
先頭の荷馬車に隠れて【三本の杖】と【光の弓矢】【鋼の剣】のリーダーが集まっていた。
「あの名無し…ブロンズのクセに女連れで見せ付けやがって。生意気だぜ…気に入らねー」
「しかし【双銃】の存在は大きいですよ。何故彼女がF級と行動を共にしているんでしょう?」
モーデカイとグランベルドが唸る。
そこへ人の良い笑みを浮かべていたゼンが「まぁ…」と細い目を開いた。
「正直彼らを誘ったのは魔物と戦闘になった時、囮に使えると思ったからだ」
冒険者になったばかりのブロンズ級の戦闘力は低い。事実、彼らはD級のクエストに失敗したらしくペナルティーを科せられていた。
D級クエストなど大した事はない。討伐や狩猟も、コボルトやゴブリン、オーク程度。そんなクエストも満足に達成出来なかった名無しに、期待などしていない。
「報酬に目が眩んだバカな弱者ほど操りやすいものはない」
碧眼に灯るドス黒い炎に、2人のリーダーは肝を冷やす。
プラチナ級【三本の杖】ゼン。彼は紛れもなくこの狡猾さで他者を蹴落とし、成績を伸ばしてB級まで昇り詰めた冒険者なのだと、息を呑んだ。
「高位の魔物に遭遇しないよう祈ろう!」
ニコニコとした仮面で危険な本性を隠す。その落差は異様で、モーデカイとグランベルドの恐怖心を煽った。
◆◇◆◇◆◇
フーガの街を出発して街道を辿る。
ガタガタと揺られる荷馬車の中で「お尻が痛いですぅ」とノエルが小言を溢した。
スレインたちに当てがわれた荷馬車には洋燈やテント、薪の他にも馬の世話をする一式が置かれておりスペースを圧迫している。
屋根は簡単な枠に幌を被せた簡素なものだ。年老いた御者は恐縮した。
「狭くてすまんなぁ、お嬢ちゃん」
「そんなつもりじゃ…!すみませんッ」
御者のシモンは目尻に濃い皺のある白髭を蓄えた老人だ。
御者の人数が足りず、馬の世話番だった彼が急遽随伴する事となった。
シモンは「馬用のだが…ゼッケンがワシの後ろにあるぞ」と手探りでマットを探し当て少女へ寄越す。
「いいんですか?」
鞍を置く前に馬の背に被せるゼッケンは分厚い。石に車輪を乗り上げる度に襲い来る衝撃を和らげるには最適だ。
フカフカの敷物を受け取ったノエルは嬉しそうに目を輝かせた。板目にゼッケンを敷いて「ふんふふーん」と鼻歌を歌いながらぽんぽん叩く。
「白いお嬢ちゃんは大丈夫かのぅ?」
思い出したように、シモンが上を見ながらごちる。
「あー…」
ノエルは頬を掻いて目を逸らした。
「クルルさんは常人離れしてるので、大丈夫ですよ!」
雪のような白髪が風に靡いていた。幌の上に立って流れていく景色を堪能するクルルは、肺一杯に新鮮な空気を吸い込んだ。
豊かな森の香りと、湿った土の匂い。大自然を全身に浴びて心が躍る。
屋根から髪が垂れ下がり、逆さまのクルルが顔を出した。
「スレイン!」
『クルル危ねーぞ』
小棚に背を預けて胡座をかいていた青年が注意する。スレインはシモンの持っていた書物に目を通していた。
『転がって落ちねーようにな』
クルルはそのままの体勢で俯せに寝転び脚をパタパタと上下させる。
「何してるの?」
『爺さんの本、けっこーおもしれー』
彼が手に持つ本の題名は【アップルパイ】と書かれていた。それを盗み見たノエルは呆れて、何とも言えない顔をする。
クルルが後転をするように幌から降りて、棚にあった地図を広げスレインの胡座の上に座った。
四つん這いになったノエルが地図を覗いてくる。
「この辺の地図ですね」
「ほぅ…」
それっぽく返したが、クルルの目の前にはよく分からない絵が描かれているだけ。上下逆さまの地図を、青年が直してやる。
「今はこの辺です」
『フィン大平原って結構遠いな…』
細い指がフーガの街から街道をなぞって止まる。森と川に挟まれた辺りだ。
目的地のフィン大平原はまだ更に東にある。
「この調子だと3日か…4日は掛かりそうですね」
『ガンマなら直ぐだがな。先に行っちまうか…』
「シモンさんを1人にするのは反対です!魔物や野盗が出たらどうするんですか?」
これに対しスレインの口角が上がる。笑いを堪えながら『…【双銃のノエル】が居れば余裕なんじゃねーの』と肩が震えていた。
「もー!忘れて下さいよッ!」
いつまでも擦るスレインに、ノエルは涙目で怒る。
「勿論、負けるつもりはないですよ?……ただ、数で押されたら流石にジリ貧です。弾も無限って訳じゃないですし…」
今のノエルは徒費を避けている。安全性の高いブロンズ級のクエストを選んでいたのも、鉛や火薬の消費を抑える為だ。
人差し指同士を突く彼女に「…大丈夫、スレインが守ってくれる」とクルルが断言する。
『何で俺が…』
「置いて行くならとっくに行ってる」
『…』
縹色の双眸に見上げられ、スレインは彼女の髪を撫でた。
『勿論クルルは俺が守ってやる』
額をくっ付ける男女にやれやれ、と首を振った藤色の瞳の少女は再び地図に視線を落とす。
イチャついていたスレインが不意に「こっちの山は突っ切れねーの?」と尋ねた。
地図には川沿いに伝う道と、峠を越える道がある。ノエルが目算したのは明らかに川沿いの道程が長い方だ。
「この峠はグリフォンの縄張りだって昔から言われてますからね。冒険者は極力立ち入らないようにしてるんですよ」
『ほーん…。グリフォンねぇ…』
獅子の胴体にワシの頭と翼のある怪獣。凶暴な性格で縄張り意識が強く、前脚の鉤爪に捉えられたら忽ち空高くに連れ去られる。縄張りに入った牛や山羊などの大きな動物、人間でさえも捕食してしまう獰猛な高位魔物だ。
『そういやぁ、マーレは何処だ?』
「マーレの大魔境ですか?ここです」
近ず離れずの場所に、大きな森が広がっていた。続く連なる山脈に苦い思い出が蘇る。
「マーレの場所を知りたがる人も珍しいですね」
『少しは位置関係を把握しておきたいからな』
強大な魔物が数多に生息する森。そこなら魔石を持つ魔物は珍しくない。このクエストが終わったらマーレに戻って荒稼ぎするのも良いかもしれない。
『じゃぁノノア地方は?』
「ノノア?確かこの辺りじゃないですか?」
遥か南へ指が滑る。
『帝都は?』
「此処ですね」
帝都オルティシアはノノア地方の東にあった。皇帝が住む皇宮がある、帝国で1番の大都市だ。
「お前さんたちも帝都を拠点にと考えておるのか?」
話を聞いていたシモンが前方から声を掛ける。
多くの冒険者は、交通と流通の観点から帝都を拠点にする者が多い。仕入れられる情報が新鮮で、冒険者ギルドへ行けば仕事が山のようにある。
老人は一度行った事があると鼻高々と自慢した。オルティシアは水の都と称されるほど美しくて、観光地としても人気だと教えてくれる。
『今のところ拠点は考えてねーな。そもそも冒険者になったのは収入源を確保するためだ』
「他にしたい事があるんですか?」
『クルルが安心して住める所を探すのが当分の目的だな』
スレインの持っていた本をパラパラと捲るクルルは、背後の彼に体重を預けた。きっとアップルパイを作れるようになれば、青年も喜んでくれると作り方を必死に覚えている。
絵を眺めている彼女の口から涎が垂れた。
「なるほど…」と言いつつも、ノエルは何も理解出来ずにいた。疑問が浮かんでは解決しないまま消えていく。
質問を投げ掛けられないのは、冒険者の暗黙のルールに反すると分かっているからだ。
「長閑な所が良いならティーダはどうじゃ?」
『ティーダ?聞いた事あんな…』
シモン爺は馬を操りながら提案をした。聞き覚えのある単語にスレインは眉を寄せる。
「ティーダはこの辺一体に広がる森ですよ」
地図の一部を指で囲んだノエルが教えてくれた。
「あそこは良いぞ。森が豊かで、お嬢ちゃんみたいな獣人が沢山おる」
物知りな老人の言葉に、スレインの表情が僅かに明るくなる。クルルのような獣人が住む森。
フーガは獣人の姿はあまり見掛けない。冒険者ギルドでチラと視界に捉えたが街に居住していると思われる獣人には会っていなかった。
人間には人間の生活があるように、獣人には獣人の過ごし方がある。獣の彼女には、獣人の生活仕様の方が合っているのかもしれない。
思い返せば、クルルとスレインが過ごす宿屋では一度としてカンテラに火を灯していない。
獣人の暮らしに興味を唆られ思わず『へぇ…!』と口から漏れる。
『そーいやぁ、ノエル。お前の故郷があるんだったか…』
「え!?いや…えーっと、そんな事言いましたっけ?」
話を振るとノエルは明らかに動揺していた。
『はぁ?お前が言ったんじゃねーか。ティーダの森に故郷があって、近くに魔物が棲み付いたって』
「ち、違いますよ!…えっと、友達の村があって…手遅れにならないうちに助けたいって言ったんです!」
彼女の主張とスレインの記憶が食い違う。そもそも友人の為に全てを投げ打って冒険者ギルドに依頼などするものなのか。
友達が1人も居ないスレインには全く分からない感情だった。
釈然としないが『…そうだったか?』と話半分で聞いていた自身の記憶を疑う。
「そうです、そうです!」
何度も頷くノエルの掌には汗が滲んでいた。
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